金与正の二つの談話

2020.03.24.

3月22日の朝鮮中央通信は、トランプ大統領が金正恩国務委員長宛に親書を送ってきたことに関する談話を発表しました。これは、3月3日に同通信が発表した、金与正の韓国大統領府批判の談話に次ぐ、金与正名による2番目のものです。彼女の肩書きは朝鮮労働党中央委員会第一副部長であり、以前とは変わっていませんが、彼女の朝鮮指導部における実質的な地位の高まりを反映していると見られます。特に、金正恩とトランプ、金正恩と文在寅という首脳会談に深く関わってきた金与正が談話を発表するのは、金正恩の考えをもっとも的確にトランプ及び文在寅に伝えることができるという金正恩自身の判断に基づくと見て大過ないと思われます。
 この二つの談話にはいくつかの意味合いが込められていると思います。
 第一、3月3日の談話は、朝鮮がミサイル発射実験を行ったことに関して韓国が批判したことに対する激越な表現による反論でした。日本政府も朝鮮のミサイル実験を厳しく批判してきました。3月22日の談話の発表のタイミングから見て、談話は何も触れていませんが、トランプがこういう時期に金正恩宛に親書を送ったことを明らかにしたのは、韓国(及び日本)の朝鮮に対する批判をあざ笑う意味が込められている可能性は大いにあると思います。しかし、これは大したことではありません。
 第二そしてより重要なことは、金正恩が対米関係及び対南関係において、トランプ及び文在寅に対する配慮を示したことだと思います。
トランプは、彼の当初の根拠ゼロの超楽観論をあざ笑うように、新型コロナ・ウィルスがアメリカ国内で急速に蔓延し、彼に対する支持率を支えてきた米株式市場が大暴落し続け、対策が後手、後手に回っていることで、厳しい批判を浴びています。今後もこの流れが続けば、大統領再選戦略に赤信号がともに兼ねない状況に陥っています。この時期に金正恩がトランプとの個人的信頼関係を確認するというシグナルを送ったことは、金正恩がトランプを困らせるようなことはするつもりがないという意味合いも込められており、トランプは金正恩の「心配り」を高く評価することになったと思われます。
 文在寅に関しては、金与正の激越な談話の直後に、金正恩が文在寅に親書を送ったことを忘れるわけにはいきません(ただし、このことについて朝鮮は公表していません)。韓国側の発表によれば、金正恩はこの親書で、新型コロナウイルスによる肺炎と関連し「必ず勝ち抜くと信じる。南側同胞の大切な健康が守られるよう祈る」として慰労の意を伝えました。硬軟の使い分けで、朝鮮の自衛のための軍事訓練に韓国が批判することをはねつけると同時に、困難な状況に直面している文在寅には「塩を送る」きめ細かい対応です。
 第三、トランプに対する金与正の談話は、首脳間の個人的信頼関係は生きていることを確認すると同時に、朝米関係については従来の基本的立場をまったく崩すつもりはないことを明らかにしています。金正恩としては、大統領選挙しか頭にないトランプに対して、選挙目当ての突拍子もない行動に出ることは厳禁だと釘を刺しておく狙いもあったと見られます。
 記録のため、一連の関係文献を紹介しておきます。

