side A. / side B. / 登場人物紹介
日付の横の「>>」…Side B.の同日にジャンプ。
どうやら五月病にはならずに済みそうだ。小田原先輩がいい人だってせいもあるんだろうけど。
…当初は兄貴と一緒に暮らせるって方が嬉しかったはずなんだけど、ま、世の中色々あるからね。
あり過ぎだけど。
まだ引きずってるんだ。GWの間も1日中何処か歩き回ってたし。
口利かないまま1日終わってたりすることは、なるべく思い出さないようにしないと、またぶり返しそうで怖い。
幸いというか何というか、剃刀の類見つけると兄貴が絶対処分しちゃってるから実行に移せないままでいるけど。
俺ってどーいう認識されてんだろう。ホントに。聞いても答えてはくれないんだけどさ。少なくとも心配はされているらしいけど。
5月9日
メールで飲み会の回覧が回って来た。口では行こうって言ってたけど、店の場所とか電話とか書いてあった。ちなみに奢ってくれるらしいです。他の人には内緒ね、とか書いてた。
先輩、仕事の上では割と厳しいんだけど、こういう所は甘過ぎです。いい人です。
やば。記憶ない。
目覚めたら先輩のアパートでベット占領してました。
うわーごめんなさい。
と謝りたくても家主いないんすけど。
どーしよう、マジで。
先輩、今日出かける予定あるのに俺がむりやり押しかけたのかな。
そうなんだろうなあ…。
いい人過ぎるにもホドがありますよ先輩。
そういう人は俺みたいなのに関わると自滅しますよ。ウチの兄貴がそうだったように。
自覚があるだけまだマシだな。
もういい加減大人にならないと。兄貴にはそういう意味でさんざん迷惑かけてたしな…。先輩に対してはそれやっちゃったらマズイよな。身内だからって言い訳、通用しないし。
…いや、とか言ってるけど、今反省しても既にもう遅いかも知れない。
っつーか絶対何かやってそう。
やべー。
5月12日
引きこもり中。
やっぱり何かやってました。もうかなり。
自分のそういう部分をもう見ないようにしようって、兄貴に振られた時に決意していたはずなのに、酔って前後不覚になったら抑えなんか効いてなかったらしい。
昨日、夜になって先輩帰って来て、めちゃくちゃ謝りまくったんだけど、気にしてないって軽く流されたけど、でも最後に言われた言葉が頭から離れてません。
「潤んだ目で『好き』とか言うのはやめとけ。相手が女性だったら120%誤解されるぞ、あれは」
恥ずかしすぎる…。
まあいいや。ここでぐらいはカミングアウトさせてもらいます。
多分、惚れちゃってるんですよ、俺。兄貴があんなんなっちゃったせいもあるけど、色々仕事上で相談に乗って貰ったり怒られたり褒められたりゴハン一緒に食べに行ったりしてもらってるうちに。
俺、かまってもらうことにすごく弱い。小さい頃からそれは自覚しちゃってる。優しくされることに弱い。家族いなかったし。
でもまあ、兄貴の場合は…兄貴だったし、だから、俺のことは弟でしかないんだろうし、ってそのまんまだけど、まあ、そういうことだったし。
でも、俺が大学に行ってる間に、働いていた兄貴の家に遊びに行ったら、あいつ、男と同棲してやがった。
兄貴はノーマルだと思ってたし、女の人と付き合ってたし、だからそもそも可能性なんか全くないって信じてた。だからこそそれ以上は踏み込むまいと線を引いてた、その理性があの日ぶつっと飛んで物凄い勢いで兄貴に「告白」してしまった。その同棲相手の前で。
まあ当然振られたわけだけど。
それから少しは冷静にはなったんだ。
俺はただ単に、あのお人好しの優しさが気持ち良かっただけなんだろうなって。
初めて持った家族だったから。…多分。
でも先輩の場合は…
俺が男の人好きになっちゃうのは悩んでないんだけど、男に惚れられた方は悩むだろうしなあ。
ああうだうだ。コンビニ行こう。喉渇いた。
明日からふつーにしなきゃ、フツーに。うん。普通に。
