東京高判昭和56年11月5日(昭和55年(行ケ)第136号)

1.判決
 請求棄却。

2.争点
(1)実用新案登録を無効とする旨の審決が確定したことにより,本件訴訟は訴えの利益が存しないか。
(2)Xが求める訂正が,実質上「実用新案登録請求の範囲」を変更するものか。

3.判断
「一 請求の原因1ないし3(特許庁における手続の経緯,本件考案の要旨及び審決の理由の要旨)に関する事実は,当事者間に争いがない。
二 そこで,まず,本案前の抗弁について判断する。
  右争いのない事実及び成立に争いのない乙第1ないし第4号証によれば,昭和43年1月24日に本件実用新案登録の無効審判が請求され,昭和49年1月31日に「本件実用新案の登録を無効とする。」旨の無効審決(以下,「無効審決」という。)がなされ,一方,昭和45年9月16日に本件登録実用新案の明細書を別紙訂正目録(1)ないし(8)記載のとおり訂正することを求めた本件訂正審判が請求され,昭和48年8月23日に「本件訂正審判請求は成り立たない。」旨の審決(以下,「本件訂正審決」という。)がなされたこと,その後,無効審決及び本件訂正審決についての取消請求事件が東京高等裁判所に係属したが,昭和52年10月19日に,無効審決取消請求事件については,「Xの請求を棄却する。」旨の判決が,また本件訂正審決取消請求事件については,「別紙訂正目録(2)ないし(7)記載の訂正に関する部分について本件訂正審決を取消す。」旨の判決がなされたこと並びに右両事件とも上告された結果,昭和55年5月1日,無効審決取消請求事件については,上告棄却の判決があり,これによつて本件実用新案登録を無効とする旨の無効審決が確定し,一方,本件訂正審決取消請求事件については,右同日,「原判決を破棄し,本件を東京高等裁判所に差し戻す。」旨の判決がなされたことが,認められる。
  ところで,Yは,右無効審決の確定によつて本件訂正審決は遡及的にその対象を失つた旨主張するが,訂正審判の請求と無効審決との関係を規定する実用新案法第39条第4項ただし書は,無効審決の確定後は新たに訂正審判を請求することができないというにすぎず,無効審決の確定によつてそれ以前に既になされている訂正審判の請求の利益を失わしめる趣旨のものとは解されない。その理由は次のとおりである。
  (1)訂正審判の制度は,実用新案登録請求の範囲を減縮することなどによつてすでに設定登録された考案が,本来有効として存続しうる部分も含めて全体として無効とされてしまうことを避けるため,該実用新案権者に対して,実用新案登録出願の願書に添付した明細書又は図面(以下,単に「原明細書等」という。)の記載を訂正審判請求書添付の訂正した明細書又は図面(以下,単に「訂正明細書等」という。)に置き換える機会を与えることにその実質的意義があるものであり,右のごとき訂正審判制度の機能からの当然の帰結として,原明細書等の訂正をすべき旨の審決が確定したときは,遡及的に,訂正明細書等により実用新案登録出願,出願公告,出願公開,登録をすべき旨の査定又は審決及び実用新案権の設定の登録がなされたものとみなされ(実用新案法第41条で準用する特許法第128条),これによつて,原則的に出願時点における事由を請求の理由とする無効審判請求の攻撃から減縮されもしくは明瞭にされた実用新案登録請求の範囲における考案を防御し,これを存続させようとするものである。
  (2)このように,訂正審判は,無効審判に対する防御手段であり,また,訂正審判の審決の結果によつて実用新案登録請求の範囲の記載が遡及的に変わることから,従前の登録請求の範囲を前提とした無効審決が覆えることになるにもかかわらず,訂正審判手続と無効審判手続とは別個独立した手続として審理され,訂正審判と無効審判とが同時に係属する場合においても,実用新案法第48条の12第3項が準用する特許法第184条の15第2項(国際特許出願固有の理由に基づく特許の無効の審判)のごとく訂正審判の審決があるまで無効の審判の審決をしてはならないとするような法律的根拠はない(その後の訂正審決取消請求事件と無効審決取消請求事件の審理順序をも含めて,いずれを先に審理するかは,専ら審判官の合議体や裁判所の裁量にまかされていて((最判昭和48年6月15日判決昭和48年審決取消訴訟判決集第9頁)),訂正審判の審理もしくは訂正審決取消請求事件の審理がなされないうちは,無効審判の審決を確定させないような制度的な保証がない。)から,先に無効審決が確定する場合がありうるが,その場合にも訂正審判の結果訂正を認める旨の訂正審決が確定したときには,その訂正の効果を出願時まで遡及させることが,前記訂正審判制度の趣旨に合致する。
