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アメリカINF条約脱退とロシア及び中国の公式反応

2019.08.08.

アメリカのINF条約一方的脱退及びそれに伴う同条約の失効(8月2日)に対して、ロシア外務省は同日声明を出して反応しましたが、プーチン大統領は8月5日に自ら声明を出してロシア政府の立場を明確にしました。同日、ロシア連邦評議会外交委員会のコサチェフ委員長及びロシア外務省のリャブコフ次官も発言しています。中国に関しては、8月6日に中国外交部軍備管理局の傅聡局長がメディア・ブリーフを行って中国政府の立場を明らかにしました。ロシア及び中国の反応に共通していることは、アメリカがアジアに中距離ミサイル等の運搬手段を配備するならば、ロシア及び中国も必ず対抗措置をとるということです。
したがって、①アジアにおける核軍拡競争が引き起こされる重大な危険性があり、②アメリカは日本等に配備することを意図していることからいって、日本政府(安倍政権)がアメリカの要求を拒否しない限り、日本はこの軍拡競争に引きずり込まれることは必然であり、その結果、③非核3原則をはじめとする歴代日本政府が公式に取ってきた非核政策の鼎の軽重が問われる事態になるということです。また、④ロシアとの平和条約交渉は頓挫することになり、安倍政権のアプローチに応じて日中関係改善に前向きに臨んできた中国が再び日本(安倍政権)に対して厳しい姿勢で臨むことになることになるでしょう。
薄っぺらな安倍外交の「化けの皮」が引き剥がされ、安倍政権に引き回されてきた多くの国民が遅きに失するとはいえ現実を直視せざるを得なくなるとすれば、それはそれで歓迎できることかもしれません。しかし、安倍政権の対米(対トランプ)追随のツケは日本の平和と安全の根幹を脅かすことになる以上、そんな次元で喜んでいるわけにはいかないことは明らかです。8月5日のコラムで紹介した環球時報社説の対日警告は決して「虚仮威し」ではないのです。
アメリカが配備の対象とする可能性のある国々の中、オーストラリアのモリソン首相は8月6日(エスパー国防長官の訪豪後)、中距離ミサイルの配備に関する要求はなかったし、将来仮に要求がある場合も拒否すると発言しました(イラン放送英語版WS)。韓国国防省報道官は8月7日のブリーフィングの際、アメリカの中距離ミサイルを韓国領土に配備する意思はなく、内部的に検討したこともなく、将来的にそうする計画もないと述べました(イラン・ファーズ通信)。フィリピンのドゥテルテ大統領も8月7日、アメリカは小火器取引に関しても信用できないとしつつ、中国の地域における影響力増大に対抗するためにアメリカが核兵器をフィリピン領土に配備することを絶対に許さないと宣言しました(ファーズ通信)。
私が疑問を通り越して絶望的にすらなるのは、日本国内では「だんまり」「くさいものには蓋」の空気が瀰漫していることです。マス・メディアの多くにとってINF条約問題は他人事であり、したがって目立たない報道しかなく、となれば、国民の多くも無関心のまま打ち過ぎるしかなくなっています。それをいいことに、安倍政権はちゃっかり「だんまり」を決め込んでいるというわけです。しかし、オーストラリア、フィリピンそして韓国までが否定的立場を明らかにしているというのに、ひとり日本政府が沈黙ということは、アメリカから見れば「日本組みやすし」と映ることは当然です。こんなことでいいのでしょうか。
 以上を念頭に、ロシア及び中国の公式反応の主な内容を紹介します。

