六者協議:共同声明検証

2007.02

 2月8日から13日まで中国・北京で行われていた六者協議(外務省仮訳に基づく呼称は「第5回六者会合第3セッション」。第5回協議は2005年11月に開催されたが、アメリカの朝鮮民主主義共和国(以下「朝鮮」)に対する金融制裁問題で中断し、昨年12月18日から22日にかけて再会-第2セッション-、本年1月の米朝首席代表によるベルリン協議を経て、今回の第3セッション開催となった)は、共同声明「共同声明の実施のための初期段階の措置」を発表することに成功しました。つまり、今回の共同声明は、2005年9月13日-19日に開催された第4回六者協議で採択された共同声明(以下「2005年共同声明」)を実施するための「初期段階の措置」を定めたものということになります。したがって、その内容を理解するためには、2005年共同声明と関連づけて見ることが必要です。なお、以下の二つの共同声明の引用に当たっては、外務省仮訳の文章をそのまま使用します。六者協議が一般に使われている用語ですが、外務省仮訳は「六者会合」としていますので、引用では「六者会合」という表現をそのまま使うことをお断りしておきます。

もう1点、二つの共同声明に共通する重要な特徴があることも忘れるわけにはいきません。それは、「約束対約束、行動対行動」の原則というものです。朝鮮とアメリカ、日本との間には強い相互不信の壁があります。したがって、それぞれが実行するべき約束を記し、互いに相手の約束履行を見極めた上で次の段階に移っていく、という方式が採用されているのです。こういう約束の履行を積み重ねていくことによって、最終的に朝鮮半島の非核化をはじめとする諸問題の解決をなし遂げていくとともに、その過程を経ることによって相互不信を克服していくことも期待できるというわけです。この原則は、実は1994年の米朝枠組み合意の際に採用されたものですが、今回もその原則が二つの共同声明を貫いていることを認識することが、以下の共同声明の一見複雑な内容を理解する上でもカギとなります。

以下の検証作業をした上での一つの強烈な印象を述べておきます。それは、今回の共同声明は、外交文書として、極めて優れた作品となっているということです。本当に読み応えがあると感じました。私の検証作業もおそらくまだまだ読み込みが足りないものに留まっていると感じています。

1.朝鮮半島の非核化

2005年共同声明は、「六者会合の目標は、平和的な方法による、朝鮮半島の検証可能な非核化」であるとしています。後で述べるように、共同声明はそのほかにも4つの問題を扱っていますが、もっとも重要な問題は朝鮮半島の非核化実現であることを、朝鮮も含めた六者が確認しているのです。その具体的な内容として、次の諸点が明記されました。

①朝鮮民主主義人民共和国は、すべての核兵器及び既存の核計画を放棄すること、並びに、核兵器不拡散条約及びIAEA保障措置に早期に復帰することを約束。

②アメリカ合衆国は、朝鮮半島において核兵器を有しないこと、及び、朝鮮民主主義人民共和国に対して核兵器又は通常兵器による攻撃又は侵略を行う意図を有しないことを確認。

③大韓民国は、その領域内において核兵器が存在しないことを確認するとともに、1992年の朝鮮半島の非核化に関する共同宣言に従って核兵器を受領せず、かつ、配備しないとの約束を再確認。

④1992年の朝鮮半島の非核化に関する共同宣言は、遵守され、かつ、実施されるべきである。

(浅井注:1992年の共同宣言では、次の3点が約束されました。

1.南と北は、核兵器の実験、製造、生産、搬入、保有、貯蔵、配備、使用をしない。

2.南と北は、核エネルギーを平和的目的にだけ利用する。

3.南と北は、核再処理施設とウラン濃縮施設を保有しない。

朝鮮が核再処理施設を持ち、核兵器の実験、製造、生産、保有などを行っていることは、共同宣言に明らかに違反しています。共同声明でこの共同宣言に言及し、それが遵守・実施されるべきだということを明記していることは、朝鮮も同意の上でのことですから、重要な意味があるものであることが分かります。)

⑤朝鮮民主主義人民共和国は、原子力の平和的利用の権利を有する旨発言。他の参加者は、この発言を尊重する旨述べるとともに、適当な時期に、朝鮮民主主義人民共和国への軽水炉提供問題について議論を行うことに合意。

