(原審:東京高判平成7年8月3日(平成3年(行ケ)第225号))
<事案の概要>
X(原告,上告人)は,,名称を「大径角形鋼管の製造方法」とする特許第1293128号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。
上告までの経緯は,以下のとおりである。
昭和61年5月26日 | Y(被告,被上告人)が,本件発明を無効とすることについての審判を請求(昭和61年審判第11222号)。 |
平成3年7月25日 | 本件特許を無効にすべき旨の審決(以下,「本件無効審決」という。) 理由は,本件無効審決に引用された技術から当業者が本件発明を想到することは容易である,というもの。 |
平成3年9月24日 | Xが,本件無効審決の取消を求める本件訴訟を提起。 |
平成3年12月17日 | Xが本件発明に係る特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載等を 訂正することについて審判を請求(平成3年審判第24195号)。 |
平成5年10月28日 | 訂正をすべき旨の審決(以下,「本件訂正審決」という。)。同審決確定。 |
平成7年8月3日 | 本件訴訟の原審判決(東京高判平成7年8月3日(平成3年(行ケ)第225号))。 |
X上告。
<判決>
破棄自判。
「二 本件は,上告人が本件無効審決の取消しを請求するものであるところ,原審は,右事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却した。
1 本件訂正審決が確定したことにより,本件明細書の記載が訂正され,出願時にさかのぼって訂正後の本件明細書により出願,特許査定等がされたものとみなされるから,右訂正前の本件明細書に基づいて本件発明の内容を認定した本件無効審決には,右認定に誤りがあることになる。
2 審決に対する訴え(以下「審決取消訴訟」という。)において当該審決が違法とされるためには,審決における認定判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることを要するところ,特許を無効にすべき旨の審決(以下「無効審決」という。)の取消しを求める訴訟の係属中に当該特許権について明細書の記載を訂正すべき旨の審決(以下「訂正審決」という。)が確定しても,訂正後の明細書に基づく発明を右無効審決において引用された技術と対比して,右無効審決と同旨の理由により同一の結論に達するときは,無効審決における右認定の誤りはその結論に影響を及ぼさないから,無効審決を違法として取り消すことはできない。
3 本件無効審決において引用された周知の技術から訂正後の本件明細書に基づく発明の構成を得ることは当業者にとって容易であって,右発明は特許を受けるべきものではなく,本件無効審決における発明内容の認定の誤りが本件無効審決の結論に影響を及ぼさないから,本件無効審決は取り消されるべきではない。
三 しかしながら,原審の右判断中の2及び3の点は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
1 審決取消訴訟において,審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は審決を違法とし,又はこれを適法とする理由として主張することができないことは,当審の判例とするところである(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)。明細書の特許請求の範囲が訂正審決により減縮された場合には,減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加されているから,通常の場合,訂正前の明細書に基づく発明について対比された公知事実のみならず,その他の公知事実との対比を行わなければ,右発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない。そして,このような審理判断を,特許庁における審判の手続を経ることなく,審決取消訴訟の係属する裁判所において第一次的に行うことはできないと解すべきであるから,訂正後の明細書に基づく発明が特許を受けることができるかどうかは,当該特許権についてされた無効審決を取り消した上,改めてまず特許庁における審判の手続によってこれを審理判断すべきものである。
もっとも,訂正後の明細書に基づく発明が無効審決において対比されたのと同一の公知事実により無効とされるべき場合があり得ないではなく,原判決は本件がこのような場合であることを理由とするものであるが,本件において訂正審決がされるためには,平成5年法律第26号による改正前の特許法(以下「旧法」という。)126条3項により,訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないから,訂正後の明細書に基づく発明が無効審決において対比された公知事実により同様に無効とされるべきであるならば,訂正審決は右規定に反していることとなり,そのような場合には,旧法は,訂正の無効の審判(129条)により訂正を無効とし,当該特許権について既にされた無効審決についてはその効力を維持することを予定しているということができる(現行法においては,123条1項8号において,126条4項に違反して訂正審決がされたことが特許の無効原因となる旨を規定するから,右のような場合には,これを理由として改めて特許の無効の審判によりこれを無効とすることが予定されている。)。
2 したがって,無効審決の取消しを求める訴訟の係属中に当該特許権について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には当該無効審决を取り消さなければならないものと解するのが相当である。
これを本件について見ると,本件訂正審決による本件明細書の特許請求の範囲の前記訂正のうち「一枚板鋼板」を「一枚厚肉鋼板」に訂正する点は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから,本件無効審決はこれを取り消すべきものである。
四 以上のとおりであるから,これと異なる判断の下に本件請求を棄却した原判決には,法令の解釈を誤った違法があり,その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,その余の上告理由につき判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,原審の確定した事実によれば,本件の審決取消請求はこれを認容すべきものである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」