尖閣問題と日本政治及び日米軍事同盟

2012.08.23

*日本国内では尖閣問題に関して領土問題としてのみ取り上げ、議論する雰囲気ですが、物事を複眼的、立体的、歴史的に見る視点が体質的に備わっている中国においては、尖閣問題についても様々な角度からこの問題を論じる状況があります。特に中国側が注目するのは、劣悪な日本政治及び日米軍事同盟と尖閣問題とのかかわりです。テーマを整理して、主要な論調(強調は浅井)を紹介します(8月23日記)。

<尖閣問題に関する日本側対応に対する警戒感>

 人民日報系列の環球時報は、8月11日、14日及び15日に立て続けに尖閣問題を取り上げて、日本側が過激な行動に出て、事態を収拾つけられない状況に追い込むことがないように警告しました。頭に血が上っている日本人からすれば、これらの文章の随所にかちんとくるでしょうが、全体を通してみれば、中国側が、日本政府の短視眼的な行動によって事態がコントロールできないまでに悪化することを真剣に憂慮していることを読みとることは難しくないはずです。これらの文章は、中国の活動家が尖閣に上陸して逮捕され、日本政府が強制送還の措置を取る以前に書かれたものですが、今後さらに日本側が尖閣「購入」「国有化」を進めるならば、中国側が如何に反応し、行動するかを明確に示すものであり、私たちとしては、日中関係が不測の事態に陥ることを回避するために、これらの文章に示された中国側の基本的立場を十分に認識して判断を誤らないことが極めて重要だと思います。ここでは、11日付及び15日付の同紙社説を取り上げます。

○8月11日付環球時報社評(社説)「日本が露韓から受けたひどい目を釣魚島に向けてぶちまけることを慎重に防ごう」
 …韓日間の今回の先鋭な衝突は、日本が時を同じくして露韓中と領土問題で対抗し、東アジアでもっとも孤立していることを明らかにした。日本は第二次大戦の結果に従わず、領土問題で「取り戻す」ことばかり考え、その結果自らを受け身にさせている。
 露韓の指導者が前後して日本と紛争がある領土に大々的に上陸したことに対して、日本は怒り狂っても仕返しが思いのままにならないということは、領土紛争における一大現象を突出させている。即ち、紛争のある領土を実際に支配しているものが主動的で有利であり、しかも相手側の気持ちをあまり考慮しないということだ。露韓の指導者が日本の反対を顧みず島に上陸して主権を誇示するのはもっぱら国内政治上の利益に着眼したものであり、日本人が怒るかどうかは重要なことではなかった。
 日本の首相が釣魚島に上陸したことがないのは、今では東北アジアにおける一つの「例外」とすらなっている。しかしながら、このことは日本の指導者の「自覚が高い」ということではなく、日本の外交上の持ち駒が限られており、中国の力がますます強大になっていて、中国の外交その他の対抗手段に対して日本側が恐れをなしているということ(の結果)なのだ。また、釣魚島は台湾にも関係しており、日本の高官が上陸すれば中台から同時に反撃に遭うことは必然であり、日本の当局としてはこのことも気になるところだ。
 とは言え、日本が露韓から受けたひどい目を釣魚島に向けてぶちまける可能性はある。なぜならば、釣魚島は日本が周辺諸国との間で係争中の領土の中で唯一実効支配しているところであり、事実上、釣魚島は一貫して日本のナショナリズムが自らを慰める調節器だからだ。
 もちろん、中国としては、日本が釣魚島に危機を転嫁することを防止するために、露韓の指導者が南千島諸島及び独島に上陸することに反対する、ということはできない。中国は、領土問題では露韓の立場を支持し、共同で日本に対処するべきだ。独島問題での日韓の矛盾は妥協できるものではないので、独島の騒ぎが大事になればなるほど、日韓が団結することはますます難しくなるわけで、地政学的には中国にとって有利なことだ。
中国としては、釣魚島問題が引き続き危機に向かってエスカレートすることに対して思想的に十分な備えをするべきだ。中国大陸が断固として対抗することに加え、中台が手を組んで日本を制御するための条件を作ることに努力するべきだ。また、中国としては、ロシアの公然とした支持及び韓国世論の対中共感を取り付ける努力をするべきだ。中国はさらに、釣魚島問題でのアメリカの中立を取り付けるべきだ。このようにすれば、日本が釣魚島問題で小細工を弄する余地は極めて小さくなる。
中国が速やかに釣魚島に対する実効支配を回復するということは現実的ではないが、日本が釣魚島で乱行や悪事を働くことを押さえ込むことができるかどうかは、中国の国家的力量及び外交的知恵にとっての試金石だ。東アジアの領土紛争が大規模に爆発する際にはいかなる規則性もあり得ず、いちばん喜ぶのは当然なことにアメリカだ。戦略的に見れば、このことは、中国の安定的台頭のための周辺的な大環境に対して不利になる。中国は今のところ、紛争が蔓延することに対してコントロールを行うだけの能力と手段を持っておらず、実際上すでに具体的な紛争の渦中にはまっている。
中国としては、大戦略のために具体的な利益においては後退するということはできず、今年になってからの一連の海上の動きによって領土問題における主導権を少なからず勝ち取ったのだが、しかし、同時に大戦略における真実とその重要性を決して忘れてはならない。中国は日本ではなく、韓国でもない。中国は実利を図るべきであり、虚勢を張るべきではない。中国の雄壮な志は東アジアの一連の島嶼を超越するべきであり、同時にアジア太平洋の縦深的挑戦に直面するべきだ。

