50. 50歳、神頼み。
新緑の眩しい五月、オーナーの誕生日です。
とうとう、五十路。
視力、聴力は衰え、加齢臭も気にしなければいけない年です。
ま、そうは言っても、気持ちの悪いことに精神年齢は17位で止まってます。
(だからオートバイ続けられるんだと思ってます。)
でも、区切りの年。
なのでお参りに行くことにしました。
当然このセクションに出す話なので、オートバイで行くところです。
行き先は、「 箱根神社 」
結構行きそうでこれまでお参りに行っていない神社です。
(地元の神社は、結構行くのですが)
本日朝から体調を整え、当然1stオートバイの Ducati900SS で出撃。
でも、日曜日の朝8時なのに、R134はガラガラ。
(ツーリングの方々、もちょっと早く行くと気持ち良いですよ)
何のストレスも無く、西湘BPを抜け、箱根新道を適当に走り、あっという間に箱根神社到着。
無料駐車場にDucatiを止め、お参りに。
↑九頭竜神社
何をお祈りするわけでもありませんが、ちゃきちゃき堂と、ひねもすのたり堂の健康と
繁栄、あと大女将が呆けないようにだけはお祈りしたつもり(?)です。
と・こ・ろ・が。
お祈りを済ませ、帰る時に問題発生。
なんと、セルが回りません。
しょうがなく、下り坂のところまで押して、坂道を下りながらエンジン始動。
問題なく掛かりました。
その後も、何回か始動しましたが問題なし。
やはり境内でうるさいエンジンを掛けることを神様が嫌がられたのでしょうか??
その後は何も無く、いつものツーリングで午前中にちゃきちゃき堂に到着。
やっぱり900SSは、ほんとに乗っていて嬉しくなるオートバイです。
馬力は80馬力も無い、ただの空冷のオートバイですが、その挙動、音、全てが乗っている
オーナーを楽しくしてくれます。
国産車のような、カチッとしたオートバイではありませんが、ここぞの時に、とんでもない速さと、
張り付いたような安定したコーナリングを見せてくれるDucati.
楽しいですよ。
さて、ちゃきちゃき堂に帰還してふと考えました。
50歳、とは言っても何も変わっていないオーナー。
まあ急には何も変われません。
ほんと吉田拓郎の 「今日までそして明日から」 ですね。
2013/05/19
49. 24回目の記念日。
そうです。
ちゃきちゃき堂も構えてはや24年となりました。
で、オーナーは、女将の好きなワインを買いに勝沼へ行くことにしました。
(結構、恒例です)
しかし、結婚記念日の贈り物。
がんばって手に入れたものを送りたい!!。
ということで、虎のBenlyを借りて勝沼までワインの買出し。
今回は、自宅からR246を走り、小山から山中湖に抜けて御坂峠を抜けて勝沼へ。
勝沼からは、R20をひたすら走り、相模湖から南下して帰宅。
虎のBenlyにはハードではありましたが、元気に走ってくれました。
購入したワインは、出来るだけ揺らさないようにと、デイパックにしょって帰宅。
総走行距離 殆ど200km。 原付のBenlyで6.5時間のツーリング。
喜んでくれるかな?
↑ 籠坂峠 ↑ 山中湖 入り口 ↑ 山中湖
↑ 河口湖大橋入り口 ↑ワイン屋さん
2013/05/06
48. 春、城を見に行く。
本日快晴。でも少し気温が低い。寒い。
んでも、ツーリング。
オートバイは、 虎 のBenly50S
行き先は、小田原城。
これまで、気にはしていたものの、ちゃんと見たことが無く、いい機会なのでじっくり見る
ことに。
朝は寝坊して出発は10時。
当然原付ですので下道をえっちらおっちら小田原まで。
小田原城の観光バス停留所は、オートバイの駐車がただ。
そこにオートバイを置いて城内を散策。
桜はもう終わっていたようですが、結構綺麗な城でした。
また当日、城内の色んな所で、忍者や武士のコスプレをして写真撮影している若者達
(50歳のオーナーから見りゃ、子供以下です)がいっぱい。
コスチュームも凝っていて、もし自分で作っているのなら、本当に凄い趣味です。
外国の観光者も珍しそうに写真撮ってました。
そうこうしていると昼過ぎ。
またえっちらおっちら一号線を法定速度で帰宅。
Ninjaの倍の時間掛かりましたが、ぼーっと出来て、良いツーリングでした。
2013/04/13
47. 卒業ツーリング
「春はお別れのぉ〜季節でっすぅ〜。」(おにゃんこクラブより)
春は異動の季節です。
なんといつも一緒に黄門様ツーリングに行っていた黄門様のY氏、助さんのT氏、角さんの
オーナー皆が移動になってしまいました。
それなら兎に角ツーリングに行かねばと言うことで、伊豆です。
西湘BPのSAに朝9時集合。
いつもなら誰か遅れるのですが、今回は全員時間通り。
いつものように集まってからその日のルートを決めます。
本日は、沼津→達磨山→東伊豆→帰宅のルートになりました。
一号線の箱根新道は、入り口から4キロ地点でまたもネズミ捕り実施。
たまには、スピードを出しそうになる地点で、警察の人が、
「スピード注意してね」
位言えば、逆に安全意識を皆が持つようになる気がするのは、オーナーだけ?
違反する人を待つより、そちらの方が本質的な安全活動のような気がします。
そうこうしながら、箱根を越え、西伊豆へ。
最近、道路の修理が終わったらしく、結構きれいな道でした。
桜も、この陽気で結構な咲き具合でした。
それから、本日のメインイベント、達磨山です。
まーこれが50歳を越える人たちの走りかと言うくらいの走り。
ついていくのがやっと(?)
↑ 黄門様(左) と 助さん(右)
気持ち良い走りで達磨山をクリアし、昼食予定の東伊豆へ。
食事は、網代の海鮮料理屋さん。
結構おいしかったですよ。
オーナーは、黄門様からお慈悲を受け、なんとご馳走になってしまいました。
「黄門様 ありがとうございます」と心で思いながら、おなかいっぱいでどうやってオートバイに
乗ろうかと考えてました。
それからは、おなかいっぱい+渋滞の東伊豆を適当にすり抜け、西湘バイパス上りのSAで
最後のミーティング。
別にそう話すことは無いのですが、適当に休憩。
そして出発し、三々五々帰路につきます。
オーナーはこのツーリングがとても好きです。
どこかで書きましたが、オーナーは、大人数のツーリングが苦手です。
他人にペースを合わせることが苦手なのです。
でもこの黄門様ツーリングでは好きなことをしても許してもらえます。
オーナーは完全に気分次第の乗り方です。
快飛んだり、まったり走ったり。
でもこのお二人は、それに文句を言わず一緒にツーリングを付き合ってくれます。
(だから九州まで、この三人で下道で行けたんだと思います。)
これからはちょくちょく3人でのツーリングは行けなくなるでしょうが、出来るだけ時間を作って
一緒に走ってもらいたいと思ってます。
2013/03/24
46. 河津桜 2013
春ぅ〜です。 場所によっては。
で、昨年惜しくもタイミングを逃した河津桜に再度挑戦。(34。春ぅ〜 参照)
今年は、寒さのため開花が遅く、桜祭りも1週間延長されているようです。
ネットで調べると、3月1日現在で5分咲きとのこと。
もう来週では下手すると桜吹雪になってしまいます。
意を決して朝7時30分に出発。
西湘BPを快飛ばし、R135をひたすら南下。
河津には、11時ごろ到着。
河津川沿いに祭りのお店が並んで、駐車場を探す車で街中は大渋滞。
こんなとき、オートバイはほんとに便利です。
道端にちょっと止めることも出来るし。
そして写真。
桜祭りの会場の河津川沿いには、桜並木。 菜の花も咲いてました。
河津桜は、ピンク色が強く、山桜のように、葉が付いてます。
何とかリベンジできました。
2013/03/02
45. 勝負!!
