知財高判平成18年1月31日(平成17年(ネ)第10021号)

1.判決
  第一審判決取消。

2.争点
ア 国内販売分のX控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化されたY被控訴人製品について物の発明(本件発明1)に係る本件特許権に基づく権利行使をすることの許否
イ 国内販売分のX製品にインクを再充填するなどして製品化されたY製品について物を生産する方法の発明(本件発明10)に係る本件特許権に基づく権利行使をすることの許否
ウ 国外販売分のX控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化されたY製品について本件特許権に基づく権利行使をすることの許否
 なお,本件においては,一部のX製品が販売された地や,被控訴人製品として製品化された地が我が国の国外であるなどといった点で渉外的要素を含むところから,準拠法が問題となり得るが,Xの本件訴えは,本件特許権に基づく差止め及び廃棄の請求であるので,本件特許権が登録された国である我が国の法律が準拠法となると解すべきものである(最判平成14年9月26日民集56巻7号1551頁)。

3.判断
「第3 当裁判所の判断
  1 国内販売分のX製品にインクを再充填するなどして製品化されたY製品について物の発明(本件発明1)に係る本件特許権に基づく権利行使をすることの許否
    (1)物の発明に係る特許権の消尽
      ア 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国の国内において当該特許発明に係る製品(以下「特許製品」という。)を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し,もはや特許権者は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等に対し,特許権に基づく差止請求権等を行使することができないというべきである(BBS事件最高裁判決参照)。
      イ しかしながら,(ア)当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(以下「第1類型」という。),又は,(イ)当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(以下「第2類型」という。)には,特許権は消尽せず,特許権者は,当該特許製品について特許権に基づく権利行使をすることが許されるものと解するのが相当である。
        その理由は,第1類型については,@一般の取引行為におけるのと同様,特許製品についても,譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等をすることができる権利を取得することを前提として,市場における取引行為が行われるものであるが,上記の使用ないし再譲渡等は,特許製品がその作用効果を奏していることを前提とするものであり,年月の経過に伴う部材の摩耗や成分の劣化等により作用効果を奏しなくなった場合に譲受人が当該製品を使用ないし再譲渡することまでをも想定しているものではないから,その効用を終えた後に再使用又は再生利用された特許製品に特許権の効力が及ぶと解しても,市場における商品の自由な流通を阻害することにはならず,A特許権者は,特許製品の譲渡に当たって,当該製品が効用を終えるまでの間の使用ないし再譲渡等に対応する限度で特許発明の公開の対価を取得しているものであるから,効用を終えた後に再使用又は再生利用された特許製品に特許権の効力が及ぶと解しても,特許権者が二重に利得を得ることにはならず,他方,効用を終えた特許製品に加工等を施したものが使用ないし再譲渡されるときには,特許製品の新たな需要の機会を奪い,特許権者を害することとなるからである。また,第2類型については,特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合には,特許発明の実施品という観点からみると,もはや譲渡に当たって特許権者が特許発明の公開の対価を取得した特許製品と同一の製品ということができないのであって,これに対して特許権の効力が及ぶと解しても,市場における商品の自由な流通が阻害されることはないし,かえって,特許権の効力が及ばないとすると,特許製品の新たな需要の機会を奪われることとなって,特許権者が害されるからである。
        そして,第1類型に該当するかどうかは,特許製品を基準として,当該製品が製品としての効用を終えたかどうかにより判断されるのに対し,第2類型に該当するかどうかは,特許発明を基準として,特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされたかどうかにより判断されるべきものである。したがって,特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部が損傷又は喪失したことにより製品としての効用を終えた場合に,当該部材につき加工又は交換がされたときは,第1類型にも第2類型にも該当することとなる。また,加工又は交換がされた対象が特許発明の本質的部分を構成する部材に当たらない場合には,第2類型には該当しないが,製品としての効用を終えたと認められるときは,第1類型に該当するということができる。
      ウ なお,原審は,「特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる。」,「本件のようなリサイクル品について,新たな生産か,それに達しない修理の範囲内かの判断は,特許製品の機能,構造,材質,用途などの客観的な性質,特許発明の内容,特許製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度,取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。」と判示し,特許製品に施された加工又は交換が「修理」であるか「生産」であるかにより,特許権侵害の成否を判断すべきものとした。
        確かに,本件のような事案における特許権侵害の成否を「修理」又は「生産」のいずれに当たるかによって判断すべきものとする原判決の考え方は,学説等においても広く提唱されているところである。
        しかし,このような考え方では,特許製品に物理的な変更が加えられない場合に関しては,生産であるか修理であるかによって特許権に基づく権利行使の許否を判断することは困難である。また,この見解は,「生産」の語を特許法2条3項1号にいう「生産」と異なる意味で用いるものであって,生産の概念を混乱させるおそれがある上,特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合であっても,当該製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度や取引の実情等の事情により「生産」に該当しないものとして,特許権に基づく権利行使をすることが許されないこともあり得るという趣旨であれば,判断手法として是認することはできない。
      エ まず,第1類型にいう特許製品が製品としての本来の耐用期間が経過してその効用を終えた場合とは,特許製品について,社会的ないし経済的な見地から決すべきものであり,(a)当該製品の通常の用法の下において製品の部材が物理的に摩耗し,あるいはその成分が化学的に変化したなどの理由により当該製品の使用が実際に不可能となった場合がその典型であるが,(b)物理的ないし化学的には複数回ないし長期間にわたっての使用が可能であるにもかかわらず保健衛生等の観点から使用回数ないし使用期間が限定されている製品(例えば,使い捨て注射器や服用薬など)にあっては,当該使用回数ないし使用期間を経たものは,たとえ物理的ないし化学的には当該制限を超えた回数ないし期間の使用が可能であっても,社会通念上効用を終えたものとして,第1類型に該当するというべきである。
        第1類型のうち,前者(上記(a))については,特許製品につき,消耗部材(例えば,電気機器における電池やエアコンにおける集じんフィルターなど)や製品全体と比べて耐用期間の短い一部の部材(例えば,電気機器における電球や水中用機器における防水用パッキングなど)を交換し,あるいは損傷した一部の部材につき加工又は交換をしたとしても,当該製品の通常の用法の下における修理であると認められるときは,製品がその効用を終えたということはできない。これに対し,当該製品の主要な部材に大規模な加工を施し又は交換したり,あるいは部材の大部分を交換したりする行為は,上記の意義における修理の域を超えて当該製品の耐用期間を不当に伸長するものというべきであるから,当該加工又は交換がされた時点で当該製品は効用を終えたものと解するのが相当である。この場合において,当該加工又は交換が製品の通常の用法の下における修理に該当するかどうかは,当該部材が製品中において果たす機能,当該部品の耐用期間,加えられた加工の態様,程度,当該製品の機能,構造,材質,用途,使用形態,取引の実情等の事情を総合考慮して判断されるべきものである。また,主要な部材であるか,大部分の部材であるかどうかは,特許発明を基準として技術的な観点から判断するのではなく,製品自体を基準として,当該部材の占める経済的な価値の重要性や量的割合の観点から判断すべきである。