 この文章の最大のポイントは、日本が事態をエスカレートさせることを防止するために中国側としてあらゆる手段を講じることの必要性を指摘する点にあります。しかし、私たちが決して見落としてはならないのは、「中国が速やかに釣魚島に対する実効支配を回復するということは現実的ではない」、「中国は今のところ、紛争が蔓延することに対してコントロールを行うだけの能力と手段を持っておらず」と中国が尖閣に対する実効支配を行うための実力を持っていないことを率直に認め、「中国は実利を図るべきであり、虚勢を張るべきではない。中国の雄壮な志は東アジアの一連の島嶼を超越するべき」として、日本が事を荒だてない限りは中国としては現状維持を受け入れる、という間接的な意思表示を行っていることです。中国は、明確に事態の沈静化、石原発言以前の段階への原状回復を望んでいるというメッセージを発しているのです。
 ちなみに、この文章の最後の「アジア太平洋の縦深的挑戦に直面するべきだ」という箇所は、後で取り上げるアメリカのアジア回帰戦略の下における、日米軍事同盟の対中対決指向を念頭においたものだと思われます。

○8月15日付環球時報社評「釣魚島問題 日本は程合いを心得るべき」
…当然、中国も感情を抑え、釣魚島が中国の支配下にないという現実による影響に目を向ける必要がある。現段階における釣魚島保護は争いをエスカレートさせ、日本の「実効支配」を合法化する計画をだめにし、今後の交渉に土台を築くことになる。中国は今すぐに釣魚島を「奪い返す」条件を備えていない。
中国社会の釣魚島保護における認識はほぼ的確である。民間の活動家は愛国心を表すと同時に、程合いも心得ている。かつて、中日双方が釣魚島問題の解決において似た考えを持っていた時期があり、そのために島は音の鳴り止まない「火薬樽」にならずにすんだ。
ところが、日本側は近ごろ過激な行動に出て中国社会を刺激し続けている。
日本は、控えめな態度をとって釣魚島の情勢を低強度紛争に戻すための条件を積極的に作り出すか、または中国とエスカレートし続ける全面的な対抗に出るかを決めなければならない。日本がどちらを選んでも、中国はそれに付き合うつもりだ。 日本は、中国が態度を和らげるという幻想を捨てるべきだ。中国社会で釣魚島保護の声と意志が強まり、国力が絶えず強まる中、中国にとっての日本の重要性は日本にとっての中国の重要性ほど高くなく、中国が釣魚島問題において日本に譲る理由など全くない。
中国人は中日関係や両国間の各問題を大局的に捉えており、日本社会もそうであるべきだ。中国の保釣抗議船が釣魚島周辺海域に向かって航行している今は、まさに日本が西太平洋において程合いを心得るときである。
「中国網日本語版(チャイナネット)」2012年8月15日

 11日付社説が中国側としての立場について述べたものであったのに対して、15日付社説は、日本側に対して自重を呼びかける内容になっています。ここでも、「中国も感情を抑え、釣魚島が中国の支配下にないという現実による影響に目を向ける必要がある」「中国は今すぐに釣魚島を「奪い返す」条件を備えていない」ことを述べて日本側の対中疑心暗鬼に配慮を示した上で、「日本は、控えめな態度をとって釣魚島の情勢を低強度紛争に戻すための条件を積極的に作り出すか、または中国とエスカレートし続ける全面的な対抗に出るかを決めなければならない」という表現で、今後の成り行きは日本の出方次第だとし、「中国人は中日関係や両国間の各問題を大局的に捉えており、日本社会もそうであるべきだ」と述べることによって、日本社会が日中関係の大局的理解に立った分別ある行動を取ることを促しています。
 以上の立場を示していた中国側にとって、野田政権が尖閣に上陸した中国人活動家などを速やかに国外強制退去処分としたことは、とりあえずは歓迎すべきことでした。しかし、中国側がこれで一件落着とは考えておらず、野田政権が尖閣「購入」「国有化」問題を更地に戻すことこそがカギであるとしていることは、8月19日付新華社HP国際時評「釈放は賢明な措置」において、次のように明確に示されています。

 日本は17日に逮捕した14名の釣魚島防衛人士を賢明にも釈放帰還させることを決定した。世界の中国人は、彼らの平安無事に非常に心配を寄せていた。なぜならば、彼らの行動は固有の領土主権を防衛するという一億一心及び団結成就を体現していたからだ。
 風止まずば樹静たり難し。日本政府が「島購入」の茶番劇をやめない限り、釣魚島の波風が収まることは難しい。釣魚島問題について、日本政府は三たび考えて後行動することが極めて必要であり、右翼勢力に取り込まれる危険を見極め、釣魚島「国有化」を放棄し、東京都の石原慎太郎知事などの右翼政治屋が「島購入」の茶番劇を続けることを確実に阻止するべきである。
 三たび考えることの最初は、歴史観を考えるべきだ。…中国人からすれば、日本が釣魚島は中国に属することを承認しないということは、かつて隣国を侵略した不正義と罪悪を心から承認していないということを意味し、軍国主義及び対外侵略の道を再び歩む危険があるということを意味している。
 二つ目は、今回の波風の起因を考え、事件を作り出した責任を直視するべきだ。もともとは、釣魚島「購入」は石原などの右翼政治屋が個人的な得点を稼ぐために仕組んだ茶番劇にしか過ぎなかったのに、日本政府は、中日関係の大局から出発して制止しなかったどころか、釣魚島問題を人気取りの政治的カードにしてしまい、7月末には釣魚島「国有化」手続きを正式に起動することを発表し、さらにひどいことに、自衛隊を出動させて中日間の釣魚島紛争を解決することを考慮するとまで公言した。(中略)
 三つ目は、21世紀の日本はアジアの隣国と如何にして平和的に共存するか、また、中日関係をいかなる方向に向けて導く用意があるかを考えるべきだ。近代史において、日本はかつて倦むことなく「脱亜入欧」を求めたが、今日に至ってもなお西側の国家と見られることを光栄と見なしている。しかし、地理的、文化的及び人種的に、日本は終始東洋に属し、アジアに属している。日本はかつて隣国の「脱亜入欧」を尊重せず軽蔑したことが自らと隣国に災難をもたらしたことを、戦後の日本は深刻に反省した。40年前の中日関係正常化は、この反省が重要な基礎となっている。
 日本は、未来に向きあうに際して、この反省を再び我がものとし、アジア諸国との共存の道について改めて考えることが大いに求められているのは明らかだ。日米軍事同盟を強化することにのみ依拠し、アメリカのアジア回帰戦略に積極的に協力すれば、枕を高くして釣魚島を不法占拠し続けることができると考えているのであれば、また、国内の極右勢力が釣魚島問題で大騒ぎすることを許容し、さらには彼らに取り込まれるようなことになるならば、日本は、誤った危険な道をますます遠くまで歩むことになる。
 今回、日本政府が不法に逮捕した中国の釣魚島防衛人士を速やかに返還し、中日関係の悪化を避けたことは賢明な措置だった。しかし、釣魚島の緊張した状況がエスカレートすることを如何にして防ぎ、これによって中日関係の大局が妨害されることを如何にして防ぐかに関しては、日本政府の次の行動が最重要なカギであり、歴史的な事実及び中国人民の感情を尊重してばかげた「島購入」の茶番劇を可及的速やかに収束させることがカギのカギである。

