東京高判平成11年5月26日(平成9年(行ケ)第206号)

1.事案の概要
 X(原告)は,昭和57年3月17日にした特許出願(特願昭57-40901号)を原出願とする分割出願として,平成2年11月30日,名称を「ビデオ記録媒体」とする発明(以下「本願発明」という。)につき,特許出願をした(特願平2-330750号)が,平成8年5月21日に拒絶査定を受けたので,平成8年9月19日,これに対する不服の審判の請求をした。
 特許庁は,同請求を,平成8年審判第15456号事件として審理した結果,平成9年5月14日,本願発明が,技術的思想でないものであるから,特許法2条に定義されている発明とは認められず,特許法29条1項柱書きに規定する要件を満たしていないので,特許を受けることができないとして,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
 X出訴。
 本願発明の要旨は,次のとおりである。
  「歌うべき曲の伴奏となる音声情報と,該曲の歌詞となる文字情報および映像情報とが記録されたビデオ記録媒体において,前記文字情報のうちの前記音声情報の進行に伴なった歌うべき文字の色を上記文字情報に着色を行う色調変化器によって異ならしめて記録したことを特徴とするビデオ記録媒体。」

2.争点
 本願発明は,特許法でいうところの「発明」に該当するか。

3.判決
 審決取消。

4.判断
「第5 当裁判所の判断
  1 審決の理由中,本願発明の要旨の認定,請求人(本訴X)の主張の記載,請求人の主張1についての判断,請求人の主張2についての判断の一部(審決書6頁16行〜7頁14行)は,いずれも当事者間に争いがない。
    また,特許庁における「特許・実用新案」に関する審査基準である本件基準(平成5年7月20日発行,審判甲第2号証,本訴甲第7号証)において,「産業上利用することができる発明」に該当しないものの類型として,「情報の単なる提示(提示される情報の内容にのみ特徴を有するもの)」は,「技術的思想」でないことから当該「発明」に該当しないが,「情報の提示(提示それ自体,提示手段,提示方法など〉に技術的特徴があるもの」は,当該「発明に該当する旨が開示されており,本願発明が産業上利用することができる発明に該当するか否かを検討する際にも,この基準に開示された考え方が基本的に適用されるべきことも,当事者間に争いがない。
    ところで,特許法2条に定義される発明とは,その定義からも明らかなように,「技術的思想であること」をその要件の1つとするものであるが,この要件に示された「技術」については,「技術は一定の目的を達成するための具体的手段であって実際に利用できるもので,技能とは異なって他人に伝達できる客観性を持つものである」(最高裁判所昭和52年10月13日第1小法廷判決・判例タイムス335号265頁)ことが必要とされるものと認められるところ,この観点からみて,本件基準が,「情報の単なる提示(提示される情報の内容にのみ特徴を有するもの)」を,「技術的思想」でないことから「産業上利用することができる発明」に該当しないものとし,「情報の提示(提示それ自体,提示手段,提示方法など)に技術的特徴があるもの」を,当該「発明」に該当する旨を開示したことは,いずれも相当と認められる。そして,この発明における技術的特徴は,特許法36条5項「特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」(昭和60年法律第41号による改正前のもの)の規定の趣旨から見て,特許請求の範囲に記載された構成から把握できるものでなければならない。また,この本件基準に開示された考え方は,従前からの発明の成立性に関する客観的理解を具体的に明記したものと解されるから,当事者間に争いがないとおり,上記基準の発行前に出願された本願発明が産業上利用することができる発明に該当するか否かを検討する際にも,当然適用されるべきものと認められる。
    ところで,一般的に「提示」とは,文理上,「提出して示すこと」,あるいは「差し出して見せること」と解釈されるから,情報記録媒体における情報の「提示」とは,記録媒体に,当該情報を特定の手段や方法を用いて記録し,記録された態様の性質に応じて,人の五感に対して情報に起因する結果を提供することと解される。そうすると,記録媒体における「情報の提示(提示それ自体,提示手段,提示方法など)に技術的特徴があるもの」とは,情報の記録の仕方それ自体や,記録手段及び記録方法等に技術的特徴があることから,その結果として,提供された情報にその特徴が反映されたものといわなければならない。
  2 そこで,本願発明に則して検討するところ,本願発明のビデオ記録媒体に記録した,歌うべき曲の伴奏となる「音声情報」,該曲の歌詞となる「文字情報」,及び該曲の背景となる「映像情報」は,いずれも上記「情報の単なる提示」における「情報」に該当するものであり,これらの情報自体に技術的特徴を有するものでないことは,当事者間に争いがない。
    Xは,本願発明が,情報をビデオ記録媒体上に記録するに際して,所期の作用効果を奏するために,音声の進行に伴い,色調変化器により,歌うべき文字の色を異ならしめるように「文字情報」に信号処理を行ってビデオ記録媒体に記録することを具体的に特定するものであって,その記録(提示)に技術的特徴を有するものであると主張するので,以下検討する。
