何故「開国」問題を取り上げるか?
1.皆さんに考えて欲しいこと
〇「世の中は、私たちがどんなに頑張ったって、本当に変わりっこないのではないでしょうか?」
―短期的に物事を見るのか、それとも長期的な目で見るのか
―長期的な目で見たとき、「世の中」は変わっていないだろうか
(注)「変化」と「進歩」との区別について
*物質文明万能論の下での「進歩」への疑問
*とは言え、「奴隷社会」から「民主社会」への歩みは否定されるか
*人権概念の内容が豊富になってきたことをどう考えるか
*一部の人の間ではともかく、環境問題という概念そのものが20年前にまじめに考えられていただろうか
*考えるべきことは、「進歩」という概念そのものが間違っているのではなく、その概念においてどういう中身を考えるか、ということではないか
〇「日本の社会は変わりっこないという考え方」はどうだろうか
―正直に言って、「自分1人の力ではどうすることもできない」と思うことは良くあるし、「こんなことを考え、叫んでいても何になるんだ」と弱気になることはしばしばある
―また、友人の陳映真や徐勝のような状況に置かれたときにでも、自分の意思をどこまで貫くことができるかについては、まったく自信はない
―しかし、そういう個人的「強さ」「弱さ」の問題と、「社会は変わりうるか」「社会を変えるということについて、私達は無力なのか」という問題とは、まったく別の次元の話であることをまず踏まえたい
―客観的にいえば、今のアメリカ的価値観、市場原理のままで世界(人類の進歩の歴史)が続けられるはずがないことは、次第に誰の目にも明らかになりつつある(相変わらず分かっていないのは、アメリカのいうままになって、それが「動かしがたい現実」と思いこまされている私たちぐらいなもの)
言葉を換えれば、「パックス・アメリカーナ」等という言葉の魔術でごまかされない目さえ持てば、実は今の世界が「裸の王様」だということが非常に見やすくなっている
cf.ジョージ・ソロスの警告
―また、アメリカのいうままに「世の中」が動かされていったらろくな結果にはならない、という意識が現実の国際政治の場でも動き始めている(例:イラク制裁問題・ユーゴ空爆・金大中の太陽政策)
―主体的条件:日本国内の変化
=保守政治を支えてきた経済条件の破綻・破産は、これまでの支持層(保守支持層の牙城ともいわれた農業者、大企業の企業戦士、中小企業者)にしわ寄せとなって覆い被さってきており、保守政治の本質(如何に弱者に厳しいか)を直視せざるを得ない状況を作り出しつつある(つまり、従来の保守批判層が限定されていたのに対し、すそ野が広がり始めている)
=「アカ・タブー」意識の急速なメルト・ダウン
*「共産党だけはどうも」という抵抗感を持つ人に一言
―「日本の政治を変えることは、本当に難しい」?
=要するに、私たちが「多数派」になればいいのです
=皆さんには、「選挙権」という大変な武器があります
―最大の課題は、私たちの「負け犬根性」「権力への屈服」「権威信仰」「日本的現実主義」という精神を如何にぬぐい去るか:「開国」という問題
2.丸山の問題意識(pp.133-136)
○「ルーティン化された生活環境から投げ出され(ex.突然店が倒産し、生活基盤が崩れる事態)、もしくは既成集団への帰属感が減退すること(ex.終身雇用制の崩壊が否応なしに多くのサラリーマンに突きつける課題)は、たしかに忠誠転移の条件ではある(つまり、それまで当たり前としていた価値観・忠誠対象が揺らぐ事態を生み出す)が、そうした疎外感と『無秩序』意識が反逆の直接的発条になっている限り、自然的な自我(=西欧的な「個」の発見を経ていない日本的な自我)は内面的な充実感に支えられていない(=自分自身に対する確信・自信に裏付けられていない)からして、そこから創造的な、また持続的な秩序形成のエネルギーを期待することはできない。たとい客観的な条件によって革命的イデオロギーが浸透する場合でも、それは自我の次元では、イデオロギーとの情動的な一体化であるから、その思想的浮動性を免れないであろう。」
<皆さんへの質問>アンダーライン部分は何を言おうとしているのでしょうか?
○「私を驚かせ反省させたことの一つは、既成の忠誠対象のドラスティックな崩壊と大量的な忠誠転移という意味で明治維新に当然比較されるはずの1945年以後の『変革期』において、忠誠と反逆の交錯や矛盾の力学を自我の内側から照らし出してくれる資料、あるいはその問題を自覚化しようとする試みがあまりにも乏しいという事実であった。…結局この問題は、忠誠対象が何であるかをこえて、忠誠そのものの内的構造に突き当たらざるをえなくなる。」
<皆さんへの質問>このくだりで、丸山は何を言おうとしている、と思いますか?