        そして,特許権の消尽が,特許法による発明の保護と社会公共の利益の調和との観点から認められること(BBS事件最高裁判決参照)に照らせば,特許権者の意思によって消尽を妨げることはできないというべきであるから,特許製品において,消耗部材や耐用期間の短い部材の交換を困難とするような構成とされている(例えば,電池ケースの蓋が溶着により封緘されているなど)としても,当該構成が特許発明の目的に照らして不可避の構成であるか,又は特許製品の属する分野における同種の製品が一般的に有する構成でない限り,当該部材を交換する行為が通常の用法の下における修理に該当すると判断することは妨げられないというべきである。その点にかんがみれば,第三者による部材の加工又は交換が通常の用法の下における修理に該当するか,使用回数ないし使用期間の満了により製品が効用を終えたことになるのかは,特許製品に関する上記の事情に加えて,当該製品の属する分野における同種の製品が一般的に有する機能,構造,材質,用途,使用形態,取引の実情等をも総合考慮して判断されるべきものである。
        さらに,後者(上記(b))については,使用回数ないし使用期間が一定の回数ないし期間に限定されることが,法令等において規定されているか,あるいは社会的に強固な共通認識として形成されている場合が,これに当たるものと解するのが相当である。したがって,単に特許権者等が特許製品の使用回数や使用期間を制限して製品にその旨を表示するなどしただけで,当該制限に達することにより製品がその効用を終えたことになるものではない。
      オ 次に,第2類型は,上記のとおり,特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされたことをいうものであるが,ここにいう本質的部分の意義については,次のように解すべきである。
        特許権は,従来の技術では解決することのできなかった課題を,新規かつ進歩性を備えた構成により解決することに成功した発明に対して付与されるものである(特許法29条参照)。すなわち,特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術にはみられない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的構成をもって公開した点にあるから,特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核を成す特徴的部分をもって,特許発明における本質的部分と理解すべきものである。特許権者の独占権は上記のような公開の代償として与えられるのであるから,特許製品につき第三者により新たに特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合には,特許権者が特許法上の独占権の対価に見合うものとして当該特許製品に付与したものはもはや残存しない状態となり,もはや特許権者が譲渡した特許製品と同一の製品ということはできない。したがって,このような場合には,特許権者は当該製品について特許権に基づく権利行使をすることが許されるというべきである。これに対して,特許請求の範囲に記載された構成に係る部材であっても,特許発明の本質的部分を構成しない部材につき加工又は交換がされたにとどまる場合には,第1類型に該当するものとして特許権が消尽しないことがあるのは格別,第2類型の観点からは,特許権者が譲渡した特許製品との同一性は失われていないものとして,特許権に基づく権利行使をすることが許されないと解すべきである。
    (2)本件における認定事実
      そこで,本件において,上記のような観点から,国内販売分のX製品に由来するY製品について,物の発明である本件発明1に係る本件特許権の行使が許されるかどうかについて検討すると,前記の「前提事実」・・・に後掲証拠・・・及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の各事実が認められる。
      ・・・
    (3)第1類型の該当性
      上記事実関係に基づき,まず,X製品について,当初に充填されたインクが費消されたことをもって,特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えたものとなるかどうかについて判断する。
      ア インク費消後におけるX製品の状態等
        X製品がインクジェットプリンタに装着されて使用され,当初充填されていたインクがすべて費消された場合には,それ以上の印刷をすることができない。インク費消後の使用済みのX製品は,内部の壁面,負圧発生部材等に付着したものを除き,最初に充填されたインクは存在しなくなっているが,第1及び第2の負圧発生部材並びにその圧接部の界面の構造を含め,インク以外の構成部材には物理的な変更は加えられておらず,インクを改めて充填すれば,インクジェットプリンタにおける印刷に供することは可能なのであるから,インク収納容器として再度使用することは可能な状態にあるものと認められる。そして,インクは正に消耗部材であるから,X製品のうちインクタンク本体に着目した場合には,インク費消後のX製品にインクを再充填する行為は,インクタンクとしての通常の用法の下における消耗部材の交換に該当することとなる。
      イ インク費消後の本件インクタンク本体に対する加工等の内容
        C社がインク費消後のX製品を用いてY製品を製品化する工程は,上記(2)・・・のとおり,@本件インクタンク本体の液体収納室の上面に,洗浄及びインク注入のための穴を開ける,A本件インクタンク本体の内部を洗浄する,B本件インクタンク本体のインク供給口からインクが漏れないようにする措置を施す,C@の穴から,負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までと,液体収納室全体に,インクを注入する,D@の穴及びインク供給口に栓をする,Eラベル等を装着するというものである。
        X製品にはインク補充のための開口部は設けられていないので,上記工程においては,液体収納室の上面に洗浄及びインク注入のための穴を開けた上で,インクタンク内部の洗浄及びインクの注入をした後に,この穴をふさいでいるものであるが,X製品においてインク充填用の穴が設けられていないことは,本件発明1の目的に照らして不可避の構成であるとは認められない。なるほど,本件発明1においては,液体収納室が実質的な密閉空間であることも構成要件の一つとされており(構成要件B),この構成要件は,本件発明1の目的を達成する上で技術的な意義を有するものである(液体収納室が密閉されていなければ,空気が入ってインク漏れの原因となる。)が,防水機器など外部が密閉カバーにより覆われている構成の製品においては,消耗部材を交換し,あるいは内部の部材の修理を行う際に,一時的に密閉状態を解消することは通常行われていることであり(例えば,防水腕時計において,消耗部材である電池の交換をする際には,蓋が開けられて密閉状態が一時的に解消される。),密閉空間であることが必要であるとしても,本件インクタンク本体にインク補充のための開口部を設けないことが不可避な構成ということにはならない(現に,弁論の全趣旨によれば,X製品のうちには,当初インクを充填した際に液体収納室に設けた穴がプラスチックのボール状の部材によってふさがれていて,当該部材を液体収納室へと押し込み,又はこれを取り除くことによってインク充填のための開口を確保することができる,新たな穴を開けることを要しない構成のものが存在する。)。したがって,Y製品を製品化する工程において,本件インクタンク本体に穴を開ける工程が含まれていることをもって,C社の行為を,消耗部材の交換に該当しないということはできない。また,前記(2)・・・のとおり,インクジェットプリンタ用インクの分野においては,純正品のインクタンクの使用済み品にインクを再充填するなどした,いわゆるリサイクル品が販売されているところ,それらの製品の製造方法がおおむねY製品の製造方法と同じであることに照らしても,Y製品の製品化に際して,本件インクタンク本体に穴を開ける工程が含まれていることをもって,消耗部材の交換に該当しないということはできない。
