21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

2019.11.10.

11月6日付のしんぶん『赤旗』に掲載された日本共産党第8回中央委員会総会における志位和夫委員長による「綱領一部改定案についての提案報告」における「中国の国際政治における問題点」の部分を読んで、私は事実関係に関する共産党の判断に非常に大きな違和感を覚えました。志位氏が指摘した問題点は、①「核兵器問題での変質がいっそう深刻になっていること」、②「東シナ海と南シナ海での覇権主義的行動も深刻化していること」、③「国際会議の民主的運営を踏みにじる横暴なふるまい」、④「人権問題が深刻化していること」の4点です。
第一点について志位氏が「変質の深刻化」の根拠として挙げているのは、中国が昨年7月に「P5プロセス」の調整役を引き受け、反対・発効阻止の立場をとり、「核兵器のない世界」をめざす動きへの妨害者としての姿をあらわにしている」ということです。中国の核政策について立ち入る余裕はありませんが、中国が核兵器禁止条約締結に消極的であることは事実ですが、それはアメリカの攻撃的な核戦略に対抗する最小限核デタランスを保持する立場からであり、「核兵器のない世界」が望ましいことは一貫して認めています。「この三年間で変質が深刻化した」という指摘は事実とかけ離れています。志位氏にとってはP5の調整役を引き受けたことが「変質の深刻化」の根拠となっているように見受けられますが、中国の核政策を全面的に分析することなく、この一事だけをもってして「核兵器問題での変質がいっそう深刻化している」と結論するのはあまりに強引です。
第二点については、東シナ海をとっても、南シナ海をとっても、志位氏の指摘は失当であることはあまりにも明らかです。東シナ海で中国公船が「領海侵入、接続水域入域が激増・常態化」しているのは事実です。しかし、このような事態を招いた原因は民主党政権及びその後を襲った安倍政権にあるのに、志位氏がその点をまったく無視しているのは到底理解不能です。ここで事実関係を詳細に説明している余裕はありません。しかし、中国が尖閣問題で態度を硬化させた最大の原因は、1972年の日中国交正常化交渉の際に田中角栄・周恩来会談において尖閣問題の「棚上げ」合意が行われたのに、民主党政権及び安倍政権が「棚上げ」合意はなかったと強弁するに至ったことにあります。両国最高首脳レベルにおける合意すらなかったと言い張ることは国際関係においてあり得ないことです。中国は、日本がそういうむちゃくちゃな立場をとるのであれば、中国としても元来の主張・立場を実効化する以外にないということで、志位氏指摘の行動に出るようになったというのが実情です。この中国の行動を「覇権主義」と断じる志位氏の主張には、私は正直「開いた口が塞がらない」思いです。
 南シナ海における中国の行動に関してまず踏まえるべき事実関係は、いわゆる九段線に関する法律問題はさておいて、九段線内の島嶼に対する中国の主権に関しては広く国際的に承認されてきたという事実です(私たち日本人が銘記すべき事実は、1952年の日華平和条約において、日本軍が占領したこれら島嶼に対する権利を放棄したことを「確認」したことです)。ヴェトナム以下の沿岸諸国がこれらの島嶼に対する領有権を主張しはじめたのは、南シナ海に豊富な石油・天然ガス資源が埋蔵されているというECAFEの報告が出た1970年代以後のことです。当時の中国は文化大革命の混乱のさなかにあり、ヴェトナム等の行動をチェックする余裕も能力もなかったのです。
 改革開放に乗り出して大いに国力・軍事力を増した中国がこれら島嶼に対する領有権を確かなものにするための行動をとることについて、国際法上難癖をつけることはできません。それは、安倍政権が先島諸島に自衛隊を配備することと法律的にはなんの違いもありません。もう一つ付け加えるならば、中国の台頭を何かにつけて牽制するアメリカの動きに中国はますます警戒を強めていることです。仮に中国が今のような実力を備えていなかったならば、アメリカはもっと傍若無人な行動に出ているに違いありません。
 以上の事実関係を踏まえるものであれば、南シナ海における中国の行動を「覇権主義」と断じることはまったく誤りであることは明々白々です。