上記の5つの内容のうち、②と③はアメリカが確認し、韓国が再確認したということで、更なる措置が求められる内容ではありません。④は、朝鮮半島の非核化によって担保されることになるもので、緊急の対応が求められるものではありません。⑤については、「適当な時期」に行うことなので、やはり緊急の問題ではありません。ということで、①の点について具体的な行動が求められるということになります。

「共同声明の実施のための初期段階の措置」として、今回の共同声明では、北朝鮮が次の措置をとることを約束しています。

1.朝鮮民主主義人民共和国は、寧辺の核施設(再処理施設を含む。)について、それらを最終的に放棄することを目的として活動の停止及び封印を行うとともに、IAEAと朝鮮民主主義人民共和国との間の合意に従いすべての必要な監視及び検証を行うために、IAEA要員の復帰を求める。

2.朝鮮民主主義人民共和国は、共同声明に従って放棄されるところの、共同声明にいうすべての核計画(使用済燃料棒から抽出されたプルトニウムを含む。)の一覧表について、五者と協議する。

しかし、「約束対約束、行動対行動」の原則を特徴とするわけですから、朝鮮が一方的に行動をとるのではありません。朝鮮が以上の二つの行動をとることの見合いとして、アメリカ、日本も一定の行動をとることを約束しますし、朝鮮が必要とする経済及びエネルギー協力についても六者で一定の行動をとるための約束を行います。それが米朝関係、日朝関係、経済及びエネルギー協力として、以下に扱う事項ということになります。

2.米朝関係

2005年共同声明では、米朝関係について、次の約束をしました。

「朝鮮民主主義人民共和国及びアメリカ合衆国は、相互の主権を尊重すること、平和的に共存すること、及び二国間関係に関するそれぞれの政策に従って国交を正常化するための措置をとることを約束。」(2項の一部として。その前には、「六者は、その関係において、国連憲章の目的及び原則並びに国際関係について認められた規範を遵守することを約束した。」というくだりがあることも忘れてはいけません。この一般的な約束は、米朝関係だけではなく、日朝関係をも拘束します。国連憲章の目的及び原則の中でも重要なものは、独立国家の主権尊重であり、内政不干渉です。)

今回の共同声明では、「初期段階の措置」として、次のことをアメリカが朝鮮に約束しています。

「3.朝鮮民主主義人民共和国とアメリカ合衆国は、未解決の二者間の問題を解決し、完全な外交関係を目指すための二者間の協議を開始する。アメリカ合衆国は、朝鮮民主主義人民共和国のテロ支援国家指定を解除する作業を開始するとともに、朝鮮民主主義人民共和国に対する対敵通商法の適用を終了する作業を進める。」

2005年共同声明の内容と比べると一目瞭然なのは、アメリカが米朝間の「未解決の問題」(金融制裁問題を指すことは明らか)を解決するほか、「完全な外交関係を目指す」二者間の協議開始に応じたのみではなく(この点だけでも、一般的コミットにとどまっていた2005年共同声明より、アメリカがより深くコミットしていることが明らかです)、さらに加えて、朝鮮に対する「テロ支援国家指定」解除の作業開始、対敵通商法の適用終了作業進行を約束しています。朝鮮が核兵器問題でとる行動に見合って、アメリカは以上の具体的な約束をしたわけです。

ただし、作業開始、作業進行という文言から明らかなように、初期段階の間に作業を終えることまで約束しているわけではありません。また、新聞報道が正確であるとすれば、アメリカが朝鮮を「テロ支援国家」に指定する根拠の一つとしていわゆる拉致問題があり、日本政府は、日朝間で拉致問題が解決しない限り、アメリカが指定を解除しないように要求し、アメリカも同調しているということですので、決して前途が平坦であるわけではありません。

3.日朝関係

2005年共同声明での約束は次のとおりでした。

「朝鮮民主主義人民共和国及び日本国は、平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための措置をとることを約束した。」

今回の共同声明での内容は次のとおりです。

「4.朝鮮民主主義人民共和国と日本国は、平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための措置をとるため、二者間の協議を開始する。」

ほとんど同文であること、違いは二国間協議を開始する、とした部分しかないことに気がつきます。朝鮮は、拉致問題に固執する日本を交渉相手とみなさないという突き放した姿勢をとったことが新聞報道にありましたが、米朝間の約束内容が具体化したこととの比較においても、日朝交渉の停滞ぶりは際だちます。