<日米軍事同盟に対する警戒感>

 8月21日付の新華社HPは、20日に行った中国政策科学研究会国家安全政策委員会副秘書長の彭光謙少将に対する単独インタビュー(タイトルは、「釣魚島問題は人類社会の正義の力に対する日本の挑戦」)記事を掲載しました。彭光謙が示した見解は中国側の尖閣問題に関する関心の所在を窺う上で極めて注目に値するものです。大要をまず紹介します。

 新華社HP:釣魚島にかかわる最近の日本の言動はますます桁外れになっていて、中国の強烈な抗議を引き起こしている…が、日本は何故に釣魚島問題で頑固で悟ろうとせず、ひたすら我を通しているのか。これはアメリカの曖昧な態度と関係があるのか。どのようにこの問題を見るべきか。
 彭光謙:釣魚島問題は一般的かつ単純な領土紛争あるいは海洋権益にかかわる紛争であるにとどまらず、より高いレベルから見れば、三つの戦略的中身がある。
 まず、釣魚島問題は第二次世界大戦の反ファシズム戦争の正義を擁護するか否定するかという問題にかかわっている。第二次大戦は反ファシズムの正義の戦争であり、大戦後期に発表された法的効力を持つカイロ宣言及びポツダム宣言は、「日本は無条件で中国から窃取した一切の島嶼を返還しなければならない」と明確に規定している。日本の無条件降伏以後、日本の領土は本土4島及び戦勝国が定めるその他の島嶼に限られている。
 人類史上で最大規模の正義対邪悪の力比べ(の結果)として、第二次大戦で血をもって書かれた結論はひっくり返すことはできない。この結論を否定することは、反ファシズム戦争の正義性を否定することにほかならない。今日、日本が頑固にいわゆる「釣魚島は日本の固有の領土だ」と言い張ることは、反ファシズム戦争をひっくり返そうとするものであり、人類社会の正義の力に対する挑戦だ。
 したがって、釣魚島問題は中国の領土を防衛する問題であるにとどまらず、第二次大戦の歴史の性格及び国際正義にかかわる問題である。中国は、すべての正義の力と連合して、国際的に道理を踏まえた意気盛んな闘争を進め、第二次大戦の勝利の果実を断固として防衛しなければならない。
 第二次大戦中、アメリカは無数の優秀な子女を犠牲にして、反ファシズム戦争で卓越した貢献を行った。現在、アメリカは道徳上の勇気を示し、歴史の正しい側に立つべきである。仮に曖昧な態度を続け、一方では釣魚島の主権帰属に関しては「一方の側を選ばない」と言い張り、他方では日本が騒ぎを起こすことを暗黙裡に支持するのであれば、実際上は反ファシズム戦争における自らの正義及び歴史を否定し、歴史の誤った側に立つことになる。
 第二、現在の釣魚島の波風の大きな背景には、アメリカの戦略の重心が東に移ったということがある。日本はアメリカのアジア太平洋地域における戦略の支えだ。アメリカは日本を必要とし、日本もまたこの機会に乗じてアメリカの庇護の下で大国ヅラしようとしている。米日は互いを必要としており、互いに利用し合っている。仮にアメリカの戦略重心が東に移るという大きな背景及び環境がなければ、日本が釣魚島問題で意図的にことを起こす肝っ玉はない。画策したものであるか否かにかかわらず、アメリカは責任を免れることはできない。
 第三、釣魚島は台湾の宜蘭の管轄に属しており、したがって、この問題は中国大陸の問題であるだけではなく、台湾問題と密接にかかわっているものであり、中国の国家的統一及び中華民族の復興という大事業の一部分だ。
 釣魚島は小さな島に過ぎないが、ことは大局にかかわり、重要な戦略的価値及び戦略的意味があるのであって、我々中華民族としては譲歩の余地はない。
 新華社HP:ということは、アメリカの戦略重心が東に移ったことは、釣魚島問題をさらに複雑化させているということか。
 彭光謙:そのとおり。アメリカの戦略重心が東に移ったという大きな背景により、釣魚島問題はいよいよ複雑さを増し、問題は長期化、複雑化そして膠着化する可能性があり、短時日で解決はできず、我々としては長期闘争を行う準備をする必要がある。もしも日本が戦略的に判断を誤り、戦略的に盲動するのであれば、自業自得となるだけだ。中国側は必ずや相応の措置を取る。
 釣魚島問題においては、中国は国際的な正義の力を呼び起こし、国際的な戦線を組織し、共に第二次大戦の勝利の果実を防衛すべきだ。明年はカイロ宣言70周年を迎えるので、適当な時期に国際会議を開催し、日本の領土的帰属及び国際的地位の問題を含めた日本の戦後処理問題を改めて審議し、カイロ宣言やポツダム宣言などの重要法律文献の正確性と有効性を重ねて述べ、第二次大戦で残された問題を徹底的に解決するべきだ。
 新華社HP:香港の釣魚島防衛人士が8月15日(日本の投降記念日)に釣魚島に上陸して中国の主権を誇示したが、彼らの釣魚島防衛活動はいかなる歴史的意義があるか。
 彭光謙:目下の日本は四面楚歌の情勢にあり、国際的にも国内的にも少なからぬ圧力に直面し、進退窮まった状況にあるので、勝手な振る舞いをする勇気がない。したがって、日本側の封鎖を突破して釣魚島に上陸した人士に対して、日本側はさらなる行動は取れず、速やかに釈放してことを収めた。
 今回の香港の釣魚島防衛人士の上陸行動は二つの意義がある。中国の釣魚島に対する主権を再度誇示して、日本のいわゆる釣魚島の主権の帰属については「紛争は存在しない」というばかげた主張を打ち破っただけではなく、同時に中国の民間が秘めている巨大な愛国主義の熱情とエネルギーさらには中華民族の不撓不屈の精神を明らかにした。我々は、これらの勇士に対して敬意を表するべきだ。