大学時代は、本当にオートバイ三昧でした。
RZ350R、AR125,スーパーカブ70、スカイ------。
ディユアルパーパスが嫌いなオーナーは、その頃から夫々のシチュエーションで最高のパフォーマンスを
出すオートバイが好きでした。
そんなある日、いつものメンバーが、林道ツーリングに行くとのこと。
間髪入れず、「一緒に行く」と宣言し、ツーリングの準備。
ウエアはシニサロのパンツとブーツ(ブーツは、実はガエルネ)、ヘルメットはアライのMX.
ゴーグルはSCOTT、格好だけは一人前のオーナー。
ツーリング当日、オートバイ屋さんに朝早く集合。
ところが、メンバーを見ると、熊本県のモトクロスでは有名な人々。
マシンもDT200、XL250、XL200など。
ダメ押しは、今回のツーリングが過酷な、椎葉・内大臣林道制覇であること。
最初から心が折れそうでした。
でも折角こんなメンバーと行けるのだからと、一緒に出発。
阿蘇から南下し、椎葉・内大臣林道を走ります。
彼らの配慮でオーナーは、最後から2人目。
(ツーリングでは、最もどうにもならないやつの指定席です。)
その指定席でモトクロスをやっているメンバーに必死の思いでついて行きました。
でも、思いのほかぎりぎりで付いて行くことができました。
DT200はフロントサス、XLはバランスが売り物。
それに対してAR125は、リアサスが売り物。
パワーを懸けていれば、初心者のオーナーでも乗れるオフローダーだったのです。
気分を良くしながら、ペースも上がったある右コーナー-----------。
前を走るDT200の人が、リアスライドを決めてコーナーを立ちあがったのを見て
「よっしゃ、がんばろー」
と、コーナーでリーンアウトにした直後にシフトダウンでスットルワイドオープン!!
でも、リアスライドは起きず、前方向のスピードが上がってしまいました。
DT200ほどのトルクも無く、タイヤがレース用だったため、スロットル操作だけではスライドを起こせ
なかったようです。(オーナーのテクニックがなかっただけ。)
「まがれない!!」
咄嗟にオーナーは、AR125をそのまま倒し、放り出しました。
オーナーは転げながら道路に留まりましたが、AR125は3m下の谷川へ。
気が抜けて、ボーっとしながらもAR125を確認するために川に下りました。
すると、道から川まで、背の高い草が多く生えていた御陰で、右バックミラーが割れた以外
殆ど無傷。ラッキーです。
メンバーから助けてもらい、なんとか道まで引き上げました。
そしてお決まりの写真を撮られた後、八代経由で帰宅。
とっても疲れたツーリングでしたが、あの何十キロも続く林道はどこを探しても、今はない
長さです。 行って良かった。
と・こ・ろ・が。
帰宅後、何故か蕁麻疹が全身に出てしまいました。
丁度、大女将の友達のカイロプラティックの施術者が来るということで見てもらったところ、
「腰骨がずれてる」とのこと。
施術を30分ほど受け、その施術後ほんの数分で、蕁麻疹が退き始めました。
「カイロプラティック恐るべし」 ですね。
このツーリングはオーナーにとって、一日で走ったオフロードツーリングの最長距離です。
今では、椎葉・内大臣も舗装が進んでいるようで、砂利道は殆ど無いようです。
あの集落の中を土埃と共に走る体験はもうできないのかもしれませんね。
2013/02/09
44. 冬のツーリング
本日、ちょろっと行ってきました。
ルートは、自宅 → 西湘BP → 小田原 → 西湘BP → 自宅。
ちゃきちゃき堂を出て、気持ちよく走っていると、
「あれっ、アンダーカウルから水が----」
直ぐにオートバイを降りて水の臭いを確認。
ラジエター液では無いようです。
多分、夜露の水分が溜まっていて、信号待ちでフブレーキを強く掛けた時に水分がポタポタと
なっている様です。
しかし、一応確認ということで、西湘BPのサービスエリアでリアカウルをはずして、ラジエタータンクの
ラジエター液量を確認。
ラジエター液は、半年前に確認していて、そう減るものではないはずです。
でも、確認すると、なんとLower ぎりぎり。
慌てて500ccのミネラルウォーターを購入し、給水、UPPERまで。
なんか漏れている?
エンジンかけて確認しましたが、漏れている所はありません。
少し安心して、小田でUターンしてちゃきちゃき堂へ帰還。
帰還後直ぐにリアカウルをはずしてラジエタータンクを確認しましたが液は減っていません。
またまた???です。
やっぱりカウルからの水は雨などが溜まったものだったんでしょうか。
でもラジエター液の減り方は???です。
しばらく様子見ツーリングが続きそうです。
2013/ 2/ 9
43. 極寒ツーリングの思い出。
極寒ツーリングで思い出しました。
(思い出したときに書かないと忘れてしまうので。)
もう30年も前の話です。
浪人の元旦、悪友4人と初日の出を見に行こうということになりました。
行き先は、初日の出スポットとして、その地域では有名な唐津の鏡山。
大晦日は早々と風呂に入り、紅白を見終えて少し仮眠。
そして4時に出発。
当時はウェアも大したものが無く、重ね着+風が吹くと暖かくないダウンコート。
更にオーナーの冬用グローブが破れたため、大女将のビニール皮革のグローブ
を借用。
オートバイはMT50。スピードは出ます。
福岡の実家から鏡山までだいたい50kmくらい。
4人でちんたら走ってなんとか6時に到着。
そして鏡山の頂上で凍えながら初日の出を待つこと暫く。
なかなか初日が出ないなと思って、後ろを見るとなんか明るい−−−−。
どうも西側を向いてしまっていたようです。(ボケボケです)
急いで東側に回り、改めて初日の出を拝みました。
初日の出を拝み倒したあと、また4台で帰宅。
30年前の九州です。そんな時間に営業しているお店なんてありません
また、信号も元々少なく、黄色点滅信号ばっかで走りっぱなし。
体は凍え、手先の感覚も無くなり、家に帰りたい一心で、只管(ひたすら)走るのみ。
そして8時頃に自宅に到着。
帰宅後すぐにグローブをはずしましたが、指が紫色。
大女将から借りたグローブが小さくて、血を止めた上に、冷えてしまいました。
慌てて風呂に入り、2時間かけて指をマッサージして何とか感覚が戻りました。
今考えれば、まあよくあんな装備で極寒のツーリングに行ったもんだと思います。
現在では暖かいウェアや、グローブ、ブーツが有り、楽にツーリングできます。
(ウェアは、本当に進歩しました)
でも、そのとんでもない寒さが面白かったんです。
若さでどうにかなってたちゅーことです。
2013/ 1/ 4
42. 寒っ。
正月 4日。
晴れと言うことで、朝からツーリングと思いましたが、 0℃−−−−−寒い。
昼過ぎまで気温が上がるのを待って、まったり走れる 虎 のBenlyを借りて江ノ島方面へ
ツーリング。
R134はさすがに車も多く、江ノ島付近は江ノ島へ渡る車で大渋滞。
江ノ島へ渡ることは諦めて、鎌倉へ抜けて少し散策しようと鎌倉へ向かうものの、鎌倉の
参道も大渋滞。(4日でも初詣でいっぱいです)
しょうがなくUターンして、江ノ島のちょっと鎌倉よりのバス停で証拠の写真を撮影。
←看板が−−−−
正月でも人が多く、さすが湘南。
冬のツーリングは、走っていると寒くて凍りそうで表情が固まるし、グローブが厚く、アクセル・
クラッチ・ブレーキの操作もおぼつかないし。
我慢して走るのみ。
でもだから、しょうがなく飲んでいるコンビニの甘すぎる缶コーヒーが美味くなったり、いつも
いらついて止まる赤信号が暖を取れる嬉しい時間になったり。
それがなんか楽しい。
そうこうしながら、オートバイのジャンクパーツ屋に寄って、日暮れ前に帰宅。
帰宅して気温見たらなんと 6℃。
しばらく手の感覚が戻りませんでした。
2013/ 1/ 4
41. 偶然 箱根駅伝。
2013年 正月。
走り初めです。
走り初めは、毎年DUCATIに決めています。
前日に充電も完了しエンジンをかけようとしたら、「片肺」
いつものようにフロントバンクかなと思いながら、まずはリアバンクのプラグ確認。
そしたらなんと、リアバンクのプラグがかぶってました。
これまで100%フロントバンクのかぶりで、リアバンクは初めて。
プラグを交換し、プラグキャップを締めなおして、セルON。
するといつものズドドド----であっけなく始動。
行き先はやはり毎年同じの箱根。
2日なので、箱根駅伝の往路の混雑に飲まれないルートで行きます。
まずは、西湘バイパス→箱根新道で芦ノ湖へ。
そして少し休んでR1を下りる頃には、駅伝とすれ違いでやり過ごせるはず?
