上野 健爾:代数入門2

作成日:2021-08-20
最終更新日:

概要

「学習の手引き」より まえがきでも少し触れたが, 「代数入門1」に較べて, 本書の記述はかなり抽象的になっている部分がある. とある。言い忘れたが、本書は「岩波講座 現代数学への入門」全 10 巻( 20 分冊) のうちの第7回配本のうちの 1 冊である。本書は、 高橋陽一郎著「力学と微分方程式」 と同時配本である。

感想

フーガの技法

まえがきの pp.v-vi にかけて次の記述がある:

しかしながら,「代数入門1」と較べると, 数学の調べが大きく変わってしまったととまどわれる読者もおられることと想像される. それは,深い宗教心に満ちた宗教曲や華麗なオルガン曲, イタリアへのあこがれを秘めた室内楽曲などのバッハの音楽に慣れ親しんだあとで, 未完の「フーガの技法」をはじめて聞くときのとまどいに似ているかもしれない.

まえがきとはいえ、数学書でバッハが出てくるならまだしも、「フーガの技法」まで出てくるとは驚いた。 私はバッハの音楽が好きで、このように言われるとその通りのような気がしてきた。 ただ、私の場合のバッハの受容は、 オルガン曲→室内楽曲→「フーガの技法」→宗教曲 なので、ちょっと違うか。

直和分割の記号

pp.197-198 にかけて次の記述がある:

集合 `S` を 互いに共通部分を持たない部分集合 `M_j` の和集合として表すこと, すなわち $$ S = \coprod_{j \in J} M_{j} $$ と表すことを,集合の直和分割(direct composition) または単に分割(decomposition), あるいは類別(classification), `M_j` を(class)という. 記号 $ \coprod $ は `j != k` のとき `M_j nn M_k = O/` かつ `S = uuu M_j` であることを意味する.

この `Pi` をひっくりかえしたような記号は、なぜこれを使うのだろうか。 和の記号 `Sigma` や積の記号 `Pi` の記号に関しては、 「代数入門1」のそれぞれ p.7 と p.8 で説明があったのに、 ここへ来て説明がないと、ちょっとがっかりしてしまう。ちなみにこの記号は ASCIIMath では表示できないので、 LaTeX の Display モードで打っている。コマンドは \coprod である。

問題と答

少しだけ「問」を解いてみた。p.216 にある問7である。

問7 `(i, j) = (1, i)(1, j)(1, i)` であることを用いて, すべての `n` 次の置換 `(1, k), 2 le k lt n` の形の互換の積で表せることを示せ.

どう答えればいいだろうか。 以下はこわごわ書いた解答である。まず、本書 p.216 の定理 5.23 より、`n` 次の置換はすべて互換の積として表わせる。 その個別の互換を `(i, j)` とすると、`(i, j) = (1, i)(1, j)(1, i)` であるからこれで置き換えることができる。 この置き換えを個々の互換すべてに適用すれば、 すべての `n` 次の置換 `(1, k), 2 le k lt n` の形の互換の積で表せることがわかる.

これでいいのだろうか。なお、この命題は、 中島匠一:代数方程式とガロア理論 の p.403 A.106 命題 (5) や、矢ヶ部 巌:数Ⅲ方式 ガロアの理論 p.301 あたりなどにもある。

この解答を書いてみたきっかけは、p.351 の問解答では欄そのものが省略されていたからである(問6の解答の次が問8だった)。

次は p.219 にある問10である。

問10 `x_1^d + x_2^d + x_3^d, d = 2, 3, 4, ` を `gamma_1, gamma2, gamma3` を使って表わせ. 逆に,3変数の基本対称式は `sigma_1 = x_1 + x_2 + x_3`, `sigma_2 = x_1^2 + x_2^2 + x_3^2`, `sigma_3 = x_1^3 + x_2^3 + x_3^3` の `QQ` 係数の多項式として表示できることを示せ.