先輩と仕事するようになって、リスカしなくなって来てるし。このままでいる方がいい。
久し振りに切ってしまった。やっぱカッターナイフだと少し痛い。
今日の俺は浮き沈みが激し過ぎる。
普通にしなきゃ普通にしなきゃと思ってるのに、小田原先輩のやること1つ1つが気になっちゃってダメだ。
仕事の話をしてる間も何だか違う方見ているし。何か先週と教えてくれたこと違うと思ったらこっちの話前々聞いてくれてなかったし。
気にしてないって笑ってくれたけど、でもやっぱり…きっと不気味がられてたんだろうな。ただの仕事の後輩にいきなりあんなこと言われて。泥酔して家に押しかけて。
良くなんか思われているはずない。
先週までは優しかったのに。今日は上の空で1日中ずっと難しい顔してたし。
気にされてるに決まってる。されてないはずない。そんなの考えりゃ分かるはずなのに。
兄貴にバレた。もう怒ることは諦めてる。睨みつけるように俺を見た後、カッターを自分の鞄に放り込んでた。いつものように、家には置いておかないつもりなんだろう。
一体、兄貴の会社には何本のカッターが転がってるんだろう。それとも、何処かに捨ててるのな。
それからしばらくして部屋に来て、何か言いたそうな顔でずっと俺のことを見ていた。
そしてあの時みたいに黙ったまま俺の傷口を消毒してばんそうこう貼ったりしてくれた。
少し甘えたくなった。甘えさせてくれた。
…もちろん、俺はただの弟だ。
これからもずっと。
死んだやつに勝つ方法なんか、あるわけない。
兄貴が久し振りに夕飯一緒に食べるか? と言って来たので、定時退社。
スーツの俺とまるっきり普段着の兄貴。変な取り合わせだ。
なんか謝りたかった、みたいだけど。
今さら遅い。かなり遅い。
あの頃ほどバカじゃなくなってるから、もう気にしてないと言っといたけど。
兄貴の方が未だに気にしてた方が驚き。
というか、何故今さら? いやホントに。
俺にどうしろってんだよ…。
どうしよう。パニック。
どうすればいい? いや、ここで書いてもどうにもならんのは知ってる。でもさ。
うわどうしよう…どうしよう…。
冷水浴びたら頭はっきりするかと思ったけど、全然効果なし。
仕事が手につかない…。
何書いてんだ…落ち着け自分。
5月17日
昨夜は何もなし。でもその代わりにずっと謝られてばっかだった。
謝るなよ。謝るぐらいなら最初からすんな。
卑怯だ。ズルイよ。何で今なんだよ。
あいつの代わりみたいでイヤだ。
せめて…せめて1年前ならこんなに悩んだりしなかったのに。
悩んでるってことは、どっか肯定してんだよな。拒めないでいる。同情とかじゃなくて、やっぱ俺は、兄貴のこと嫌えないから。
でも…タイミングが嫌だ。
やっぱただアイツの代わりってだけなんじゃないか、その疑いが拭い切れないからイヤだ。
あんな顔して…捨てられる犬みたいな顔して…すがりつくような顔して…
今夜は帰りたくない…。
5月19日
大丈夫…だと思う。
先輩すいません。勝手に精神安定剤にしてしまった。
甘え過ぎは自覚してます。あまり深く聞かないでいてくれてホッとした。
話せるわけない…。
どうしよう。先輩に背中撫でられただけなのに、その時のこと思い出すとちょっとドキドキしてたりする。重症だ。
明日から仕事。切り替われ俺の頭。
頼むから。
マジで。
先輩が帰り際に携帯の番号を教えてくれた。
何があったんだか知らないけど、相談に乗るぐらいはいつでもすると言ってくれる。
涙が出そうになって俯いてしまったら、ぽんぽん肩を叩かれた。
そのまま、駅まで一緒に歩いてくれた。
ちくしょう。何で死んだんだアイツ…。
このままだと俺は永遠にこんな気持ち抱えたままだ。もやもやしたままだ。
後から帰って来た兄貴が、最近笑わなくなったって俺に心配そうな目を向けて来た。
…誰のせいだよ。まるで軽い事故にでも遭ったみたいに流しやがって。
気にする方がおかしいんだろうか。たかがキスだって流せってことなのか?