その後はR1をちんたら走って帰宅、がルート。
家を10時半に出て、西湘バイパスへ。
気温もそれほど低くなく、走り初めにはうってつけ。
ところが、西湘バイパスに入るととんでもない横風〜向い風。
時折の強風は、900SSを一車線くらい横っ飛びさせます。
横っ飛びしなくても、車体を風の吹く方向に倒さないとバランスできない状態です。
そうこうしながら、西湘バイパスをやり過ごし、箱根新道を登り芦ノ湖へ。
しかーし、箱根新道から芦ノ湖(駅伝のゴールの信号)に出る500m前から渋滞。
「選手の到着時間が近いんだろうな」と勝手に思い込み、やっとのことR1に出ましたが、
上り(小田原方面)は渋滞してちっとも動きません。
小田原方面へ渋滞をすり抜けながら進んでは見たものの、1km位行った所で、完全に
ストップ。
しょうがなく諦めてUターンして箱根新道へ。
箱根新道を、まあまあのスピードで駆け下り、あっという間の箱根口。
ところが、箱根口でR1に出る信号が赤のままでうんともすんとも。
「トップは既にゴール付近のはずだから、後続がすごく遅れているんだなぁ」
と勝手に思っていると、目の前を 日体大や東洋大の選手が通過。
「今年は東洋大も遅いのかな」と思ってました。
ところが−−−−その後、結構な数の大学が通過。
「何じゃこれは」と混乱しながらやっと青に変わった信号でスタートして帰路へ。
ちゃきちゃき堂に帰って、ニュースを見ると、日体大が一位−−−−。
思い込みって怖いです。
でも走り初めで、箱根駅伝の全チームを見ることが出来たのはラッキーでした。
しかし、ゴールを見る人々は芦ノ湖で何時間前から待っているのだろう???
2013/01/02
40. 鈴、20才のプレゼント。
我がちゃきちゃき堂の筆頭丁稚 鈴 がなんと20歳に。
なんだか、つい数年前まで抱っこしてたような気分なのですが、ちゃんと20歳。
父としては何かプレゼントを--と思ったのですが、既に女将が準備しているようで、父親の
出番はなし。
でも何とかでしゃばりたい父は、ワインでもと思いつき、早速勝沼へ行くことに。
しかし唯行っては面白くないので、ここは一発 丁稚 虎のBenlyで行くことに。
朝7時半にちゃきちゃき堂を出発。R20をひたすら走りますが、とっても寒い。
笹子トンネル付近は13℃。
ウェアは、初秋用でそんなに防寒性は高くないので、震えながら峠を越えました。
そうやって、辿り着いたのは10時半。
目当ての酒蔵に行き、一番甘口で、いつもすぐ売り切れるというワイン(赤)を購入。
←なんか妙にヘルメットがでかい---
購入後、デイパックにワインを詰め込み、できるだけ揺らさないようにして帰路へ。
行きと帰り同じ道を通りたくいないオーナーは、勝沼から河口湖→山中湖→御殿場
→R246→ちゃきちゃき堂のルートです。
途中の道では、少しばかり紅葉を期待したのですが、まだまだの様子。
←バックは河口湖大橋
お決まりのきょろきょろツーリングしながら殆ど何のトラブルもなく、無事到着。
帰宅直前に、ガソリンスタンドで燃料補給。
オートバイは、タンクの錆防止を兼ねて、いつもハイオク満タンにしてます。
補給は4.16L------? 総走行距離215km-------
なんと、52km/L。
R20やいくつかの峠をほぼ全開で走り抜けたことから考えると驚異的な燃費。
やっぱり横型エンジンと、17インチ+空気圧調整の成果でしょうか。
ただ、Benlyで遠乗りするには、あのフワフワ+すぐ底突きするリアサスは × 。
適当なサスを探します。
2012/10/20
39. 黒部ダム。
残暑もなんとか通り過ぎたような10月の3連休。
いままで、行きたくてしょうがなかった「黒部ダム」へ行くことにしました。
当然日帰り。
今日、朝5時半に起きて、準備を始めましたが、外は雨〜。
ツーリングでは、殆ど雨が降ったことがないのですが、久しぶりの雨。
天気予報では、9時くらいから雨は上がるとのこと。
準備やら、ネットでいろいろ調べていると、もう8時。
待っててもしょうがないので、天気予報の「午後は晴れ」を信じて、出発。
レインウエアを着て、Ninjaを車庫から引っ張り出し、いつものテールケースに工具やカメラを
詰め込んで、8時半に出発。
自宅→相模湖IC→中央高速→長野自動車道→松本IC→大町→扇沢へ。
中央高速の双葉SA辺りで雨も上がり、ペースを上げて走行。
中央高速から長野自動車道に乗り換え、松本ICで高速を降ります。
大町から扇沢までは、完全なワインディング。
追い越し可で気持ちよくペースを上げられますが、途中でニホンザルの家族が、道端で餌を
拾っていました。
これって結構恐怖です。
車なら、窓閉めておけばなんら問題ないのですが、オートバイの場合スピードを下げると
何してくるか判りません。
スピードを落とさずにそのまま通過。
そうこうしていると扇沢に13時に到着。
別にゆっくり走った訳ではないのですが、相模湖ICまで1時間、高速160kmが2時間、
そこから扇沢までが2時間掛かってしまいました。
やっぱり松本ICより安曇野IC(旧豊科IC)のほうが近くて早いようです。
予定より1時間遅かったので、すぐに関電バスの往復切符を買い、乗り込みます。
ご存知のように、このトロリーバスは扇沢駅から黒部ダム駅までのトンネル内を走ります。
また、一台一台行くのではなく、3〜5台程度のグループで、各駅を出発し、途中ですれ違いを
行いながら往復しています。
13:30発のトロリーバスには殆どの人が座れました。
そしてそのトンネルに。
←トロリーバス車内
このトンネルの途中には 破砕帯という固まっていない砂利の地層が80mほどあり、当時は、
掘り進むことが不可能だったそうです。
ところが当時の土木技術者ががんばって、ボーリングなどを行いながら排水して、なんとか
トンネルを完成させたそうです。(車内の説明放送のまま)
暗いトンネルの中を15分ほど進むと、黒部ダム駅。
普通の観光客は、展望台に行ってその後ダムに降りて見学するので、1時間以上ダムに
居るようですが、オーナーは日帰り+高所恐怖症のため、ダムには降りません。
まずは展望台へと200数段ある階段を登ります。
到着した時丁度、放水をしていました。そこからの景色がこれです。
1956年に着工し7年の歳月をかけて1963年竣工。(オーナーと同い年)
こんな山奥にトンネルを造り、多くの人、そして犠牲者を出し、日本一の高さ(186m)の
ダムを50年前に建設した日本人の意地、すごいです。
そのうち、バスの発車時刻に。
急いで上ってきた階段を下り、バスに乗車。
←黒部ダム駅
でも今度は、満員です。
扇沢に帰り着き、大町まで下っていると、まだあのニホンザルが居ました。
またまたスピードを落とさずその場を通過。
その後は塩尻までR19で下り、長野道→中央高速→自宅。
今回は500km強のツーリングでした。
ダムの滞在時間は、たった15分程度でしたが、あの日本一高いダム、そして放水。
行って良かったです。
2012/10/7
38. 下栗 天空の村。
残暑が厳しい9月15日。
意を決して、天空の村、「飯田市上村下栗地区」へ。
引越し会社のCMを見てから、いつかは行きたいと思い、一度チャレンジしましたが出発が
遅く、浜松についたのが12時過ぎだったため、諦めざるを得ませんでした。
で、今日はそのリベンジツーリング
休みの日だというのに6時に起床、6時半出発です。
オートバイは、ツーリングの友 Ninja。