      ウ インクジェットプリンタ用インクの分野におけるリサイクルの状況
        前記(2)・・・のとおり,インクジェットプリンタ用インクの分野においては,X製品を含めた純正品だけでなく,リサイクル品や詰め替えインクも販売されていること,リサイクル品は,純正品に比べると品質面では劣るものの,価格が低いことなどからこれを利用する者も少なからず存在することが認められる。そして,使用済み品を廃棄せずに再使用することは,環境の保全に資するものであって,特許権等の他人の権利や利益を害する場合を除いては,広く奨励されるべきものであり,使用済みインクタンクの再使用については,これを禁止する法令等は存在しない。
        この点に関して,Xは,Yの行為は,資源の再利用や環境保護に資するものではなく,かえってリサイクル関連法が目指す循環型社会の形成に逆行するものである旨主張する。
        そこで,検討すると,環境の保全は,現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保及び人類の福祉のために不可欠なものである(環境基本法1条,3条等参照)。また,循環型社会,すなわち,製品等が廃棄物等となることが抑制され,製品等が循環資源となった場合においてはこれについて適正に循環的な利用が行われることが促進され,循環的な利用が行われない循環資源については適正な処分が確保され,もって天然資源の消費を抑制し,環境への負荷ができる限り低減される社会(なお,「廃棄物等」とは,廃棄物の処理及び清掃に関する法律2条1項にいう廃棄物に加えて,一度使用され,又は使用されずに収集され,又は廃棄された物品等をいい,「循環資源」とは廃棄物等のうち有用なものを,「循環的な利用」とは再使用,再生利用及び熱回収をいう。)の形成は,国,地方公共団体,事業者及び国民の責務として,推進されるべきものである(循環型社会形成推進基本法1条,2条等参照)。
        循環型社会において行われるべき循環資源の循環的な利用とは,再使用(循環資源を製品としてそのまま,若しくは修理を行って使用し,又は部品その他製品の一部として利用すること),再生利用(循環資源の全部又は一部を原材料として使用すること)に限られるものではなく,熱回収(循環資源の全部又は一部であって,燃焼の用に供することができるもの又はその可能性のあるものを熱を得ることに利用すること)も含むのであるから(循環型社会形成推進基本法2条4〜7項。なお,資源の有効な利用の促進に関する法律1条,2条も参照),使用済みのX製品を回収して熱源として使用することも,環境保全の理念に合致する行為ということができ,本件において,XがX製品の使用者に対して使用済みのX製品の回収に協力するよう呼び掛け,現に相当量の使用済み品が回収され,これがセメント製造工程における補助燃料等として利用されていることは,前記認定(前記(2)・・・,(2)・・・参照)のとおりである。
        しかしながら,Y製品は,使用済みのX製品を廃棄することなく,インクタンクとして再使用したものであり,同一のインクタンクを複数回使用することにより廃棄されるインクタンクの量を減少させることが可能である。そもそも使用済み製品の熱源としての利用は,当該製品を廃棄物としてそのまま地上に放置し,地下に埋設し,あるいは焼却能力の劣る焼却機器により焼却することに比べれば,自然環境に与える影響を改善したものということはできるが,有限な化石燃料資源を有効利用し,二酸化炭素排出量を抑制するという観点をも併せ考えるときには,循環資源の循環的利用として再使用に劣るものであることは明らかである。また,Y製品に用いられている本件インクタンク本体はXにより製造されたものであるから,Y製品としてインクを再充填されたものであっても,その使用後は,X製造に係る本件インクタンク本体としてXによる使用済み製品の回収の対象として,熱源利用されることになるものと考えられる。
        そうすると,Xにおいて,X製品が使い切り型のインクタンクであることを示すとともに,使用済み品の回収を図るため,X製品の使用者に対して,X製品の包装箱,X製のインクジェットプリンタの使用説明書,Xのウェブサイトにおいて,使用済みのインクタンクの回収活動への協力を呼び掛けていることなどの事情を勘案しても,上記の事情に照らせば,インクタンクの利用が1回に限られる旨の認識が社会的に強固な共通認識として形成されているということはできない。
      エ 小括
        以上によれば,インク費消後のX製品の本件インクタンク本体にインクを再充填する行為は,特許製品を基準として,当該製品が製品としての効用を終えたかどうかという観点からみた場合には,インクタンクとしての通常の用法の下における消耗部材の交換に該当するし,また,インクタンク本体の利用が当初に充填されたインクの使用に限定されることが,法令等において規定されているものでも,社会的に強固な共通認識として形成されているものでもないから,当初に充填されたインクが費消されたことをもって,特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えたものとなるということはできない。
        したがって,本件において,特許権が消尽しない第1類型には該当しないといわざるを得ない。
    (4)第2類型の該当性
      進んで,X製品について,第三者(C社)により特許製品(X製品)中の特許発明(本件発明1)の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされたといえるかどうかについて判断する。
      ア 本件発明1の内容
        本件発明1は,インクジェットプリンタに使用されるインクタンク等に関するものであり,前記認定事実によれば,特許発明の内容については,次のように解することができる。
        (ア)インクタンクの構成として考えられる最も単純なものは,箱体内部の空間にインクを直接充填するものであるが,このような構成では,開封するとインクが漏れる,プリンタへのインクの供給が不安定になるといった欠点があることは明らかである。そこで,インクタンク内のインクが外部に漏れないように保持し,インクを安定的に供給することができるようにするために,箱体内部の空間に負圧発生部材(スポンジ,フェルト等のインクを吸収する部材)を収納し,これにインクを含浸させる構成のものが考えられた。ところが,負圧発生部材をインクタンク内の全体に収納したのでは,インクタンク内に収納し得るインクの量が減少してしまう。この問題を解決するために考えられたのが,インクタンクの内部を仕切り壁によって複数の部屋に分け,プリンタへのインク供給口のある側には負圧発生部材を収納してこれにインクを含浸させるが,それ以外の部分には,負圧発生部材を収納せず,箱体内部の空間にインクを直接充填するという構成を採用することによって,インクタンクの単位体積当たりのインク収容量を増加させ,かつ,安定したインク供給を実現したものであり(前記(2)・・・参照),これが本件明細書に従来の技術として挙げられたもの(別紙図1に記載されたもの)である。
          ところが,この従来技術によるインクタンクには,次のような問題点があった。すなわち,このインクタンクには,液体収納室36(別紙図1に付された符号を示す。以下同じ。)の全部(図1(a)中にオレンジ色で示した網線部分)及び負圧発生部材収納室34の一部(同,黄色で示した斜線部分)にインクが収納されるが,負圧発生部材収納室のその余の部分(同,負圧発生部材32のうちインクが含浸されていない緑色で示した点描部分及びバッファ室44の水色で示した空白部分)には空気が存在している。そして,インクタンクの使用開始前に,負圧発生部材収納室が液体収納室の下方に来る姿勢で放置されると(インクタンクをプリンタに装着して使用する時には,別紙図1(a)のように,負圧発生部材収納室と液体収納室とが横に並ぶが,使用開始前の輸送時や保管時においては,同(b)のように,液体収納室が負圧発生部材収納室の上方に置かれた姿勢で放置されることがある。),負圧発生部材収納室に存在する空気が,連通孔40を通って液体収納室へと導入され(図1(b)の液体収納室36中の水色で示した空白部分),気液交換動作により,空気に替わって液体収納室中のインクが負圧発生部材収納室の側に流出し,負圧発生部材収納室にインク25が過剰に存在する状態,すなわち,過充填となり,負圧発生部材のうちインクが含浸されていなかった領域にもインクが含浸される上,負圧発生部材がインクを保持しきれないときは,図1(b)中に赤色で示した同図中の左下隅部分のように,バッファ室にインクがあふれ出る事態が生ずる。このような状態でインクタンクを開封すると,大気連通口12や液体供給口14からインクが漏れ出し,使用者の手などを汚すといった問題点があった。そこで,輸送時や保管時に,インクタンクがどのような姿勢をとっても,負圧発生部材収納室のインクが過充填となることを防止する必要があり,これが本件発明1において解決すべきものとされた課題である。