<金与正対トランプ向け談話>
【平壌3月22日発朝鮮中央通信】朝鮮労働党中央委員会の金與正第1副部長は22日、次のような談話を発表した。
われわれは、金正恩国務委員長に寄せられたアメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領の親書を受け取った。
朝米両国関係の発展に大きな難関と挑戦が横たわっている現在のような時期に、米大統領がまたもや親書を送り、わが委員長同志と立派であった関係を引き続き維持しようと努力を傾けているのはよい判断であり、正しい行動であると見なして当然、高く評価されるべきだと思う。
トランプ大統領は今回の親書で、この前に委員長同志の誕生日に際して送った自分の祝賀のあいさつが委員長同志に正確に伝わった報に嬉しかったと所感を述べて、委員長同志の家族とわが人民の安泰を願う温かいあいさつを伝えてきた。
トランプ大統領は親書で、朝米両国関係を促すための自分の構想を説明し、伝染病事態の深刻な脅威から自国民を保護するために尽力している国務委員長同志の努力に対する感動を披歴するとともに、ウイルス防疫部門で協力する意向も示した。
トランプ大統領は、金正恩国務委員長との関係を大事にしており、最近、意思疎通をよく行えなくて自分の考えを知らせるのに困難があったということについて述べ、今後国務委員長と緊密に連携していくことを願うという意思を伝えてきた。
われわれは、トランプ大統領のこのような親書が金正恩委員長同志との特別で、強固な個人的親交をよく示す実例になると見なす。
金正恩委員長同志も、自分とトランプ大統領の特別な個人的親交関係について再び確言し、大統領の温かい親書に謝意を表した。
幸いにも、両首脳の個人的関係は相変らず両国の対立関係のようにそれほど遠くなく非常に立派である。
しかし、朝米関係とその発展は両首脳の個人的親交関係を見てうかつに評価してはならず、それによって見通したり、期待したりするのはさらにいけない。 もちろん、両国を代表する方々の親交であるため肯定的な作用をするであろうが、その個人的親交関係が両国関係の発展構図をどれほど変えて牽引するかは未知数であり、即断したり楽観したりするのもあまりよくないことである。
公正さとバランスが保たれず、一方的で過欲的な考えをやめないなら両国の関係は引き続き悪化一路へ突っ走ることになるであろう。
個人的な考えを言えば、両首脳の親書ではなく、両国に力学的に、また道徳的に平衡が維持され、公正さが保障されてこそ両国関係とそのための対話についても考えてみることができるであろう。
われわれは相変わらず今この瞬間も、米国が情熱的に「提供」してくれる厳しい環境の中で自前で発展し、自らを守るために一生懸命働いている。
両国の関係が両首脳の関係ほどよくなる日を願ってみるが、それが可能であるかは時間に任せて見守るべきであろう。
しかし、われわれはその時間をむなしく失ったり浪費したりしないであろうし、その時間の間、二年前とは違って変わったように引き続き自ら変わり、自ら強くなるであろう。
終わりに、国務委員長同志に変わらない信義を送ってくれた米大統領に心からの謝意を表する。
<金与正対青瓦台談話>
金與正党第1副部長、青瓦台の低能な考え方に驚愕
【平壌3月3日発朝鮮中央通信】朝鮮労働党中央委員会の金與正第1副部長は3日、次のような談話を発表した。
火に驚けば火掻き棒だけを見ても驚くと言われた。
昨日行われた人民軍前線砲兵の火力戦闘訓練に対する南朝鮮の青瓦台の反応がそのようだ。
われわれは、誰かを脅かすために訓練を行ったのではない。
国の防衛のために存在する軍隊にとって訓練は主な事業であり、自衛的行動だ。
しかし、南の青瓦台から「強い遺憾」だの、「中断要求」だの、何のという言葉が聞こえてきたのは、われわれとしては実にけげんだ。
せん越なふざけた行為だと言わざるを得ない。
けれども、青瓦台や国防部が自動応答器のように常に唱えていた言葉だ。
他人の家で訓練をしようと休息をとろうと自分らが何の関係があってでまかせにしゃべるかということだ。
私は、南側も合同軍事演習をかなり好む方だと知っており、先端軍事装備の購入にも熱を上げるなど、無様なことは全部していると思っている。
こっそり搬入する先端戦闘機がいつかはわれわれを打つのに目的があるはずで、それで農薬をばら撒くために購入したのではなかろう。 3月に強行しようとしていた合同軍事演習も、南朝鮮を席巻する新型コロナウイルスが延期させたもので、いわゆる平和や和解と協力に関心もない青瓦台の主人らの決心によるものではないということは、周知の事実である。
われわれが南側にそれほど行いたがる合同軍事演習を朝鮮半島の緊張緩和努力に役立たないとして中断することを求めるなら、青瓦台がどのように応答するか実に気になる。
戦争演習にそれほど熱中する人たちが他人の家で軍事訓練を行うことについてどうのこうのと言うのは、それこそ盗人猛々しいの極みである。
絞ってみれば、結局自分らは軍事的に準備されなければならず、われわれは軍事訓練をするなということだが、この強盗さながらの無理押し主張をする人たちを誰が正常の相手としてもてなすだろうか。
青瓦台のこのような非論理的な主張と言動は、個別の誰かよりも南側全体に対するわれわれの不信と憎悪、軽蔑だけをいっそう増幅させるだけだ。
われわれは軍事訓練をすべきであり、お前たちはすべきではないという論理に帰着した青瓦台の非論理的で低能な思考に「強い遺憾」を表明しなければならないのはまさに、われわれだ。
この言葉に気分が非常に悪くなるだろうが、われわれが見るには実際に青瓦台の行動と態度が三歳の子どもと大きく変わらないように見える。
強盗さながらで無理押しをするのを好むのを見れば、ちょうど米国に似たざまだ。
同族より同盟をもっと重んじて寄生してきたのだから、似ていくのは当たり前のことだろう。
われわれと立ち向かうには無理押しではなく、もう少し勇敢で正々堂々と立ち向かうことができないのか。
本当に遺憾でがっかりするが、大統領の直接的な立場表明でないことをそれさえ幸いだと言うべきだろう。
いかにして、吐き出す一言一言、行動の一つ一つが全てそんなにも具体的で完璧に馬鹿げているのか。
実に、すまない比喩であるが、怖気づいた犬がもっと騒々しく吠えると言われた。
ぴったり誰かのように・・・
<金正恩の文在寅宛親書に関する青瓦台発表>
金正恩委員長、新型肺炎慰労の親書「南側同胞の健康守られよう」…文大統領も返信
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.03.05 19:01
青瓦台(チョンワデ、大統領府)が5日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長と文在寅(ムン・ジェイン)大統領が親書をやり取りしたと明らかにした。
青瓦台の尹道漢(ユン・ドハン)国民疎通首席秘書官は5日、金委員長が前日の4日に親書を通じて新型コロナウイルスによる肺炎と関連し「必ず勝ち抜くと信じる。南側同胞の大切な健康が守られるよう祈る」として慰労の意を伝えたと明らかにした。
尹秘書官は「金委員長は文大統領の健康を心配し、気持ちだけでしかいられない状況に残念な心情を表わした。文大統領が新型肺炎を克服できるよう静かに応援するとし、文大統領に対する変わらぬ友情と信頼を送った」とした。
金委員長は親書で韓半島(朝鮮半島)をめぐる情勢に対し率直な所感と立場も明らかにしたという。
これに対し文大統領はこの日、金委員長に感謝の意を込めた親書を送った。ただ青瓦台は親書の内容について「詳しく明らかにするのは外交上正しくない」として具体的な言及を控えた。南北首脳の親書交換は今年に入って初めてだ。
金委員長の今回の親書は最近金委員長の妹である金与正(キム・ヨジョン)労働党中央委員会第1副部長が談話を通じて青瓦台に向け強い非難を浴びせた次の日に発送されたものだ。
金委員長は昨年10月30日、母親の死去に合わせて文大統領宛てに親書形式の弔意文を送っており、文大統領は昨年11月に韓国・東南アジア諸国連合(ASEAN)特別首脳会議を控えて金委員長を招待する親書を送っている。