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朝鮮半島情勢:習近平訪朝と米朝首脳往復書簡

2019.06.27.

中国の習近平主席が6月20日から21日まで朝鮮を公式訪問しました。直後の6月23日、金正恩委員長がトランプ大統領から「立派な内容が盛り込まれている」親書を受け取り、「満足の意」を表するとともに、「トランプ大統領の政治的判断能力と並々ならぬ勇気に謝意」を表し、「興味深い内容を慎重に考えてみる」と語ったことが明らかにされました(括弧部分は朝鮮中央通信が報じた同委員長の発言)。トランプの親書は、シンガポールでの米朝首脳会談から1周年を機に金正恩がトランプに親書を送ったことに対する返書であることは明らかです(ちなみに、トランプのトゥイッターへの書き込みによれば、トランプの誕生日(6月14日)に際しても金正恩は祝意を表する親書を送ったことが分かります)。時系列から見ても、習近平訪朝とトランプの親書に対する以上の金正恩発言との間には密接な関連があることは明らかです。
結論から言えば、金正恩はトランプの親書の内容について習近平と突っ込んだ意見交換を行い、その上で上記発言を行ったということです。したがって、G20大阪サミットの際に行われる米中首脳会談においても、トランプの金正恩に対する親書の内容を踏まえた意思疎通が行われるでしょうし、「興味深い内容」について習近平がさらなるクラリフィケーションをトランプに求め、その結果を金正恩に伝え、金正恩はそれを踏まえた上でトランプに対するアプローチを判断するということになる可能性も大いに考えられます。
<習近平寄稿文>
 6月19日付の労働新聞は、「中朝親善を継承して時代の新しいページを引き続き記そう」と題する習近平の寄稿文を掲載しました。中朝関係史上においては前例がないだけに大きく注目されましたが、習近平は最近外国訪問するに当たっては訪問国の主要メディアに寄稿文を寄せるケースが多くなっており、必ずしも朝鮮を特別扱いしたということではありません。
しかし、今回の訪朝を通じて「中朝親善の新たなページを開こう」として、「互いに学びながら伝統的な中朝親善に新しい内容を付与」(「中朝関係発展の設計図を‥作成し、中朝関係発展の方向を…掴む」)、「実務的協力を強化し、中朝関係発展に新たな原動力を吹き込む」(「様々な分野における交流と協力を拡大」)、「意志疎通と対話、調整と協力を強化し、地域の平和と安定のための新たな局面を開拓していく」(「朝鮮側が朝鮮半島問題を政治的に解決する正しい方向を堅持することを支持し、対話を通じて朝鮮側の合理的な関心事を解決することを支持」「朝鮮側及び当該側と共に意志疎通と調整を強化し、朝鮮半島問題と関連した対話と交渉で進展が成し遂げられるよう共同で促すことで、地域の平和と安定、発展と繁栄のために積極的に寄与」)、以上3点(中朝関係の本質規定、両国関係推進、朝鮮半島問題での協力)を明示したことは、習近平訪朝の目的・意義を理解する上で重要です。習近平訪朝に関しては、朝鮮半島問題に関する部分(第3点)だけに注目が集まりましたが、この点を含む3点を正確にかつ包括的に捉える必要があります。
<中朝首脳会談>
 中国外交部WSが報道した6月20日に行われた首脳会談における両首脳発言は、以上3点を敷衍する内容でした。朝鮮中央通信も首脳会談の内容を報道しましたが、内容は抽象的です。したがって、以下においては中国外交部WSの報道に基づいて見ていくことにします。
