21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

日本共産党委員長発言(朝日新聞)

2019.02.27.

私は11月10日のコラムで日本共産党の綱領改定問題(中国関係)について疑問を呈しました。12月25日付の朝日新聞は日本共産党の綱領改定問題を取り上げ、志位委員長とのインタビューも掲載しました(参考までに最後に朝日新聞記事を添付します)。私は11月10日のコラムで提起した問題意識が志位発言で確認されてしまったことが極めて遺憾です。
私の問題意識は、コラムの最後に記した「21世紀における日中関係の今後のあり方如何は国際関係全体を左右する重要な要素であることを強調しておきます。その重要性を踏まえる者であるならば、今日の日中関係の現実が主に日本側(政府及び国民全体)の偏見に満ちた対中認識によって本来あるべき姿からかけ離れた状態にあることに深刻な問題意識を持つべきです。日本における対中認識を正すべく努力することは責任ある政党の最重要課題の一つであるべきです。そういう問題意識を持つ者としては、今回の綱領改定に関わる日本共産党の対中国認識には暗然とさせられます。安倍・自民党政権を退陣に追い込み、広範な連合政府を樹立する上では、日中関係の根本的改善を重要な政策課題の一つとするべきです。広範な連合政府樹立を唱道する日本共産党が中国に対する「むき出しの敵意」(としか私には受け止められない)をあらわにし、あまつさえ綱領改定の柱とすることには重大な問題があります」というものです。
<「大国主義」と「大国であることを自認・自任すること」とはまったく別物である>
 「中国は間違った方向に進んでいる」と志位委員長が言うのは、「中国は大国主義、覇権主義に向かっている」という判断に基づいています(綱領改定提案時の志位発言)。しかし、「大国主義を追求すること」と「大国であることを自認・自任すること」とは峻別しなければなりません。私もアメリカ・トランプ政権の大国主義には断固反対です。しかし、「政府のない社会」(anarachical society)である国際社会においては、大国は中小国が担うことができない国際秩序維持の役割・責任を負う立場にあります。中国が「大国であることを自認・自任する」と言っているのは、そういう大国としての国際的責任を自覚し、これを果たす意思があるという意味であり、そのことは評価に値するものです。その中国の基本的立場を「大国主義」と論難するのは誤りです。
 日本国内では「大国=大国主義」という見方が特に「左派」「リベラル」「市民派」において伝統的に支配的です。また、「日本は大国である」として現実に大国主義路線を走ろうとしている安倍政権に対する反発も「大国=大国主義」という見方を助長していることは確かです。しかし、「日本は大国である」ということは価値観の問題以前の事実認識の問題です。「日本は大国である」という事実から目を背けることは大国・日本に客観的に背負わされている国際的責任を無視し、それから目を背けることと同義であり、国際的な日本「ただ乗り」論はこのことに由来する面も間違いなくあるのです。私たちこそ、「日本は大国である」事実と正面から向き合うべきであるし、大国としての国際的責任を全うするために何を為すべきかという視点を我がものにする必要があるのです。志位氏の発言からはそういった認識の片鱗も窺えないのはゆゆしいことです。
