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日韓の歴史問題と安倍政権の対韓輸出規制措置

2019.07.06.

経済産業省はG20大阪サミット終了直後の7月1日、テレビ・スマートフォンの有機ELディスプレイ部品に使われるフッ化ポリイミド、半導体の製造過程に欠かせないレジスト、エッチングガス(高純度フッ化水素)の3品目について、韓国に対する輸出規制を7月4日から施行することを決定しました。西村官房副長官は同日の記者会見で、この措置は安全保障上の考慮に基づく調整措置に過ぎないと発言しましたが、4日夜のNHKの番組に出演した安倍首相は徴用工問題に関して、「(日韓間では)1965年基本条約と請求権協定で終止符が打たれた」とし「お互いにそれを守らなければ世界平和と安定を守ることはできない」と主張したそうです(私は最近テレビをほとんど見ないので、この発言は7月5日付韓国・中央日報日本語版WSに基づいています)。いわゆる韓国「従軍慰安婦」問題、さらには「強制徴用工問題」に関するこれまでの日韓間の厳しいやりとりを踏まえれば、今回の安倍政権の措置は韓国・文在寅政権の立場・政策に対する不満に起因する政治的報復・制裁措置であることは疑問の余地がありません。
 安倍政権のとった措置に対して、日本の主要メディアはWTO違反、自由貿易の原則に背馳するという立場から批判を行っています。それはそのとおりだと私も思いますが、根本の問題が相変わらず批判の対象から抜け落ちていることに私はより重大な日本特有の問題を感じてなりません。それは、安倍首相が上記NHK番組で行った(とされる)発言にある、徴用工問題(そして「従軍慰安婦」問題)は1965年の日韓基本条約及び請求権協定で解決済みだとする立場のことです。
私は、「従軍慰安婦」問題に関しては2017年12月31日付のコラム、また「強制徴用工」問題に関しては2018年11月22日付コラムでそれぞれ安倍政権の主張の失当性について書きました。そして本年1月27日のコラム(前書き部分)で以上二つのコラムに言及した上で、「両者に共通するのは、文在寅政権が人間の尊厳を重視する基本認識から両問題にアプローチしているのに対して、安倍政権は終戦詔書史観(一般的には靖国史観という呼称が流通していますが、それは正確ではなく、終戦詔書史観とするべきだと考えます)にしがみついてアプローチしていることに起因するものだということです。しかし、日本も批准した国際人権規約を根本的指針とする限り、文在寅大統領と安倍首相のいずれが正しいかは明々白々です。朝日新聞を含む日本のマス・メディアの「韓国叩き」報道の根本的誤りも、国際人権規約で確立した法規範をまったくわきまえないで勝手な主張を行っていることにあるのです」と指摘しました。
 私は安倍政権の今回の暴走ぶり(己が間違っているのに文在寅政権に八つ当たりし、WTO違反の措置までとる厚顔さ。自由貿易の旗手気取りで振る舞ったG20大阪サミット直後に、国民の多くに巣くう「嫌韓」感情をくすぐることも読み込んだ今回の措置)に対して心底怒りを禁じえません。そして同時に安倍首相がこうした暴走をためらわないまでになった大背景として、長年にわたって自民党政権が営々と積み重ねてきた歴史教科書の書き換えの「成果」を考えないわけにはいきません。
 今や有権者の多く(20歳代から40歳代)は、書き換えられた歴史教科書に基づいて歴史を教えられて育っています。私自身、1990年代に大学で日本政治を講義していたとき(講義の終わりに任意でメモを提出することを学生たちに求めていました)、学生たちが提出するメモの記述内容で、アジアに対して行った日本の侵略戦争・植民地支配についてすでに間違った歴史を信じ込まされていることを思い知らされて、何度も愕然としたことを今も鮮明に覚えています。そういう彼らが今や40歳代なのです。その後はさらに書き換えが進んできていますから、より若い年代においては推して知るべしです。自民党・文科省の文教行政は間違いなく日本人の歴史認識を変えることに成功しているのです。
 言論NPOによる第7回日韓共同世論調査・日韓世論比較結果(6月12日。 http://www.genron-npo.net/world/archives/7250.html 以下「比較結果」)は、「日本人が、韓国にマイナスの印象を持つ理由で最も多いのが、「歴史問題などで日本を批判し続けるから」で今回も52.1%と半数を上回っている。新しい選択肢に加えた「徴用工判決」と「レーダー照射」についてもそれぞれ15.2%、9%の日本人がマイナス印象の理由に挙げた」、「文政権の日本に対する対応を日本人の57.3%と6割近くが「評価しない」と回答している」と指摘しています。
 特に憂慮するべきは、日韓間の歴史問題に関する日韓両国民の認識がますます隔たってきていることです。その原因は明らかに日本における歴史教育にあります。この点について比較結果は以下のようにまとめています。

「韓国人には歴史認識問題の解決を求める見方が広がっており、「歴史認識問題が解決しなければ、両国関係は発展しない」という見方が39.1%(昨年33.5%)と、4割近くに拡大している。日本人ではこうした状況に戸惑いが見られ、歴史認識問題の解決を困難視する見方が依然多い。
 解決すべき歴史問題としては、日本人では例年と同じく韓国の「反日行動」と「反日教育」を挙げる人が半数を超えるが、「従軍慰安婦」を挙げる人も4割近く存在する。増加が目立ったのは、「韓国の政治家の日本に対する発言」で29.2%から35.7%となった。「強制労働の補償問題」は1割強程度である。韓国人では「従軍慰安婦」が7割と最も多いが、「補償問題」も昨年から16ポイント増加して6割を超えている。」
 日本における歴史教育の右傾化が野放図に進行した結果、今や日韓双方の彼我に対する認識はかけ離れるに至っています。この深刻な問題を直視しないことには、仮に自民党に代わる政権が成立したとしても、日韓関係(ひいては対アジア外交)に関して「自民党なき自民党政治」が続くことになってしまうでしょう。なぜならば、主要メディアの担い手も、中央政治の担い手も今や歴史認識に関してゆがみきった知識を植え込まれている世代によって占められるに至っているからです。
 私は「安倍政治に引導を渡す」ことにはもちろん賛成です。しかし、それだけで日本政治が根本から変わるとは到底考えられません。日本人の歴史認識を根本から改めなければならないこと、そのためには歴史教育に抜本的なメスを入れなければならないこと、そのことを日本人が主体的に自覚するときが来ない限り、私は日本政治について楽観視することはできません。安倍政権の対韓輸出規制措置は氷山のほんの一角にしか過ぎないのです。