「いじめ」から平和について考えてみよう

2009.07.25

*中国新聞が発行している『ちゅーピー子ども新聞』7月号に掲載された文章の原文です(7月25日記)。

祖父:はるき君やミクちゃんは、「いじめ」についてどう思っているかな?
はるき:ぼくは、いじめにあったことはないし、いじめをすることはいけないと思っているけれど、学校の中ではいじめがあるらしいよね、ミクちゃん。
ミク:ええ、私のまわりではいじめはないけれど、他の子より目立つ子がいじめにあっているということは聞いたことがあるわ。
祖父:ほお、目立つ子ってどういう子なのかな?
ミク:よく分からないけれど、海外から転校してきた子(注1)、自分の意見をはっきり言う子、障害がある子のように、どこかみんなとは違っていると見られる子がいじめにあうと聞いたわ。
祖父:はるき君はどう?
はるき:ぼくは、ひとりの子に対して他の子たちが一緒になって「きもい」とか「うざい」とか言っていじめることや、みんなで一緒になってある子だけをシカトすることがあるって聞いたことがあるな。
祖父:いじめと言ってもいろいろだけれども、ふたりは、いじめの問題を考える上で、とても大事なことに気づいていると思うよ。
 ミクちゃんは、いじめられるのは、「みんなとは違っている」と見られる子に多いと感じているよね。また、はるき君は、「大勢がひとりの子をいじめる・シカトする」という、いじめる側のことについて見ている。
 この二つのことは、一人ひとりの人間のかけがえのない大切さという意味の尊厳がみんなに認められ、尊重されるということが当たり前になっていない日本の社会と深い関係がある、というのがおじいちゃんのずっと考えていることだよ。
はるき・ミク:なんかとてもむずかしそう。分かりやすく話してくれますか?
祖父:うん、大切なことなので、おじいちゃんもがんばって話してみるね。
「いじめ」という問題は、なにも日本だけで起こっているわけではないんだよ。世界のいろいろな国でもいじめの問題はあることが調査で明らかにされている(注2)。だから、「いじめ」は日本だけの問題と思うのはたしかに間違いなんだ。
はるき:ほかの国のいじめってどんなのかな?
祖父:いじめの問題を早くから研究している森田洋司先生という方は、日本、イギリス、オランダ、ノルウェーの4つの国で、「いじめ」の中身を子どもたちに分かってもらった上で、いろいろ質問して調べたんだ(注3)。
はるき:それで、どういうことが分かったの?
祖父:調べた結果、4つの国のどこでもいじめはあることが分かったんだ。
おじいちゃんが特に気になったのは、ほかの国に比べて日本では、学年が年長になるにつれて、いじめに対して止めようとはせず、見て見ぬふりをする子やおもしろがってみている子が多くなる、ということだった。
ミク:いじめられる子、いじめる子たち、そしていじめを見ている子たちのそれぞれについて考える必要があるということかしら。
祖父:そのとおり。子どもたち一人ひとりが、自分が他の誰によっても代わることがきかない人としての尊厳を持っており、また、他の子も自分と同じように大切な尊厳を持っていることをしっかり分かっているならば、誰かにいじめをしたり、誰かがいじめられているのを黙って見ていたり、おもしろがったりするなんてことを考えられるだろうか。
はるき:そういうふうに考えたことはなかった。でも、おじいちゃんに言われれば、そのとおりだと思う。
祖父:このことは、子どもたちだけの問題ではないと思うんだよ。今の日本では、人としての尊厳を大切にしないことがまるで当たり前のようになってしまっているんではないかな。
ミク:たとえばどんなことですか?
祖父:日本では、自殺で亡くなる人が11年連続で3万人以上いる(注4)けど、とても大変なことだというふうに受け止められていない。
景気が悪くなってあっさり首を切られて、人間らしいくらしができなくなる人たちが何十万人と出ているのも、先進国では、アメリカを除けば日本だけだ(注5)。
75歳以上のお年寄りを大切にしない医療が行われている(注6)のも、先進国では日本だけだよ。
障害のある人たちも本当に厳しい生活を強いられるようになっている(注7)けど、こういうこともヨーロッパの先進国では考えられないことだ。
農村ではお年寄りだけが残されて、とても深刻なことになっているところが多いけれども、これも日本にしか見られないことなんだ。
そういうことの根っこには、日本では人の尊厳を大切に考えることが当たり前になっていないということがある、とおじいちゃんは考えている。
はるき:ほかの国はどうなの?
祖父:世界にはいろいろな国があるから一口には言えない。
でも、人としての尊厳、あるいは一人ひとりの個性を大切にする考え方がしっかり根付いているヨーロッパの国々では、社会的に弱い人たちのことを国や社会が大切にしていかなければならないという意識がみんなのものになっているし、そのためのいろいろな仕組み(注8)が働いていることは確かだね。
ミク:なぜ日本では、人の尊厳を大切にするという意識がみんなのものになっていないのかしら。
祖父:日本では昔から一人ひとりの気持ちや考えを大切にするという考え方が薄くて、集団で動くことが重く見られてきた。ミクちゃんが言った目立つ子がいじめにあいやすいというのは、そういうところから来ているのではないかな(注9)。
また、はるき君の言った、みんなで一緒になっていじめをするというのも、集団で動きやすいことが悪い方向に向かう場合だろうね(注10)。
 そして、いじめを見ても知らないふりをしたり、おもしろがったりするというのは、何よりもいじめられる子の尊厳を大切に思う気持ちがないということだよ。
 こうした他の子や人の尊厳を大切に思う気持ちがないということが、さっきおじいちゃんが挙げた日本で起こっているいろいろな問題の原因になっているのではないかな。
はるき:そうか、いじめの問題もほかのいろいろな問題も、人の尊厳を大切にしないというところで結びついているということだね。
祖父:だからおじいちゃんが前に言ったことを思い出してほしいんだ。はるき君もミクちゃんも、そして世界中の66億のすべての人々が幸せに生きていくこと、命、尊厳を全うできるようになることが、「平和」ということだね。
次回は、どうして今の日本では人の尊厳が大切にされないのかについて、もう少し考えてみることにしよう。

(家族の方へ)

1 いわゆる「海外帰国子女」のこと。私の娘も昔、中国からの帰国子女でしたが、中学校ではかなりひどいいじめの対象になっていたことがあることを聞いています。
2 私もこの原稿を書くに当たって、土屋基規等編著『いじめととりくんだ国々』(ミネルヴァ書房 2005年12月)などを参考にしました。
3 森田洋司監修『いじめの国際比較研究』(金子書房 2001年10月)。
4 2009年4月2日に警察庁が発表した統計。
5 いわゆる派遣社員・契約社員の雇用打ち切り。
6 後期高齢者医療制度の問題。
7 障害者自立支援法により、障害のある人・子どもが人としてのまっとうなくらしもできなくされている問題。
8 いわゆるセーフティ・ネットの仕組み・制度・政策。
9 「出る杭は打たれる」ということわざがありますが、学校を含む日本社会では、個性を大切にせず、集団に従わせる力が強く働く傾向が強いのです。
10 「赤信号みんなで渡れば怖くない」という群集心理が、日本では往々にして働くことが多いのです。

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