  (3)そうすると,訂正を認める審決が確定したときは,確定している特許,実用新案等を無効とした審決取消請求事件についての判決の基礎となつた行政処分は,後の行政処分により変更されたものとして,右判決には民事訴訟法第420条第1項第8号所定の事由が存するというべきであり,かかる法律上の利益は訂正審判の請求人から奪われてはならない(最判昭和54年4月13日判決審決取消訴訟判決集昭和54年第101頁参照)。以上のとおり,本件の場合,実用新案登録を無効とする旨の審決が確定しても,その確定前に既に本件訂正審判の請求をしていたXは本件訂正審決の取消を求める法律上の利益を有するものと解するを相当とする。Yの抗弁は,理由がない。
三 次に,審決にこれを取消すべき違法の点があるか否かについて検討する。
  1 まず,Xは,本件の差戻しを命じた最高裁判所の判決は,訂正審判請求人が一部の箇所について訂正を求める趣旨を特に明示したときには一部の訂正審判請求がなしうることを判示したものであり,Xは本来一部の訂正審判を請求しうる権利を有し,審判において一部の訂正請求を明示するために,本件を審判の段階に戻して貰う法律上の利益を有するところ,本件訂正審決は,実用新案法第39条の解釈適用を誤り,一部の訂正請求の可否については何ら判断することなく,Xの訂正請求全体につき,その訂正は認められないとしたものであつて,Xの一部訂正請求権を侵害したものであるから違法である旨主張する。
    しかしながら,Xが指摘する右最高裁判所の判決でいうとおり,「請求人において訂正審判請求書の補正をしたうえ右複数の訂正箇所のうちの一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示したとき」には,審決において,その一部の箇所の訂正の可否について判断をなしうるものと解せられるが,そうでない限り,右複数の訂正個所を全体として,その訂正が許されるかどうかを判断すべきものであるところ,本件においてXが複数の訂正箇所のうち一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示しているものとは認められないから,審決がXの訂正請求を全体としてその許否について判断した点に何らの違法はない。Xが,審判において,一部の訂正請求を明示するために,本件を審判の段階に戻して貰う法律上の利益を有するかどうかは,本件訂正審決の違法,適法を判断するうえでは何らの関係もないところである。Xの主張は理由がない。
  2 次に,Xの求める本件訂正が,実質上「実用新案登録請求の範囲」を変更するものであるか否について判断する。(「動力結合点17」と「結合ピン13」の技術的内容)
    (一)成立に争いのない甲第2号証(本件実用新案公報)によると,本件考案の要旨は,「実用新案登録請求の範囲」の記載のとおり,耕耘機Aのミツシヨンの一部より動力を取出し,耕耘機架台3の後方に延長伝動するようにし,一方,トレラーB側は,リヤーシヤフトより架台8前方のヒツチ金具12附近に至る動力伝動装置を設け,その双方の動力結合点17を耕耘機とトレラーとを結合する結合ピン13の軸心線上C-Cに設けた耕耘機に連結するトレラーの駆動装置(添付図面参照。)であることが認められ,さらに,「考案の詳細な説明」の欄には,「耕耘機AとトレラーBを結合する場合は耕耘機側のヒツチボツクス11にトレラー側のヒツチ金具12を挿入し動力結合点17における結合子同志の結合が適当か否かを確かめて後,結合ピン13を挿入すればよい。これによつて走行するとき旋回の場合は,結合ピン13を支点として耕耘機とトレラーは左右屈折することができるが,耕耘機よりトレラーへの動力伝動装置も,結合ピンの軸心C-C線上に結合点17が設けられているから,旋回時においても支障なくリヤーシヤフトへ動力を伝動することができる。」(本件実用新案公報第1頁右欄6行ないし16行)旨の作用効果に関する記載のあることが認められ,右各記載からみると,「動力結合点17」と「結合ピン13」とは次のようなものと認められる。
