ケナフが日本の生態系を破壊する?

 少し古い話だけど、99/4/12付の朝日新聞大阪版にケナフの種が市販され始めたという記事が掲載されていた。ここ2、3年、ケナフがテレビ・新聞などのメディアで取り上げられる機会が多くなっ たように感じる。自治体レベルでも、農作物としてケナフを栽培するところがでてきた。私の専門は哺乳類生態学だが、ケナフに興味を持って調べるうち、在来の野生生物に少なからぬ影響を与えるのでは、と危機感を抱くようになった。

 私がケナフについて懸念を抱いている理由は、3点ある。

1.日本の気候に適応し、生育速度が非常に速いこと(120〜180日で3〜4m)
2. 耕作地以外にも河川敷・空き地・道路脇の排水溝付近などで盛んに植栽されていること
3.にも関わらず、耕作地や試験地以外の野外における生育データがないこと。


 現在日本で猛威を振るっているセイタカアワダチソウのように、ケナフが帰化(注1)して日本の生態系を圧迫する存在になる可能性だって、無いとは言えない。(注2)

収穫前のケナフ(日本)(禁転載)

ケナフが日本で増えるとどうなるの?
帰化の可能性
危機意識の低さ
東南アジア、インド、アフリカでケナフがエスケープや害草化(01/02/17)
検証−ケナフの自然落下種子、静岡県で2年連続発芽(02/05/03)
野外でのケナフ植栽と日本のバイオマス利用状況について(小池文人,横浜国立大学環境科学研究センター)
栽培植物の導入と生態系へのリスク評価について(小池文人,横浜国立大学環境科学研究センター)
ケナフは本当に日本で帰化しないのか?−程舟氏(高知大学)のケナフ協議会ニュース第91号記事への反論−(黒沢 高秀:福島大学教育学部助教授)


ケナフが日本で増えるとどうなるの?

 ケナフはヨシ・オギと同じような環境で育つと言われている。ケナフが増えれば、これらの植物と生息場所を奪い合うことになる。もしケナフの繁殖力がヨシやオギより強ければ、ヨシ・オギの茂みは衰退し、ケナフが取って代わる。ヨシ・オギはカヤネズミなどの小動物や水鳥の重要な生息場所なので、在来の動物にとっても大変な脅威となる。特にカヤネズミは、ヨシ・オギなどの縦に長く裂ける葉を上手く編んで巣を作る。ケナフの葉は縦に裂けないので、カヤネズミは巣を作ることが出来ない。カヤネズミのような小さい動物は、移動能力がしれているので、巣作りに適した植物があるところまで移動できなければ、その地域の個体群は絶滅してしまう。

このページのトップにもどる

帰化の可能性

 今のところ日本ではまだ帰化したという報告は無いが(注4)、だからといって、日本におけるケナフの帰化の可能性が否定しきれる訳ではない。今後、ケナフの栽培が盛んになるにつれて、野生下で繁殖できる気候・土壌に巡り会う機会は増大するからだ。ちなみに、ケナフはHibiscus属だが、フロリダでは、同じHibiscus属のオオハマボウ(H. tiliaceus)、H. acetocellaといった栽培種が帰化し、自生種を圧迫 しているという報告がある。(注3)フロリダ州はハワイとならんで、暖温帯や亜熱帯の帰化植物が多く、環境生態学で大きな問題になっているようだ。フロリダと同様の環境条件の、沖縄・奄美などの亜熱帯地方では、ケナフが帰化する可能性は十分ある。

 帰化が問題化するまでには、何年も要する。今は大丈夫でも、10年後には至る所にケナフが生えているかも知れない。あるいは、品種改良された寒さに強いケナフが登場したらどうなるのだろうか(注5)(実際、北海道の試験場でも、ケナフは育っている )。貴重な日本の固有種が追われてしまってからでは遅いのだ。

 ケナフが日本の生態系に与える影響が定かでない以上、現在市民レベルで盛んに行われている河川敷・畦・道路脇などでの植栽はやめるべきだ。自宅の庭や、学校の校庭に植えるのはまだしも、田畑の畦や休耕田、河川敷などに生育する植物をわざわざ刈り取ってケナフを植えるのは、その場所に生息する 在来の野生動物にとって、迷惑以外の何者でもない。植える側からしてみれば、ケナフも植物の仲間じゃないか、それなら、環境に優しい方がいいだろう、と思っているのだろうが、その植物に生活を依存 している野生動物にとっては、生息地を奪われる死活問題なのだ。池に石を放り込めば波紋が広がるのと同様に、ある環境にそれまで無かったものを持ち込めば、何らかの影響が出るのは自明の理、生態学の基礎の基礎。ことケナフに関する限り、最近の企業や自治体、および市民団体の取り組みには、上記の視点が欠けている気がしてならない。

このページのトップにもどる

危機意識の低さ

 1999年3月、京都で「ケナフ交流会」(主催:京都西陣青年の家)が開かれた折り、ケナフ推進派団体の代表格、ケナフ協議会会長に質問する機会があった。彼は、1990年に中国からケナフの種子を持ち帰り、栽培・種子の収穫に成功した人だ。現在日本各地で栽培されているケナフのルーツは、これらの種子だそうである。一問一答は以下の通り。

