ずうっと、ずうっと前の、一九一八年
雪解け水が田あじゅうに、あふれていた春
おふくろ お前は「長持ち」*と一緒くたで嫁入りし、その日から
芯こに、夜叉面をつけた姑の紐づきになった

ぎらぎら太陽の燃える夏には いち面に沸いている泥田の、田草とりに
毎年お前は 腰も伸せずに這いずり廻った。
それからずうっと後の、あの大雪の年 
俺が「赤紙」**で封印されて 発った朝は
村境の大橋まで みんな日の丸の小旗を振って、見送ったのに
おふくろ お前は雪に埋まった家で、うずくまったままだった

そんな、長あい 蛇行路の果に 今 やっと自分を手にしたというのに
もうお前は、ポータブルトイレも役立たずに 
筒袖まるげのおむつさえ毟るんだから、
だからおふくろ、この梅雨空の下では、何もかも惨たらしくて
とうとう俺は ふるえる手先で、お前のその手を縛るんだ
そして遂に、死神様が出張てか お前はもう、マグマのような自分をたれ流すだけ

その秋 抜けるような天底で 空が藍染めをしている日
お前は死んだ
もうおふくろ 誰もお前を縛るものは無い
   *
四十九日忌法要 真珠湾攻撃五十年目の霙の、その夜
みんなが帰った、がらんどうの座敷に
抜け殻のように
一本の手縛り紐が 転がっている

                 *  長持=嫁入り道具を入れた担ぎ箱
                 **  赤紙=軍隊への召集令状


 


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市島 睦子さん 宇宿 一成さん 白石 かずこさん
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