流せないんだよ…俺の中ではまだ何も終わってないんだから。
先輩は優しい人だな、と思う。
だから全部受け入れてもらえたのかも知れないと思う。
どっちなんだろう、俺は。逃げてるのか、それとも、兄貴を忘れようとしてんのか。
ごめんなさい。でもありがとう。
寝て起きて会社来たら不思議と心が軽かった。
これって恋の病ってやつですかねー。
自分で書いててバカだと思うけどさ(笑)。
仕事もそれなりに忙しく入力値をチェックしたりしている。ちょっと残業。昼休みの正規の時間には食べられなかった。うーん社会人。
誰か俺を止めて下さい。なんかもう。まずいです。
仕事上で直接接触する時間なんてそんなに多くないけど、それでも二言三言喋るチャンスがあるだけで舞い上がってる自覚があります。
俺、アホです。どうかしちゃってます。
先輩、俺の教育係外れて、本来の仕事に戻ったせいか、色々忙しそう。
真剣な横顔がギリギリ見える距離は結構オイシイかもしれん。
ああもう打つ手なし。ヤバ。なんでこんなんなっちゃったんだろ、俺。
5月31日
同じフロアにいるにも関わらず、携帯のメール飛ばしてみました。
ちょっとびっくりしてた。
でも返事はOK。
先輩、俺に流されてるとかじゃないよね。
いいんですよね、通じてるって思って。
迷惑…じゃないですよね?
どうしよう。もう…もうどうしていいんだかわかんない。
いいんだろうか、こんな…こんな幸せな気分になっちゃっても。
そうか。俺、両想いって慣れてないんだって改めて思ってしまった。
際限なく優しくされると何処までも甘えちゃってる。
先週は勢いであんなことになっちゃったこと、先輩はめちゃめちゃ気にしてた。ちゃんともっとゆっくり付き合ってった方がいいよなって、すげー真剣に言ってくれた。
のろけですね。はい。すいません。この辺でやめとこ。
ははは。誰に謝ってんだか俺…。どうせ別に誰に見られてるわけでもないのに…。
自分で照れてどうするよ。
バカか俺。いや、バカだな。すげーバカ。
先輩ありがと。何度言っても言い足りない。ありがと。好きとは言ってもらえてないけど、でも、こんな風に一緒にいてくれるだけで、救われてる。
6月2日
日曜の夜がこんなに楽しいものになったことなんかなかったかも。
明日また会えるんだなって…
重症。
仕事としては、月次決算で地獄の1週間になるはずなんだけどね。
6月8日
かなり遅く起きた。昨日までの仕事はホントに戦争みたいだった。…うーんなるほど。これが仕事というものか、などと一応社会人らしい感想を書いてみたりして。
明日は兄孝行をするつもりなのだ。まあ色々あって。
6月9日
除湿機を物色しながら兄弟の会話というやつを。
洗いざらい全部話す時間が取れたのは嬉しかった。
兄貴自身も、自分の心がうまくコントロール出来てないかも、などと言っていた。
まあ、弟だからね…逃げ道がないのは判ってる。でも、追いつめては欲しくない。逃げるつもりはないから。
先輩と会うまでは、俺の方も兄貴に対して全面的に依存し過ぎてたし、迷惑かけっぱなしだったし、だからどうこう言える身分ではないと自覚はしている。一応。
帰り際、あいつ絡みで知り合ったらしいマナさんという女性とちょっと立ち話をしていた。先に家に帰って来たので、何を話していたのかはわからない。
戻って来た兄貴は妙に穏やかな顔をしていたので、ひょっとするとひょっとするかも。
…うーん。やっぱり、兄貴は基本的にはノンケなんだな。多分。あいつが例外中の例外だっただけで。
除湿機は順調。マイナスイオン発生機能つき。実家で使ってたやつと違って最近のは音も静かだなあ。
この課の人たちは飲み会が好きみたいだ。
まあ、口実にはなるから、いいけどね。
周りも、俺と先輩のことは「妙になついてる」みたいな表現で納得しているみたいだし。
…先輩にも、「なつかれてる」としか思われてない…かも知れないけど。
いや、それはないかな。一応、…やることやっちゃってるし。
でもな…男女の間だって、やることやっただけで切れる関係ってのも…。