 中国は世界第2位の経済大国となった自らの国際的地位を自覚し、大国としての責任を果たすと述べているのです。このこと自体は肯定的に評価するべきであって、「大国面している」とし、「大国主義だ」と非難するのは、お門違いか、国際政治に対する無知を暴露しているかのどちらかでしょう。中国が「大国主義である」とする日本共産党の「論拠」に関しては11月10日のコラムで一つ一つ間違っていることを指摘しましたので繰り返しません。むしろ中国は、トランプ政権が国際経済システムを乱暴に蹂躙することに正面から異議を唱える数少ない大国の一つです。また、多くの地域紛争・問題(アフガニスタン、シリア、イラン、リビア、ヴェネズエラ、コロンビア、キューバ)においてアメリカが仕掛ける「カラー革命」まがいの動きに対しても、中国は(ロシアとともに)アメリカ批判を積極的に行っています。さらにまた、トランプ政権のアメリカは、今日ではもはや軍事力行使が現実的選択肢になり得ないことを自覚し、その代わりに経済制裁を乱発することでアメリカの言いなりにならない国を兵糧攻めにする政策をとっています。自らが経済制裁の対象になっている中国(とロシア)はトランプ政権の経済制裁に対しても旗幟鮮明に反対しています。要するに、アメリカ・トランプ政権によってグチャグチャにされようとしている国際社会の平和と安定を守るべく一線に立っているのが中国(及びロシア)なのです。また、中国の対日政策についても、12月26日のコラムで紹介した習近平発言に明らかなとおり、相互信頼に基づくウィン・ウィンの関係構築を呼びかけるものであり、大国主義の片鱗もありません。中国は明らかに国際社会における平和勢力の重要な一員であり、その中国を「大国主義」「覇権主義」と断定し、これに対立しようとする日本共産党の認識は根本的に間違っています。トランプ政権内の極右勢力(ティ・パーティ出身のポンペイオ国務長官が筆頭)は中国(及びロシア)を「脅威」と決めつける言辞を乱発していますが、日本共産党が中国批判に与することは、日本国内に広範に共有されている「中国脅威」論を助長し、日中関係の改善をさらに遠ざけるだけでしかありません。
<日本の世論におもねるのは日本共産党らしくない>
 私が気になったのは、「日本共産党と中国共産党は兄弟か親戚かと思っている人が多い。綱領改定できっぱりした対応をとることは‥誤解を解くうえで力になる」という志位氏の発言です。かなり以前までならともかく、私は今の日本社会でこのような見方がいまだ支配的だとは思えません。その点では日本共産党の「現実主義路線」(私個人には世論迎合路線と映りますが)が多くの日本人の見方を改めるのに「功績」があったというべきです。それなのに、肝心の日本共産党のトップが相変わらずこのような強迫観念にとらわれているということこそ重大な問題なのではないでしょうか。そしてそういう強迫観念にとらわれたまま、そういう「世論」の「誤解を解く」ものとして綱領改定に走るというのであれば、正に本末転倒といわなければなりません。それは客観的にいって、「世論におもねる」行為以外の何ものでもないからです。しかも上述したように、綱領改定が決定的に間違った対中国認識に基づいているのですから、私としては、「日本共産党よ、世論におもねることなく活動していた1960年代の党の初心を思い出してください」と言わざるを得ません。
<日中両党関係はもはや文化大革命時代にあるのではない>
 私が志位氏の発言で今ひとつ引っかかったのは、「中国にとって、我々の冷静で理詰めの批判は痛手となるはず」という発言です。文化大革命当時の日本共産党の自主独立の立場と中国共産党に対して正面から物言いする姿勢は、当時の中国共産党にとっては確かに「目の上のたんこぶ」だったと思います。しかし、改革開放政策に乗り出し、わずか数十年で世界第二位の経済大国にまで急成長する中国を実現したのは自らの手によるものであるという確固とした自信を持つ今日の中国共産党(19期4中全回決定参照)にとって、日本共産党の重みは決定的かつ圧倒的に小さくなっています。志位氏の上記発言から浮かび出るのは、日本共産党の中国共産党に対する認識が相変わらず文化大革命時代のそれにとどまっているということであり、そういう対中認識こそ現実と大きく乖離しています。
 ましてや、中国共産党との真摯な討論も行わず(そうとしか思えない)、一方的に「中国覇権主義」と言い立てる日本共産党に対して、中国としては「何を寝ぼけたことを言っているのか」と当惑、困惑するほかなく、「言いたければ言っていなさい」、「そんな間違った対中認識しか持てない日本共産党は相手にしない」という冷めた反応を示すだけでしょう(この点については、今後示されるかもしれない中国側の反応によってさらに検証し、私の判断に誤りがあればコラムで訂正します)。
