最判昭和59年3月13日(集民141号339頁(昭和54年(行ツ)第134号))

(原審:昭和54年6月28日(昭和49年(行ケ)第128号))

<事案の概要>
(特許法判例百選(第3版)による。)
 X(原告,被上告人)は,発明の名称を「非水溶性モノアゾ染料の製法」とする特許(昭和35年6月30日出願,昭和39年12月10日設定登録。)の特許権者である。
 Y(被告,上告人)は,昭和42年3月29日,本件特許を無効とする審判の請求をし,昭和49年4月19日,本件特許を無効とする審決がなされた。
 X出訴。
 原審(東京高判昭和54年6月28日(昭和49年(行ケ)第128号))は,審決を取り消す旨の判決をした。
 Y上告。
 なお,Xは出訴後,訴訟係属中に本件特許の特許請求の範囲を訂正する審判の請求をしたところ,昭和53年4月11日,訂正を認める審決がなされ,同審決が確定している。

<判決>
 上告棄却。
「上告代理人小坂志磨夫,同竹田和彦の上告理由第一点,第二点及び第三点一について
 特許法は,特許に無効原因がある場合について,直接当該特許の取消ないしは無効確認を求めて訴訟を提起することを認めず,特許を無効にするための手続として,民事訴訟手続に準じた審判手続を設け,特許無効の審判を請求した者と特許権者とを当事者として関与させ,特許の無効原因の存否について専門的知識経験を有する審判官による審理判断を経由することを要求するとともに,その審決に対しては取消訴訟において専ら審決の適法違法のみを争わせ,特許の適否は審決の適否を通じてのみ間接にこれを争わせるにとどめているところ,その趣旨とするところは,特許に無効原因があるかどうかについては,右審判手続において法律上及び事実上の争点について十分な審理判断をすべきものとするにあると解される。また,特許法は,右取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄として事実審を一審級省略しているのであるが,このことは,特許の無効原因の存否については,すでに審判手続において当事者の関与のもとに十分な審理判断がされていることを前提としているからにほかならないと解されるのである。これらの点に鑑みると,特許法157条2項4号が審決をする場合には審決書に理由を記載すべき旨定めている趣旨は,審判官の判断の慎重,合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障すること,当事者が審決に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮するのに便宜を与えること及び審決の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にすることにあるというべきであり,したがつて,審決書に記載すべき理由としては,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者の技術上の常識又は技術水準とされる事実などこれらの者にとつて顕著な事実について判断を示す場合であるなど特段の事由かない限り,前示のような審判における最終的な判断として,その判断の根拠を証拠による認定事実に基づき具体的に明示することを要するものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,原審の適法に確定したところによれば,本件審決書には,本件第一発明についての特許が特許法29条2項の規定に違反し無効であるとする理由としては,「本件特許の上記第一番目の発明において,その余の成分を使用する場合については,該成分はいずれも上記成分と同様に使用できる相互置換容易の化合物であり,さらに生成染料について,本件特許明細書には,該染料が,ある特定の成分を使用した場合のみ著しく価値あるものとすべき十分の根拠を示していないことから判断して,夫夫の生成染料は上記染料と同程度の価値のものとしての認識を出ていないものと解するを相当とする。」との記載があるにすぎないというのであり,これを原判示の本件審決書のその余の記載に照らして考察しても,右理由の記載は,本件第一発明においてジアゾ成分のXとしてシアン以外の成分,カツプリング成分のYとしてアシルアミノ以外の成分をそれぞれ用いた場合については,シアン及びアシルアミノが用いられているとする引用例の発明とは成分の置換が容易であり,また,生成染料も同程度の価値のものであるということをいわば結論的に示すにとどまり,そのように.判断した根拠を証拠による認定事実に基づき具体的に明示するものとはいえないから,特段の事由が認められない本件においては,本件第一発明のような染料の技術分野における発明についての特許が右規定に違反し無効であるとする判断を示すについて,右程度の記載をもつて法の要求する審決理由を記載したものと解することはできず,したがつて,本件審決中本件第一発明に関する部分は違法であるといわなければならない。右と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。また,原審の適法に確定したところによれば,本件審決書には,本件第二発明についての特許が前記規定に違反し無効であるとする理由の記載としては,本件第一発明に関する前記理由の記載をうけたうえ,本件第二発明と本件第一発明との相違点に格別の技術的意義はない旨の説示を付加しているにすぎないというのであるから,本件審決中本件第二発明についての特許を無効にした部分も,適法な理由の記載を欠く違法があるものというほかはなく,これと同旨の原審の判断もまた,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。
 同第三点二について
 判決に証拠に関する摘示を欠いたことは,それによつて判決に影響を及ぼすものでない限り上告適法の理由にあたらないと解すべきところ(最高裁昭和51年(オ)第1323号同52年10月25日第三小法廷判決・裁判集民事122号135頁),記録及び原判決の理由の説示に徴し,原判決に証拠に関する摘示を欠いたことが判決に影響を及ぼすものとは認められないから,論旨は採用の限りでない。
 よつて,行政事件訴訟法7条,民訴法401条95条89条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」