う。突然不安になって来た。
言葉って大事だな…なし崩しにあんなことするんじゃなかったかも。
そうだ。俺はまだ「告白」もしてないんだ、先輩に。酔った勢いで何か言ったことはあっても。
言おう。そして、出来れば、ちゃんと………恋人、になれたらいいのに。
少し悩んだけど、やっぱり面と向かって言う方がいいかなと思って、週末遊びに行きたいとメールしてみる。
なんか、目が合うだけで心臓が跳ねるようになっちゃったよ。
…会社でこんな態度じゃ周りにヘンに思われる…。顔、赤くなったりしてなきゃいいんだけど…。
酔わないようにセーブして、でも酔ったフリして(…周りの連中に「またか」と思わせるためね)、先輩と会ってた。
部屋に入ってしばらくはちょっと切り出せなかったけど、思い切って言ってみた。
ちゃんと、付き合いたい、ということを。
言葉でちゃんと言って欲しかった。何となく流されてやっちゃっただけじゃないなら。俺のことを、意識してくれているのか、いないのか、はっきりさせたかったから。
先輩、その言葉を聞いた途端に少し考え込んで、それから眉をひそめて…何かを思い付いたようにはっとしてた。
それから先輩が話してくれたことは、すごく重い。
事故で記憶を一部失っていて、その記憶を取り戻すために色々動いているそうだ。
ただ、元・身内の話では、記憶のない期間の間に、先輩は自分の息子に対して虐待をしていたかも知れないのだそうだ。だから、誰かとすごく親しい関係になると、その相手に対して暴走するような「スイッチ」が自分にはあるのかも知れない、という表現をしていた。
だから怖いんだって…
すっと先輩が遠くなったように見えた。
少し考える時間をくれないかと言われる。
俺の気持ちはわかってるつもりだと。拒むつもりはないと。でも、このままの自分では俺を傷つけてしまうかも知れない、それが怖いって。
----あの時は、何もなかったのに。
暴走したのは俺の方で、一方的に先輩に迫って、それでも受け入れてくれて。
その日以来、彼はちゃんと、ちゃんと俺とのことを真剣に考えてくれているのがわかるのに。それなのに。
「スイッチ」なんて、あるとは思えない。先輩は普通の人にしか見えない。そんなことする人には見えない。
わかんない。俺にはわかんないよ。
でも、微笑んで受け入れておくしかなかった。先輩が気の済むまで待つと約束するしかなかった。そうしなきゃ俺がおかしくなりそうだから。離れられるのは嫌。拒否されるのは怖い。こんな風に受け入れてくれる人を、失うなんて耐えられないから。
6月18日
先輩は今週に入ってから何だか無口になっている。
日曜日に何かあったんだろうか。
聞くに聞けない。
自分でもバカだと思うけど、普通に接してくれないだけで全てを疑ってしまう。
そんな自分が嫌だ。すごく嫌だ…。
6月20日
先輩が代休を取って休んだ。
別に変なことではない。
全然変じゃない。
理解してないのは俺の気持ちだけだ。
会社でも仕事でも何でもいいから会いたいなんてどうかしてる。
6月21日
これじゃストーカーだ。
すげー自己嫌悪。
先輩は気にしないとにこにこしてくれているんだけど。
違うな。俺は気にされたくて仕方ないんだ。
ヤバいことしてるって自覚はある。
怒られるのでもいいからかまわれたいんだ。ガキみたいに。
家に上げてくれた。苦笑されたけど。
ずっと会えなかった(姿は見てたけど)ことをちょっと愚痴ったら、やっぱり苦笑された。
そんなに不安がるなって言ってくれて、それから…
なんでだろ。何かふっ切れたのかな? 先輩。
「勢いで寝た」わけじゃないなって、ちゃんと実感出来るようにしてくれたし。
すごく優しくて丁寧で、でもいじわるでさ。おかしくなりそうなぐらい良かった。
あの時は夢中でわからなかったことがある。でも今回ははっきりわかった。
先輩、経験者だ。男を抱くのは俺が初めてじゃない。
離婚歴ありってことは、兄貴と同じく基本はノンケ…なんだよね。
…誰なんだろう。いつからなんだろう。
あと…
俺で、何人目なんだろ?