今日は、下栗地区に加えて、最近橋に凝っているオーナーが、是非に行きたかった大井川に
架かる木造では日本一長い蓬莱橋も見に行くことにしました。
出発後、西湘バイパス→箱根新道→R1→島田市へ。
10時に蓬莱橋に到着。
蓬莱橋は、1879年1月(明治12年)に大井川に架橋され、木造の歩道橋としては世界一
長いそうです。(897.4m)
また平成9年「木造歩道橋」としてギネス社に認定されたとか。
ほんとに、ほんとに長いです。往復するのに30分くらいかかるそうです。
オーナーはさっさと諦め、写真撮っただけです。
さて写真も撮り、本命の下栗地区へ。
島田市から、R1で掛川まで行き、そこから天竜二俣に向けて走ります。
そして下栗地区に行くためのR152 ---- でもご存知の方も多いと思いますが、R152は
まだ道ができておらず、結構な回り道をしなくてはいけません。
オーナーは、天竜二俣から県道9号で行きましたが、この道がまたすごい。
ずっとワインディングです。 何十キロも。
途中で「熊(「くんま」と呼ぶそうです)」という地域があり、親近感を覚えながらそこの
道の駅で休憩。
その後県道1号で佐久間湖沿いに北上し、R418に入り、R152(秋葉街道)へ。
途中、引越し会社のCMに出ていた木造の学校がR152沿いにありました。
そこから少し北上し、下栗地区への分かれ道があります。
その道を数km行くと−−−−−−
下栗地区は、CMどおりの場所でしたが、あまりにも傾斜がきつく、相当な広角でないと
写真が撮れません。
(情けない写真になってしまいました)
行ってみて言うのも何なんですが、昔からの観光地ではないため、休憩所や見晴らしの
よい広場もありません。
住んでいる人たちにしてみれば唯の住居地区。
道も狭く、近くの店に行くだけでも数kmの山道を行かなければならない下栗地区。
オートバイや車が一杯来るようになって果たしてそれがよい事なのか。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
時計を見ると、既に2時。
そそくさと写真を撮り、帰宅。
この後は県道18号(伊那街道)を抜け、R152で茅野市へ。
この県道18号もまたすごい道です。
殆ど1車線のワインディング。
本日、1車線のワインディングの総走行距離は100kmオーバーです。
(初老のオーナーにはちと辛い)
茅野から日が暮れるまで20号線を走り、小淵沢で中央高速へ。
帰宅は20時でした。
総走行距離は600kmオーバー。
久しぶりに走りました。
2012/9/15
37. 猿橋?。
夏休みー。
でも大女将のいる福岡へ帰省し、できる限りの努力をして帰ってきたオーナーはただ
「どっかいきたいなー」 のみ。
ほんで行って来ました
猿橋。
大月にある日本三大奇橋だそうです。
確かに両側の断崖絶壁から組まれた橋げたは、芸術的でした。
なんと、猿の集団が、この地で断崖絶壁の川を渡るときに皆で協力して手を繋ぎながら
この渓谷を渡ったのを見て作った橋とのこと。
またその猿橋のすぐ近くに用水用の橋があり、断崖のこの地での、厳しい生活をイメージ
してしまいました。
2012/8/27
36. 奥多摩です。
GWです。
ではと、ツーリングに行きました。
会社のY氏、T氏と3人。
行き先は、久々の奥多摩。
まずはR16の橋本5差路のマックで待ち合わせ。
集合時間20分前にT氏とオーナー、そしてY氏もすぐに到着。
珍しく、時間前に揃いました。
ルートを確認して、出発です。
T氏、Y氏、オーナーのいつもの隊列で県道47号を西へ。
秋川渓谷 檜原街道を抜け、奥多摩周遊道路へ。
道路はGWでバスが結構走ってました。
そして檜原都民の森に登る所の駐車場で休憩。
←元気な二人
ジュースを一気飲みして、再出発です。
周遊道路の終点で左折しR139に入り、県道18号へ。
この県道18号は、車も殆ど走っておらず、3台で結構楽しめました。
(いや、T氏、Y氏共に飛ばしますので)
そして県道522を通ってR20の相模湖IC近くへ。
200kmくらいでしたが、よる年波のせいか、体中あちこちがつったり、くなったりを
ごまかしごまかしのツーリングでした。
今回のルートは、低速コーナーが多くDucati(オーナー?)には辛い道でしたが、それでもたまに
ある中速のカーブでは、Ducati+パイロットパワーで何の不安も無く走れました。
そうそう、桜を見に行ったつもりだったのですが、桜は既に奥多摩湖でも咲いており、
少し降りると桜吹雪で綺麗でした。
ただ、ネズミ捕り1箇所、白バイ、パトカー数台と遭遇しました。
行かれる場合は、注意してください。
2012/4/29
35. 春ぅ〜 #2。
会社の後輩と、ツーリングに行きました。
ルートは、自宅→道志道→山中湖→御殿場→足柄峠→自宅。
まずは道志道。気合もなんとなく薄っぺらで年相応。
タイヤが既にご臨終のためコーナー手前でリアがポンポン跳ねるし、フロントは磨耗が進み80km
からのエンブレでハンドル振れまくり。
後輩はさすがレプリカ小僧の成れの果て。
CB1300と言うこともありあおられっぱなしです。
それでも流石に気を使ってもらい、強引なパスは無しでした。
そうこうして、なんとか道の駅道志に着き、一休み。
気温は低かったものの、天気もよく、気持ちいいツーリングです。
一休みして、次は道志道を抜け、山中湖へ。
久しぶりに綺麗な富士山が見れました。
でも、道の駅道志から後は、峠越えのため、本当に寒く(道端にはまだ雪が。)
手もかじかんでました。
見物も早々に御殿場→足柄峠へ。
足柄峠の御殿場側は、爆弾低気圧の影響で路面に杉の枝や葉が散乱しており、注意
しながら恐る恐る上ります。
峠を過ぎると結構な気持ちいコーナーが続きますが、やはり所々葉っぱや砂利が散乱
しており、あまり飛ばせません。
そうこうしながら、西湘バイパスで13時頃帰宅。
全走行180km。
次はタイヤ換えて、再挑戦です。
2012/4/8
34. 春ぅ〜。
Ninjaのタペット調整も終わり、調子見がてらツーリングへ。
どうも今年は、寒さがきついらしく、河津桜も咲くのが遅く、祭りの開催期間も延長された
とのこと。
じゃあと言うことで、日曜日朝からデジタルとフィルム一眼をリアケースに
押し込み、一人で出発。
伊豆の東海岸は、思っていたより混んではおらず、スムースなツーリング。
しかーし。 もう熱海あたりで桜が咲いている----。
でもあくまで河津に行くツーリング、途中で心変わりはしないと思いながら、いつもながらの
融通の効かないオーナーでした。
案の定、河津に着くと桜はもう「葉桜」状態。
祭りも何処でやっていたのかって感じでした。
しょうがなく河津から天城峠へ向かい、途中綺麗に咲いていた桜の前で記念撮影。
その後昼食も食べずに三島に出て、一号線を一目散に帰宅。
総走行距離は200km+α 6時間。
Ninjaのエンジンも、低速トルクが増したような感じで(あくまで感じ)、
国道を気持ちよく走れました。
さて、次はちょっと遠くまで行きたいですね。
2012/3/25
33. 寒い。
しばらく、まじめに正業に従事していた為、久しぶりにツーリングへ。
いつも行く箱根ではなく、今回は食い物目当て。
雑誌で見た「マグロラーメン」でもと思い立ち、朝9時から出発。
本日は直行ではなく、大黒埠頭で千葉へツーリングへ行く方々のお見送り。
まずは首都高を走り、ベイブリッジをなんとか渡って大黒PAへ。