 Q:ケナフの実・種子を食べに来る動物はいるか。
 A:私は見たことがないのでわからない。種子は食用になるので、食べるかもしれない。

 Q:栽培種は繁殖力が弱いというが、野生種ではどうか。
 A:わからない。(私が持ち込んだ)栽培種の種子は、一旦水に浸さないと発芽しない。また一年草なので根元から枯れる。心配いらないのでは。

 Q:一年草ならば、種子は休眠する。ケナフの結実は秋だが、台風による河川の氾濫で種子が下流に分散し、休眠して翌年の春に一斉に発芽する恐れはないか。
 A:難しい質問ですね。・・・わからない。考えたこともなかった。


 上記の回答を見る限り、生態系への影響に関する知識が不十分なまま活動を展開 していると思われ、危機感はぬぐい去れなかった。さらに、会長は同じ席上で、 「ケナフはヨシより水質浄化力が優れている。琵琶湖のヨシの代わりに、ケナフ を植栽しようという案がある。」 と話していた。 その時は、「そんな荒唐無稽な話が実現するわけがない」と思っていたが、半年経って、ケナフが徐々に市民権を勝ち得てくる様子(しかも、マスコミはプラスイメージばかりを強調した報道をしている)を見るに付け、笑い事では済まされない、という危機感を募らせている。

 実や種子が食用になるのであれば、鳥や獣が食べて、広範囲に種子が散布されるかも知れない。現在植栽されているケナフは、外国から輸入した種子と、日本で収穫した種子を育てたものだが、もしケナフのブームが広がれば、野生種を含め、今以上に大量の種子が輸入されるかも知れない。それらと一緒に持ち込まれる昆虫や微生物等の外来種の中には、日本の生態系にダメージを与えるものがあるかも知れない。もしそうなれば、これらの生物の増殖及び放散をくい止めることは、かなり困難である。

 「〜かも知れない」という言葉ばかり用いたが、上のハナシは妄想なのだろうか。(妄想であったらいいと思う)
 深刻なデータがある。最近建設省が明らかにしたところによると、全国の一級河川や河川敷で、589種の外来種の動植物が確認され、急速な繁殖が判明した。うち、植物は475種確認されている。淀川の有名なヨシ原は、半分以上、セイタカアワダチソウ群落に置き換わってしまった。(99/1/18朝日)

 私は、ケナフという植物そのものは、資源として無価値では無いと思っている。 問題なのは、在来の動植物、およびそれをとりまく環境に与える影響を全く考慮せず、「環境に優しいケナフのすばらしさ」を無批判に受け入れている姿勢だ。 ケナフ運動をしている人たちは、非常に活動に熱心だ。参加する人たちも、 「ケナフを植えて温暖化を防ごう」という明確な参加意識を持っている。ただ、その善意が日本の豊かな自然を破壊するかも知れない可能性は夢にも思わない。

 昨今のケナフブームは、現代人が、ケナフを自然破壊行為を伴う豊かな暮らしに対する免罪符として求める心理が背景にあるのではないかと思う。今後、ケナフ運動がただのブームに終わるのか、それとも今以上に盛んになって いくのかはわからないが、外来種である以上、それが生態系に与える影響は0ではありえない。研究者サイドからの、ケナフ団体及びマスコミへの提言の必要性を感じる。

このページのトップにもどる


(注1)帰化とは、ある地域の生態系に、新たに人間の手によって持ち込まれた種 (動物・植物)が入り込み、生育・繁殖する事をいう。

(注2)セイタカアワダチソウは、帰化の代表例としてよく持ち出されるので引き合いに出しましたが、ケナフが同じ規模で広がるということを言いたいわけではありません。

 但し、「セイタカアワダチソウのようにケナフが広がらなければ、帰化しても良い」という認識は危険です。例えば、南西諸島や小笠原諸島には、多くの希少種や絶滅危惧種の動植物が生息しています。これらの種は、生息環境が限定されているため、環境の変化によるストレスには弱いのです。ですから、ケナフの帰化が引き起こす環境の変化によって、地域的絶滅が起こるかも知れません。この場合、たとえ帰化の規模は小さくても、生態系に与えるインパクトは非常に大きいと言えます。

(注3)Florida Exotic Pest Plant Council の年次学会(1999年5月)で発表された。上記の植物以外に、日本から移入されたクズやマンリョウの被害もすごいらしい。ちなみに、オオハマボウは12mの高さに成長するインド原産の木本類で、同じく帰化植物のH.elatusH.pernambucensis といった同属の種と交雑し、種の撹乱を引き起こし、生物の多様性を喪失させているという。

(注4)2002年3月、静岡県清水市で、2001年に引き続き、ケナフの自然落下種子の発芽が確認された(報告者:「地球クラブ」井柳氏)。この種子は2001年の自然落下種子から発芽、生育した株から結実し、成熟・自然落下したもので、二世代にわたり自然繁殖が確認されたことになる。

(注5)日本農業新聞2002年5月8日付記事(「ケナフの多面的研究が進む」)によれば、「旧農研センター系統」という品種が、関東の気候で栽培でき、且つ種子を作る本格的な栽培にも適していることが判明したとのこと。(2002/06/20)

このページのトップにもどる