自堕落キャンペーン中です。
でも幸せ。
このままずっとこうしていたい。
週末ごとに自堕落キャンペーンなんてどうですか、先輩。ダメかな。
迷惑だよね。理性ではわかってるんだけどさ。
何度でもめちゃくちゃにされたい。ずっといちゃいちゃしてたい。
先輩は今週ずーっとぴりぴりしていた。
ホントはもっと平日でも、一緒に昼食べたりとかしたかったのに、それも許してくれない感じ。
断られたらちゃんと引き下がるつもりで会いに行こう。
断られなかったら----またずーっと一緒にいてもらうからいいんだけど。
…ちょっとだけのろけ?
頭がぼーっとしてる。あー。明日から仕事なのにー。
先輩どうしちゃったんだろう…。いや、俺はOKなんですけど。
何処に触れられても感じてる。もうどうにかなっちゃってる。
全部気持ちいい。してくれること全部が。
どうしよう。家にいても、思い出すだけで体中が熱くなる。
地獄の一週間、とりあえず一区切り。
飲み会に珍しく顔を出さないと先輩が言ってた。何か用事があるとかで。
声かけても、悪いけどこの週末はちょっと、と口ごもられてしまった。
ちょっと引っかかるけど、でも結局、「付き合ってる」わけでもない俺がどうこうは言えない。それがちょっと寂しい。
会社から帰って来た。
昨日から兄さんがすげぇ優しい。
気絶したのは眠かったからだけなんだけどね。たいして血は出てなかったし。
切るとすっきりしちゃうから、別に今となってはもうどうでもいいんだけど。
また失敗しちゃったんだな。俺。
もう誰かを好きにならないようにした方がいいと思うのに。今優しくされたらまた好きになりそうで怖い。
振ったのそっちなのに。
ずるいよ…。
あいつの代わりなの? って聞いたら、「あいつって誰?」って素で返された。
マジで判ってなかった。
それでもうダメんなった。
ずうっと抱いててくれて、髪撫でてくれて、泣き止むまで待ってくれて、
……それ以上は何もしてくれないんだけど、
でももういい。
ごめんなさい。
やっぱり心の奥ではずっとくすぶってたみたい。
兄弟だから優しいんだって必死に自分に言い聞かせてる。そうでなきゃまた勘違いして玉砕するから。あの時みたいに。
兄さんが帰って来ただけでどきりとする。
夕飯どうするの、とか普通に話していたつもりなんだけど、じっと俺のことを見て、それから頭撫でられた。
「お前が俺のこと『兄さん』って呼ぶ時は甘えたい時だから」らしい。
…そんな癖、自分じゃ全然気づいてなかった。確かに、何でもない時って「兄貴」だったな。
それからは逆にわざと「兄さぁん」って甘ったれてみたりとかして。お前なあ…とか苦笑しつつも嫌がられてはいない。
コンビニで弁当買って来てソファで並んで食べた。そのまま寄りかかったらぎゅーとか抱いてくれたり。
ずっとそばにいてくれた。
久し振りに一緒に寝たいと言ってみたら、それは拒否されてしまった。
暑いから、だそうだ。
でも薄々は感づかれてるかもな。だから予防線引かれたというのが真相なのかも知れない。
絶対迫っちゃいそうだから。今の俺は。
7月16日
中旬は仕事少ないので、経理の人たちのお手伝いに借り出された。
と言っても、コピー機から出て来た書類のソートだの、ホチキス止めだの、そんなんだけど。
先輩、昨日から休んでる。
ウチの会社は7月〜10月の間に夏期休暇が取れるので、多分夏休みなんだろうとは思うんだけど。
だとしても何も言ってくれなかったんだな、という事実が、ちょっとだけ胸に重い。
手首を切っても縁を切らないでいてくれたのは兄貴だけかも知れない。
でもそれは、兄弟だから切れないってだけなんだろうけどさ。