 習近平は中朝関係の本質規定について、「本質属性」「前進動力」「最大優勢」「牢固紐帯」という4点を挙げ、次のように発言しました。「伝統的な中朝親善に対する新しい内容を付与」するとした寄稿文の第一点に関するものであり、このような中朝関係の本質規定は初めてです。特に、共産党の領導(本質的属性)及び最高指導者の戦略的牽引(最大の優位性)を挙げている点が、習近平と金正恩がそれぞれの国において強力なリーダーシップをとっていることを反映しています。ちなみに、6月22日付の環球時報社説もこの点を今回の習近平訪朝の大きな成果として特筆大書しています。

「習近平は次のように強調した。中朝関係の歴史を振り返るとき、以下(の4点)を深く認識することができる。共産党が領導する社会主義国家を堅持することが中朝関係の本質的属性である。共同の理想・信念及び奮闘目標が中朝関係前進の動力である。最高指導者の友誼伝承と戦略的牽引が中朝関係の最大の優位性である。地縁上の良縁性と文縁上の相通性が中朝関係の牢固な紐帯である。」
 第2点目の両国関係の推進に関しては、習近平は次のように述べました。交流協力の分野に関して今後カギとなるべき経済が明記されていないのは、安保理制裁決議の存在を意識したものでしょうが、全体として読み通せば、経済を含めた両国関係推進が意図されていることは間違いないところです。「私は金正恩委員長と密接な交流を保ち、政治的相互信頼を強固にし、中朝関係発展の大方向をしっかりと握っていくことを願っている」とする発言は、中朝関係をトップ・ダウンの方式で推進する意志を明確にするものです。
「現在、中朝関係はすでに新たな歴史的時期に入っている。…私は金正恩委員長と密接な交流を保ち、政治的相互信頼を強固にし、中朝関係発展の大方向をしっかりと握っていくことを願っている。双方は、戦略的意思疎通を強化し、重要な問題についてこまめに突っ込んだ意見交換を行い、両国の発展のために良好な環境を発展させる必要がある。双方は実務的な協力を広げ、両国人民にさらなる福祉をもたらす必要がある。中国は両党の治国理政の経験を交流し、学び会うことを深め、経済民生領域における双方による幹部の訓練及び人員の往来を強化することを願っている。中国は、教育、衛生、体育、メディア、青年、地方等の領域における交流協力を展開し、中朝の伝統的友誼を発揚し、両国人民の福祉を増進することを願っている。」
 以上2点に関する金正恩の発言を、中国外交部WSは以下のとおり紹介しました。両国関係に関して習近平は「両党の治国理政の経験を交流し、学び会う」と相互交流的に述べましたが、金正恩は「中国の経験とやり方を多く学び」と、朝鮮が中国から学ぶと率直に述べています。
ちなみに、冒頭の「朝中関係に対する総書記の明晰な分析及び展望ビジョンに完全に同意する」という発言について、私が日頃注目しているハンギョレのイ・ジェフン先任記者は朝鮮半島問題に関する習近平の発言に対する同意を表明したものだとする分析を行っています(6月22日付ハンギョレ日本語版WS)が、これは明らかに間違いです。というのは、中国外交部WSは中朝関係の本質規定及び両国関係推進に関する習近平発言を紹介した後に金正恩のこの発言を紹介し、その後で朝鮮半島問題に関する習近平発言と金正恩発言を紹介しているからです。
「私は、朝中関係に対する総書記の明晰な分析及び展望ビジョンに完全に同意する。…私は総書記と結んだ重厚な友誼を極めて大切に思い、総書記との間で達成した重要な共通認識を極めて重視し、総書記の今回の訪朝を契機として朝中双方がさらに戦略的意思疎通を強化し、各領域における友好的交流を深め、朝中関係を不断に新たな高みに引き上げていくことを願っている。…現在、朝鮮の党と人民は新戦略路線を全力で貫徹実行しており、朝鮮は中国の経験とやり方を多く学び、経済発展と民生改善に積極的に力を傾けていくことを願っている。」
