朝鮮労働党中央委員会総会(朝鮮中央通信報道)

2020.01.03.

朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会が2019年12月28日から31日までの4日間にわたって行われ、本年1月1日付の朝鮮中央通信が同総会に関する報道(以下「報道」)を行いました。金正恩委員長のが就任以来13年間連続で行っていた「新年の辞」に代わる位置づけになると思います。注目に値する金正恩の発言は、朝米関係特に朝米交渉及び朝鮮国内情勢特に朝鮮経済に関する判断と今後の政策アプローチの2点です。これまでの「新年の辞」は十分な推敲を経たうえで発表されていましたのですんなり理解できたのですが、報道はハッキリ言ってあちこちに論点が跳ぶ感じです。ここでは、金正恩の発言の論点を整理することにします。
<朝米交渉>
 金正恩は2019年の朝米交渉について、「去る数カ月間、われわれの前に逢着した挑戦は‥過酷で危険極まりない大きな苦難であった」と率直に指摘しました。2020年の朝米交渉については、「今後、米国が時間稼ぎをすればするほど、朝米関係の決算を躊躇すればするほど‥よりいっそう行き止まった境遇に陥る」と、トランプ政権の時間稼ぎ・引き延ばし政策を警告しました。そういうトランプ政権の対朝アプローチに対する朝鮮の回答は「国家の安全と尊厳、そして未来の安全を何かと絶対に交換しない」ということであり、朝鮮が安易な妥協を行うことはあり得ないことを明確にし、「朝米間の膠着状態は不可避に長期性を帯びることになっている」という判断を示しています。さらに金正恩は「米国が朝米対話を不純な目的の実現に悪用することを絶対に許さず、‥抑制された発展の代価をきれいに全部払わせるための衝撃的な実際の行動に移る」と、「衝撃的な実際の行動」をとる可能性に言及しました。
トランプ政権の「本心」については、金正恩は「対話と協商の看板を掲げて曖昧な態度を取りながら自分らの政治的・外交的利益をむさぼると同時に、制裁を引き続き維持してわれわれの力を次第に消耗、弱化させること」「対話をうんぬんしながらも朝鮮を完全に窒息させ、圧殺するための挑発的な政治的・軍事的・経済的悪巧みをさらに露骨にしているのが白昼強盗である米国の二重的振る舞い」と断定しました。
ちなみに、金正恩のトランプ政権の「本心」に関する断定発言は、私が2019年12月17日のコラムで紹介した、李敦球(中国における朝鮮半島研究第一人者)が示したトランプ政権の対朝鮮政策の本質に関する分析と見事なまでに一致しています。李敦球は、トランプ政権の対朝鮮政策の本質(制裁による政権崩壊・交代の実現)は変わっておらず、選挙目当ての戦術調整にすぎないと指摘していたのです。李敦球の慧眼を改めて認識した次第です。
<国内情勢>
 金正恩は「経済建設に有利な対外的環境が切実に必要なのは事実であるが、‥尊厳を売り払うことはできない」、「制裁の解除を待って自強力を育むための闘いに拍車をかけないなら、敵の反動攻勢はいっそう激しくなり、われわれの前進を阻もうと襲いかかるであろう」、「米国との長期的対立を予告する当面の現情勢はわれわれが今後も敵対勢力の制裁の中で生きていかなければならないことを既定事実化し、各方面で内部の力をより強化することを切実に求めている」と、朝鮮が経済建設を進めるうえでの国際環境が極めて厳しいことを率直に指摘したうえで、自立更生に基づき「われらの前進を妨げるあらゆる難関を正面突破戦によって切り抜けていこう!」というスローガンを打ち出しました。「正面突破戦」は今回総会のキー・ワードの一つですが、正面突破戦の「基本部門は経済部門」であるとし、そのための当面の課題を「国の経済土台を再整備し、可能な生産潜在力を最大に活用して経済の発展と人民の生活に必要な需要を十分に満たすこと」と提起しました。
