トルコの死海 |
〜 Tuz Golu |
3泊4日のオプショナルツアーも最終日を迎えた。ほんの数日間なのに、なんだかとても長い時間を旅してきたような気がする。アリさんや運転手さんが古くからの知り合いのように感じられて仕方がない。夕方には彼らと別れるという実感が湧かない。 本日はまずアンカラまで移動。そして簡単な市内観光をして解散というスケジュールだ。つまり旅程の大半は既に終わっているのだ。きっと、お菓子をぎっしり詰め込んだリュックサックのように充実した日々だったのだろう。楽しかった記憶をぼんやりと振り返りながら車に揺られる。 1時間ほど走ったところで、来た時にも通ったアクサライのドライブインでしばし休憩を取る。ここからは90°道を折れ、今度は北に向かうのだ。 車窓に拡がるのは主に草原。その中にときおり羊飼いの姿を見つけるものの、基本的には代わり映えのしない風景が延々と続く。次第に会話が途切れ、いつしか車内は無言になっていった。 目覚めた時には路肩の砂利道で車が停まっていた。故障か。しかし運転手は平然と座っている。それでは二度目の休憩か。それにしては建物らしきものが見当たらない。とりあえず車外に出てからだをほぐす。 「ここはトルコで二番目に大きな湖です。トゥズ湖と言います」 湖。そんなものがどこにあるのだ。ただ草原が続いているだけではないか。 「ああー、あれね。わかった、わかった。空の色と一緒だから気づかなかった」 弟の言う通り、目を凝らすと遥か彼方に水面が見える。今日は朝から曇天で、それと同じ灰色をしているので違いがわからなかったのだ。 「こんなに大きいのに、この湖には魚が棲んでいません。なぜだか、わかりますか」 アリさんのガイドはこんなふうに質問から始まることが多い。 「ネッシーならぬトゥズ湖のトゥッシーがみんな食べてしまった」 と弟。いつもそうだが、彼はふざけているのか真面目なのかが言動だけではわからない。 「近くの火山のせいで、水の酸性度か何かが高すぎて、生きていけないんじゃないかしら」 と妻。おお、かなり科学的だ。車の中でカッパドキアの形成過程について受けた説明ともマッチしている。「惜しい」とアリさん。 「わかりました。塩分濃度が高いんでしょう」 「正解です」 死海だけかと思っていたが、他にもあるとは知らなかった。聞くと、トゥズ湖も流れ込む川ばかりな上に気候が乾燥しているそうだ。ということは浮くのか。イスラエルで体験したように、水中を歩いてどこまでも行けるのだろうか。さては、今は何もないこの草原だが、ひょっとしてリゾートホテルを建てたら大儲けできるのではなかろうか。 「せっかくだから、みんなで湖をバックに記念写真を撮りましょうよ」 妻の提案で、アリさんだけでなく運転手さんも含めた全員で一列に並ぶことにした。近くの石の上にカメラを載せ、タイマーをセットする。 「あの赤い点滅が速くなったらシャッターが切れるからね。準備はいい? はい、チーズ」 シャッター音が鳴った瞬間、胸の奥がキュンと痛んだ。そうか、このメンバーで旅をするのは、本当に今日が最後なんだ。 |
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