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シンハラ語の与格名詞を主語とする無意思文 |
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シンハラ語の与格名詞を主語とする無意思文
シンハラ語の話し方・別冊
日本語=シンハラ語小辞典 English version available |
かしゃぐら通信2007.-Aug-24 2008.-Jan-19 2014-feb-26
シンハラ文には意志文と無意思文とがあります。
A病気を表す文
Bしたい、したくないなどの願望、忌諱を表す文
Cできる、できないなどの能力表す文
無意思動詞文はニルットサーハカ・ワーキャ(作用のない文、無意思の文、行為でない文)と呼ばれ、ニルットサーハカは無意志動詞をも指します。無意志動詞の語幹はE形をとります。「わかる(理解する)」という動詞を例にとれば意志形、無意思形には次のような形態の違いがあります。
シンハラ文では与格名詞の主語と無意志動詞の述語という組み合わせが日常会話で頻繁に使われます。英語にはこうした表現はないし、現代日本語でもこのような表現は少なくなっているようです。無意志動詞文が表す言語世界は一体何を表現したいのでしょうか。
マタ・マハンシイ。この表現を直訳すれば「私に疲れた」と言っている。この言い回しはきっと、「私にあっては疲れていますが、その原因は私の個性や性格や心理に起因するのではなく、私以外の自然現象に起因しているのです」となるかもしれない。「〜にあっては」なんて、戦後この方、高貴な方々にも使わない。「疲れの原因」の言い訳がなんともイージーで、他人思考で、責任逃れで、と思える、でも、これって案外に理論的で、機能的で、もしかすると哲学的か? J.B.ディサーナーヤカさんのエッセイは言葉がつなぐ人と人の関係をやさしく語りかけてくれます。こころのインド哲学って雰囲気なのです。
関連項目→シンハラ語私記4 シンハラ語の主語は与格で始まる
かしゃぐら通信