なお、`gamma_i` については、`gamma_1 = x_1 + x_2+x_3`, `gamma_2 = x_1x_2 + x_2x_3 + x_3x_1`, `gamma_3 = x_1x_2x_3` と定義されている。ではやってみよう。

`(x_1+x_2+x_3)^2 = x_1^2+x_2^2+x_3^2 + 2(x_1x_2 + x_2x_3 + x_3x_1)`
だから、
`x_1^2 + x_2^2 + x_3^2 = gamma_1^2 - 2 gamma_2`

まずはひとつできた。次はどうか。

`(x_1^2+x_2^2+x_3^2)(x_1+x_2+x_3) = x_1^3+x_2^3+x_3^3 + x_1(x_2^2+x_3^2)+x_2(x_3^2+x_1^2) + x_3(x_1^2+x_2^2)`
および
`(x_1x_2+x_2x_3+x_3x_1)(x_1+x_2+x_3) = 3x_1x_2x_3 + x_1(x_2^2+x_3^2)+x_2(x_3^2+x_1^2) + x_3(x_1^2+x_2^2)`
だから、
`(gamma_1^2-2gamma_2)gamma_1 = x_1^3+x_2^3+x_3^3 + gamma_1gamma_2 - 3gamma_3`
`:.x_1^3+x_2^3+x_3^3 = gamma_1^3 - 3gamma_1gamma_2 + 3gamma_3 `

しんどい。一度はあきらめたがなんとかできた。次はもっと大変だ。

`(x_1^3+x_2^3+x_3^3)(x_1+x_2+x_3) = x_1^4+x_2^4+x_3^4 + {x_1(x_2^3+x_3^3)+x_2(x_3^3+x_1^3) + x_3(x_1^3+x_2^3)}`
および
`(x_1x_2+x_2x_3+x_3x_1)(x_1^2+x_2^2+x_3^2) = x_1x_2x_3(x_1+x_2+x_3) + {x_1(x_2^3+x_3^3)+x_2(x_3^3+x_1^3) + x_3(x_1^3+x_2^3)}`
だから、
`gamma_1(gamma_1^3 - 3gamma_1gamma_2 + 3gamma_3) = x_1^4+x_2^4+x_3^4 + gamma_2(gamma_1^2 - 2 gamma_2) - gamma_1 gamma_3`
`:.x_1^4+x_2^4+x_3^4 = gamma_1(gamma_1^3 - 3gamma_1gamma_2 + 3gamma_3) - gamma_2(gamma_1^2 - 2 gamma_2) + gamma_1gamma_3 = gamma_1^4 - 4gamma_1^2gamma_2^2 + 4gamma_1gamma_3 + 2gamma_2^2 `

なんとかできた。以上が前半である。後半はどうしよう。3変数の基本対称式は、 `gamma_1, gamma_2, gamma_3` の `QQ` 係数の多項式として表示できることは既知としてよいから、 `gamma_1, gamma_2, gamma_3` が `sigma_1, sigma_2, sigma_3` の `QQ` 係数の多項式として表示できることを示せばよい。

`{(sigma_1 = gamma_1),(sigma_2=gamma_1^2 - 2 gamma_2),(sigma_3=gamma_1^3 - 3gamma_1gamma_2 + 3gamma_3):}`

これを逆にとけばいい。

`{(gamma_1 = sigma_1),(2gamma_2=gamma_1^2 - sigma_2 = sigma_1^2 - sigma_2), (3gamma_3 = sigma_3-gamma_1^3 + 3gamma_1gamma_2 = sigma_3 - sigma_1^3 + 3/2 sigma_1(sigma_1^2 - sigma_2) = 1/2sigma_1^3 - 3/2sigma_1sigma_2 + sigma_3):}`

`:.{(gamma_1 = sigma_1), (gamma_2=1/2(sigma_1^2 - sigma_2)), (gamma_3 = 1/6sigma_1^3 - 1/2sigma_1sigma_2 + 1/3sigma_3):}`

p.351 の問解答では、`gamma_3` の値が誤って、3 で割る前の値、すなわち `1/2sigma_1^3 - 3/2sigma_1sigma_2 + sigma_3` となっている。

この問に解答してみたのは、Amazon の書評で、`gamma_3` の値が誤っているという指摘があり、 それを確かめてみたかったからである。

誤植

p.201 の下から2行目、相異なる重複順列の個数は `m!//d_1!d_2!cdotsd_n!` であることが分かる. とあるが、正しい式は、 `m!//(d_1!d_2!cdotsd_n!)` だろう。ここは、すぐ誤りがわかるので、 些末な指摘である。

数式記述

このページの数式は MathJax で記述している。

書誌情報

書 名代数入門2
著 者上野 健爾
発行日1996 年 5 月 29 日
発行元岩波書店
定 価2分冊合計定価 3495 円(本体)
サイズA5版 369 ページ(代数入門1からの通しページ)
ISBN
その他越谷市立図書館にて借りて読む

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MARUYAMA Satosi