○「近代日本における忠誠と反逆の問題をこうした自我の内面性の薬液にひたすとき、そこに直接的には『ネガ』の映像しか現れてこない…。それは2重の意味で『ネガ』である。第一に、不指摘エートスを支えた歴史的=社会的基盤は当然近代化とともにーそれがどのような形の近代化であろうともー解体して行く運命にあるからであり、第二に、封建的な忠誠観を前提とする限り、『謀叛』は価値象徴としてはどうしても否定的な性格を拭い去ることができないからである。したがって、伝統的忠誠の実質が解体するにしたがって、『諫争』とか『謀反』とかいう用語自体が時代遅れになっていくのは自明の歴史的過程で…、また近代国家の主権観念が封建的身分・ギルド・自治都市・地方団体など『中間団体』の自主性と自立性を剥奪することなしには成立しえないのは、どこの国でもそうであって、…けれどもそうした中間勢力の自主性…の伝統が、近代日本においてはなぜ自発的集団のなかに新しく生かされなかったのか、さらに日本ではなぜ絶対主義的集中が国家と社会の区別を明確に定着させるーそれがまさに絶対主義の重要な思想史的役割であるのにーかわりに、かえって国家を社会に、逆に社会を国家に陥没させる方向に進んだのか。そこに含まれた意味を問うということになると、はじめて問題はたんなる歴史的『過去』の叙述をこえて、社会学的にもまた思考のパターンとしても、まさに現代につながるテーマとなる。
はたして、封建的忠誠の解体にしたがって、忠誠意識一般が、被縛性と自発性とのディアレクティッシュな緊張を失って行かなかったかどうか。『謀叛』がまさに否定象徴として強力であったからこそ、またあった間だけ、忠誠の転移は痛切な自我内部の葛藤として意識化され、その摩擦がまた反逆の内発的なエネルギーを蓄積させたのではないか。自我の次元での『謀叛』意識が、『世界文化的の大勢たる人類解放の新気運』への『協調』や『歴史的必然』としての体制的革命思想のなかに吸収されたとき、かえって組織への忠誠と原理への忠誠とは癒着する傾向を強めなかったかどうか。そうして他方、組織の官僚化にたいする反逆は、天皇制の場合にも異端の『天皇制』化の場合にも、あらゆる被縛感を欠いた自我の『物理的』な爆発、肉体的な乱舞として現れたのではないか。そもそも近代日本の組織のエートスは、旧体制下の忠誠構造の何を引き継ぎ、何を引き継がなかったのかーこうした問題は…現代の地点において日々決済しなければならぬ債務関係としてわれわれの前に置かれている。『ネガ』を『ネガ』のままに美化したり、排撃したりするのが問題なのではなく、我々の今日の責任と行動において『ネガ』像から『ポジ』像を読みとることが問題なのである。そのときに『本来忠節も存せざる者は終に逆意これなく候』というパラドックスは、そこにまつわりついたあらゆる歴史的制約をこえて、われわれにある永遠の予言を語りかけてくる。」
<皆さんへの質問>ここでも丸山は、どういう問題提起をしていると思いますか?
3.開国:西欧・日本・中国
(図:省略)
4.そのためにどういうアプローチ(接近方法)をとろうとしているのか
Ⅰ「閉じた社会」(幕藩体制)の基本的特徴:「祖法墨守・新儀」(徹底した伝統主義)+「知足安分」(消極的保身主義)(p.202) その結果
*徳富蘇峰:「当時実際ノ主権者ハ果シテ誰ゾヤ。…曰ク習慣是也。」
*福沢諭吉:「日本国中幾千万の人類は各幾千万個の箱の中に閉ざされ、又幾千万個のキョウ壁に隔てらるるが如」(p.203)
*「神聖化されたタブーによって守られたのは、…経験的感覚的に知覚され、具体的に形骸化されたルーティンであり…『泰平』の持続とともに、…『自然』な所与として受け取られるようになる」(pp.202-3)
①「閉じた社会」が全く異質的なものに接触した際に示す反応のモデルケース(p.206):「本能的な嫌悪と警戒、虚勢と恐怖のコンプレックス」
?「奸民狡夷」(注:「奸民」とは被支配者である日本人民衆のこと!)