 金正恩は自力更生で経済建設を推進するための課題が極めて大きいことを率直に指摘しました。それが「自力強化の立場から見る時、国家管理と経済活動をはじめとする自余の分野で正さなければならない問題が少なくない」、「自立、自強の壮大な偉業を牽引し、促すには不十分であり、大胆に革新できず、沈滞している国家管理活動と経済活動」という発言です。
 そのうえで金正恩は、「経済活動のシステムと秩序を整頓するための綱領的な課題」と「国家経済活動システムの中核である内閣責任制、内閣中心制を強化するための根本的な方途」を提起しました。具体的には「現実の要求に即して計画活動を改善するための明確な方案を探し、全般的な生産と供給のバランスを取り、人民経済計画の信頼度を画期的に高めるためのかなめの問題」、「経済活動に対する国家の統一的指導と管理を強化する上で早急に解決すべき重大な問題」、「全般的な機構システムを整備するための革新的な対策と具体的な方案」、「経済成長のかなめの問題に対する解決方向」、以上の4点が示されました。金正恩は、朝鮮経済発展を推進するカギとして「戦略資産は科学技術」と強調しています。
 金正恩は、正面突破戦遂行の一環として外交、軍事、党指導力の問題を取り上げています。外交に関しては、「現形勢に対処して外交戦線をいっそう強化するための方略」が提起されたとしている程度で、特に注目される内容はありません。また、党指導力の強化に関しても、「時代と革命発展の要請に即して党を組織的、思想的にいっそう強化し、幹部の役割を強める上で提起される原則的問題と実践的対策を提起した」と述べている程度にとどまっています(ただし、多くの党政治局委員及び候補委員が選出されたことは要注目)。報道が特にスペースを割いているのは軍事です。
 金正恩は、朝鮮が「朝米間の信頼構築のために核実験と大陸間弾道ロケット試射を中止し、核実験場を廃棄する先制的な重大措置を取った過去の2年間」、アメリカは「大統領が直接中止を公約した大小の合同軍事演習を数十回も行い、先端戦争装備を南朝鮮に搬入してわれわれを軍事的に威嚇したし、十余回の単独制裁措置を講じることでわが体制を圧殺しようとする野望には変わりがない」 ことが明らかになったと指摘し、したがって「われわれがこれ以上一方的に縛られている根拠がなくなった」と述べて、「いかなる勢力であれ、われわれを相手としてあえて武力を使用する思いもよらないようにする」(=デタランス)国防建設を進めることを明確にし、「世界は遠からず、朝鮮民主主義人民共和国が保有することになる新しい戦略兵器を目撃することになるであろう」と予告しました。
 ただし、金正恩は今後の対米交渉の可能性に含みを持たせる発言を行っていることを忘れてはならないと思います。それは、「米国の対朝鮮敵視が撤回され、朝鮮半島に恒久的で強固な平和体制が構築される時まで国家安全のための必須的で先決的な戦略兵器の開発を中断することなく引き続きねばり強く行っていく」というくだりです。この発言の含意は、アメリカが朝鮮敵視政策を撤回し、朝鮮半島の平和構築プロセスが進行する状況になれば、朝鮮としては戦略兵器開発を再考する用意があるということです。金正恩はその点を「われわれの抑止力強化の幅と深度は米国の今後の対朝鮮立場によって調整される」とも表現しています。
 今回の報道からだけでは、「新しい戦略兵器」の登場は朝米交渉の今後の成り行き如何とは関係なく進められるのか、それとも、朝米交渉に関するトランプ政権の出方如何で変わる余地があるのかは不明です。しかし、朝鮮からすれば、トランプが大統領に再選されることは民主党候補が大統領になることよりも「より悪くはない」ことは間違いありません。したがって、トランプがよほど愚かな言動をとる場合はともかくとして、朝鮮が進んでトランプの国内的立場を不利にし、朝米交渉の今後の可能性を閉じてしまうような行動をとる可能性は低いのではないかと、私は判断しています。