中国の大国外交のあり方

2014.08.31.

*国際関係において、大国は中小国とは異なる責任を担う位置にあります。私がよく使うたとえですが、アリ(中小国)が信号を無視して繁華街の横断歩道を渡ろうとすれば、車に押しつぶされて死ぬのがオチで、いかなる波乱もおきませんが、巨象(大国)がそのような行動をとれば一大混乱が発生することは目に見えています。逆に巨象が自らの置かれた位置を自覚した行動を率先してとれば、周りのものもそれに従い、交通秩序が保たれるでしょう。この譬えが示すのは、大国が自らの責任を自覚した行動をとれば国際関係は平和で安定するし、自分勝手に行動すれば国際関係は混乱し、平和と安定が損なわれるということです。私がもっとも多くを学んだイギリスの国際政治学者であるヘッドレー・ブルの古典的著作『政府なき社会』(Anarchical Society)においては、国際秩序を維持する不可欠な要素として外交、国際法と並んで大国を挙げています(このほかにも戦争を挙げているのは時代性を感じさせますが)。
  ところが日本では、大国というと「大国主義」と結びつけてしまう傾向が強く、「大国=大国主義」と見なされてしまって、マイナス・イメージが先行してしまう傾向が強いと思います。確かに歴史的に見れば、責任大国としてのケースよりも自分勝手な行動に走る大国のケースが多いし、かつての軍国主義大国・日本という実例も経験している(今日では安倍政治の実例もある)ので、多くの日本人がマイナス・イメージしか持てない事情はそれなりに理解できます。
  しかし、責任大国の事例もないわけではありません。それ以上に私は、平和憲法を体する大国・日本は国際社会の平和と安定の実現に対して極めて大きな役割を担うことができるし、またその責任もあると長年にわたって確信しています。そういう問題意識をかつて『大国日本の選択』と題する本で世に問うたこともあります(まったく注目を引きませんでしたが)。
  これに対して中国は、かつて中華世界の中心にある大国として君臨した歴史もあり、大国という言葉に対して拒否感がありません。しかも中国は、19世紀以後100年以上にわたって欧米日列強によって蹂躙され、国際社会の底辺に突き落とされた体験もあります。したがって、いまや世界第2位の経済大国として急台頭する中で、習近平指導部の中国は責任大国としての自らのあり方を真剣に模索しようとしています。
  8月25日付の環球時報は、清華大学当代国際関係研究院院長の閻学通署名の「大国外交は敵と友とを区分しなければならない」と題する文章を掲載しました。その内容は、1980年代からの中国外交の変遷を簡潔に整理した上で、今後の中国の大国外交のあり方に問題提起を試みたものとして極めて興味深いものです。ここに紹介する所以です。
  一言だけあらかじめ指摘しておく必要を感じるのは、閻学通の主張はあくまで彼の問題提起であり、習近平指導部の中国外交の性格を代弁するものではないということです。そのことは、彼による「新型大国関係」の性格規定、位置づけが極めてユニークであることから直ちに分かります。習近平指導部は今日の中露関係がもっとも模範的な新型大国関係にあるという位置づけを行っていますから、この関係を中米関係に固有なものと位置づける閻学通の提起は主流的な考え方とはほど遠いのです。
  しかし、閻学通文章の値打ちはそのことによって損なわれるものではありません。1980年代から今日に至る中国外交の基調の変遷の整理の仕方は簡にして要を得ていて参考になります。また、責任大国の外交のあり方に関する閻学通の問題提起も、中国における問題意識の所在を示すものとなっています。

  2013年に中国は「大国外交」への転換を開始した。それ以前における中国外交においては、「大国」とはアメリカ、日本、ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、インド、ブラジルなどの外交上の相手国を指していたが、今や「大国」とは中国自身を指すものである。外交的地位の転換により、中国外交は新たな挑戦、即ち外交においては敵と友とを区分する必要があるかどうかという問題に直面することになった。