        (イ)本件発明1は,次のような構成を採用することによって,インクタンクの単位体積当たりのインク収容量を増加させ,安定したインク供給を実現するという従来のインクタンクの作用効果を維持しつつ,併せて,従来のインクタンクにみられた上記の課題を解決したものである。
          本件発明1のインクタンクは,負圧発生部材収納室134(別紙図2に付された符号を示す。以下同じ。)に2個の負圧発生部材(インク供給口114側の第1の負圧発生部材132Bと,大気連通口112側の第2の負圧発生部材132A)を収納し(収納された負圧発生部材と,液体収納容器の仕切り壁,連通部及び大気連通部との位置関係は,構成要件E〜Gのとおりである。),これらを互いに圧接させることにより(構成要件A),その境界層である圧接部の界面132C(別紙図2に赤色の太線で示した部分)の毛管力が,第1及び第2の各負圧発生部材に比べて,最も高くなるように構成されている(構成要件H)。毛管力が高いということは,液体を吸収し,保持しやすいということであるから,負圧発生部材収納室に一定量のインクを収納させることによって(構成要件K),圧接部の界面が常にインクを保持した状態となり,このインクが空気の移動を妨げる障壁を形成する。その結果,負圧発生部材収納室の一部(図2中の第2の負圧発生部材のうちインクが含浸されていない領域である緑色で示した点描部分及びバッファ室である水色で示した空白部分)に存在する空気は,この障壁を越えて第1の負圧発生部材の側へ移動することができず,液体収納室へと移動することはない。したがって,輸送時や保管時に,従来の技術で問題とされたような姿勢(別紙図2(b)のように,液体収納室136が負圧発生部材収納室134の上方に来る姿勢)で放置されたとしても,液体収納室に空気が流入することがないから,気液交換動作により,液体収納室中のインクが負圧発生部材収納室に流出し,開封時に大気連通口112や液体供給口114から漏れ出すという事態を防止することができる。
          このように,本件発明1は,インクタンクの単位体積当たりのインク収容量を増加させ,安定したインク供給を実現するという従来のインクタンクと同様の作用効果を奏しつつ,併せて,従来の技術にみられた開封時のインク漏れという問題を解決するために,@負圧発生部材収納室に2個の負圧発生部材を収納し,その界面の毛管力が各負圧発生部材の毛管力よりも高くなるように,これらを相互に圧接させるという構成(この構成は,構成要件A,E〜Hによって達成されるが,そのうちで最も技術的に重要なのは,圧接部の界面の毛管力が最も高いものであることという構成要件Hであると認められる。)と,A一定量のインク,すなわち,液体収納容器がどのような姿勢をとっても,圧接部の界面全体が液体を保持することが可能な量の液体が充填されているという構成(構成要件K)を採用することによって,負圧発生部材の界面に空気の移動を妨げる障壁を形成することとした点に,従来のインクタンクにはみられない技術的思想の中核を成す特徴的部分があると認められる。
          この点は,前記(2)・・・のとおり,本件明細書(甲2)に,「他の姿勢の時にはインク−大気界面Lの水頭と,負圧発生部材界面132Cに含まれるインクの水頭との差は,P2とPSの毛管力差よりさらに小さくなるので,界面132Cは,その姿勢に関わらず,その全域にインクを有した状態を保つことができるようになっている。そのため,いかなる姿勢においても,界面132Cが,仕切り壁と負圧発生部材収納室に収納されるインクと協同して(判決注,「協同」は「協働」の意に解される。),連通部140及び大気導入路150からの液体収納室への気体の導入を阻止する気体導入阻止手段として機能し,負圧発生部材からインクが溢れ出ることはない。」(段落・・・)と記載されているとおりである。
          また,上記@の構成は充足するが,Aの構成を充足しないインクタンク(充填されているインクの量が構成要件Kに規定された量より少ないインクタンク)であっても,インクジェットプリンタにおける印刷に供することは可能であり,インクタンクとしては十分機能するということができる。しかし,そのようなインクタンクは,常に負圧発生部材の界面に空気の移動を妨げる障壁が形成されるものではなく,しかも,充填されたインクの量が少なく,大量の文書等の印刷に供する上で非効率なものとなることが明らかであって,従来のインクタンクよりも作用効果において劣るといわざるを得ない。したがって,本件発明1の目的は,上記@及びAの両者の構成が備わって初めて達成することができるのであるから,構成要件H及びKのいずれもが本件発明1の本質的部分であると解すべきである。
        (ウ)なお,前記(2)・・・のとおり,複数の負圧発生部材を収納したインクタンクも従来から存在していたが,それらは液体収納容器の内部が複数の室に仕切られていないものであり,また,専らプリンタ本体へのインクの安定的な供給を目的とするものであって,複数の負圧発生部材を圧接してその界面の毛管力を最高とし,この部分にインクを吸収させておくことによって空気の移動を妨げる障壁を形成するという技術的思想を示すものは存在しなかったし,さらに,その前提として,内部が仕切られていない液体収納容器においては,液体収納室のインクが負圧発生部材収納室に流出することがないので,これを防ぐという課題も存在しなかったということができる。したがって,上記従来技術の存在は,本件発明1の本質的部分を上記のように解することの妨げとなるものではない。
      イ インク費消後の本件インクタンク本体へのインクの再充填
        C社がインク費消後のX製品を用いてY製品を製品化する工程は,前記(2)・・・のとおりであり,本件インクタンク本体の液体収納室の上面に穴を開け,本件インクタンク本体の内部を洗浄し,負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までと,液体収納室全体に,インクを注入するという工程を含むものである。
        そこで,検討すると,X製品の使用者が本件発明1に係るインクタンクを使用することにより,液体収納室及び負圧発生部材収納室内のインクが減少し,構成要件Kの充足性を欠くに至るから,インクが費消された後の本件インクタンク本体が構成要件Kの充足性を欠いていることは明らかである。
        また,前記(2)・・・のとおり,インクが費消された後の本件インクタンク本体がプリンタから取り外された後1週間ないし10日程度が経過すると・・・,インクタンク内部の液体収納室の壁面,第1及び第2の負圧発生部材,両負圧発生部材の圧接部の界面,インク供給口等に残ったインクが乾燥して固着するに至る。殊に,圧接部の界面は,第1及び第2の負圧発生部材よりも毛管力が高いのであるから,プリンタから取り外された時点で,界面の繊維材料に液体のインクが付着したままであるのが通常であり,上記期間が経過した後は,界面の繊維材料の内部の多数の微細な空隙に付着したインクが不均一な状態で乾燥して固着し,空隙の内部に気泡や空気層が形成され,新たにインクを吸収して保持することが妨げられる状態となっているものと認められる。そして,そのことにより,インクタンクがいかなる方向に放置されたとしても,第2の負圧発生部材の持つ毛管力と圧接部の界面の持つ毛管力の差が,第2の負圧発生部材中のインク−大気界面の水頭と圧接部の界面のインク−大気界面の水頭の差以上となっていること,すなわち,圧接部の界面がインクタンクの姿勢にかかわらず常にインクで満たされていることで,圧接部の界面に空気の移動を妨げる障壁を形成し,圧接部の界面を介して第1の負圧発生部材及び液体収納室へ大気が流入しないようにする(本件明細書の段落・・・)という,本件発明1において圧接部の界面が果たすべきものとされた機能を奏することができない状態となっているものである。ここで,本件発明1の構成要件Hにいう「圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高」いとは,本件明細書の上記記載を参酌すれば,単に,圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力と比べて高いことをいうのではなく,両者の毛管力の差が上記のような機能を奏するに足りるだけの程度に達していることをいうものと解するのが相当である。そうすると,プリンタから取り外された後に上記の期間が経過し,圧接部の界面の繊維材料の内部の多数の微細な空隙に付着したインクが不均一な状態で乾燥して固着し,空隙の内部に気泡や空気層ができ,新たにインクを吸収して保持することが妨げられているものと認められる本件インクタンク本体においては,構成要件Hを充足しない状態となっているというべきである。