 彭光謙の発言で特に注目されるのは、尖閣問題を含めた日本の「固有の領土」論をカイロ宣言及びポツダム宣言に即して一蹴していることです。私は前にこのコラムで、両宣言に即する限り、日本の主張は分が悪いことを指摘しましたが、彭光謙の発言は正に中国側もこの点を見据えていることを示しています。さらに彭光謙は、両宣言の当事者であるアメリカに対しても、領土問題で態度を曖昧にすること(ましてや陰で日本を支持すること)は許されるはずはないではないか、と詰問しているのです。
 さらに注目しなければならないことは、彭光謙が、2013年がカイロ宣言70周年に当たる年であることを踏まえ、国際会議を開催して、アメリカがサンフランシスコ対日平和条約でことさらに曖昧にした日本の戦後処理問題について最終的決着をつけるという提案を行っていることです。仮に日本(及びアメリカ)がこの国際会議出席を拒否しても、ロシア及び韓国が同調すれば、日本の「固有の領土」論は国際的に葬り去られる可能性が十分にあると考えなければなりません。
 一言脇道に入ることを許していただくならば、竹島問題で日本政府が国際司法裁判所(ICJ)への提訴という政策をとったことは拙劣を極めるし、自分で自分の首を絞めると同じだと思います。韓国はますます態度を硬化させ、対米考慮から中国(及びロシア)と同調することにはためらいがあるはずなのに、「日本がそこまで厚顔無恥ならば」ということになりかねません。また、日本がICJで決着をつけるという主張は諸刃の剣にもなりかねません。国際法上の理は我にありと確信する中国が、尖閣問題もICJで白黒つけよう、と提案してきた時に、日本としてはどうするつもりなのでしょうか。
もちろん、中国が直ちにそういう提案を行ってくるというのではありません。私の以前の知識に基づけば、領土問題は二国間で解決するべきだというのが中国の従来の立場ですから、日本の韓国に対する「提案」に悪乗りして来る可能性はむしろ小さいと見るべきでしょう。しかし、中国国内では領土紛争を国際司法または仲裁で解決する試みに関する研究が行われていることは注目すべきです。このコラムでも紹介したいと思うのですが、8月21日付で中国新聞社HPに掲載された『中国経済週刊』をソースとする「世界には60近い国家で島嶼紛争 多くは国際法廷に付託して解決」という見出しの文章があります。中国が抱える問題には言及していませんが、まったく傍観者的にこのような研究が行われていると考えるとすれば、それはまったくピント外れでしょう。
話を元に戻せば、石原慎太郎の発言がなければ、そして野田首相の数々の見境ない発言がなければ、日中平和友好条約40周年を両国で祝って関係改善につなげようとしていた中国、尖閣問題については「棚上げ」で納得していた中国を本気で怒らせ、日本の戦後処理問題そのものにまで踏み込むような事態にはならなかったでしょう。石原及び野田首相の罪はきわめて重い、と言うほかありません。
さらに本題に戻ります。彭光謙は、尖閣問題とアメリカのアジア回帰戦略及び日米軍事同盟とのかかわりを鋭く指摘しましたが、そういう視点で物事を見ている中国にとって、8月21日から9月26日まで行われる陸上自衛隊と在沖米第3海兵遠征軍によるグアム及びテニアンにおける「島嶼防衛」演習訓練は、正に「これ以上の刺激はない」というほどのものとして受けとめられています。
8月21日付の中国新聞社HPは、前日の20日に完成した中国中央テレビの国際討論番組「環球視線」の台本として、特約評論員の洪琳及び中国国際問題研究所研究員の滕建群との長文のインタビュー記事を掲載し、「日米軍事演習の狙いは「動態防衛協力」の実現」、「今次軍事演習のタイミング選択における微妙な道理」、「日本、必要時の自衛隊出動」というテーマの下に、二人の専門家の発言を紹介しました。先に紹介した中国政策科学研究会国家安全政策委員会副秘書長の肩書を持つ彭光謙の発言とは異なり、洪琳及び滕建群の発言は個人的見解の域を出るものではありませんが、日米軍事同盟に関して中国内部でどのような問題意識に基づく議論が行われているかを窺う上では有益だと思いますので、概要を紹介します。

