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米朝首脳板門店会談(環球時報社説)

2019.07.01.

6月30日、気まぐれなトランプならではの思いつき(G20大阪サミットでの米中首脳会談でのやりとりがヒントになった可能性はありうると思います)をきっかけに実現した板門店における米朝首脳会談(トランプがアメリカ大統領として初めて38度線を踏み越え、朝鮮領土内に足を踏み入れた)ですが、トランプと金正恩が50分に及ぶ二人だけの会談を行い、その後トランプが実務レベルでの交渉を2,3週間以内に開始すると発表したことにより、結果的にはなんとか中身のある会談になりました。7月1日付の環球時報社説「38度線での形式にこだわらない朝米サミット 良いことだ」の内容は私の印象、判断と概ね一致しているので、以下に紹介します。
 一言付け加えますと、イラン、シリア、パレスチナ、アフガニスタン、ヴェネズエラ等世界中でごり押しの政策を行い、至る所で挫折し、今や四面楚歌、八方塞がりに陥っているトランプ政権ですが、こと対朝鮮政策に関する限り、トランプの思いつきの行動が米朝関係を前に動かす動力となることがしばしばあるのは何故か、というごく自然な疑問に答えておく必要があると思います。私は主に二つの要素によるものだと考えています。
 一つは、そしてこれが決定的に他の国際問題と異なる点ですが、相手の金正恩がトランプを相手とする対米交渉に真剣かつ前向きに取り組む姿勢であるということです。イラン(ハメネイ)、シリア(アサド)、パレスチナ(アッバス、ハマス)、ヴェネズエラ(マドゥロ)は圧力一辺倒のトランプとの対決姿勢を鮮明にして、状況は底なし沼に陥っており、2020年の大統領選挙に向けての好材料は一切ありません。これに対して朝鮮(金正恩)の場合唯一、トランプとの「首脳間の個人的信頼関係」に問題解決の望みを託しています。朝鮮半島問題(半島の非核化と半島における平和と安定の実現)を一刀両断、快刀乱麻で解決するすべはあり得ませんが、解決に向けての重要な前進が得られれば、トランプにとって重要な大統領選挙資産になることは間違いありません。トランプが金正恩との個人的関係を重視し、ポンペイオ、ボルトンの暴走をチェック(ほかの問題では往々にして彼らの暴走を容認してしまっている)して主導権を手放さないのはそのためです。今回のトランプの思いつきの呼びかけに金正恩が応じたのも正にそれ故です。
 二つ目は、他の国際問題は、ヴェネズエラを除けば、前政権時代からの負の遺産の継承であるのに対して、朝鮮半島問題だけは負の遺産を断ち切ろうとするトランプ個人の強い意志が働いているということです。有り体に言えば、これも身も蓋もない話ですが、周知のとおり、トランプが外交に臨む衝動力の源泉は「反オバマ」です。その最悪の典型はイラン問題です。国際社会が広く重視し、肯定的に評価しているイラン核合意(JCPOA)ですが、オバマ政権がこれに同意したという理由(ほかにも、トランプ個人のイスラエル.サウジアラビアびいきという事情も働いてはいます)でトランプはこれに反対し、一方的に離脱し、再び苛烈を極めるな対イラン制裁に踏み込み、そして今日の一触即発の事態を招いているのです。ところが朝鮮問題では、オバマ政権は朝鮮政権の崩壊を目指す「戦略的忍耐」政策をとっていました。これに反対するトランプは、「政権交代」を目指さないことを公言し、2018年以後、対米核デタランスを背景にアメリカとの交渉に乗り出そうとしていた金正恩という、願ってもない交渉相手を得たことにより、トランプがまともな外交を成立させることができるようになっているというわけです。
 もちろん、朝鮮半島の複雑な歴史に対するろくな知識も持っておらず、朝鮮半島問題の解決に関する一貫した戦略も持ち合わせていないトランプですので、今後も紆余曲折は免れないと思います。しかし、30歳代半ばの金正恩が70歳代半ばのトランプをなだめあやしながら道を踏み外すことがないように努力する姿は現代国際関係におけるこの上ない奇景と言えるでしょう。