しかも、二つの共同声明では「不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として」とあるように、過去の清算が先に来ているのに、日本側は相変わらず「拉致問題の解決なくして国交正常化はなし」という立場にしがみついていますので、前途は多難です(ちなみに、平壌宣言で拉致問題に言及している部分は、「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認」(3項)というように、二度と拉致をしないことを約束しただけであり、日本側が問題にする生存する被拉致者の日本帰国については何ら扱っていないのです。平壌宣言の文言を厳しく見る限り、拉致問題は解決済みとする朝鮮側の主張の方が分があり、拉致問題は未解決とする日本側の主張は旗色が悪いのです。)。

4.経済及びエネルギー協力

2005年共同声明では、次の約束が行われました。

「朝鮮民主主義人民共和国は、原子力の平和的利用の権利を有する旨発言した。他の参加者は、この発言を尊重する旨述べるとともに、適当な時期に、朝鮮民主主義人民共和国への軽水炉提供問題について議論を行うことに合意した。」(1項の最後)

「3.六者は、エネルギー、貿易及び投資の分野における経済面の協力を、二国間又は多数国間で推進することを約束した。

中華人民共和国、日本国、大韓民国、ロシア連邦及びアメリカ合衆国は、朝鮮民主主義人民共和国に対するエネルギー支援の意向につき述べた。

大韓民国は、朝鮮民主主義人民共和国に対する200万キロワットの電力供給に関する2005年7月12日の提案を再確認した。」

今回の共同声明では、次の約束になっています。

「5.六者は、2005年9月19日の共同声明のセクション1及び3を想起し、朝鮮民主主義人民共和国に対する経済、エネルギー及び人道支援について協力することで一致した。この点に関し、六者は、初期の段階における朝鮮民主主義人民共和国に対する緊急エネルギー支援の提供について一致した。5万トンの重油に相当する緊急エネルギー支援の最初の輸送は、今後60日以内に開始される。」

5.作業部会の設置

今回の共同声明では、以上の4つの問題(プラス2005年共同声明でも約束された北東アジアの平和及び安全のメカニズム)に関する作業部会を設置することで合意が行われました。外務省のHPによれば、朝鮮半島の非核化、経済・エネルギー協力、平和と安全のメカニズムに関する作業部会は六者が参加し、それぞれ中国、韓国、ロシアが主催することになっています。

6.初期段階の措置の実施の時間的目途

「約束対約束」を以上の形でなし遂げた今回の共同声明におけるもう一つのポイントは、その約束を如何に「行動対行動」に具体化するかということでした。その点で、今回の共同声明はいくつかの時間的縛りをかけています。

一つは、作業部会の開始時期で、「すべての作業部会が今後30日以内に会合を開催することで一致」しました。新聞報道によれば、米朝間の作業部会の動きが最も早く、3月上旬にもニュー・ヨークで開催される方向で準備が進められています。韓国も、自らが主催する経済・エネルギー協力の部会の早期開催に意欲的だと伝えられています。日本としても、なんとかして朝鮮を作業部会に応じさせないと、「行動対行動」の原則にもとり、全体の足を引っ張ることになります。

もう一つの時間的縛りが、「六者は、上記の初期段階の措置が今後60日以内に実施されること及びこの目標に向かって調整された措置をとることで一致した。」という合意です。緊急エネルギー支援については、「5万トンの重油に相当する緊急エネルギー支援の最初の輸送は、今後60日以内に開始される。」(前述)とあるように、60日以内に開始されればいいことになっていますが、朝鮮が約束した行動(1.参照)、アメリカが約束した行動(2.参照)は、この60日以内の縛りが及びます。

事態の進展を確保するために、今回の共同声明は、もう一つ重要な約束をしました。

「VII. .六者は、作業部会からの報告を聴取し、次の段階のための措置を協議するため、第六回六者会合を2007年3月19日に開催することで一致した。」

つまり、次の六者協議を約1ヶ月後に設定することによって、それまでに作業部会が確実に開かれていることを確保しようとしているのです。

さらに次の行動をとることも、時間の縛りはかけていませんが、約束されていることを忘れるわけにはいきません。

「V. .初期段階の措置が実施された後、六者は、共同声明の実施を確認し、北東アジア地域における安全保障面での協力を促進するための方法及び手段を探究することを目的として、速やかに閣僚会議を開催する。」