○日米軍事演習の狙いは「動態防衛協力」の実現
滕建群:島嶼奪取演習としてははじめてのものではない。例えば、アメリカは最近フィリピンともこの種演習を行っている。…アメリカの作戦思想からいえば、特に最近において熱を入れているのは空海陸作戦であり、島嶼奪取防衛は米軍の主要な作戦思想ではない。アメリカは、その海空の優勢を利用して沿海地域において対内陸攻撃を行い、同時に沿海地域において大陸国家の封鎖を保障しようとするものであり、したがって、その空海一体作戦思想は主に大陸に対する作戦に関するものだ。(それでは)アメリカはなぜ日本、フィリピンなどと島嶼の奪取防衛演習を何度も行うのか。これは、日本のような同盟国に対して気合いをかけるということだと思うが、このことは、日本やフィリピンなどの同盟国によって拡大、誇張され、アメリカが釣魚島や黃岩島などの紛争がある地域や島嶼をアメリカが防衛することを約束したものと見なされるのである。だから、これはアメリカによる一種のミスリーディング(な行動)であり、…島嶼奪取防衛はアメリカの当面の主要な作戦思想ではない。
○今次軍事演習のタイミング選択における微妙な道理
 洪琳:一つは、アメリカは日本を支持するという情報を伝えるということだ。…以前は釣魚島問題でアメリカはどちらかといえば中立の立場で、態度を示さないということだった。ところが本年に入ってから、アメリカの高官…は一度ならず米日安保条約が釣魚島をカバーすると言っている。これは日本がもっとも聞きたい話だ。したがって、米日の島嶼防衛演習の過程で、日本の防衛省筋は、事実上は釣魚島を演習上の仮の目標としており、釣魚島で将来戦争が起こった時に、米日間でどのような歩調を合わせた措置が取れるかを考慮したものだと明確に指摘した。…(しかし)実を言えば、アメリカからすれば、太平洋全域における軍事配置はもっとフレキシブルなものでなければならず、今回の軍事演習が防衛省筋が理解するようなものであると言うのは、アメリカが日本に「精神安定剤」を与えているのだということが認識されているということだ。
 滕建群:アメリカがかくも盛んに言うのは口先だけのことが多い。特に昨年10月に前外相の前原誠司の再度にわたる督促を受けて、クリントン国務長官が安保条約第5条を釣魚島に適用できることを約束し、今年もアメリカの高官が繰り返しこの問題について語っている。このことは、日本に、いったん戦争又は危機がある時には、アメリカが本当に介入するという誤解を与えたと思う。しかし、(そのとおりかどうかは)よく考える価値がある。
○日本、必要時の自衛隊出動
 滕建群:日本側が自衛隊を動かして釣魚島を防衛するという点に関しては、いくつかのケースが考えられる。一つは発砲するということだ…が、これは憲法違反のはずだ。…しかし、我々はこの可能性を警戒しなければならない。なぜならば、現在の日本は第二次大戦以後の数々の制約を反故にしているからだ。例えば、去年には武器輸出三原則を蹴飛ばしたし、本年初には宇宙技術を安全保障領域に用いることができることにした。

 以上の二人の識者の発言に共通しているのは、今回の島嶼防衛の日米軍事演習について、表面的には尖閣防衛を主眼としたものという印象を与えているし、アメリカとしても日本がそういう印象を国内的に振りまきたいならそれはそれで良いと思っているが、アメリカにとっての真の狙いは、(台湾海峡有事を受けた)中国大陸侵攻作戦に備えることが主眼であり、もっと機動的に日米軍事力が多様な事態に即応する能力を身につけるための軍事演習だということです。
 アメリカが日本の尖閣領有を支持するために、中国と本気で事を構える気持ちはないとする滕建群の見解をもっとストレートに展開しているのが、8月13日付人民日報HP日本語版「中日衝突を受けて米国が中国と開戦することはあり得ない」(環球時報掲載記事。執筆者:庚欣)です。

日本は戦後「非軍事化」などの改造を経て、基本的に「平和的発展路線」を歩み、多大な「平和の配当」を得てきた。だが近年の釣魚島紛争などにおける異例の強硬姿勢と頑なに我が道を行く姿勢、長年棚上げされてきた小島を「重大な」地域紛争に変えようとする企みによって、その不公正で隣国の感情と利益を顧みない一面を顕わにした。
同じ儒教文化圏では誰もが「己の欲せざるところ、人に施す勿れ」という道理を知っている。張学良は晩年に軟禁状態を解かれてNHKの取材に応じた際、「日本人には『忠』があるが、最も欠いているのは『恕』だ」との名言を残した。つまり日本人は相手の身になって考える修養を欠いているということだ。露韓の対日「強硬」姿勢に日本は上から下まで強く刺激され、「行き過ぎた行動だ、情理にもとる」と考えている。意外なことに、これらがまさしく日本人自らが招いたものであるということに気づいていないのだ。まさしく政府から民間までの日本の強硬姿勢と不公正さが関係各国を刺激し、露韓をこれまでのやり方を突破する行動に出させたのだ。(中略)
日本がこのように強硬なのは米国の後押しがあるからだと考える人がいるかも知れない。だが実際には、日本がこのように騒ぎを起こして最も困惑を覚えているのは米国なのだ。米国は「日米安保は釣魚島に適用される」との姿勢は示したものの、東中国海で日本のために中国と開戦するつもりは絶対にない。野田が釣魚島の「国有化」を宣言したことに米国は驚き、直ちに日本政府に事態を確認した。日本は現在東中国海の緊張を激化させているが、最終的に表に出て来て清算しなければならないのは米国だからだ。米国は罠にこそかからないが、非常に困惑している。現在と予見可能な未来において、中米は共に冷戦後の「平和的発展」の多大な配当を享有する「戦略上のステークホルダー」であり、両国間に重大な軍事衝突が起きることはあり得ない。台湾のような中米間の最も敏感な紛糾ですら、すでに「コントロール可能なリスク」となった。釣魚島1つに中米開戦を引き起こす重みは全くない。米国は中国の強大化に脅かされることを望まず、中日が親密になって冷遇されることも望んでいない。だが米国がもっと望まず、決して受け入れることがないのは、中日衝突によって中国との開戦を強いられることだ。
…人を害せば結局は己を害する。現在は断崖の一歩手前で踏みとどまっており、まだ引き返すのに遅くはないのだ。