7月19日
先輩、一週間出て来てない。
夏期休暇は3日だけだったはずだと思って、イントラネットの規約を読み返してしまった。
やっぱ3日。
有給も使って長い里帰りをしてる、んだよね。そうだって言って欲しい。
会うのはやめようと言われたけど、メールぐらいはいいかなとかって、携帯の未送信メールを見て迷いっぱなしのまま家に着いてしまった。
帰ってから、兄貴に相談してしまった。
会社側が騒いでないなら無断欠勤じゃないってことだろ、と笑われた。
うわぁ。俺ってバカですか。うん。バカです…。
7月20日
俺はずっと迷ったまま送信してなかったから気づかなかった。
先輩、メールアドレス変えた。
兄貴が何か送ったら戻って来たそうだ。
俺が知ってるアドレスも同じだし。
自分が「切られて」る、って、じわじわ自覚させられてる。
兄貴はそのことには触れないようにしてくれてる。でもいつも以上に優しい態度の裏にそれが透けて見える。
初めて自覚したような気がする。
やっぱり俺はあの人のことが好きなんだって。
会わないって言われるのが、関係を切られるのが、こんなに辛くて辛くて仕方ないぐらい。
先輩が遠去かろうとすればするほど、俺の気持ちはそれを追いかけようとする。
ストーカーの心理そのままだ。
相手の気持ちなんてカンケーない。ただ俺の心だけが暴走し続けてる。
ここがあって良かったかも知れないと思う。
こういう気持ちって吐き出す場所がないと煮詰まるし。
煮詰まって出口失くすと犯罪に走るような気がするし。
吐き捨て。
先輩。俺ヤバいと思う。このままだと。
ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
どうしよう。
会社辞めないとだめかも。
最低だ。前から薄々判ってたけど。
俺こんなに生きたがってる。なのに手首切るなんて。
兄貴は判ってたんだ。だからいつも大袈裟にコトを荒立てないように平気な顔してた。それで慌てたり気にかけたりすれば、それが俺の「栄養」になると知ってたんだ。
だから。
だめだ。中毒になる。これじゃ戻っちゃうよ。せっかく社会人になって落ち着いてたのに。
切れば先輩に声かけて貰えるだなんて。そんなこと考えちゃいけないのに、頭の中で勝手にその2つを結びつけようとするヤツがいる。
なんで駆けつけてくれたんだよ、先輩。会わないって言ったのはそっちなのに。
なんで…
自分の部屋で号泣してたトコを兄貴に見られて、それから機関銃のようにやたらと喋りまくっていた気がする。
喉がめちゃめちゃ渇いた。
兄貴にお褒め頂きました。後は衝動的になりさえしなきゃ切らないでいられるかもね、とか、のんびり言ってる。
この人は変わり者なんだな。今日、いきなりそう思った。
ある一点だけ妙に懐の深い所がある。学生時代の俺はそれを感じて惹かれてたんだろうか。今になってはもうわかんないけど。
誰かに常に触れられてないと不安になる。だから近くに誰もいなくなると何かをして気を引こうとする。そういう赤ん坊みたいな気持ちの吐露が俺の場合は切るという行動につながる。
リストカットでは死ねない。それを分かってるクセに見ないようにしてるヤツは卑怯だ。かつての俺みたいなヤツ。
理性で理解出来るようになっただけ進歩なのかな。
でも会社行くのすごく辛いんですけど。
正確に言うと、先輩と顔合わせるのが。
やっと週末。
経理が支払とか請求とか大騒ぎだったのでお手伝いしてたら何とか持った。
月末と月初は忙しいから平気。
多分。
兄さんの前では猫みたいになってる。