行くと既に元気な方々が、集まっておりました。
気をつけてと見送った後、一人だけで三崎港へ。
首都高で幸浦まで走り、その後R16で三崎に向かいます。
天気のいい土曜日でしたが、寒いせいか、結構すいていました。
横須賀を過ぎ、大津からR134に入ります。その後県道26号で三崎港へ。
店を探そうとコンビニに入って、グルメ雑誌を見ると、マグロラーメンは昔からあり、現在のものは
色々な店が復活させたものとのこと。
昔からのものはマグロで作ったつくねがラーメンの上に載っているだけ-----。
最近出てきたもの(?)は、ラーメンの上にマグロの刺身が載っている----。
結局食欲が沸かず、そのまま引き返しました。
おそらくとてもおいしいのだとは思いますが、長浜ラーメン好きのオーナーとしては無理っぽい
感じです。
気温が低く、風も冷たかったのですが、その分Ninjaのエンジンは調子よく、まさに冬の
ツーリングでご機嫌でした。
2011/12/17
32. 久々の。
Ducatiでの久々のツーリングです。
ルートはお決まりの自宅→246→御殿場→箱根→西湘BP→自宅。
いつも行くルートですが、景色は季節によって変化します。
また、DucatiもK&Nフィルターを取り付けて、初めてのツーリングです。
まずは始動。
一発で掛かりましたが、フィルターの空気の通り具合が高まったせいか、暖まるまで、少し
バックファイヤーが多い状態。
その後、次第にバックファイヤーも減り、通常モードへ。
246で御殿場に行き、乙女峠を目指す頃には、エンジンの拭け上がりの鋭さを楽しみ
ながら、登り道を飛ばします。
そして芦ノ湖で休憩、無料になった箱根新道を下り、西湘バイパスで帰宅。
走行距離は150km位ですが、オーナーには丁度いい距離です。
燃費も16km/l位で、まあまあです。
K&Nフィルターに交換した時は、通気性が良くなり過ぎてセッティングが合わない
かもと思っていましたが、結局始動時のバックファイヤーのみで、あとは普通。
K&Nフィルター、なかなかです。
2011/9/9
31. もひとつ ツーリング。
FJ1200のタコメーターも復旧し、残るはフュエルメーターのみ。
まあフュエルメーターは使えなくても、フュエルランプ(ワーニング)があるので修理はお預け。
でもタコメーターが直ったわけで、改めてちょっとツーリング。
自宅から、宮ヶ瀬ダム→道志みち→道の駅「道志」 のピストンツーリング。
乗る度に元気になるFJ1200のエンジンですが、少しアイドリングが高め。
サイドカバーを外し手をキャブの中心まで入れ、爪でアイドリング調整ボルトを回してOK。
道志みちは結構すいていて、オーナー得意の
「制限速度絶対守って走るもんね。」
で楽しめました。
(「制限速度絶対守って走るもんね。」は、ある制限速度区間では直線はもちろん
どんなきついコーナーでもその制限速度以下には絶対しない走りのこと。
これ結構きついです。低速コーナーで、こけたりすると恥ずかしいです。)
で、道志みちを楽しんで道の駅道志に到着。
例のごとく、缶コーヒーを1つ飲んで、休憩。
改めて、FJのスポーツツアラーとしての資質に驚かされます。
宮ヶ瀬のワインディングも3速に入れておけばスロットルに従順に速度を上げ、問題なく
ワインディングが走れます。
また260kgを感じさせないハンドリングは、低速・高速コーナーも素直に曲がれます。
さすがヤマハです。
FJに乗って改めて、Ninjaが回して乗るオートバイだということを理解しました。
2011/6/12
30. .次はツーリング。
「さて、今度の休みは、少し山にでも行ってみようかな。」
ということで、伊豆に行ってきました。
↑ 西湘バイパス SAにて ↑ 伊豆スカ亀石スカイポートにて
箱根新道を登り、伊豆スカへ。
あっ、ご同行は例のY氏です。(後ろのSV1000 尊敬する上司−−−かな。)
また、アンダーカウルは、耐熱マットが手に入らず、探している途中のため、無装着。
初めてのワインディングですが、車重を感じない、素直なハンドリングです。
また、ブレーキも程よく効きます。
ただ、タイヤが新品で皮剥きがてらですので、Y氏からは煽られっぱなし。
コーナーで2速まで落としてちょっと頑張ると、コーナーの出口で、リアタイヤが外へ外へ。
しょうがなく、4速〜5速で流します。
このレベルで走るには、全く何も思考しないで済む、楽ちんオートバイです
しかし、このD275でも、亀石スカイポートで状況を確認すると、260kg+75kgの重量に
負け、サイド付近がベロベロ。(もっといいタイヤ買っとけば良かった)
純正タイヤですから、こんなもんです。
そんな伊豆スカを過ぎ、伊東に下りて、休憩+食事。
その後海岸線を帰宅。
その帰宅途中で、「------- えっ -------]
22年の歳月は、やはり見えないところを蝕むようで、タコメーターが死にました。
回転を上げていくと、3000rpmまでは示すものの、その後1000rpm付近まで針が
下がり、その後いくらアクセルを煽って回転を上げても1000rpm付近から上がりません。
理解不能。
それでも走ることには何も問題なかったので、Y氏とも別れて帰宅。
早速、メーターをばらしてテスターを使って調べましたが、電圧は来ています。
メーター本体の異常です。
分解しても、基盤内での接触不良等は、見つけられませんでした。
異常を探すには色々テスター、オシログラフ等必要で、修理はあきらめました。
と言うことで、メーター修理で有名な「日本計器サービス」さんにSOSです。
また、お願いするついでに、動かないフュエルメーターも見てもらうことにしました。
フュエルメーターが悪いのか、センダーユニットが悪いのか???のものです。
さてどうなりますか。
2011/6/9
29. 行っちゃった−っ。 一日1100km。
オートバイとの生活で、周期的に遠くに行きたくなることを書きました。
とうとう我慢できずにこのGWにそれをやっちゃいました。
隠居がなくなった後、大女将は一人で九州に住んでおり、ひねもすのたり堂の店主
(鬼姉)と、帰れる時に帰って、色々雑用をやっておりました。
で、今回は、オーナーの番で、丁稚達は学校があるため、オーナー 一人で行くことに。
それでは車でと思ったのですが、僻地のちゃきちゃき堂では、車は必需品。
ということで、オートバイで行くことになりました。
さーて、どのオートバイで行こうかなー(贅沢)と考えましたが、結局
@ Ducatiは信頼性が?で、かつ荷物が積めない。
A FJはまだ車検が取れていない。
と言うことで、考える隙も無く Ninja に決定。(ま、ETCもつけてるし)
出発は5月1日朝8時。
いきなり近くのICから高速に乗り、一路九州を目指します。
Ninja は、オイル交換+エアフィルターメンテ(K&Nです)で快調そのもの。
東名は、渋滞も無く快調。
その後伊勢湾岸に入り、新名神を走り抜けると、ひねもすのたり堂の近くです。
ただ、13時とまだ充分走れたので、ひねもすのたり堂に寄らない旨を伝え、九州へ。
途中、これと言ったことも起こらず、21時に九州へ。
←関門橋渡る前。
そして22時に大女将の待つ、九州の隠居家に到着。
所要時間14時間。距離1100km。
九州では、大女将の家の修理などの要望を全てこなしながら、高校の同級生とも
再会し、夜遅くまで飲み明かし、また震災の時に助けてくれた大学の友人宅にも
行くことが出来ました。