?攘夷論:「日本とヨーロッパ諸国との関係を中華―夷テキという図式を通じて把握し、そうした図式以外には考えられないような思考の型
(「近代日本思想史に於ける国家理性の問題」p.247)
*「狡夷」に対する警戒感を増大させた動き
-「交易にまぎれて潜入する『邪教』」(p.207)
-交易に伴う「夥しい金銀流出と物価騰貴」(p.208)
**ただし、この要素は、攘夷論の根拠となると同時に、下級武士及び庶民の生活をも直撃することを通じて、討幕運動を強めるひとつの源流ともなった(cf.p.208-9)
②儒教思想:「華夷内外の別」という観念(p.247)?排外思想
③国学(復古神道):「神国ないし皇国の観念」(p.247)?排外思想
Ⅱ 黒船は、「強固な組織力」「計画性」「断固とした外交方針」を持った近代主権国家の象徴であり、「アヘン戦争の知識を通じて想像し、畏怖していたもの」を現実にした(p.206):そのことは、儒教思想及び国学思想に共通していた排外思想の破産を意味し、現実への適応を否応無しに迫ることとなった。両者は如何に自らの立場を変容させていったか(「攘夷論の変質と国際環境への適合」p.210)。特に、その際の合理化の論理とはどういうものだったか(「国際社会の認識の問題」と「開国を正当化する仕方の問題」p.210)。
④「国際社会の認識の問題」
―「勢力均衡」「国民国家の同列的並存(p.248)」:大名分国制からの連想(p.211);「朱子学に内在する一種の自然法的観念」の媒介的作用(p.249)
―「国際法的観念の受容」
*儒教思想:「儒教的な天道・天理の観念における超越的な規範性の契機を徹底させることを通じて、諸国家の上に立ってその行動を等しく拘束する国際規範の存在の承認」がスムーズに行われた(p.212)
「国際法・国際道徳の存在・国際信義の守られねばならぬ所以は、宇宙において支配している条理が同時に人間社会に道として妥当しているという儒教的自然法観念を濾過することによって内面的根拠を得た」(p.251)
*国学思想:cf.P.255-6
-「既成の思考範疇」の超えることのできない限界と、それにもかかわらずそれが果たす歴史的役割を承認する必要性:「真に近代的な国際法意識、国家平等観念の確立は、伝統的思惟構成の内部では望むべくもなく、…しかし、思想や観念には制度や機構よりはるかに強い惰性がある(から)、新しい観念がスムーズに内面化されるためにはしばしば古い観念の衣をまとわねばならぬ必要性はここから起きる」(p.258)
Ⅲ 日本の開国は、「『格式』=礼の急速な解体」(’?「無定形な精神と行動状況の出現」)により、
1.「『開いた社会』とその論理を発芽させる」と同時に
2.「常に攻撃または防衛に備え(る)(=戦闘態勢を取らざるを得ない)」
「戦国時代の軍事的思考様式を復活させてゆく」(p.204)
⑤「日本的開国」:「閉ざされた社会の急激な崩壊」(p.219)がもたらし、引き起こした現象と維新政府の対策・政策
-「経済の混乱」と「道徳的アナ―キ―」
*「官能的欲望の無恥な追求は、…今やそれが『自由』の名において正当化される」(p.220)
-「次々と雨のように下る御布告」(p.220):上記の状況に対し、維新政府は、「自由の行きすぎ」という名目の下に、統制へと乗り出していく口実・正当化の行動(御布告を最底辺に下達するために、維新政府は、これまで底辺層と「温情」で結ばれてきた名主や年寄りを末端官僚主義の代替物として利用し、これによって「臣民」意識の徹底を図った)
-「下級武士の分解」(p.223):「権力奪取の過程」における最も急進的な分子を「新政権の地固めの過程」で振り落とすための施策(p.223)
?維新政府に対する抵抗・反抗運動のエネルギーを生み出す(「民権運動」p.228)
⑥閉じた社会の崩壊が生み出した積極的要素とその夭折
-「民間ジャーナリズムの発達」(p.229)と「多様な進路の前に自主的な選択を下さざるを得なくなる」状況に積極的に取り組もうとする合理主義的思考の芽生え(p.230)
-「自主的結社の発想」:「自立性と自発的連帯の発想」(p.233)
*「明六社」:「非政治的な目的を持った自主的結社が、正にその立地から政治を含めた時代の重要な課題に対して、不断に批判して行く伝統が根付くところに、はじめて政治主義か文化主義かといった二者択一の思考習慣が打破され、非政治的領域から発する政治的発言という近代市民のモラルが育って行くことが期待される」(p.235)
「(しかし)政治と異なった次元(宗教・学問・芸術・教育等々)に立って組織化される自主的結社の伝統が定着しないところ(例:日本)では、一切の社会的結社は構造の上でも機能のうえでも、政治団体をモデルとしてそれに無限に近づこうとする傾向があるし、政党はまた政党で、もともと最大最強の政治団体としての政府の小型版に過ぎない。 それだけにここでは一切の社会集団が…国家に併呑され吸収されやすいような磁場が形成される」(p.235-6)
-「民権運動」:御布告による上からの攻勢に対する「下からのエネルギー」が「明確な目標と形態」を持った抵抗運動(p.228)
―しかし、上記のエネルギーは、政府の教育統制や言論集会弾圧に対して、一時的には抵抗エネルギーを持続するが、「異質的なものとの交渉」(p.217)が発達していなかった明治期においては、「伝統的な大陸文化圏への依存からの脱却が、西欧世界に向かっての認識の解放と『われ(=個)』の自覚という両方向を呼び起こす過程は、圧倒的に個人よりはナショナルな次元で行われ、その場合の『われ』は日本国と同一化した『われ』であった(p.217-8)。つまり、「文明開化的生活様式への急変には多分に集団転向の傾きがあった」(p.218-9)。
-「無数の閉じた社会の障壁を取り払ったところに生まれたダイナミックな諸要素を正に天皇制国家というひとつの閉じた社会の集合的なエネルギーに切り替えていったところに『万邦無比』の日本帝国が形成される歴史的秘密があった。…その体験から何を引き出すかは、どこまでも『第三の開国』に直面している私たちの自由な選択と行動の問題なのである」(p.237)。