 中米開戦の危険性を減らすために、アメリカが対中戦争は高く付きすぎることを損得計算で理解するように仕向けることの必要を説く文章も現れています。8月21日付環球時報「アメリカのアジア太平洋政策のコスト増を強いる」(執筆者:曹和平・北京大学経済学院教授)がそれです。

 …アメリカのアジア回帰はいい加減な産物ではない。南シナ海及び釣魚島を操るのはアメリカの太平洋戦略の碁盤の目に過ぎず、その底に横たわる目標は、国家的成長の重点をアジア太平洋地域の成長に依拠することに置くことにある。これこそがアメリカの戦略的意図なのだ。
 太平洋戦略として、アメリカにはいくつかの選択肢がある。中米共同管理はその一つだが、今後数十年のうちに現実とはなりがたい。中米ロ共同管理となると関係する問題は世界規模になり、協力コストは高すぎる。アメリカにとって現実的に受け入れられるのは、現在の同盟国及び友好国と協力して太平洋地域を支配することだ。…これは仲間内の協力…の戦略であり、その目標は太平洋地域における抑止と均衡だ。
 この戦略目標の下において、周辺的衝突…を操作することがアメリカの中短期的行動の日常的特徴となる。釣魚島及び南シナ海は格好の介入対象だ。アメリカは、領土問題には異常に敏感で判断が情緒に流されやすいという、集団的に事件に反応するという当事国の人間性の急所を利用している。(中略)
 「コストと利益」のバランスこそが、アメリカが南シナ海及び釣魚島において取っている立場の基礎であり、アメリカの行動のボトムラインは、スマートパワーを駆使して太平洋において主導権を握ることにあり、南シナ海及び釣魚島に関してフィリピン及び日本のために全面的に対抗(開戦)することではない。したがって、短期的には、わが国民世論が南シナ海及び釣魚島問題を冷静に理解する理性を高めることが急務であるし、それによってアメリカがプロセスから得る利益を奪い去り、そのプロセスを操作するコストを増加させる我が方の精度を高めることがもっとも急を要することだ。
 正しく対応する上では二つの設計原則がある。まず、アメリカが南シナ海及び釣魚島の衝突を操作する上での国内的な政策決定のコストを高くさせることだ。太平洋は東西2.1万キロであり、太平洋を跨いで中国の近海及び内海地域に迫ろうとすれば、その輸送及びサポートのコストは中国の10倍以上であり、我々が衝突をコントロールしつつ、しかもアメリカをして軍事規模を維持するコストが我慢できない限界にまでさせれば、アメリカにとっての国内的政策決定コストも上がるというわけだ。あるいはまた、キッシンジャーを代表とする共和党の政治力は、太平洋両岸が「協力的均衡」を実現することを提唱して、クリントンの「抑止的均衡」に反対しており、我々は一定の手段を通じて共和党のアメリカ国内での発言権を強めることにより、民主党の対中抑止政策の政策決定コストを引き上げることもできる。
 結論として、我々は…周辺問題での対応において、アメリカをして政策決定コストを高くすることを多くやり、経済コストという点でアメリカ人がもっと責任を負う態度で太平洋の彼岸の中国に相接するように教育し、導くべきだ。

<高まる対日軍事警戒感>

 以上のように、中国はアメリカのアジア回帰戦略及び対中軍事布石を警戒していることは当然ですが、しかし、中国側の賢明な対応によって中米軍事激突という最悪の事態を招くことは可能だと考えていることが窺われます。しかし、アメリカの威を借りて軍事力を伸ばす日本に対しては、日本が歴史の教訓から学ぼうとしないことに対する強烈な不信感も手伝って、警戒感をますます強めています。そのことをもっとも端的に示しているのが、8月13日付解放日報「アメリカの「小間使い」から「警察副所長」になる日本」(執筆者:呉正龍・中国太平洋経済合作全国委員会副会長)です。