        したがって,本件インクタンク本体の内部を洗浄して固着したインクを洗い流した上,これに構成要件Kを充足する一定量のインクを再充填する行為は,特許発明を基準として,特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核を成す特徴的部分という観点からみた場合には,X製品において本件発明1の本質的部分を構成する部材の一部である圧接部の界面の機能を回復させるとともに,上記の量のインクを再び備えさせるものであり,構成要件H及びKの再充足による空気の移動を妨げる障壁の形成という本件発明1の目的(開封時のインク漏れの防止)達成の手段に不可欠の行為として,特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の一部についての加工又は交換にほかならないといわなければならない。
      ウ 小括
        以上によれば,Y製品は,X製品中の本件発明1の特許請求の範囲に記載された部材につきC社により加工又は交換がされたものであるところ,この部材は本件発明1の本質的部分を構成する部材の一部に当たるから,本件は,第2類型に該当するものとして特許権は消尽せず,Xが,Y製品について,本件発明1に係る本件特許権に基づく権利行使をすることは,許されるというべきである。
    (5)Yの当審における主張について
      Yは,Xによる本件特許権に基づく権利行使が認められないと解すべき根拠として,環境保全の観点からもリサイクル品であるY製品の輸入,販売等を禁止すべきではないこと,Xのビジネスモデルが不当なものであることを主張するが,これらの主張が権利の濫用等をいう趣旨のものであるとしても,以下のとおり,いずれも採用し難いというべきである。
      ア 環境保全の観点について
        (ア)環境の保全は,現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保及び人類の福祉のために不可欠なものであり,循環型社会の形成が,国,地方公共団体,事業者及び国民の責務として,推進されるべきものであることは,前記(3)ウに判示したとおりである。したがって,特許法の解釈に当たっても,環境の保全についての基本理念は可能な限り尊重すべきものであって,例えば,製品等を再使用する方法の発明,再生利用しやすい資材の発明等を特許法により保護することが環境保全の理念に沿うものであることは明らかである。他方,特許法は,発明をしてこれを公開した者に特許権を付与し,その発明を実施する権利を専有させるものであるから,上記のような発明につき特許権が付与されたときは,第三者は,特許権者の許諾を受けない限り,特許発明に係る製品の再使用や再生利用しやすい資材の製造,販売等をすることができないという意味において,環境保全の理念に反する面もあるといわざるを得ない(仮に,常に環境保全の理念を優先させ,上記のような場合に第三者が自由に特許発明を実施することができると解するとすれば,短期的には,製品の再使用等が促進されるとしても,長期的にみると,新たな技術開発への意欲や投資を阻害することにもなりかねない。)。そうすると,たとえ,特許権の行使を認めることによって環境保全の理念に反する結果が生ずる場合があるとしても,そのことから直ちに,当該特許権の行使が権利の濫用等に当たるとして否定されるべきいわれはないと解すべきである。
        (イ)Y製品は,使用済みのX製品を廃棄することなく,インクタンクとして再使用したものであるから,この面だけをみるならば,Yの行為は,廃棄物等(前記(3)ウ参照)を減少させるものであって,環境保全の理念に沿うものであり,これに対する本件特許権に基づく権利行使を認めることは同理念に反するおそれがあるということができる。
          しかし,前記(3)ウに判示したとおり,循環型社会において行われるべき循環資源の循環的な利用とは,再使用及び再生利用に限られるものではなく,熱回収も含むのであるから,使用済みのX製品をインクタンクとして再使用することだけでなく,これを熱源として使用することも,環境負荷への影響の程度等において差はあっても,環境保全の理念に合致する行為であるところ,本件において,Xが,X製品の使用者に対して使用済みのX製品の回収に協力するよう呼び掛け,現に相当量の使用済み品を回収し(インクジェットプリンタの使用者に対するアンケート調査によれば,使用後のインクタンクを業者が設置した回収箱に入れる者は,全体の約半数に上っている。),分別した上で,セメント製造工程における熱源として,主燃料である石炭の一部を代替する補助燃料に使用し,燃えかすはセメントの原材料に混ぜて使用していることは,前記(2)・・・及び(2)・・・認定のとおりである。そうすると,本件の事実関係の下では,Yの行為のみが環境保全の理念に合致し,リサイクル品であるY製品の輸入,販売等の差止めを求めるXの行為が環境保全の理念に反するということはできない。
        (ウ)なお,Yは,Xによる本件特許権に基づく権利行使を認めると,リサイクル品の市場が死滅させられることとなり,国際的なビジネスや消費者保護の観点からしても相当でないとも主張する。
          しかし,本件において,本件特許権に基づく権利行使を認めるとの結論に至ったとしても,それは,上述のとおり,特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の一部につき加工又は交換がされたからにほかならないのであって,もとよりリサイクル品の製造,販売等が一切禁止されるべきことをいうものではない。純正品が特許発明の実施品でない場合にはリサイクル品の製造,販売等が特許権侵害に問われる余地はないし,純正品が特許発明の実施品である場合においても,特許権が消尽するときは,同様である。Yの上記主張は,本件の論点を正解しないものであって,失当といわざるを得ない。
      イ Xのビジネスモデルについて
        Yは,Xのビジネスモデル(プリンタ本体を廉価で販売し,これを購入した顧客が純正品のインクタンクを高額で購入せざるを得ないようにして,不当な利益を得ようとすること)に照らすと,Xによる本件特許権に基づく権利行使を認めることは,消費者の利益を害し,特許権者を過剰に保護するものであって,容認することができないと主張する。
        しかし,まず,XのビジネスモデルがY主張のようなものであることを認めるに足りる証拠はない。Yが提出するのは,Xはインクタンク等の消耗部材を使用者に何度も購入してもらうことで収益を確保しており,営業利益の約6割は消耗部材によるものであるなどと報道する新聞等の記事(乙42,55-2),純正品のインクタンクの製造原価は50円前後であるというのが業界の常識であるとするリサイクル品の製造業者の陳述書(乙56-1)のみであって,Xの販売するプリンタ本体の価格が不当に低く,純正品のインクタンクが不当に高いことを客観的に裏付ける証拠は見当たらない。
        また,特許権者は,産業上利用することのできる発明をして公開したことの代償として,特許発明の実施を独占して利益を得ることが認められているのであり,特許製品や他の取扱製品の価格をどのように設定するかは,その価格設定が独占禁止法等の定める公益秩序に反するものであるなど特段の事情のない限り,特許権者の判断にゆだねられているということができるが,本件において,そのような特段の事情をうかがわせる証拠を見いだすことはできない。
        しかも,仮に,Yの主張するように,純正品の価格が製造原価を大幅に上回るものであるとしても,純正品とリサイクル品との価格差(前記(2)・・・認定のとおり,1個当たりの小売価格は,純正品が800円〜1000円程度,リサイクル品が600円〜700円程度である。)並びにX及びYが負担する費用(Yの側においては,リサイクル品の製造,輸送等に費用を要するとしても,特許発明に関する研究開発費,本件インクタンク本体の製造費用等の負担を免れているわけである。)を勘案すると,Xが純正品の販売により過大な利益を得ているとすれば,Yにおいても過大な利益を得ていることとなるから,そのようなYが消費者保護の見地からXの本件特許権に基づく権利行使を否定すべき旨をいう主張は,採用の限りではない。
    (6)結論
      以上のとおり,Y製品については,当初に充填されたインクが費消されたことをもって,特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)に該当するということはできないが,C社によって構成要件H及びKを再充足させる工程によりY製品として製品化されたことで,特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)に該当するから,本件発明1に係る本件特許権は消尽しない。