 第3点目の朝鮮半島問題に関する習近平の、そしてそれを受けた金正恩の発言は以下のとおりです。「中国は、朝鮮の合理的安全保障及び発展に関する関心を解決するために力の及ぶ限りの協力を提供することを願い、朝鮮及び関係方面と協調及び連係を強化し、半島非核化及び地域の長期にわたる安定を実現するために積極的建設的役割を発揮していくことを願っている」とする習近平の発言は中国の一貫した立場・政策の確認です。しかし、金正恩とトランプの往復書簡が介在していることを念頭に置くとき、「朝鮮及び関係方面と協調及び連係を強化」という発言の重みを確認することができそうです。また、「過去一年以上の間、情勢の緊張を避け、半島情勢をコントロールするために多くの積極的措置をとってきたが、関係方面の積極的レスポンスが得られなかったことは朝鮮が見届けたくないことだ」という金正恩の発言については、トランプに対する不満表明という受け止めが支配的ですが、私はトランプ及び文在寅に対する不満表明と理解するべきだと思います。
 金正恩に対するトランプの親書に関わる直接の言及はありません。しかし、習近平の上記発言及び金正恩の「中国との意思疎通及び協調を引き続き強化」という発言を踏まえれば、習近平訪朝に先立って送られたトランプの「興味深い内容」(金正恩)の親書に関して、金正恩と習近平が突っ込んだ意見交換を行わなかったと考える方がむしろ不自然であることは改めて言うまでもないでしょう。金正恩は習近平との意見交換を踏まえた上で冒頭の発言を行ったと見る方が自然です。
 私は憶測をたくましくすることを厳に戒めています。しかし、習近平の朝鮮公式訪問の発表は6月17日、習近平がトランプからの要請に応じて電話会談を行い、G20大阪サミットでの米中首脳会談に応じたのが6月18日であったこと(トランプが米中貿易交渉における解決方法を探求したいと言ったのに対して、習近平は「中米関係発展の根本問題について意見交換を行いたい」と発言しており、中国が安易な妥協を行う用意はないことを明確にしています)、その直前に米朝首脳間の書簡の往復があったことを踏まえるとき、トランプの金正恩に対する書簡について、金正恩が習近平の考え方を尋ね、習近平が多忙の合間を縫って訪朝を決めた可能性は大いにあると考えます。
「習近平は半島の平和と安定維持及び半島非核化推進のために朝鮮が行ってきた努力を積極的に評価した。習近平は次のように指摘した。朝鮮半島情勢は地域の平和と安定にかかわるものであり、過去一年、半島問題で対話による解決を重視するという明るい見通しは国際社会の承認と期待を勝ち取ってきた。国際社会は朝米が交渉を続け、成果を生み出すことをあまねく希望している。
 習近平は次のように強調した。半島問題は高度に複雑でセンシティヴである。我々は戦略的高み及び長期的角度から情勢の成り行きを正確に把握し、半島の平和と安定を確実に守るべきである。中国は半島問題の政治解決プロセスを推進することを支持し、問題解決のために条件を蓄積し、作り出す。中国は、朝鮮の合理的安全保障及び発展に関する関心を解決するために力の及ぶ限りの協力を提供することを願い、朝鮮及び関係方面と協調及び連係を強化し、半島非核化及び地域の長期にわたる安定を実現するために積極的建設的役割を発揮していくことを願っている。
 金正恩は当面の半島情勢に関する見方を紹介し、次のように述べた。過去一年以上の間、情勢の緊張を避け、半島情勢をコントロールするために多くの積極的措置をとってきたが、関係方面の積極的レスポンスが得られなかったことは朝鮮が見届けたくないことだ。朝鮮は忍耐心を維持しようとしており、同時に関係方面が朝鮮と同じ目標に向かって歩み寄り、それぞれの合理的関心に合致する解決方法を探索し、半島問題の対話プロセスの成果獲得を推進することを希望する。朝鮮は、半島問題解決プロセスにおいて中国が発揮している重要な役割を高く評価しており、中国との意思疎通及び協調を引き続き強化し、半島問題の政治解決が新たな進展を獲得することを推進するべく努力し、半島の平和と安定を維持することを願っている。」