自覚があるだけ大丈夫。もう2度と繰り返さないと自分に言い聞かせてる。
8月4日
どこにも出かける気分にならないので、家でずーっとごろごろしてた。
兄貴も。
兄貴の日曜日休みは珍しいので、いろいろとちょっかい出しては見るんだけど、にこにこしてるだけであまり話してはくれなかった。
夜になって、またあの時みたいに「好き」とか言い出したらどうする? と聞いてみたんだけど、あの時ほど驚かれなかった。
でもはぐらかされたけどね。
こーいうところは変わってないな。
なんとなくだけど、この人は、人を好きんなるのが怖いのかも知れない。
もしかしたらそれがアイツのせいかも知れないと思うとかなりムカつくけど。
もう1年たつんだな。あれから。
8月10日
兄貴の予言通りになってるかも。
自分でも不思議なくらい「切りたい」って衝動がなくなってる。
まあ、その理由の一端は分かってるんだけど。
兄貴が、こっちを気にしてくれてるから。なんだかんだ言って頭撫でてくれたりとかさ。
8月11日
夜帰って来てからの兄貴の第一声が、「これから墓参りに行こう」。
夜8時にそんなこと言われたら、フツーは肝試しと思わないかなあ。時期的にもお盆なわけだし。
そのまま夜の電車に乗って、やって来たのは日向ケ丘。この辺じゃ一番の高級住宅街で、でっかい邸宅がずらずら並んでいるような街。
その中をどのぐらい歩いたのか謎なんだけど、やって来たのは本当に墓地だった。
懐中電灯で墓参り。我ながら怪し過ぎだと思う。
でもやって来て何故今日なのかは分かった。
忘れてなかったのか、雉川修一のこと。
ただ、その墓の前で兄貴が話してくれたことは、ちょっと嬉しかったけど。
あいつが兄貴の中にくずぶっていた本性を炙り出してった。そんな言い方をしていた。
誰かが自分のそばにいてくれないとしんどいのは兄貴もまた同じで。誰かに頼られてないと自分の意味がないような気がしてて。でもそれは相手のことを人間というよりペットか何かみたいに扱いたがっているようで、自分で自分が許せなかった、とか。
あいつはある意味、ペットになりたがってるようなトコがあったから。
そう言った兄貴の笑顔がちょっと痛い。
そんなの俺も一緒だし。対等に付き合いたいってより、ただ愛玩されたいだけなんだと思う。俺も。
帰りはずっと無言だったけど、兄貴は何だかちょっとふっ切れた顔をしているように見えた。
8月14日
今日から盆休み。予定はないけど。
実家帰る気にはならない。母さんに電話はしたけど。
就職してからは切ってない、てことにしといた。兄貴もそう言った方がいいと言ってくれたし。
そしたら「なら帰って来るな」だとさ。そっちの水の方が合うんでしょ? とか明るく笑い飛ばすような調子で。
なんだかんだ言ってこの人も結構強い人だ。
面と向かって言ったことないけど、俺に家族を与えてくれたこと、感謝してます。
9月1日
誕生日(仮)。
正確には「堀部」匠が生まれた日。つまり引き取って来られた日。
本当の誕生日は知らない。引き取られて来る前は知りたいと思ってたけど、堀部家に来てからは、この日が誕生日ってことになった。母さんの提案で。
半月、何も書かないでいられた。それはそれで俺としてはめちゃくちゃ進歩って気もしないでもない。
吐き出し口だったからなあ、ここ。
このまま何も吐き出さずにいられる日々が続くならその方がいい。
もう2度と繰り返さなければいいだけ。バカな恋愛も、リストカットも。
大人にならなきゃ。
兄貴のためにも。
--- End of side A..... to be continued to another story(?).
|