<ほかの野党を巻き込むのは許されない>
 冒頭で11月10のコラム発言を引用しましたが、「安倍・自民党政権を退陣に追い込み、広範な連合政府を樹立する上では、日中関係の根本的改善を重要な政策課題の一つとするべきです。広範な連合政府樹立を唱道する日本共産党が中国に対する「むき出しの敵意」(としか私には受け止められない)をあらわにし、あまつさえ綱領改定の柱とすることには重大な問題があります」というのが私の基本的立場です。志位氏は質問に答えて「(ほかの野党から)好意的に受け取ってもらっている」と得意げ(?)に発言していますが、私に言わせれば、自民党政権に代わる連合政権において重要な対外政策の柱の一つに据えるべき「日中友好関係回復」という課題にとって、日本共産党の立場は障害となるだけであり、ましてや共産党のゆがんだ対中認識にほかの野党まで巻き込むことは、日本政治のあり方を真剣に考えるものにとって到底許されないものだと言わなければなりません。
 国内の「政局」しか念頭になく、政策立案能力特に対外政策立案能力で見劣りする多くの野党の中で、日本共産党は群を抜いた情勢判断力、政策立案力を備えていることは誰もが認める事実でしょう。まして外交・国際問題となったら、日本共産党以外の政党の実力はゼロと言っても過言ではありません(最近、立憲民主党の海江田万里氏等が訪中して中国共産党の宋濤部長(党対外連絡部)と会談したという報道を目にしました。海江田氏が正確な中国認識を持って立憲民主党の対中政策の立案・決定に影響力を発揮することを望みます)。そうであればこそ、野党共闘を推進する日本共産党には志位発言に窺われるような軽率な行動を厳に慎んでほしいと思います。
<領土問題とポツダム宣言>
 志位氏は朝日新聞の質問に対して「私たちは千島列島の全面返還を求めている」と、従来からの共産党の立場を確認しました。共産党の立論は基本的に、①千島列島は千島樺太交換条約で合法的に日本の領土となったものであり、「強奪」したものではない、②千島列島をソ連に引き渡したヤルタ協定は、「領土不拡大」原則を打ち出した大西洋憲章にもとる、という事実関係に立っていると私は理解しています。この2点の指摘はそのとおりです。
しかし、大西洋憲章を作った張本人であるルーズベルト大統領が、対日参戦をソ連に求め、千島を要求したスターリンに応じてヤルタ協定を結んだという歴史的・法的事実は否定すべくもありません。また、ポツダム宣言第8項は「カイロ宣言ノ條項ハ履行セラルベク又日本國ノ主權ハ本州、北海道、九州及四國竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」(外務省仮訳)と定めています。昭和天皇の「終戦詔書」はポツダム宣言を受諾して降伏し、降伏文書では「「ポツダム」宣言ノ条項ヲ誠実ニ履行スルコト‥ヲ天皇、日本国政府及其ノ後継者ノ為ニ約ス」と定めています。したがって、過去における経緯如何に関わりなく、日本は千島列島または「北方領土」(さらには竹島、尖閣も)に対する領有権を主張しうる法的な立場にはないのです。
 日本共産党の主張がポツダム宣言第8項の「修正」を前提にしているのであるとすると、大変ゆゆしいことになります。それは降伏文書の言う「「ポツダム」宣言ノ条項ヲ誠実ニ履行スルコト‥ヲ天皇、日本国政府及其ノ後継者ノ為ニ約ス」という規定を覆すということであり、極論すると、日本の降伏そのものの土台を崩すことにつながるからです。私は常々日本共産党がポツダム宣言についていかなる立場なのかについて関心がありますが、特に領土問題関連(尖閣についても同じ)での同党の立場には強い疑問があります。

<参考> 12月25日付朝日新聞記事
中国念頭、大国主義を批判 共産党、16年ぶり綱領改定へ 野党共闘、円滑化狙う