      したがって,Xは,Yに対し,本件発明1に係る本件特許権に基づき,国内販売分のX製品に由来するY製品の輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができる。
  2 国内販売分のX製品にインクを再充填するなどして製品化されたY製品について物を生産する方法の発明(本件発明10)に係る本件特許権に基づく権利行使をすることの許否
    (1)はじめに
      Xは,C社が使用済みの国内販売分のX製品を用いてY製品として製品化する行為は,本件発明10を実施する行為であるから,当該行為により製品化されたY製品を輸入,販売するYの行為は,本件発明10に係る本件特許権を侵害すると主張する。
      前記1において判示したとおり,国内販売分のX製品に由来するY製品については,Xは,本件発明1に係る本件特許権に基づき,輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができるから,国内販売分のX製品に由来するY製品についてXが本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使をすることができるかどうかを判断することは本来必要でないが,事案にかんがみ,この点についても判断を示すこととする(なお,Yは,特許権の消尽の主張と併せて,予備的に黙示の許諾の主張をもしているが,Xによる本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使が許されるかどうかについては,これらを併せた観点から,判断を示す。)。
    (2)物を生産する方法の発明に係る特許権の消尽
      ア 物を生産する方法の発明の実施
        特許法においては,物を生産する方法の発明の実施として,その方法の使用(特許法2条3項2号)と,その方法により生産した物(以下,物を生産する方法の発明に係る方法により生産された物を「成果物」という。)の使用,譲渡等(同項3号)が,規定されている。前者は,方法の発明一般について規定された実施態様であるが,後者は,物を生産する方法の発明に特有の実施態様として規定されたものである。
        物を生産する方法の発明に係る特許権の消尽については,上記の各実施態様ごとに分けて検討することが適切である。
      イ 成果物の使用,譲渡等について
        物を生産する方法の発明に係る方法により生産された物(成果物)については,特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国の国内においてこれを譲渡した場合には,当該成果物については特許権はその目的を達したものとして消尽し,もはや特許権者は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等に対し,特許権に基づく権利行使をすることができないというべきである。なぜならば,この場合には,市場における商品の自由な流通を保障すべきこと,特許権者に二重の利得の機会を与える必要がないことといった,物の発明に係る特許権が消尽する実質的な根拠として判例(BBS事件最高裁判決)の挙げる理由が,同様に当てはまるからである。
        そして,(ア)当該成果物が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型),又は,(イ)当該成果物中に特許発明の本質的部分に係る部材が物の構成として存在する場合において,当該部材の全部又は一部につき,第三者により加工又は交換がされたとき(第2類型)には,特許権は消尽せず,特許権者は,当該成果物について特許権に基づく権利行使をすることが許されるものと解するのが相当である。この点については,物の発明に係る特許権の消尽について前記1(1)に判示したところがそのまま当てはまるものである。
      ウ 方法の使用について
        特許法2条3項2号の規定する方法の発明の実施行為,すなわち,特許発明に係る方法の使用をする行為については,特許権者が発明の実施行為としての譲渡を行い,その目的物である製品が市場において流通するということが観念できないため,物の発明に係る特許権の消尽についての議論がそのまま当てはまるものではない。しかしながら,次の(ア)及び(イ)の場合には,特許権に基づく権利行使が許されないと解すべきである。
        (ア)物を生産する方法の発明に係る方法により生産される物が,物の発明の対象ともされている場合であって,物を生産する方法の発明が物の発明と別個の技術的思想を含むものではないとき,すなわち,実質的な技術内容は同じであって,特許請求の範囲及び明細書の記載において,同一の発明を,単に物の発明と物を生産する方法の発明として併記したときは,物の発明に係る特許権が消尽するならば,物を生産する方法の発明に係る特許権に基づく権利行使も許されないと解するのが相当である。したがって,物を生産する方法の発明を実施して特許製品を生産するに当たり,その材料として,物の発明に係る特許発明の実施品の使用済み品を用いた場合において,物の発明に係る特許権が消尽するときには,物を生産する方法の発明に係る特許権に基づく権利行使も許されないこととなる。
        (イ)また,特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が,特許発明に係る方法の使用にのみ用いる物(特許法101条3号)又はその方法の使用に用いる物(我が国の国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明による課題の解決に不可欠なもの(同条4号)を譲渡した場合において,譲受人ないし転得者がその物を用いて当該方法の発明に係る方法の使用をする行為,及び,その物を用いて特許発明に係る方法により生産した物を使用,譲渡等する行為については,特許権者は,特許権に基づく差止請求権等を行使することは許されないと解するのが相当である。その理由は,@この場合においても,譲受人は,これらの物,すなわち,専ら特許発明に係る方法により物を生産するために用いられる製造機器,その方法による物の生産に不可欠な原材料等を用いて特許発明に係る方法の使用をすることができることを前提として,特許権者からこれらの物を譲り受けるのであり,転得者も同様であるから,これらの物を用いてその方法の使用をする際に特許権者の許諾を要するということになれば,市場における商品の自由な流通が阻害されることになるし,A特許権者は,これらの物を譲渡する権利を事実上独占しているのであるから(特許法101条参照),将来の譲受人ないし転得者による特許発明に係る方法の使用に対する対価を含めてこれらの物の譲渡価額を決定することが可能であり,特許発明の公開の代償を確保する機会は保障されているからである(この場合には,特許権者は特許発明の実施品を譲渡するものではなく,また,特許権者の意思のいかんにかかわらず特許権に基づく権利行使をすることは許されないというべきであるが,このような場合を含めて,特許権の「消尽」といい,あるいは「黙示の許諾」というかどうかは,単に表現の問題にすぎない。)。
          したがって,物を生産する方法に係る発明においては,特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が,専ら特許発明に係る方法により物を生産するために用いられる製造機器を譲渡したり,その方法による物の生産に不可欠な原材料等を譲渡したりした場合には,譲受人ないし転得者が当該製造機器ないし原材料等を用いて特許発明に係る方法の使用をして物を生産する行為については,特許権者は特許権に基づく差止請求権等を行使することは許されず,当該製造機器ないし原材料等を用いて生産された物について特許権に基づく権利行使をすることも許されないというべきである。
    (3)本件についての判断
      そこで,本件において,上記のような観点から,国内販売分のX製品に由来するY製品について,物を生産する方法の発明である本件発明10に係る本件特許権の行使が許されるかどうかについて検討する。
      ア 本件発明10について
        前記の「前提事実」・・・と後掲証拠によれば,以下の事実が認められる。
          ・・・
      イ 進んで,本件において,本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使が許されるかどうかについて判断する。