 水曜日、38度線において極めて独特な米朝サミットが実現した。それも極めて突然で、トランプが韓国を訪問する時の突然の思いつきで、ツイート上で金正恩と38度線で握手し、「ハロー」と言いたいということがきっかけだった。しかしながら、今回の会見が思いつきによって実現したにせよ、あるいは精巧な計画とアレンジによるものであったにせよ、当面する米朝の膠着状態を打ち破り、両国間の雰囲気を改善するうえでは積極的役割を生み出すだろう。間違いなく良いことだ。
 トランプには天然な一面があり、注目を引きつけ、センセーションを引き起こすことに大いに関心があり、しかも実にアイデア豊富だ。それが形式にこだわらずに平和と安定を推進する方向で使われるとき、良好な効果を生み出し、一種の突破力を作り出すことがある。
 2月のハノイでの会合が失敗した後、朝米は膠着に陥り、第3回サミットを行うことに関してトランプは巨大な圧力に直面してきた。ところがトランプは、38度線で金正恩と急遽会見し、お互いに挨拶するやり方で、すべての反対者が手を下すすべがない結果になった。今回のサミットはシンボリックなものだが、膠着を打破し、対話再開を宣言したことにおいて、米朝関係にとって再び「微妙な転換」となった。
 トランプは指導者間の個人的関係を樹立するやり手と言うにふさわしい。米朝が深刻に対立するという条件の中で彼が朝鮮指導者との個人的関係を作り上げているというのは正に奇跡であり、このことは情勢を安定させ、危機を転化させる上で特殊なテコの役割を果たしてきている。
 しかし、指導者の個人的友誼は国家利益に代替することはできず、重大な政治的分岐を解決する上での力は畢竟限られている。現在の朝鮮は新戦略路線を実行し、国内経済発展を積極的に推進しようとしており、国際制裁の緩和を非常に必要としている。今回トランプが制裁緩和問題で何らかの動きを示すことができていたならば、38度線会合に対する土産となっていただろう。しかし彼はそうしなかった。ワシントンは平壌が核放棄においてさらに多くの約束を行うことを希望しており、米朝の深刻な分岐は指導者間の個人的関係よりも明らかに重みがある。
 半島問題は複雑を極め、解決の難度も高く、アメリカの半島政策は安定的なものになる必要があり、長期的に見た場合、対半島政策が大統領個人の性格に縛り付けられすぎることは必ずしも良いことではない。
 客観的に見て、トランプ執権2年半の間に、半島情勢が激烈な対立、戦争瀬戸際から今日の相対的安定にまで変わったことは重要な進展だ。朝米指導者はこのことに貢献しており、トランプが形式にこだわらずに2018年からプラスの動力を提供したこともあり、半島情勢がこれまでの成果の基礎の上に不断に前進することができるならば、そして、前進の速度はどうであれ、後退する道が完全に塞がれるのであれば、国際社会としてはそういう段階的な総括を見届けたいと願っている。
 トランプとしては、彼の参与によって達成されてきた半島情勢の進展をこの地域における新たな基礎とすることに努め、半島が引き続き緊張緩和に向かう態勢を不可逆なものとすること、半島が常に未来の不確定性の中で閉じ込められ、いつ何時「解放前に逆戻り」するかもしれないというリスクがないようにすることに力を入れるべきだろう。半島の平和すらも取引材料になってしまうというのであれば、トランプは一体半島で何をしでかすのかということが長期的な懸念材料となるだろう。
 指摘しておくべきは、北東アジア全体が半島問題には前進だけがあるべきで、絶対に後退しないことを希望しており、アメリカ社会も半島が永遠にアメリカの精力を牽制する「火薬庫」になることを願っていないということだ。朝鮮に対して強硬アプローチを要求する勢力は「反対のための反対」であり、半島問題で大統領に面倒を引き起こすだけであり、半島の恒久平和に拒否する以外の切実な利益は持っていない(浅井注:最近、環球時報はポンペイオ国務長官を名指しで強烈に批判する社説を何度も出しており、このくだりはポンペイオ等が念頭にあると思われます)。
 今回のサミットは世界のメディアを賑わしたが、朝米が改めて問題解決の道を探る上で再び可能性を提供する可能性がある。今後は、アメリカのエスタブリッシュメント全体が朝鮮に対する敵意を和らげ、客観的に朝鮮という国家を理解し、旧思考を改める必要があり、トランプ及び彼のチームが意思を持ち合わせているのであれば、そのために役割を果たすことができる。このステップをとり、トランプが半島問題解決をめぐっていかなる貢献を行うかは、歴史的評価におけるカギとなる意味を持つだろう(浅井注:この最後のくだりは、米中関係に関する中国の対米注文ともそっくりかぶります)。