ちなみにこのお店は、その大学の友人宅から帰る途中にどうしても食べたくなって、
立ち寄った久留米近くのR3沿いにある丸星というラーメン屋さんです。
この日、遅い昼飯を大女将と食べる約束をしていましたが、どうしても食べたくなり、
遠回りをして立ち寄ってみましたが、食べてみると、味が昔と違ってました。
それと、暖簾には「−−、−−、早い」と書いてありますが、注文をとるまで20分位
かかってました。
当然帰ってから大女将とまたお昼を食べました。
そうこうしながら、5月6日。
午前中まで、大女将の依頼をこなし、13時にひねもすのたり堂に向けて出発。
またこれも何と言うことはなく九州道、山陽道、中国道、名神の600kmを走り、
21時に到着。
夕食+晩酌をひねもすのたり堂でご馳走になり、次の日は朝10時に出発。
出発後、今回はあまりにも何もないツーリングだったので、琵琶湖の見学でもと思い、
琵琶湖の西側を少し走り、あの鳥人間コンテストで有名な(古いっ)琵琶湖大橋を
渡って(有料)栗東から名神に乗って、少し南下して、草津ICから新名神に入りました。
その後は、新名神、伊勢湾岸道路、東名と休憩を取りながら淡々と走り、18時には
ちゃきちゃき堂に到着です。(500kmちょっと)
今回初めて、フルに高速を使い、九州まで帰省しましたが、気がついたことが一つ。
1500CC位の車より、リッタークラスのカウリング付きのオートバイは楽だということ。
思った時に一瞬で加・減速できることが、どれだけ精神的な疲れを軽減するのかを
身をもって体験した2200km+αでした。
−−−−−ただ、現在お尻の筋肉痛で、少しブルーです。−−−−−−−
2011/5/8
28. 春ぅ〜。
ほんと久しぶりにDucatiでのツーリング。
バッテリーも新品、オイルも交換して、エンジンも絶好調。
で、御殿場までショートツーリング。
ルートは、自宅から246で御殿場に行く通常のルート。
行きは、結構すいすい走れましたが、大井松田を過ぎて御殿場への登り道を登りだした
途端、「さぶぃ---」
4月とは思えない寒さで、手の感覚がだんだん無くなってきます。
が、なんとか道の駅へ到着。
道の駅では、缶コーヒーを1本と、タバコ2本をボーっとこなし、さてこれからどうするか。
いつもの乙女峠経由箱根は、ちょっと寒そう。
沼津まで抜けても、結局箱根を越えるので、やっぱりさむそう。
なので、来た道を帰ることにしました。(根性なし)
寒い御殿場から逃げるように246を駆け下り、その後はちんたら走ります。
すると、やはりこの時期桜です。
周りの桜の脇見運転していると、山北の駅の近くが桜でえらいことになっていました。
どうも山北の桜祭りの最中だったようです。
山北駅の周辺は、線路が住宅街より低いところを通っており、その土手に見事な桜が
満開でした。
当然、陸橋には列車を待つ鉄っちゃんがいっぱい。
で、調子に乗って、オーナーも撮ってきました。(看板の「やめよう」はご愛嬌)
桜とDucatiは???????ですが、まあ、春です。
2011/4/10
27. 秋です。
秋が近づいてきました。
今年の夏は、あの猛暑でオートバイどころではなく、ツーリングもなし。
で、待望の秋です。
今年は、Nikonのデジタル1眼レフも入手し、少しまじめに写真を撮ろうと思っています。
ただ、腕は初心者ですので、まずは紅葉や、観光地の景色などを。
どこか1つの県を選んで、その県を虱潰し(しらみつぶし)に回ってみるのも
いいかもしれません。
2010/9/20
26.久しぶりの---
本日、気が乗ってしまい、曇りのち雨の天気予報も無視して、ツーリングに行きました。
メッシュジャケットを着て、走行距離150km、4時間のショートツーリングでした。
既に初夏とはいえない暑さの中、Ninjaと適当に色々走り回りました。
途中の休憩では、ゴルフの用品屋さんに入ったり、コンビニに寄ったり。
完全にいい加減ツーリングです。(それでよく150kmも走れるもんだと思います。)
そうこうしていると、なんとやっぱり雨が。
最初は車で言えば、間欠ワイパーで十分なくらいの小雨だったので、レインウェアも着ずに
走ってました。
しかし、ちゃきちゃき堂まで残り10kmで土砂降り。
数分でびしょ濡れになりました。
でも、この時期のこの雨は結構気持ちがよく、帰った後の服の洗濯の手間を考えても、
濡れたまま走ろうかなと思ってしまうのは、九州育ちのオーナーだからでしょうか。
2010/7/11
25.ちょっと反則
この秋の土曜日、暇でした。
そこで、テレビで見て小さな白川郷(家の形は当然違いますが)みたいで行ってみたいなーと
思っていた大内宿に行ってみました。
場所:福島県。 ちと遠い。
体調:腰痛少々。
天気:いまいち。
以上の状況から、反則ですが車で行くことに。
北上し、R4白河でR289に入り、会津下郷を目指します。
会津下郷でR121に右折し湯野上温泉手前で県道329へ。
曲がりくねった山道を6kmほど行くと、大内宿です。
大内宿では県道沿いに大きな有料駐車場があります。
そんなに高くはないようですが、少し他の駐車場を探してみようかと思い、その有料駐車場
を数百m過ぎたところになんと無料の駐車場がありました。
(地面は未舗装ですが)
大内宿は長さ300m(?)位の大通りに面して、藁葺き屋根の古民家を改造したお店が
十数件立ち並んでいる宿場です。
通りの幅は5m以上あり、道の端には澄んだ水が流れていました。
丁度昼時だったので、テレビで見た葱で食べる蕎麦を探しましたが、既に列ができて、
いつ食べれるかわからない状態。
結局、大内宿では何も食べずじまい。
でも、藁葺き屋根は補修・維持され、通りは綺麗に清掃されています。
また道端の水路でジュースを冷やしていたり、少し懐かしいものが売られていたり。
一番よかったのは、呼び込みがいなかったこと。
最近の観光地はこれが嫌なのですが、大内宿はそれが無し。
小さな観光地ですが、行って見る価値はあると思います。
2009/11/14
24. 2ヶ月ぶり−−−
1ヶ月ぶりに、オートバイに乗りました。
バテリーは、トリクルで充電しており、オイルも一応交換しています。
しかし、乗るチャンスが無く、久しぶりに1ヶ月も乗らない期間を過ごしました
さすがに、先週あたりから、「乗りたいっ! 遠くに行きたいっ!」病が発症し始め、
今週爆発寸前となりました。
そこで、ショートではありますが、ツーリング。
まずはDucatiで、箱根へ。
西湘BPから箱根新道で芦ノ湖へ。
休みもせず、そのまま箱根旧道を駆け下り、またまた西湘BPで帰宅。
いつものように、コーナーを楽しみながら直線は、我慢のツーリングです。
(出そうとすれば×20km/hはすぐに出るのですが)
続いてNinjaです。
Ninjaでまたまたツーリングに行く体力は流石になかったので、お買い物です。
そうは言っても、30kmくらいの距離のツーリングです。
Ducatiの後のNinjaは、とても静かで、無振動に感じます。
(人間の感性ってそんなもんです。絶対ではなく相対)
気持ちよく買い物を済ませ、帰宅。
本日の走行はあわせて150km。
「乗りたいっ!」病は、何とか抑えることができました。
あとは「遠くに行きたいっ!」病の対策です。
2009/9/6
23. ショートツーリング
オートバイに乗っていると、お気に入りのショートツーリングコースも少しできます。
現在のお気に入りは、富士山周りのツーリング。