<プーチン大統領>
現在の状況を考慮し、準中距離及び中距離ミサイルの開発、生産及び配備に関してアメリカが取る今後の動きを完璧にモニターするよう、私は、国防省、外務省等に指示する。アメリカがこれらのシステムの開発を完了し、その生産を開始するという確かな情報をロシアが得る場合には、ロシアとしては、同様のミサイルを開発するべく全力で取り組む以外の選択肢はない。もちろん、それには時間がかかる。ロシア軍がこれらの兵器を開発するまでは、既存の空中発射型及び海上発射型ミサイル(X-101、Kinzhal、Kalibr) 並びに将来的にはTsirkon超音速システムによって、(アメリカの中距離ミサイルによって)もたらされる脅威を確実に相殺する。以上の方針は、陸上発射型の準中距離以下のミサイルの開発、生産及び展開について適用する。アメリカ製のミサイルが配備されるまでは、ロシアはいかなる地域にも配備しない。
 最近の事態の進展にもかかわらず、ロシアはなお常識が支配すること、そしてアメリカ及びその同盟諸国が自らの国民及び全国際社会に対して責任感を持つことを希望する。INF条約解体をもたらしたアメリカの行動は、戦略兵器削減条約及びNPT条約を含むグローバルな安全保障体制の根底をおとしめ、揺るがすというのが我々の確信だ。
 このシナリオは制限のない軍備競争の新たな開始を告げる可能性がある。ルール、制限または法律がないことによるカオスを回避するため、我々は今一度、すべての危険な結果を推し測り、いかなる曖昧さもない真剣で意味ある対話を開始する必要がある。
 我々は、戦略的な安定及び安全を確保するための有意な対話を遅滞なく回復する必要があると考える。
<コサチェフ委員長>
 アメリカの準中距離及び中距離ミサイルを自国領土に配備することを選択するアメリカの同盟国は、あり得べき核の標的になることに同意することになる。ミサイルを配備する国は自動的にかつ自ら進んで数分間のうちに核の標的になる。
<リャブコフ次官>
*私は全文に接していないので、8月5日付のタス通信の報道をもとにし、タスが報じなかった部分をイラン・ファーズ通信及び中国・新華社通信で補足。
〇日本に早晩配備されるであろうMK-41発射システムは準中距離巡航ミサイルの発射にも使用できる。日本に当該システム(注:イージス・アショア)が配備される場合、我々はそのことを考慮することになる。ロシアは、誰がこのシステムを管轄し、日本政府の役割は何であるかについて日本と話し合っている。以上のことは協議の主題であり、公の分析の対象ではない。安全保障問題に関しては、意図及び計画に関する声明よりも、事実に基づく必要がある。(タス通信)
〇2月2日にプーチン大統領が声明したとおり、アメリカが欧州その他の地域で中距離以下の地上発射型ミサイルを配備するときが来るまでは、ロシアも中距離以下の地上発射型ミサイルをこれらの地域に配備しない。アメリカが新システムのアジアにおける配備を開始するならば、これらの行動に見合った関連措置がとられる。同じことは欧州にも適用される。(ファーズ通信)
〇アメリカはいくつかの地域にMK-41ミサイル発射システムを配備しているが、当該システムは攻撃型巡航ミサイルの発射が可能であり、これらの発射システムはINF条約が禁止するものである。アメリカ国防部が使用する攻撃型ドローンもINF条約が規定する破壊するべき巡航ミサイルの定義を完全に満たしている。(新華社)
 冒頭に紹介したとおり、8月6日に中国外交部軍備管理局の傅聡局長がメディア・ブリーフを行って中国政府の立場を明らかにしました。その前日(8月5日)、外交部の華春瑩報道官も記者の質問に答えて発言しています。二人の発言(要旨)を紹介します。
<傅聡局長>
 アメリカが陸上発射型ミサイルを実験し、配備する計画を表明したこと、特にアメリカの一部高官が「可及的速やかに」アジア太平洋地域に中距離ミサイルを配備すると公言していることに対して、中国は深刻な関心を表明する。アメリカの自制を呼びかける。アメリカがこの地域に陸上発射型ミサイルを配備する場合には、中国は座視して指をくわえるままであることは絶対にあり得ず、対抗措置をとることを余儀なくされる。中国は域内諸国がアメリカに対してその領土に陸上発射型ミサイルを配備することを許可しないことを呼びかける。なぜならば、その行動はこれら諸国の安全と利益に無益であるからだ。
 アメリカがINF条約を脱退することは、イラン核合意から脱退したことと同じく、国際軍備管理システムの基礎を根本から揺るがすもので、非常に危険な行動だ。アメリカが中国の「入り口」でミサイルを配備するならば、中国は対抗措置をとることを余儀なくされる。この点については何人もいかなる幻想をも持つべきではない。
<華春瑩報道官>
 中距離ミサイルの射程は限られており、どこに配備されるかがカギである。中国の陸上発射型ミサイルはすべて国内配備であり、そのことは中国の国防政策が防衛的性格であることを表している。しかし、アメリカがアジア太平洋地域特に中国周辺に中距離ミサイルを配備するとすれば、それは明らかに攻撃的性格を持つことになる。アメリカが一方的に行動する場合、国際及び地域の安全保障情勢に深刻な消極的影響を生み出す。中国は自らの利益が損なわれることを座視することはあり得ず、ましてやいかなる国による中国の「入り口」におけるトラブルを容認することもあり得ない。すべての必要な措置をとり、国家の安全と利益を断固防衛する。