<非同盟から敵友不区分へ>
  1982年の第12回党大会報告が「中国はいかなる大国または国家集団にも従属しない」とする「非同盟」原則を明らかにする以前は、中国の外交理念は明確に敵友を区分するものだった。1950年代には、中国の社会体制との異同に基づき、「帝国主義国家」、「資本主義国家」、「民族主義国家」及び「社会主義国家」と区分した。1960年代及び70年代には、中国の国際的地位との異同の程度に基づき、第一世界(超大国)、第二世界(超大国以外の先進国)及び第三世界(途上国)と区分した。この二種類の国家類別の基準は同じではないが、いずれも当時における敵友区分の政治外交理念を体現していた。
  非同盟原則の指導の下、第12回当大会報告は「平和共存5原則は社会主義国家を含むすべての国家との関係に適用される」と提起した。それ以後、中国外交では敵友理念が薄まりはじめ、外交が経済建設の任務に従うことにより、途上国の位置づけが後退することになった。党大会報告における外交対象国の順序は日本、アメリカ、ソ連、第三世界となった。1987年の第13回党大会報告は外交対象国の順序づけをやめ、「世界各国との友好協力関係の発展」と提起した。敵友不区分は経済協力重視の外交理念を体現していた。
  1989年の政治的波風(注:天安門事件)発生後、アメリカ以下の西側諸国は中国に対して全面的な制裁を行ったが、多くの途上国の立場は西側諸国とは異なるものだった。この現実を踏まえ、1992年の第14回党大会報告の外交部分では国家の分類を復活させたが、第三世界(途上国)と「すべての国々」(「非途上国」)の2分類だけとなった。この分類の仕方は、外交的重点と敵友不区分との間である種のバランスをとろうとしたものだった。1997年の党大会報告は、敵友不区分と外交的重点の明確化のもとでの国家分類・順序づけの方法を見つけ、周辺国、第三世界(途上国)及び先進国とした。この三分類方法は今日まで続いているが、2002年の第16回党大会報告はその順序を調整し、先進国、周辺国及び途上国とした。この国家分類・順序づけについては、2006年に「大国は主要、周辺はカギ、途上国は基礎」と集約された。この集約の仕方の優れていることは、各類別の国家を同等に重要であるとし、外交原則の柔軟性を増し、いかなる類別の国家を外交上の主要対象とすることも合理的になったことにある。このような国家分類・順序づけはグローバル化時代にふさわしく、グローバル化時代の外交には敵友はなく、敵友区分の外交は「冷戦思考」だとするものもいる。
  しかしながら、この国家区分・順序づけにも弊害がある。原則における柔軟性が強くなりすぎると、原則の指導的役割が弱まってしまうということがそれである。例えば、東南アジアにおいて、カンボジアとフィリピンは等しく周辺の途上国だが、カンボジアは中国外交の基礎であるのに対してフィリピンは外交上の面倒である。ロシアと日本も同類だが、ロシアとは全面的な戦略協力を強化する必要があるのに対して、日本に対しては政治的孤立化を進めることがあるのみだ。「主要」、「カギ」、「基礎」という言葉を並べても、外交重点国はどの類別であるかを明確になし得ない。アメリカは大国であるが周辺国ではないのに対して、日本はそのいずれでもある。日本は「主要」かつ「カギ」であるから、理論的にはアメリカよりも重要ということになってしまうが、これは明らかに実情にそぐわない。

<大国としての利益は敵友区分に基づく外交で実現しなければならない>
  今後10年を見通すと、中国の総合的国力はアメリカを除くいかなる国々よりも大きくなり、しかもその差はますます大きくなっていく。中国はより多くの国際的責任を担わざるを得なくなり、公共財の提供によって国際秩序を維持し、そのことによって最大限に自らの利益を守らなければならなくなる。国際的責任を担い、中国の提案を示し、中国の知恵を貢献し、より多くの公共財を提供するに当たっては、敵友を区分しなければ方向性が定まらないという困難に逢着する。誰に対する責任か、誰にとって有利な提案であるか、誰に資する知恵であるか、誰が公共財を多く享受できるかなどの問題を明確にすることによってのみ、何をなすかを決定することができる。いかなる大国も、国際秩序を形作る時には、敵国ではなく友邦を保護する責任を担い、競争相手ではなく協力国に有利な提案を提起し、ルールを壊すものではなくて遵守する国家に対して公共財を提供する。
具体的に言えば、敵友を区分しないことには、例えば、(習近平が提起した)「親・誠・恵・容」の外交原則の実行を期しがたい。例えば、今日の状況のもとでは、政治的にロシア及びカンボジアと親しくすることはできるが、日本の安倍政権及びフィリピンのアキノ政権と親しくすることはできない。さもなければ、両政権がさらに反中的な政策をとることを慫慂することになってしまう。外交上、正式な外交関係がある国家に対してのみ誠・信を語ることができるのであって、中国の主権を承認せず、台湾の分離主義を支持する国家に対しては誠・信を語るか否かという問題はあり得ない。経済的には、途上国に対しては進んで恵を及ぼすことができるが、先進国・アメリカに恵を及ぼすことはできない。国際政治において、弱者が進んで強者に恵を及ぼすということは道義に合致せず、それは弱者の強者に対する追従でしかない。
民族復興に有利な国際環境を作り出すため、中国の対外政策は利益関係に基づいて国家の類別を行い、具体的な外交政策を制定することに対して明確な政治的方向性を提供することを考えるべきである。世界各国を「友好」、「協力」、「普通」及び「衝突」という4分類にし、総合的実力が中国に劣る国家に対しては、国の大小を問わず、友好国に対しては一律に仁義相助の政策をとり、協力国に対しては然るべく配慮する政策をとり、普通の国に対しては平等互恵の政策をとり、衝突国家に対しては真っ向から対決する政策をとるということだ。
アメリカは唯一中国よりも実力が強大な国家であるから、「新型大国関係の国家」と分類することを考慮することができる。新型大国関係の性格は、台頭国と主導国との平和的競争の関係であり、実力比較において米強中弱であるから、中国の対米政策は対等互恵であるべきだ。厳格に言えば、実力が等しくない条件のもとでは、対等互恵そのものがもともと強者に有利であるわけだから、中国が対等互恵政策を採用すること自体が中国の外交政策の包容性を体現している。
アヘン戦争以来、中国は弱を以て強を制する豊富な外交的経験を蓄積してきたが、強を以て弱に対する外交上の経験は比較的少ない。例えば、非同盟は米ソ両極構造のもとにおける弱対強の外交戦略だった。歴史上、小国が非同盟というケースは常に見られるが、帝国及び超大国が非同盟という現象は稀である。外交理念において敵友を区分するかしないかということは、中国の大国外交が直面する新しい課題である。