ショートツーリングなので、大体100〜200km程度。
R246で御殿場近くの道の駅でいったん休憩。
そのときの気分で
@ そのまま箱根→西湘BP→帰宅
A R246直進で沼津近辺散策後R1→箱根→西湘BP→帰宅
B 山中湖〜富士五湖を周回し、朝霧高原で休憩後、R1→箱根→西湘BP→帰宅
Bは結構気合が要りますが、満足感は高いです。
また、河口湖、西湖の北側を走る湖北ビューラインは、路面が少し悪いものの、車も
少ない道で結構気に入ってます。
それに、この@〜Bのルートは、R246の途中までを除いて大型オートバイで走っても、
そう辛くなく、快適に走れます。
2009/6/6
22. 趣味+実益+家庭円満
11月、女将の誕生日がありました。
忘れると大変なので、携帯のスケジュールに年明け早々にInputしてその日を迎えました。
しかし、丁稚たちはそれぞれのScheduleがあり、また女将もお友達と外出。
なんとも、普通の一日となり、誕生日の乗りはいまいち。
また、女将も「プレゼントはいらない」などと、心にも無いことを誕生日前に言い放った結果、
オーナーも忙しさに感けてプレゼントを買ってませんでした。
いかん、イカン、遺憾−−−−。
ということで、今週、女将の好きなワインを買いに勝沼までツーリング。
ついでなので、紅葉も見てみようということで、勝沼に加え秩父方面の散策も。
300km程度のツーリングでしたが、XLR改で行った為、ガソリンは10Lで済み、その分をワイン
に当てることが出来ました。
ただ問題は、持って帰る時のボトルの揺れ。
数年前に持って帰ったときは、KDX250のキャリアに括り付けて帰ったため、帰宅後に
ボトルを見ると、ジュースのように泡だってました。
それを繰り返さないために、今回はデイパックを背負ってその中へ。
少しでもギャップがあると腰を上げ、デイパックの中のボトルが揺れないように気を使います。
その甲斐あって、空気の泡も無くきれいな状態。
女将も、それとなく喜んでました。
よかった、よかった。
2008/11/15
21. 2008 サーキットめぐり
ラジコン(1/10 EPツーリングカー)も少しやっています。
最近のラジコンは、結構高精度で、昔のように広場でコースを作って---
見たいにやっていると、その埃でギアやベルトが破壊されます。
そこで、サーキットへとなるわけですが、オーナーの知る限りでは、そんなに数が多くありません。
ということで、サーキット探し+視察を兼ねてツーリング。
まずは、ネットで近くのサーキットを探します。
地域を広げると、実は結構な数があるようで、コースもそれぞれです。
タイヤのグリップ剤が撒いてある・なし、ガードレールが鉄・コンクリート、高速・低速、
エンジンカー供走可・不可-------色々です。
めぼしをつけていざ、視察へ。
4時間くらい見て回ったところ、結構いいサーキットもありました。(少し遠い)
昼飯を食べながらのお気楽視察ツーリングでしたが、サーキット以外にも道、風景、施設など
色々な発見もあり、楽しめました。
今回のように、何かターゲットを決めてそれを巡る、いわゆる”巡礼”ツーリング
では、チョコチョコ乗り降りを繰り返す、配達系になりますので、オートバイは便利です。
駐車スペースに気を使うことも無く、Uターンも簡単、乗っても燃費はGood。
でもこの”巡礼”、何か探すために結構やります。
オートバイ探し、部品・パーツ探し、お店探し−−−−−−−。
そういう場合結構、焦っていて余裕が無く、車で廻ってしまうことが多い気がします。
少し、余裕を持って、自分の好きなものを色々見て回る。
結構、良いです。
2008/9/13
20. 2008 気まぐれ奥多摩ツーリング
8月2日 朝6時に目が覚めました。(歳か?)
なんとなく、誘われていたツーリングを思い出し、メールで確認。
なんと今日ではないですか。
既に起きていた女将に 「オートバイ乗ってきていい?」
とお伺いを立てたところ、ありがたい「OK}の御返事。
早速、用意をして、6時半に出発。
今日はとにかく北へ。
結局、道志道、大月を抜けて奥多摩にまで足を伸ばしてしまいました。
奥多摩までは、さすがにオートバイが多く、1-2回ヒヤッとすることもありましたが、なんとか
大人のスピードで流します。
奥多摩湖の橋の近くの手打ち蕎麦屋で昼食。(ざるとろろ蕎麦は◎です)
蕎麦を食べ終えた後、旧有料道路を走ります。
途中で、リッタークラスのオートバイが2台大破してました。
気をつけながら、旧有料道路を抜けます。
そして、町田でR16→R129と乗り継ぎ、16時に自宅着。
総走行距離は、283km 燃費は、15.8km/L。
ハイオクの値段 191円/L ----- 約3400円也。 高っ。
暫くツーリングは、燃費 30km/LのXLRで行こうかなぁと思います。
2008/8/2
19. 2008 袋田の滝ツーリング
ツーリングには、昔から地図を使ってます。
オートバイ用のNaviが欲しいのですが、一番乗るXLR改はバッテリーレスだし、そもそも3台
で使いまわすのは億劫だし、地図を見るくらい余裕のあるツーリングがしたいし−−−。
最近は、ツーリングマップル一本でやってます。
暇なときにそのマップルをぼーっと眺めるのですが、その中で、「男なら行ってみるべし」
と書かれた場所がありました。
栃木の茨城県境近くの那珂川という町にある、「御前岩」です。
「よっしゃ。」となぜか気合が入り、行ってみました。
実はその近くに袋田の滝があり、前から行ってみたかったのです。
オートバイは、XLR改。
まずは、4号線を北上し大子町へ向かいます。
R293に入り、喜連川、馬頭を抜けて県道52からR461を北に向かうとありました。
小さい公園のようになっており、なんだろなと行って見ると−−。
確かに、男ならいってみるべしの意味は解りました。
結構、由緒正しい岩のようです。
詳しくはこちらで。http://www.gozeniwa.jp/
訳がわかったところで、日本三名瀑の一つ大子町の袋田の滝へ。
滝の下のお土産さん街の歩道にXLR改を止め、歩いて滝へ。
観瀑料は300円。
その料金を払い、トンネルを歩きます。
結構な登りで、約300m。
そうすると、突然こんな景色が現れます。
ほんとにまん前です。
また、その水の音も普通の滝とは違い、柔らかく、綺麗でした。
2008/4/12
18. 2006 丁稚 虎と釣りツーリング
2006年10月7-8日、以前から虎が行きたがっていたツーリングと海釣りを一度にやって
しまおうと、釣りツーリングに行くことにしました。
まず、準備です。
しかしオートバイでの釣りですから、いつも車で行く時のようなのような釣り道具と
キャンプ道具では到底無理です。
キャンプ道具は、オートバイ用を使うことでミニマムサイズになります。
あとは釣り道具を如何に小さくするか。
そこで、必要なものを小さなボックスに入れ、通常の1/5くらいの大きさにまとめました。
しかし問題は 竿。
意外とオートバイは長いものの積載が得意ではありません。
通常使っている納竿長さ70cm程度の竿2本を積まなきゃいけません。
よく、塩ビパイプを取り付けてその中に竿を入れて運んでいる釣り師も見掛けますが、
二人乗りオートバイではそれも難しい−−−。
ということで、近くの釣具屋さんへ直行。
そこで、納竿時30cmの振り出し式の1.8mの竿(900円)を2竿購入。
そうこうしながら、出発当日。