      (T)動力結合点17は,
        (@)耕耘機のミツシヨンの一部から取り出され,その架台3の後方に延長伝動される動力を,トレラー側のリヤーシヤフトより架台8の前方のヒツチ金具12附近に至る伝動装置に伝達する点であるとともに,旋回時においてトレラー側の伝動装置に伝達される動力の方向がその点を中心として左右に旋回し得るものであり,
        (A)結合ピン13の軸心線上,したがつて,屈折時の中心となる軸心線上に位置するものであること。
        なお,「動力結合点17」の具体的構成は,右の点のほか「実用新案登録請求の範囲」の記載上何ら限定されていない。
      (U)結合ピン13は,耕耘機とトレラーとを結合する要素であるとともに,その軸心線が耕耘機とトレラーが左右に屈折するときの中心となる軸心線と一致するものであること。
    (二)ところで,別紙訂正目録(8)の記載の訂正は,前掲「実用新案登録請求の範囲」における「耕耘機とトレラーを結合する結合ピン13を軸心線上C-C」を「耕耘機とトレラーを左右屈折自在に結合する結合軸心線C-C上」に訂正するものであり,また,同目録載(1)記載の訂正が右(8)の訂正に附随して考案の詳細な説明中の語句を整理するものであることはその内容から明らかである。
      Xは,右(8)の訂正は,明細書及び図面の記載に基づき明瞭でない記載の釈明に該当すると主張するが,右の訂正によつて,実用新案登録請求の範囲における「・・・結合する結合ピン13軸心線」の記載が「・・・左右屈折自在に結合する結合軸心線」との記載となる結果,前記本件考案の要旨から「結合ピン13」なる要件が抹消され,そのため,「結合ピン13」の前示(U)の技術的意義も失われることになることは明らかであるから,右の訂正をもつてX主張のように不明瞭な記載の釈明にすぎないものと解することはできない。
      Xは,また,右の訂正は「左右屈折自在に結合する」という限定文言を挿入して「結合ピン13」の構造と機能に限定を加えたもので「実用新案登録請求の範囲の減縮」に該当するものである旨主張するが,「結合ピン13」なる要件は抹消されてなくなつていることは前述のとおりであるから「左右屈折自在に結合する」と字句が「結合ピン13」を限定するものといえないことは明らかである。Xは,さらに,本件考案においては「結合ピン」よりも「結合ピンの軸心線上」が構成の必須要件であるから「結合ピン13」を抹消しても,その構成は変更されないものであるとも主張するが,右訂正後における本件考案の構成上,耕耘機とトレラーとの結合が例外なく「結合ピン」によつて行われることが自明のこととはいえず(この駆動装置の技術分野において,屈折自在な結合形態として結合ピンによる結合しか考えられないものではないから,「結合ピン」を即「結合軸」と理解することはできない。),したがつて,「左右屈折自在に結合する結合軸心線」が直ちに結合ピンの軸心線であることを意味するものとは認められないから,Xの右主張は到底採用することができない。
      そうすると,別紙訂正目録(8)及び(1)の記載の訂正は,Xが主張するように実用新案法第39条第1項各号に該当するとみることはできず,むしろ,本件考案の構成における「結合ピン13」なる限定要件を解消したことによつて,実質上「実用新案登録請求の範囲」を拡張したものというべきである。
  3 そして,本件訂正審判において訂正を求める別紙訂正目録(1)ないし(8)の記載は,実用新案登録請求の範囲に実質的影響を及ぼすものであるから,これを一体不可分の訂正事項として訂正審判の請求をしたものと解される以上,別紙訂正目録(2)ないし(7)記載の事項につき判断するまでもなく,本件訂正審判請求に係る訂正は,実用新案法第39条第2項の規定に違反するものである。
    右と同旨の審決の判断は正当であり,本件審決には何らこれを取消すべき違法の点はない。
四 よつて,審決の違法を理由にその取消を求めるXの本訴請求を失当として棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条,民事訴訟法第89条第96条の規定を適用して,主文のとおり判決する。」