2019年12月25日05時00分
 共産党は来年1月の党大会で16年ぶりに綱領を一部改定し、中国を念頭に大国主義・覇権主義を批判する内容を盛り込む。中国共産党との立場の違いを示す一方、将来的に政権の一翼を担う可能性を視野に、野党連携や幅広い支持獲得に向けた姿勢を打ち出す狙いがある。
 綱領改定案では、中国共産党に関する「社会主義をめざす新しい探究が開始され」などとする一文を削除。中国やロシアを念頭に「いくつかの大国で強まっている大国主義・覇権主義は、世界の平和と進歩への逆流となっている」などと追記した。党大会で採択される。
 綱領は1961年に決定され、今回の一部改定は2004年に全面改定されて以来初めて。中国が南・東シナ海を中心に海洋進出を進め、沖縄・尖閣諸島周辺の日本領海に公船を盛んに侵入させるなどしている対外的な変化を受けた。志位和夫委員長は「共通する政治的・思想的立場はなく、核兵器への態度や覇権主義の行動、人権侵害は『共産党』の名に値しない行動だと考える」と理由を説明した。
 改定には野党共闘を円滑化させる狙いもある。党大会では「野党連合政権」を22年までに樹立するとの決議も了承する。立憲民主党など他の野党には、共産党との選挙協力には前向きながら連立政権の樹立には消極的な声も多い。綱領には「社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革」の文言があり、国家像のズレを懸念するからだ。志位氏は「中国共産党による社会主義へのマイナスイメージが障害になっている」と指摘。党内には改定が「野党共闘を進める力になる」と期待する声がある。
 さらに野党連携を進めるため、党大会の決議には、他党の抵抗が強い「日米安保条約の廃棄」「憲法第9条の完全実施(自衛隊の解消)」など綱領に掲げる独自見解について「政権に持ち込むことはしない」とも明記する。
 (小林豪)
 ■「我々の批判、中国の痛手に」 志位委員長に聞く
 ――綱領改定で中国共産党を念頭に覇権主義を批判する目的は何でしょうか。
 「中国は間違った方向に進んでいる。中国にとって、我々の冷静で理詰めの批判は痛手となるはず。世界に対する貢献にもなり、大義ある取り組みだ」
 「日本共産党と中国共産党は兄弟か親戚かと思っている人が多い。綱領改定できっぱりした対応をとることは『日本共産党は中国式の自由のない横暴な振る舞いを是とするのか』という誤解を解くうえで力になる」
 ――野党の党首会談などでも綱領改定を説明しているようですが、反応は。
 「好意的に受け取ってもらっている。中国の大国主義や覇権主義への懸念は、野党内でも共通してある。安倍政権は言うべきことを言わない、だらしない外交をやっている。野党内でも『共産党にどんどん言って欲しい』という声は強い」
 ――対ロ外交や北方領土問題への取り組みで野党の足並みはそろいますか。
 「私たちは千島列島の全面返還を求めている。他党と少し立場の違いはある。ただ、安倍政権の対ロ外交は本当にひどいという認識は共通する。『2島で』というボールを投げたが、プーチン大統領に蹴られた。ベタ折れをしたのに失敗し難破している」
 ――安全保障の理念は他の野党と相いれますか。
 「日米安全保障条約をなくすかどうかが、今現在、争点になっているわけではない。日米安保や自衛隊にかかわる政策の違いは、共闘に持ち込まない。よく話し合っていけば、何も障害はないと思っている」
 (聞き手・小林豪)
 ■共産党と中国共産党
 日本共産党は1922年、中国共産党はその前年に結党。それぞれ、ソ連共産党が指導する国際組織コミンテルン(43年に解散)の日本支部、中国支部の役割も持っていた。
 その後、日本共産党はソ連のスターリン、中国の毛沢東の時代に中ソ共産党と対立し、決裂した。
 中国共産党とは98年に当時の不破哲三委員長が江沢民総書記と会談。関係正常化したが、2017年党大会で中国共産党を「大国主義・覇権主義」と批判する決議を採択した。