つまり、初期段階の措置が実施された後、速やかに外相による閣僚会議を開催することになっています。このように何重にも時間的縛りを設けることで、「行動対行動」の原則が活かされるように配慮していることが窺えます。

7.初期段階以後の約束

今回の共同声明では、初期段階の措置に加え、さらに次の二つの約束をしました。

「IV. 初期段階の措置の段階及び次の段階(朝鮮民主主義人民共和国によるすべての核計画についての完全な申告の提出並びに黒鉛減速炉及び再処理工場を含むすべての既存の核施設の無能力化を含む。)の期間中、朝鮮民主主義人民共和国に対して、100万トンの重油に相当する規模を限度とする経済、エネルギー及び人道支援(5万トンの重油に相当する最初の輸送を含む。)が提供される。

上記の支援の具体的な態様は、経済及びエネルギー協力のための作業部会における協議及び適切な評価を通じて決定される。」

つまり、次の段階では、朝鮮が「すべての核計画についての完全な申告の提出並びに黒鉛減速炉及び再処理工場を含むすべての既存の核施設の無能力化」について行動をとることに対する見返りとして、「100万トンの重油に相当する規模を限度とする経済、エネルギー及び人道支援(5万トンの重油に相当する最初の輸送を含む。)が提供される」ということです。このように見ると、今回の共同声明の内容は、結構朝鮮に対して高いハードルを設けていることが分かります。つまり、朝鮮が「既存の核施設の無能力化」まで行動をとることに対する見返りが当初の5万トンに95万トンを上乗せするエネルギー支援にとどまるということです。2005年共同声明では、「適当な時期に、朝鮮民主主義人民共和国への軽水炉提供問題について議論を行うことに合意」とありますが、今回の共同声明では、この点にまったく触れるところがありません。

確かに朝鮮のエネルギー事情は深刻なのでしょう。しかし、朝鮮にとっては、アメリカの軍事的脅威を取り除き、「完全な外交関係を目指すための二者間の協議を開始」するというアメリカの約束を取り付けることに、より根本的な意義を見出したものと推察することが可能です。

8.新たな事態の動きの可能性

今回の共同声明では、最後の方で、一見理解しにくい文章が入っています。

「VI. 六者は、相互信頼を高めるために積極的な措置をとることを再確認するとともに、北東アジア地域の永続的な平和と安定のための共同の努力を行う。直接の当事者は、適当な話合いの場で、朝鮮半島における恒久的な平和体制について協議する。」

とくに「直接の当事者は、適当な話合いの場で、朝鮮半島における恒久的な平和体制について協議」というくだりは、2005年共同声明(4項)でまったく同じ表現で出てきていましたが、これが何を意味するのか、私には理解できないでいました。しかし、2月22日にアメリカの代表であるヒル国務次官補がワシントンで行った講演が謎解きをしてくれました(2月24日付『赤旗』参照)。彼は、「六者協議での前進によって、アメリカと中国、南北朝鮮の4カ国によるグループが生まれ、交渉の席に着き、休戦協定を朝鮮半島における平和体制に転換することが可能となる」と述べ、共同声明のこのくだりを根拠に、六者協議とは別に4カ国で平和体制を論議する会談を開く考えを明らかにしたというのです。

アメリカがここまで踏み込んだ考えに2005年の段階から文言上は応じており、今回は積極的に行動をとる意志を有するに至ったということは、私のこれまでの予測を超えていることを、私は正直に認めます。他方で、このようなアメリカの積極的姿勢ゆえに、朝鮮も今回のハードルの高い共同声明の内容で納得したことも腑に落ちます。

アメリカは、日本の拉致問題に対するこだわりを考慮して、日本側には盛んに共同歩調をとることを約束しています(2月のチェイニー副大統領の訪日時の発言など)。しかし、イラク問題で完全に泥沼に陥っているブッシュ政権にとって、本来戦略的重要性の低い朝鮮問題であるがゆえに、米朝関係打開で失地挽回をもくろむ可能性はあると見ておく方が自然でしょう。その時、支持率続落の安倍政権、特に朝鮮敵視政策で政治の表舞台に上り詰めた安倍首相個人にとって、ますます厳しい局面が生まれる可能性もあると思われます。

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