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ハメネイ師と安倍首相の会談
-「トランプの5つの要求」-

2019.06.15.

6月14日付のイラン通信社Fars(FNA)は、イランの最高指導者ハメネイ師と安倍首相の会談において、安倍首相が「トランプの5つの要求」を伝え、その一つ一つについてハメネイ師が表明した見解を紹介しました。実はFNAは同じような内容を前日にも報道したのですが、トランプが5つの要求を安倍首相に託し、それをハメネイ師が全面的に拒否したという整理の仕方で改めて報道したことは、FNAが半官の通信社とされていることを前提とすると、かなり重みが違ってくると思います。ハメネイ師の対米不信は徹底していることを理解しているので、その発言内容も私にとって何ら意外ではありません。6月8日のコラムでも指摘したとおり、安倍首相の「御用聞き」さながらのイラン訪問は滑稽以外の何ものでもありません。それでもイラン側が安倍首相に対して礼儀を尽くし、赤っ恥をかかせないように配慮したのはイランの日本重視(安倍重視ではない!)によるものであったことは明らかであり、安倍首相はそのことに感謝するべきです。
 私の安倍首相のイラン訪問に関する評価は、友人から送られてきた中東ジャーナリスト・川上泰徳氏の「安倍首相のイラン訪問 緊張緩和の仲介とは程遠い中身と日本側の甘い評価」と題するブログに示されている判断と基本的に変わりませんので、末尾で紹介させていただくことで省略することとし、ここでは、FNAの紹介した安倍首相とハメネイ師との「トランプの5つの要求」に関するやりとりを紹介します(内容的には、FNAに基づいて川上氏が紹介していることとほぼ重複します)。

 ハメネイ師は安倍首相が伝達したトランプの5つの要求を、米大統領は不正直で嘘つきであることが証明済みなので拒否した。安倍晋三は木曜日の朝ハメネイ師と会ってトランプの5つの要求を伝達したが、ハメネイ師は、トランプにはいかなるメッセージを伝えるのも値しないといって、米大統領との間ではいかなる形の対話にもかかわることを拒否した。
 トランプは安倍に対して、日本の首相以外には自分のメッセージをテヘランに伝えることができるものはいないと述べた。
 木曜日の会談の前、多くの分析家が日本の首相はハメネイ師にトランプの秘密のメッセージを伝えようとしていると見ていたが、ハメネイ師と安倍との会見内容が明らかになることによってそういう憶測が現実となった。
 (第一に)トランプは安倍に対して、彼の政権はイランの政権交代を追求していないと述べた。指導者は次のように答えた。「我々のアメリカとの間の問題は政権交代に関することではない。なぜならば、仮に彼らがそのことを追求しようとしても、そのことを達成することはできないからだ。過去40年間、歴代大統領はイランを破壊しようとして失敗した。トランプが政権交代を求めていないというのはウソだ。というのは、できるのであればそうするだろうから。しかし、彼はそうすることができないのだ。」
 次に日本の首相はトランプの第2の要求としてワシントンはイランと核問題を議論したいのだと述べたが、ハメネイ師は次のように述べて退けた。「イランはアメリカ及び欧州-いわゆるP5+1-と5,6年交渉して協定に達した。しかしアメリカは協定を無視し、破った。合意されたすべてのことを放り投げる国家ともう一度交渉することを許すような常識があるだろうか。」
 彼は40年間にわたってアメリカがイランに対して示してきた敵意及びその敵意が今も続いていることを指摘した上で、「我々の問題はアメリカと交渉することでは解決されないと確信するし、いかなる自由な国家も圧力のもとでの交渉を受け入れることはあり得ない」と述べた。
 指導者は2015年の核取引実現に至るアメリカとの交渉プロセスに言及して、「核合意の後にJCPOAを直ちに破ったのはオバマ氏だったが、その彼がイランとの直接対話を求め、やはり仲介者を送ってきた」と述べた。指導者は、「これが我々の経験であり、我々はそれを繰り返すことはないことを安倍氏に保証する」と強調した。
 安倍が伝えたトランプの第3の要求は、アメリカはイランが核兵器を獲得することをストップさせる決意だということだった。それに対してハメネイ師は彼が不正規な兵器(unconventional weapons)を禁止するファトワをすでに出していることに注意を喚起した上で次のように述べた。「我々は核兵器に反対であり、私のファトワは核兵器の製造を禁止している。しかし、仮に我々が核兵器を製造しようとする場合、アメリカは何もできず、アメリカが許さないということは障害にならないということを知るべきだ。」
 安倍が伝えたトランプの第4の要求は、アメリカはイランとの正直かつ誠実な話し合いを求めているということだった。ハメネイ師は安倍に対し、「我々はそんなことをまったく信じない。なぜならば、真正な話し合いということはトランプのような輩からは来ないからだ」と述べた上で、「正直及び真心はアメリカの当局者にあっては極めてまれなものだ」と続けた。彼は次いで次のように付け加えた。「米大統領は数日前にあなたと会って、イランを含めて話を持った。ところが日本から戻った後、彼は直ちにイランの石油化学産業に対する新たな制裁を科した。これが正直なメッセージか。このことが、彼は正直な話し合いをしたいということを示しているか。」