 第三点の「国際会議の民主的運営を踏みにじる横暴なふるまい」に関して志位氏が挙げているのは、2016年のアジア政党国際会議における「宣言起草委員会が全員一致で確認した内容を最後になって一方的に覆すという覇権主義的行動を取ったこと」です。私はこの点については何も知らないので、志位氏の指摘する事実関係はあったのだろうと思います。しかし、この一点だけをもって「国際会議の民主的運営を踏みにじる横暴なふるまい」という全体的判断の根拠とすることには、私は到底ついていけません。なぜならば、中国は多くの国際会議でアメリカの覇権主義と真っ向から立ち向かい、国の大小強弱貧富の差異に関係のない民主的な国際関係のあり方を唱道し、実践していることは紛れもない事実だからです。いわゆる習近平外交の基本原則の一つが民主的な国際関係の実現を目指すことにあることも確認しておくべきです。
 第四点の「人権問題が深刻化している」点に関して志位氏が挙げているのは本年6月以来の香港事態と最近のウイグル事態です。まず指摘しておく必要があるのは、志位氏自身が「私たちは、中国‥を評価する場合に、‥これらの国々が現実にとっている対外路線を分析して判断するしかありません」と指摘している事実です。香港にしてもウイグル自治区にしても中国の内政問題であって、対外路線の問題ではありません。志位氏が「人権問題の深刻化」云々に言及すること自体がおかしいと思います。
 志位氏は「21世紀の世界においては、人権を擁護し発展させることは、単なる国内問題ではなく「国際的な課題となっている」という立場から、香港及びウイグルを取り上げているのでしょう。私もそういう「立場」に対して異議があるわけではありません。しかし、「国際的な課題になっている」ことと、「他国の人権問題に対して口を挟む」こととは同義ではありません。21世紀の今日においてもその点は変わっていません。アメリカ及び欧州諸国が発展途上諸国における人権問題に対して「上から目線」で干渉することに対して、私たちはこれを「大国主義」「覇権主義」と批判します。志位氏の発言と米欧諸国の横柄さとを隔てる一線は果たしてあるのでしょうか。
 もう一つ重要なことは、中国における人権状況に関しても総合的、全面的に見るべきであるし、中国の人権に関する基本的立場も踏まえた上で議論する必要があるということです。ここでも詳細に立ち入る余裕はありませんが、私たちとしては最低限、中国外交部が本年出した「中国人権白書」の内容は踏まえておく必要があることを指摘しておきたいと思います。
 また、志位氏は香港及びウイグル自治区に関する日本を含む西側メディアの報道を「鵜呑み」にしている印象を受けますが、それは正しくも客観的でもありません。日本共産党は中国共産党と仲違いしたわけではない(と私は理解しています)ですから独自に調査を行うことは可能なはずですし、西側報道だけに頼るのは「手抜き」というほかありません。香港についてはデモ参加者が過激な行動に走っていることは事実です(そのために香港経済は失速している)し、ウイグル族の中に「イスラム国」戦闘員となっている者が少なくなく、中国は他の中央アジア諸国(やはり「イスラム国」戦闘員になっている者が多い)と同じく、ウイグル自治区の治安確保を重視しているという重要な事実もあります。志位氏がそういう広く認められている事実について何ら言及しないまま、「人権問題の深刻化」を云々するのは明らかに恣意的すぎます。

最後に私は、21世紀における日中関係の今後のあり方如何は国際関係全体を左右する重要な要素であることを強調しておきます。その重要性を踏まえる者であるならば、今日の日中関係の現実が主に日本側(政府及び国民全体)の偏見に満ちた対中認識によって本来あるべき姿からかけ離れた状態にあることに深刻な問題意識を持つべきです。日本における対中認識を正すべく努力することは責任ある政党の最重要課題の一つであるべきです。そういう問題意識を持つ者としては、今回の綱領改定に関わる日本共産党の対中国認識には暗然とさせられます。安倍・自民党政権を退陣に追い込み、広範な連合政府を樹立する上では、日中関係の根本的改善を重要な政策課題の一つとするべきです。広範な連合政府樹立を唱道する日本共産党が中国に対する「むき出しの敵意」(としか私には受け止められない)をあらわにし、あまつさえ綱領改定の柱とすることには重大な問題があります。「蚊帳の外にいる」自らの無力さを自覚した上であえて問題提起するゆえんです。