満月は昨日だった
俺の目には今夜も同じに見える
でもみんなは言う
もう欠けてしまった
満月は去ったのだと
俺は欠けてしまったものを見ていよう

人間に満月は幾度でもやってくる
一度だけ満ちていく月に狂って
夜を鳴きあかす秋の虫とは違うのだ
欠けていくひかりの量だけ死んでゆく
空の下のちいさな生きものたちよ
俺もかつてその仲間だった

カマキリの雌が
性交している雄の頭を食べている
人間はそれを種族の保存のためだと*
説明して安らかな眠りについた
あした会ういとしい者のために
笑顔は深い眠りの中で
やさしく強くつくられていくのだ、と

だが雌カマキリはその時
食べるのを少しだけ中断して
月を見上げていた
(あした会ういとしい者はもういない)
力強いカマを空に向けて幾度か振ると
月はまた少し欠けるのだった


          *カマキリは交尾時、雄の脳が本能を抑制するため雌が雄の脳を破壊して
           生殖の成功を手助けすると考えられている。

 



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市島 睦子さん 宇宿 一成さん 白石 かずこさん
上手 宰さん 小日向みちぞうさん

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