 アメリカは、戦略を東(アジア太平洋)に移すことを明らかにして以後、不断に米日同盟を強化し、この同盟がアジア太平洋地域の安全保障の要石の役割を発揮することを強調している。日本は、勢いに乗じて首をもたげ、力を入れて歩調を合わせ、その行動はさらに派手でかつ強腰になっている。地域の安全保障における日本の役割には変化が起こりつつあり、アメリカの「小間使い」あるいは「手先」からそのアジアにおける「警察副所長」に転じようとしている。そのことは以下の5点に示されている。
 第一、日本は、アメリカの戦略的意図に呼応し、大々的に南シナ海の問題に介入している。日本は度々南シナ海における「航行の自由」を意気盛んに強調している。日本とフィリピンは、防衛協力協定に署名し、海上共同訓練を行い、海洋における安全保障の情報を共有しようとしている。日本はヴェトナムと海洋戦略安全保障協議に署名した。このほか、日本は、明年にはASEANとの海上安全保障特別首脳会議を招集することを決定した。
 第二、日本は、アメリカがアジア太平洋で軍事的パートナーシップのネットワークを組織することに積極的に協力している。近年、米日韓、米日豪、米日印など「米日+1」を枠組みとする軍事的パートナーシップのネットワークが東北及び東南アジアから南アジアへと拡大している。彼らは、定期的に安全保障協議を行って協調したり、大規模に先進兵器を導入して軍拡を行ったり、順繰りに各種の共同軍事演習を行って中国を威嚇している。ある意味において、「米日+1」は、アメリカが日本の戦略的地位の重要性を突出させるために、日本の身の丈に合わせて作った枠組みである。
 第三、日米は、東アジアにおいて外交戦略上の協力を積極的に推進し、互いに補い合い密接に協力している。アメリカが昨年ミャンマーに対する外交的孤立化政策を撤廃するや、日本は直ちにミャンマーにおける資金、人材及び資源の投入を大規模に増やしている。アメリカは、メコン川流域地域を「アジア回帰」の主要な切り込みポイントとしようとしているが、日本は、本年4月に行われた日本とメコン川流域5カ国との首脳会議で、今後3年間に74億ドルの政府開発援助を提供することを約束した。クリントン国務長官のラオス訪問に伴い、日本とラオスの今後の外交的方向性もまた重要な見どころになる。
 第四、日本は不断に平和憲法の制約を破り、「警察副所長」の責任を担うための基礎作りをし、「普通の大国」という夢を実現するための道づくりをしている。「武器輸出三原則」を改定したのに続き、宇宙関連の法律の中の平和利用の条項を削除し、人工衛星を利用したミサイル防衛システムを開発する上での法律的な障害を取り除き、「非核三原則」を改定し、「原子力を利用して国家安全保障のために貢献する」という文言を関係法律に書き込み、今や集団自衛権を解禁する議論を公然化させ、軍国主義を復活させる兆しが見え見えだ。
 第五、日本は「尖閣購入」というドタバタ劇を演じて、不断に中国側の越えるべからざるボトムラインを挑発し、釣魚島紛争を急激にエスカレートさせている。日本のかかる行いは、アメリカの「アジア回帰」戦略のために先陣を切って敵陣に切り込むという考慮でもある。
 日本がアメリカの「小間使い」から「警察副所長」へと地位を上昇させている主要な原因は、アメリカが二度にわたるテロ戦争を経て国力が大いに消耗したことである。アメリカのいわゆるアジア回帰においてもっとも突出しているのは軍事力配置の調整だ。アメリカとしては、「副所長」の役割の相当部分を日本に担わせるしかないのだ。日本にとってみても、アメリカのアジア回帰への転換に借り、アメリカ外交の展開の軌道に沿って、自らの影響力と地位を積極的に高め、自らをいわゆる「普通の大国」に作り上げることを極力意図して、政治的、軍事的に全面的な自主権を獲得しようとしているのだ。

<他者感覚をわきまえた中国>

 最後に、中国は他者感覚をわきまえているな、と感心した文章を紹介しておきます。目にコラムで紹介した記憶がありますが、私が広島市立大学大学院でゼミを担当していた時に、丸山眞男の「他者感覚」について説明したことがありました。ゼミに参加していた数名の中国人留学生は直ちにその意味を理解したばかりではありません。中国語には「換位思考」という言葉があり、それが他者感覚と同義である、と指摘したのです。中国人は強烈な「個」を備えていることは常々認識させられてきたことなのですが、「換位思考」という言葉の存在ははじめて知りました。
 なぜ、この文章の最後にこの問題を取り上げるかといいますと、「個」を我がものにしている人が圧倒的に少数である日本は当然として、自由の本家本元を自認するアメリカも、それは国内社会においてであり、国際社会(アメリカでは、「国際システム」または「国際共同体」という捉え方はあっても、「国際社会」という概念自体がほとんど受け入れられていません)における他国の対等平等な存在性を承認するという考え方は稀薄なのです。8月13日付人民日報HP日本語版「中国の平和的台頭が誤読される原因」(中国共産党中央党校が発行する新聞『学習時報』に掲載された文章 執筆者:趙景芳)は、そういうアメリカと付き合う上での中国側の心得を述べたものなのですが、それが正に他者感覚(換位思考)に貫かれているのです。
 しかも重要なことは、この文章を掲載したのが、中国共産党の幹部を養成し、訓練する元締めである中国共産党中央党校の機関紙であるということです。中国及び中国共産党の負の面を挙げればキリがありませんが、私はこういう文章を書く力を今なお持つ中国及び中国共産党は、少なくとも私たち日本及び貧弱を極める日本の諸政党と比較すれば(恐らくアメリカ及びアメリカの諸政党と比較しても)、まだまだ将来への可能性を備えていると思います。