 安倍が引用したトランプの最後の要求は、ワシントンとの交渉はイランにとってためになるだろうことを米大統領が約束するということであり、「アメリカとの交渉はイランの発展に資するだろう」ということだった。ハメネイ師は、「神のご加護のもと、アメリカと交渉せず、制裁があるにもかかわらず、我々は発展するだろう」と応じた。
(参考)川上泰徳「安倍首相のイラン訪問 緊張緩和の仲介とは程遠い中身と日本側の甘い評価」
 米国とイランの緊張緩和のための仲介を目指して行われた安倍晋三首相の2日間のイラン訪問は12日、ロハニ大統領と、13日、最高指導者ハメネイ師との会談を行ったが、13日にホルムズ海峡であった日本のタンカーなど2隻への砲弾攻撃によって、国際ニュースから吹っ飛んでしまった。イランでの報道をみると、米イランの仲介という点では、安倍首相の訪問は完全に失敗だった。それにと止まらず、状況は対話とは逆方向に進んでいることを印象づける結果となった。
 安倍首相とハメネイ師の会談について、首相官邸サイトでは次のように書いている。
 イランの最高指導者である、ハメネイ師と直接お目にかかり、平和への信念を伺うことができました。これは、この地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進であると評価しています。またハメネイ師からは、核兵器を製造も、保有も、使用もしない、その意図はない、するべきではないとの発言がありました。
 一方、ハメネイ師の公式ウエッブサイトから発信された情報では首相官邸の談話にはないメッセージがある。イラン各紙が伝えているハメネイ師と安倍首相との会談の様子は次の通りだ。首相官邸の簡単な談話に比べると、安倍首相との会談をほぼ網羅していると思われるので、長くなるがイランの主要メディアのファルス通信から引用しよう。
 会談の中で安倍首相はハメネイ師に「私はあなたに米国大統領のメッセージを渡します」というと、同師は「私は日本が誠実で善意に基づいていることに疑いはありません。しかしながら、あなたが米国大統領について言ったことについては、私はトランプを私がメッセージを交換するに値する人間と考えていませんし、私からはいかなる返事もありませんし、将来においても彼に返答するつもりはありません」と答えた。
 安倍首相が米国はイランが核兵器を製造することを阻止するつもりであると語ったことに対して、ハメネイ師は「私たちは核兵器に反対しています。私のファトワ(宗教見解)は、核兵器の製造を禁じています。しかし、私たちが核兵器を製造しようと考えれば、米国は何もできませんし、米国が認めなくてもそれが(製造することの)障害にあることがないことは、あなたも知るべきです」と語った。
 さらに安倍首相が「トランプ大統領はイランの体制転覆を考えているわけではありません」と語ったのに対して、ハメネイ師は「我々と米国との問題は米国がイランの体制転覆を意図しているかどうかではありません。なぜなら、もし、米国がそれ(イランの体制転覆)をしようとしても、彼らには達成することはできないからです。米国の歴代の大統領たちは40年間にわたってイスラム共和国を破壊しようとしてきましたが、失敗しました。トランプがイランの体制転覆を目指していないと言っているのは、嘘です。もし、彼がそうできるなら、するでしょう。しかし、彼にはそれができないのです」と述べた。
 また安倍首相が米国は核問題でイランと協議することを求めている、と語ったのに対して、ハメネイ師は「イランは米国や欧州諸国との六か国協議を5年から6年行って、合意に達しました。しかし、米国は合意を無視し、破棄しました。どのような常識感覚があれば、米国が合意したことを投げ捨てておきながら、再度、交渉をするというのでしょうか? 私たちの問題は、米国と交渉することでは決して解決しません。どんな国も圧力の下での交渉は受け入れらないでしょう」と反論した。
 安倍首相がトランプ大統領の言葉として「米国との交渉はイランの発展につながる」と語ったのに対して、ハメネイ師は「米国と交渉しなくても、制裁を受けていても、私たちは発展してきます」と答えた。
 ハメネイ師から公式に発表された安倍首相の内容を見る限り、安倍首相が提示したトランプ大統領のメッセージは、ことごとく拒否されている。米国との仲介者を演じる安倍首相にとっては取りつく島もなく、イラン訪問は完全に失敗したと評価するしかないだろう。
 日本の主要な新聞各紙の14日付朝刊は、いずれも一面で扱い、上記の首相談話をもとに記事をつくっている。朝日、読売、毎日各氏の見出しを比べてみると、次のようになる。
 ▽朝日新聞
  主見出し イラン「核製造しない」
  副見出し ハメネイ師、米との対話は否定的
 ▽読売新聞 
  主見出し ハメネイ師、米との対話拒否
  副見出し 「核兵器製造 意図ない」
 ▽毎日新聞 
  主見出し 米との対話拒否
  副見出し ハメネイ師 安倍首相と会談後