        (ア)本件発明10は,その特許請求の範囲と本件発明1の特許請求の範囲とを比較すれば明らかなとおり,本件発明1の構成要件A〜Hを充足する液体収納容器(液体が充填されていない液体収納容器)を用意する工程(本件発明10の構成要件A'〜C',E'〜I')と,本件発明1の構成要件K及びLを充足するように液体を充填する工程(本件発明10の構成要件J',K')とを有することを特徴とする液体収納容器の製造方法の発明である(本件発明10の構成要件L')。また,液体の充填に関しては,充填すべき量について,負圧発生部材収納室に,液体収納容器の姿勢によらずに圧接部の界面全体が液体を保持可能な量を充填すべきものとされている(構成要件K')ものの,充填の方法については,特許請求の範囲に何ら具体的な記載はされておらず,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載によれば,公知の方法を利用することができるとされている(前記1(2)・・・,本件明細書・・・参照)。
        (イ)まず,成果物の使用,譲渡等(前記(2)イ)についてみる。
          X製品が,本件発明10の技術的範囲に属する方法により,Xによって製造され,X及びXの許諾を受けた者により販売されたことは,当事者間に争いがなく,Y製品が,C社により,上記X製品のインク費消後の本件インクタンク本体にインクを再充填するなどして製品化されたものであることは,前記1(2)・・・認定のとおりである。したがって,前記(2)イのとおり,Yが,本件発明10の成果物としてのY製品を譲渡する行為について,本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使が許されるかどうかについては,物の発明である本件発明1に係る本件特許権が消尽するか否かと同様に検討すべきである。
          そうすると,前記1において判示したのと同様の理由により,本件発明10の成果物であるX製品が,当初に充填されたインクが費消されたことをもって,本件発明10の成果物が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えたものとなる(第1類型)ということはできないが,本件発明10において,2個の負圧発生部材を収納し,その圧接部の界面の毛管力が各負圧発生部材の毛管力よりも高い負圧発生部材収納室を備えた液体収納容器を用意するという工程(構成要件H')及び液体収納容器がどのような姿勢をとっても圧接部の界面全体が液体を保持することが可能な量の液体を充填するという工程(構成要件K')は発明の本質的部分を構成する工程の一部を成すものであり,その効果は本件発明10の成果物であるX製品中の部材(本件発明1の構成要件H及びKを充足する部材)に形を換えて存在するというべきところ,C社によって前記工程によりY製品として製品化されたことで,当該部材につき加工又は交換がされた場合(第2類型)に該当するから,Xは,本件発明10に係る本件特許権に基づく差止請求権等を行使することが許されるというべきである。
        (ウ)次に,方法の使用(前記(2)ウ)についてみる。
          C社によるY製品の製品化の方法が本件発明10の技術的範囲に属することは,当事者間に争いがない。また,上記(ア)によれば,本件発明10は,本件発明1に係る液体収納容器を生産する方法の発明であって,インクを充填して使用することを当然の前提とする液体収納容器に,公知の方法により液体を充填するというものであるから,本件発明1に新たな技術的思想を付加するものではなく,これと別個の技術的思想を含むものではないと解される。そうすると,本件発明1に係る本件特許権が消尽するときには,本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使も許されないこととなるが,本件発明1に係る本件特許権が消尽しない以上,同様の理由により,C社が本件発明10の技術的範囲に属する方法により生産した成果物であるY製品について,Xが本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使をすることは許されるというべきである。
          また,Y製品は,上記のとおり,C社がインク費消後のX製品を用いて,これにインクを再充填するなどして製品化したものである。そうすると,C社による本件発明10に係る方法を使用してのY製品の製造については,X及びXの許諾を受けた者により販売された本件インクタンク本体が,製造機器ないし原材料等として用いられていると解することも可能であるが,X製品は,前記・・・のとおり,本件発明1の技術的範囲に属するものとして,インクが充填された状態で販売されているものであって,インクタンク製造のための製造機器ないし原材料等として販売されているものではない。加えて,前述のとおり,本件発明10は,本件発明1に係る液体収納容器を生産する方法の発明であって,本件発明1と別個の技術的思想を含むものではないところ,本件発明10における「前記負圧発生部材収納室に,前記液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体を充填する第2の液体充填工程」(構成要件K')との点は,本件発明10の本質的部分の一つであるから,C社がインクの費消された後のX製品(本件インクタンク本体)に上記一定量のインクを充填する行為は,単にX等の販売に係る本件インクタンク本体にインクを再充填する行為というにとどまらず,本件発明10のうち本質的部分に当たる工程を新たに実施するものである。これらの点を考慮すれば,本件において,X及びXの許諾を受けた者が本件発明10に係る方法を使用してのインクタンクの製造のための製造機器ないし原材料等を販売したということはできないから,Xが本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使をすることが許されないということはできない。
      ウ 結論
        以上によれば,Xは,Yに対し,本件発明10に係る本件特許権に基づき,国内販売分のX製品に由来するY製品の輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができる。
  3 国外販売分のX製品にインクを再充填するなどして製品化されたY製品について本件特許権に基づく権利行使をすることの許否
    (1)物の発明に係る特許権について
      ア 特許権に基づく権利行使の許否
        我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合,特許権者は,譲受人に対しては,当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意をしたときを除き,譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては,譲受人との間でその旨の合意をした上で特許製品にこれを明確に表示したときを除き,当該製品を我が国に輸入し,国内で使用,譲渡等する行為に対して特許権に基づく権利行使をすることはできないというべきである(BBS事件最高裁判決)。本件において,国外で販売されたX製品については,譲受人との間で販売先又は使用地域から我が国を除外する旨の合意はされていないし,その旨がX製品に明示されてもいないことは,前記・・・のとおりである。したがって,国外で販売されたX製品を使用前の状態で輸入し,これを国内で使用,譲渡等する行為は,本件特許権の行使の対象となるものではない。
        しかしながら,(ア)当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型),又は,(イ)当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)には,特許権者は,当該特許製品について特許権に基づく権利行使をすることが許されるものと解するのが相当である。その理由は,国外での経済取引においても,譲受人が目的物につき自由に業として使用し再譲渡等をすることができる権利を取得することを前提として,市場における取引行為が行われ,国外での取引行為により特許製品を取得した譲受人ないし転得者が,業として,これを我が国に輸入し,国内において,業として,これを使用し,又はこれを更に他者に譲渡することは,当然に予想されるところであるが,@上記の使用ないし再譲渡等は,特許製品がその作用効果を奏していることを前提とするものであり,年月の経過に伴う部材の摩耗や成分の劣化等により作用効果を奏しなくなった場合に譲受人ないし転得者が我が国の国内において当該製品を使用ないし再譲渡することまでをも想定しているものではなく,また,A特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合に譲受人ないし転得者が我が国の国内において当該製品を使用ないし再譲渡することまでをも想定しているものではないから,特許権者が留保を付さないまま特許製品を国外で譲渡したとしても,譲受人ないし転得者に対して,上記の(ア),(イ)の場合にまで,我が国において譲渡人の有する特許権の制限を受けないで当該製品を支配する権利を黙示的に授与したと解することはできないからである。