    まず,前示本願発明の要旨の前段,「歌うべき曲の伴奏となる音声情報と,該曲の歌詞となる文字情報および映像情報とが記録されたビデオ記録媒体において」によれば,本願発明は,歌うべき曲の伴奏となる「音声情報」,該曲の歌詞となる「文字情報」及び該曲の背景となる「映像情報」を,それぞれ音声,文字及び映像の形式によりビデオ記録媒体に記録したものであると認めれる。そして,この記録媒体について,要旨の後段では,「前記文字情報のうちの前記音声情報の進行に伴なった歌うべき文字の色を上記文字情報に着色を行う色調変化器によって異ならしめて記録したことを特徴とする」ものとされており,これによれば,歌うべき曲の歌詞である文字情報に基づく文字について,一定の色を付すことを前提として,伴奏となる音声情報の進行,すなわち時間の経過に伴い,色調変化器によって,この文字の色を,順次,異なる色に着色せしめて記録したことを特徴とするものと認められ,この記録媒体を表示装置において再生した場合には,歌唱者に対して,伴奏となる音声情報の進行に伴って,歌うべき文字の色が,順次,異なって表示されていくという結果を提供するものである。このように歌うべき歌詞を文字として記録するようにし,しかも,その文字のうち現に歌うべき文字を他の文字と区別できるように色を変化させて記録するという構成を採用し,これに相当する結果を提供する以上,本願発明は,文字に関する「情報の提示」に技術的特徴を有するものといわなければならない。
    Yは,本願明細書における,映像情報供給装置1からの映像情報と,色調変化器4により歌の進行に伴い着色された文字情報供給装置3からの文字情報とが,混合器2で混合されて混合情報とされ,この混合情報と,音声情報供給装置5からの音声情報とが,さらに,混合器6で混合されて最終的な混合情報とされ,その後,この最終的な混合情報が記録再生装置7のビデオ記録媒体に記録されているとの記載を参照すれば,本願発明の要旨である「前記文字情報のうち前記音声情報の進行に伴った歌うべき文字の色を上記文字情報に着色を行う色調変化器によって異ならしめて」の記載は,情報を提示する「記録」や「ビデオ記録媒体」へ技術的な影響を与えるものではなく,記録する情報の内容を,音声情報と文字情報の色との関係で更に特定したものであって,「情報」についての内容を具体的に記載したものとみるべきであると主張する。
    この点について,本願明細書(甲第2号証)には,・・・と記載されている。
    これらの記載によれば,本願発明は,従来のカラオケ装置において,歌い始めのタイミングがずれたり,伴奏に対する歌詞の箇所が判らないという状況が生じたことから,歌詞を見ずとも歌うことができ,伴奏とのタイミングがずれたとしても歌うべき個所がすぐに判るビデオ記録媒体を提供することを技術課題としており,その解決のための実施例として,映像情報と文字情報及び歌の進行に伴い着色された文字情報とが混合され,これに対し音声情報が更に混合されて記録される旨が記載されているものと認められる。しかし,これらの混合されて記録されたものが,情報の1態様である旨は記載されておらず,しかも,上記の記載はいずれも本願発明の要旨に基づく1実施例の説明にすぎないところ,本願発明の要旨においては,前示のとおり,「文字情報のうち前記音声情報の進行に伴った歌うべき文字の色を上記文字情報に着色を行う色調変化器によって異ならしめて記録した」とされており,特許請求の範囲において文字情報に関する記録の仕方,すなわち,情報の提示の仕方を明確に規定し,これを発明の特徴と明記しているのであって,単なる情報の内容を記載したものではないから,「情報の単なる提示(提示される情報の内容にのみ特徴を有するもの)」を行うものではないことは明らかであり,Yの上記主張を採用する余地はない。
    また,Yは,上記混合情報をビデオ記録媒体に記録するときに,映像情報と色調変化器により着色された文字情報を記録するための信号が,混合情報の他の情報を記録するための信号と異なる形態であることについては記載がなく,着色文字情報と未着色文字情報との時間経過に応じた置換えは,混合器による映像情報と文字情報との混合までに既になされているのであり,ビデオ記録媒体に記録するときには,既に順次置き換えられた文字情報を単に記録しているだけであるから,この記録状態は,通常の文字入りビデオ映像を通常どおり記録することと変わりないものであり,これらによって,情報を提示する「記録」や「ビデオ記録媒体」を技術的・具体的に記載しているとはいえないから,本願発明の情報の提示に技術的特徴があるといえないと主張する。
    たしかに,本願発明の実施例において,映像情報と色調変化器により着色された文字情報を記録するための信号が,他の情報を記録するための信号と異なる形態であることについては記載がなく,順次異なる色に置き換えられた文字情報を記録する状態は,通常の文字入りビデオ映像を記録する場合と異なるものではないと推測されるが,本願発明の技術的特徴は,前示のとおり,音声情報の進行に伴い歌うべき文字の色を異なる色に着色して記録する点にあり,その記録の状態に特徴を有するものではなく,また,異なる色に着色して記録することが具体的でないともいえないから,Yの上記主張は失当というほかない。
    したがって,審決が,「本願発明の如き記録内容を列挙したに過ぎない記録媒体,すなわち,提示される情報の内容にのみ特徴を有する記録媒体は,自然法則を利用しているか否かに拘わらず,技術的思想でないものであるから『発明』に該当せず,特許法第29条第1項柱書に規定する『産業上利用することができる発明』の要件を満たしていない」(審決書7頁14行〜8頁1行)と判断したことは,誤りというほかない。
  3 以上のとおり,審決は,本願発明が,特許法29条1項柱書きに規定する要件を満たしていないと誤って判断したものといわなければならず,このことが審決の結論に重大な影響を及ぼすことは明らかであり,その余の特許要件について更に検討する必要があることから,審決は取消しを免れない。
    よって,Xの本訴請求は理由があるから,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。」