 3紙とも、記事の中でハメネイ師側の厳しい言葉にも触れている。ただし、朝日新聞は紙面としてはもっとも肯定的な見出しとなっている。しかし、ハメネイ師側の厳しい発表内容を見ると、「米との対話拒否」を主見出しに掲げた読売新聞や毎日新聞が、実際の会談の様子を伝える紙面づくりになっていると言わざるを得ない。
 世界が注目した安倍首相とハメネイ師との会談であるが、「地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進であると評価しています」と肯定的な評価だけで、相手の厳しい反応を一切伝えない首相官邸の発表は、日本国民をミスリードするものであろう。この会談についてのNHKのインターネットサイトの記事は「『核兵器の製造保有の意思なしとハメネイ師が発言』 安倍首相」という見出しで、「ハメネイ師は、アメリカと対立するイランの立場を説明したうえで、核兵器の製造や保有を目指す意図はないという考えを示しました」と書いている。さらに「会談後、安倍総理大臣は記者団に対し、『ハメネイ師と直接お目にかかって平和への信念をうかがうことができた。この地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進であると評価している』と述べました」とする。
  NHKはハメネイ師側の言葉は何も上げずに、「ハメネイ師はアメリカと対立するイランの立場を説明」と一言で要約していることには驚かざるを得ない。中東ではイランを含め強権体制のもとで、既存のメディアは政府の意向だけを報じていることはよく知られたことだが、安倍首相・ハメネイ師会談の報道を見る限り、NHKの報道も大差ないレベルである。
 さらに朝日新聞とNHKが主見出しにもってきたイランは「核製造しない」とか「核保有意思ない」ということは、10年以上前からハメネイ師が宗教権威としてイスラムに基づくファトワ(宗教見解)を出して、繰り返し主張していることであり、ニュースでもなんでもない。今回のハメネイ師側の発表でも、「私のファトワ(宗教見解)は、核兵器の製造を禁じています」という事実を語っているだけである。
 40年前の1979年のイラン革命を率いたホメイニ師や、その後継者であるハメネイ師が宗教見解として、無差別殺戮を行う核兵器の製造や保有を禁じ、それがイランで核兵器保有を押しとどめる要因になっていることは既成の事実である。しかし、そのような宗教見解があっても、イラン国内で核兵器保有を目指す動きがあるのではないか、という疑惑があるために、核協議が続けられ、やっと合意ができたのである。その合意から米国が離脱して、軍事的な危険が高まっている時に、日本の首相がテヘランに行き、ハメネイ師と会談して、会談後に「ハメネイ師は核製造も、各保有もしないと発言しました。この地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進です」と得意げに自国メディアに語るというようなおめでたい話でいいのだろうか。
 安倍首相や官邸が「平和と安定の確保の前進」をあざ笑うかのように、ホルムズ海峡で日本のタンカーなど2隻が何者かによる砲弾の攻撃を受けた。ホルムズ海峡は日本にくる原油を運ぶタンカーの8割が通過すると言われる要所で、トランプ政権が対イラン強硬策をとり、緊張が高まる中、ペルシャ湾岸のバーレーンに基地を置く米海軍第5艦隊は、海峡周辺のパトロールを強化している。攻撃について、イランは関与を否定しているが、米国のポンぺオ国務長官は「イランに攻撃の責任がある」と断言し、新たな緊張が高まる要因となっている。
 安倍首相がトランプ大統領の意を受けて、イランを訪問し、ハメネイ師と会談することは、中東でも大きく報道されたため、今回の攻撃は、両者の会談に合わせたものと考えるべきだろう。このような破壊活動について、何らかの国家的なインテリジェンスが関わっている可能性は否定できないだろうし、このような破壊活動で犯人捜しをしても、実行者がよほど杜撰でないかぎり、見つかりはしない。ただし、この事件から、日本の首相がイランの最高責任者と会うというタイミングを狙って、破壊活動を行う勢力があり、いつでも危機を生み出すことができるという中東の危うさを再認識することが必要である。
 安倍首相とハメネイ師の会談と、タンカー攻撃のどちらを一面のトップニュースであつかうかは、日本では新聞によって扱いが分かれた。一方、米国のトランプ政権と並んで対イラン強硬派のサウジアラビアの主要紙シャルクルアウサト紙の14日付の1面は煙を上げるタンカーの写真を大きく扱い、タンカー攻撃が圧倒的なトップニュースである。見出しは「海峡に対するイランによる攻撃の後で、国連が"大規模衝突"を警告」というおどろおどろしいものであり、「イランの攻撃」と決めつけている。安倍首相とハメネイ師の会談の記事は、その左隣に小さくあり、見出しは「ハメネイ師は日本の仲介を拒否」となっている。首相官邸が「地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進」と語った安倍首相のイラン訪問は、現地では危機が深刻介する様相の一つとして使われている。

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