      イ 本件についての検討
        国内販売分のX製品に由来するY製品について判示した(前記1参照)のと同様の理由により,国外販売分のX製品に由来するY製品についても,当初に充填されたインクが費消されたことをもって,特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)に該当するということはできないが,C社によって構成要件H及びKを再充足させる工程によりY製品として製品化されたことで,特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)に該当するということができる。
        したがって,Xは,Yに対し,本件発明1に係る本件特許権に基づき,国外販売分のX製品に由来するY製品の輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができる。
    (2)物を生産する方法の発明に係る特許権について
      ア Xは,C社が使用済みの国外販売分のX製品を用いてY製品として製品化する行為は,本件発明10を実施する行為であるから,当該行為により製品化されたY製品を我が国に輸入し,国内において販売するYの行為は,本件発明10に係る本件特許権を侵害すると主張する。
        上記(1)において判示したとおり,国外販売分のX製品に由来するY製品については,Xは,本件発明1に係る本件特許権に基づき,輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができるから,国外販売分のX製品に由来するY製品についてXが本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使をすることができるかどうかを判断することは本来必要でないが,事案にかんがみ,この点についても判断を示すこととする。
      イ 物を生産する方法の発明の実施態様のうち,まず,当該方法により生産された物(成果物)の使用,譲渡等(特許法2条3項3号)について,検討する。
        物を生産する方法の発明に係る方法により生産された物(成果物)については,我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において成果物を譲渡した場合,特許権者は,譲受人に対しては,当該成果物について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意をしたときを除き,譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては,譲受人との間でその旨の合意をした上で成果物にこれを明確に表示したときを除き,当該成果物を我が国に輸入し,国内で使用,譲渡等する行為に対して特許権を行使することはできないというべきである。なぜならば,この場合には,国際取引における商品の自由な流通を尊重すべきことなど,物の発明に係る特許権について判例(BBS事件最高裁判決)の挙げる理由が,同様に当てはまるからである。本件において,国外で販売されたX製品については,譲受人との間で販売先又は使用地域から我が国を除外する旨の合意はされていないし,その旨がX製品に明示されてもいないことは,前記(1)アのとおりである。
        しかしながら,(ア)当該成果物が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型),又は,(イ)当該成果物中に特許発明の本質的部分に係る部材が物の構成として存在する場合において,当該部材の全部又は一部につき,第三者により加工又は交換がされたとき(第2類型)には,特許権者は,当該成果物について特許権に基づく権利行使をすることが許されるものと解するのが相当である。この点については,物の発明に係る特許権について判示した理由(前記(1)ア参照)が,同様に当てはまるものである。
        そして,本件については,物の発明に係る特許権について前記(1)イに判示したのと同様の理由により,本件発明10の成果物であるX製品が,当初に充填されたインクが費消されたことをもって,製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えたものとなる(第1類型)ということはできないが,本件発明10において構成要件H'及びK'は発明の本質的部分を構成する工程の一部を成すものであり,その効果は本件発明10の成果物であるX製品中の部材(本件発明1の構成要件H及びKを充足する部材)に形を換えて存在するというべきところ,C社によって前記工程によりY製品として製品化されたことで,当該部材につき加工又は交換がされた場合(第2類型)に該当するから,Xは,Yに対し,本件発明10に係る本件特許権に基づき,国外販売分のX製品に由来するY製品の輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができる。
      ウ 次に,物を生産する方法の発明の実施態様のうち,特許発明に係る方法の使用をする行為(特許法2条3項2号)について判断する。
        物を生産する方法の発明に係る方法により生産される物が,物の発明の対象ともされており,かつ,物を生産する方法の発明が物の発明と別個の技術的思想を含むものでない場合において,特許権者又はこれと同視し得る者が国外において譲渡した特許製品について,物の発明に係る特許権に基づく権利行使が許されないときは,物を生産する方法の発明に係る特許権に基づく権利行使も許されないと解するのが相当である。本件発明10は,本件発明1に係る液体収納容器を生産する方法の発明であって,インクを充填して使用することを当然の前提とする液体収納容器に,公知の方法により液体を充填するというものであるから,本件発明1に新たな技術的思想を付加するものではなく,これと別個の技術的思想を含むものではないと解されるが,本件発明1に係る本件特許権に基づく権利行使が許される以上,Xが本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使をすることは,許されるというべきである。
        一方,特許権者又はその許諾を受けた実施権者が,特許発明に係る方法の使用にのみ用いる物(特許法101条3号)又はその方法の使用に用いる物(我が国の国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明による課題の解決に不可欠なもの(同条4号)を我が国の国内において譲渡した場合においては,譲受人ないし転得者がその物を用いて当該方法の発明に係る方法の使用をする行為,及び,その物を用いて特許発明に係る方法により生産した物を使用,譲渡等する行為について,特許権者は,特許権に基づく権利行使をすることは許されないというべきであるが(前記2(2)ウ(イ)参照),特許権者又はこれと同視し得る者がこれらの物を国外において譲渡した場合において,これらの物を我が国に輸入し国内でこれらを用いて特許発明に係る方法の使用をする行為,及び,国外でこれらの物を用いて特許発明に係る方法により生産した物を我が国に輸入して国内で使用,譲渡等する行為について,特許権に基づく権利行使をすることが許されるかどうかは,判例(BBS事件最高裁判決)とは,問題状況を異にする。すなわち,この場合には,国外での取引行為によりこれらの物を取得した譲受人ないし転得者が,国内でこれらの物を用いて特許発明に係る方法の使用をし,あるいはこれらの物を用いて生産した物を国内で使用,譲渡等することをも,特許権者が黙示的に許諾したと解することができるかどうかは,なお,検討を要する課題というべきである。しかし,本件においては,前記2(3)イ(ウ)のとおり,X及びXの許諾を受けた者が本件発明10に係る方法を使用してのインクタンクの製造のための製造機器ないし原材料等を販売したということはできず,前記検討課題の前提を欠くものであるから,その結論のいかんにかかわらず,Xは,Yに対し,本件発明10に係る本件特許権に基づき,国外販売分のX製品に由来するY製品の輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができるというべきである。
  4 結語
    以上によれば,Xの請求はいずれも理由があるから,これを棄却した原判決を取り消し,Xの請求をいずれも認容することとして,主文のとおり判決する。なお,仮執行の宣言は相当ではないので,これを付さないこととする。」