 米国は6月5日、中国の軍事力発展に関する報告を再び発表した。6月16日の神舟9号打ち上げ、同18日の天宮1号とのドッキングも米国、日本、韓国などの嫉妬を招き、「中国脅威論」が再び浮上した。1990年代半ば以降、国際社会では様々な形の「中国脅威論」が後を絶たないと言える。当初中国は国際社会への説明が不十分なことが原因と考え、対外宣伝の取り組みを強化し、範囲を拡大した。だが何年か経っても「中国脅威論」は依然横行し、度々やかましく論じられている。こうした状況の下でも多くの人は「自分が正しければ、他人の中傷など恐れるに足らず」であり、十分な誠意を持ち、外国に対して十分な寛容さと辛抱強さを示せば、必ず国際社会は感動し、最終的に平和的台頭を実現できると考えている。これは中国にとって厳かな約束であり、断固たる信念でもある。だが、中国人の習慣的な思考法から離れてみると、「『平和的台頭』に関して外国との間にこれほど大きな認識の相違があるのはなぜか?われわれの誠意は本当に国際社会を感動させられるのか?」と問わずにはいられない。
第1に、「平和的台頭」に関する認識の重点が中国と外国で異なることが、「中国脅威論」を根絶できない重要な原因である。「平和的台頭」の概念について、中国と外国では受け止め方や注目点が全く異なる。中国が強調しているのは「台頭」(後に「発展」に変えたが、本質的に同じ意味)実現の方法が平和的で、決して戦争ではないことだ。中国にとってこれは道理に適った自然なことである。だが外国にとって中国の「平和台頭」の重点は台頭にあり、大国の台頭は必然的に国際体制に変化と衝撃をもたらすのである。これが客観的に、中国の台頭に対する中国と外国の認識の相違を形作っている。中国の台頭がどのような方法で実現されるかは、あまり重要でないのだ。中国が発展を続ければ、海外市場の開拓、エネルギー輸入の増加、富の蓄積と軍事力の発展が続き、それに伴い西側諸国の市場やエネルギーのシェアが減少し、中国の巨額の富と強大な軍事力は最終的に国際権力構造を改変し、西側諸国の生存と発展は中国により大きく影響され、さらには支配される。西側諸国が内心最も恐れているのはこうした事態だ。とりわけ現在の国際・政治体制の最大の受益者である西側諸国にとって、中国の発展と強大化はその秩序にとって脅威であり、「中国の脅威」を根本的に取り除く道は中国経済の停滞、排除、さらには崩壊、国家の分裂と解体、および中国共産党政権の転覆なのである。中国政府がこうした事態を力の限り回避し、断固防止することは明らかだ。従って、まさに中国と西側のこうした利益上の不調和性によって、中国がどう対外宣伝を行おうとも、「平和台頭」に対する国際社会の真の賛同を得られない事態が生じていると言えよう。
第2に、ここからわかるように、平和的台頭は中国の「片思い」的な一方的願望によって実現するものではなく、必然的に米国など西側勢力を始めとする国際体制との相互作用の結果によるものである。われわれが対外宣伝において「中国は平和的台頭を実現できる」との考えを堅持している理由は、以下のようにまとめられる。第1に、経済建設を中心に小康社会(いくらかゆとりのある社会)を建設するという戦略目標によって、中国は安定した国際環境を必要としている。第2に、中国は極めて困難で複雑な国内問題を抱えている。第3に、中国には「和合」の文化と防御的戦略の伝統がある。第4に、中国は大国の盛衰に関する歴史の法則を汲み取っており、「砲艦政策」の覆轍を踏むことはあり得ない。第5に、中国の軍事力は世界の先端水準と少なくとも20年の開きがあり、西側主導の国際秩序に挑戦する力はない。こうした観点はしっかりとしたものだが、その重点は自国の願望と能力に置かれ、国際体制が中国の持続的発展を受け入れるかなどの外部要因を見落としていると言えよう。繁栄する中国、豊かで文明的な人民が国際社会にとって悪い事だとはどうしても言えない。これは争う余地のない事実でもある。だが肝要なのは、いかにして西側を説得し、自らの願望と最終的な結果において平和的台頭を真に実現できるかだ。筆者は平和的台頭を実現できるか否かは、中国自身の努力だけではなく、米国との良好な相互作用の実現および適切な外部要素を十分に利用できるか否かにかかっていると考える。根本的に言って、中米間の相互作用の結果を予測するのは危険だし、不確かだ。まさにモーゲンソーが指摘したように「国際政治の複雑性が、簡単な解決策や確かな予言を不可能にする」のである。だが1つ確かなのは、中国の総合的実力の強大化に伴い、米国の直面する国内外の面倒はより増加するし、中米間の良好な相互作用の実現に伴い、中国の平和的台頭はより可能になるということだ。
 第3に、国際社会に深く融け込んだ中国は、個人レベルの道徳と国際レベルの道徳をいっしょくたに論じてはならないということを銘記する必要がある。中国が現在、平和的台頭を自らの道徳的訴えとして描いていることから見て、国際政治ゲームのルールに対するわれわれの理解は決して深いものではない。現在の国際政治は西側諸国が特定の歴史・文化背景の下で発展させたものだ。従って、全く異なる文化背景を持ち、しかも最近国際体制に融け込んだ中国としては、この2つのレベルの道徳基準を区別することが肝要だ。すなわち個人レベルの道徳規準は仁、義、礼、智、信だが、国際政治レベルの道徳規準は領土、主権、統一、安全、発展を核心とする国益なのである。個人には道義の原則のために身を捧げる権利があるが、国家には道義の原則のために領土、主権、安全、発展の各利益を犠牲にする権利はない。指導者の道徳的水準は抽象的な道徳目標の実現ではなく、国益を促進できるか否かで決まるのだ。
要するに、中国は外国との意志疎通において、国内向けではなく国外向けの思考によって自らの台頭の意義を考える必要が明らかにある。国際政治の道徳と論理に関する西側との違いをわきまえ、国が個人レベルの抽象的道徳原則に従って事を運ぶことのないように努力しなければならない。中国が平和的台頭を実現できるか否かは、主観的願望や一方的な説明と誠意ではなく、それよりも他国が賛同し、受け入れるかにかかっている。平和的台頭の最終的な支えは、自らが平和を守る能力の強化によって生じるのである。

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