釣り道具、キャンプ道具をNinjaに括り付け10時頃出発。
まず目指すは、明日朝から釣りをする予定の伊豆 網代。
西湘BPをひたすら伊豆方面へ。
虎も100km/h近い速度に慣れ、結構楽しそうです。
インカムを付けていますので、話も出来ます。
そうしながら錦ヶ浦で1回目の休憩
← ぼけてます。
充分休みを取った後、再出発。
熱海を過ぎ、網代漁港へ下見。
まあまあ釣り人もいて、いつもながらの風景です。
そこで、釣れた魚を見せてもらいながら、明日の餌を検討。
暫くぶらついた後、宿泊予定のキャンプ場へ。
宿泊は、数年前は一番人気が高かったモビ○ティーパーク。
予約は入れてあり、あとは近くのスーパーで食材を購入するのみ。
虎は昔、KDXでキャンプに行ったときのコンビーフカレーが良いということで、またまた
コンビーフ、ご飯、カレー、そして朝食用のパンを購入しました。
(あと、ジュースと酒も)
その夜は、食事を済ませた後、虎とキャンプ場の風呂に入り、テントでボーっとしながら
(オーナーは酒を飲みながら)9時頃には爆睡。
翌日、少し曇りの中、朝食を済ませ、出発。
← テントサイトにて
← 管理棟前にて
キャンプ場から網代まで約40分。
途中の釣具屋さんで餌を買い、網代の堤防へ。
到着は7時30分。
さて、釣りの開始です。
例のごとく、小さなグレ、カワハギ、ネンブツダイがいっぱいつれます。
ビニールのバケツを持っていっていましたが、すぐにいっぱいに。
竿が1.8mのため遠投もできず、ほんとのちょいなげ。
でも、虎は大喜びで2時間近くつりっぱなしでした。
そろそろ虎が飽きてきた頃、餌も無くなり、ちょうど昼近くでした。
ほんじゃ帰るかと、納竿して釣った魚を海に返し(食べられそうな魚は0)またまた
スローペースで帰路に着きました。
多分今まででいちばん何も事件が起きなかったツーリングとなりました。
2008/1/31
17. 2007 5年ぶりの林道走破
前回の会津西街道ツーリングで見つけた、栃木の川俣湖沿いの林道が気になり、
ほんじゃと言うことでXLR改で行ってきました。
例のごとく日光に向かい、中禅寺湖で一休み。
←中禅寺湖 07年10月下旬
紅葉は今ひとつでしたがそれでもきれいな部分もあり、しばし堪能。
中禅寺湖で一休みしたあと、戦場ヶ原から山王林道へ。
戦場ヶ原の山王林道入り口には、
「8月××日 熊が出ました」
の看板。
ま、こっちも熊みたいなもんだし、
なんとかなるかーーーー。
で、全線舗装の山王林道を抜け、川俣湖へ。
そして川俣大橋をわたる直前で左折。
目的の林道です。
天気は曇り。前日は雨。さてさて。
林道に入ると、あまりガレ場は無くちょうどいいオフロード。
少し、砂が多い土地のようです。
走り出すと、砂が多く、水はけが良いとは言っても先日の雨で出来た水溜りがちらほら。
その水溜りを避けながら最初はゆっくりゆっくり。
たまに紅葉狩りで、道の脇に止めている車がいます。
対向車も少なく、すれ違ったオートバイも数台。
見通しの良い部分が多く、走りやすい林道です。
そして5年ぶりの林道にも少しづつ慣れ、段々スピードアップ。
とはいっても、例のON-OFFタイヤで、時々フロントが「ずるっ」となりながらですが。
そうやって、10km以上の川俣湖の周りを回り、土呂部へ抜けました。
この林道は、特に初心者にはお勧めです。
また激しいガレ場も少なくツーリング中に少しオフロードを走りたい方々にもうってつけです。
更に途中、福島方面に行けそうな分岐もあり、結構楽しめそうです。
2007/11/10
16. 2007 会津西街道
久々に、北方面へのツーリングとなりました。
それもXLR改でのソロツーリング。例のごとく結構なロングです。
まずは、一路栃木の鬼怒川を目指します。
都心を抜け、新R4で宇都宮へ。そこからR119で今市まで行き、R121へ。
R121は、鉄道と川沿いの渓谷を走る国道。
適当にワインディングで、リッタークラスでも気持ちよく飛ばせます。
ここまで来ると川の水もきれいで、ルアーをやっている人をちらほら見かけます。
夏の終わりで、紅葉など見れっるはずもありませんが、結構茶色っぽくなってました。
いつものきょろきょろツーリングをしていると、もう会津田島。
会津田島を抜け湯野上温泉で一休み。
といっても温泉につかるわけではなく、ただコンビニの駐車場で休憩。
オーナーは、長時間の入浴が苦手で、せいぜい2-3分しか湯につかりません。
その入浴に1000円近くを払うのは高いと思っており、好んで温泉には行きません。
(ただ、腰が痛いときには、2時間くらい入りますが。)
しばしの休憩後、R118で羽鳥湖へ。
確か昔この湖のところでエンデューロがあったと記憶してましたが、行ってみるとそこは
ただのダム湖。
道の駅みたいな休憩所があったので、そこでまた休憩。
そうしていると、XR600やBMWの 1200GSに乗っている一団がオーナーのすぐ脇に駐車。
するとなぜか、オーナーのXLR改を珍しそうに眺める人が2-3人。
「なに?」と思いましたが、よくよく考えてみると、
XLR改もすでに17年落ち。
確かに、走っている台数は、BMW 1200GSなどより少ないのかもしれません。
そのあと、トイレを済ませて、羽鳥湖の西側を抜け、白河へ。
その羽鳥湖-白河の県道が、オフロードオートバイで走るには結構良い道でした。
(オンロードでは少し路面が悪いため、つらいと思います。)
白河からは、R4でひたすら南下。南下。南下。 そして帰宅。
今回、ほんとの目的は、西会津方面の林道探しでしたが、ちょこちょこあった林道に
踏み入ると、関東とは違い、人影なし。
またその距離も10km前後、またそれ以上。
結局軽装のまま、そして1人で入り込むのは危険とあきらめ、きょろきょろツーリングと
なったのです。
しかし西会津にいっぱい林道があると効いてはいましたが、こんなに本格的な
林道があるとは思いませんでした。
次回はちょっと気合を入れていってみよっかなぁー。
2007/09/29
15. 2000 伊豆スカ爆走RX
一度使ってみたかった「爆走」。
ま、オーナーには程遠い走りなのですが。
RXを買って1ヶ月経った頃、やっとそのパワーにも慣れ、「ほんじゃ」と伊豆へ。
季節は春。
まずは西湘BPから湯河原へ。体慣らしは椿ラインです。
し・か・し!
重い。
椿ラインの小コーナーでは、約240kgオーバーかつ125psのRXは手にあまり、気合を
入れるとギクシャクするため、確実にコーナーを過ごすのみ。
たまに来る250レプリカにも道を譲り(屈辱)、なんとか大観山へ。
自分のふがいなさに、あきれながら休憩し、メインの伊豆スカです。
まずは十国峠を軽く走り、料金所を過ぎてからが本番。
椿ラインでの屈辱もあり、少しづつペースを上げていきました。
亀石峠の休憩所でタバコ5本くらいの休憩の後、Uターン。
先と同じ位のペースでそのまま西湘BPまで。
サービスエリアで、休憩をしていたとき、気づきました。
なんと、BT45Vのフロントタイヤがザクザク。
(当然、走る前は、あとしばらく持つなと言うくらいの状況でした。)
学生時代に、サスが柔らかく、またシフトダウンによるエンブレが効かないRZ350R改で
知り合いのリッターバイクに付いていくため、勝負コーナーでは、コーナー進入前に
@リアブレーキを掛ける。
(リアを沈ませることでフロントにフルブレーキが掛けられる)
Aフロントブレーキを掛ける。
Bクラッチを切りっぱなしでシフトダウン
(コーナー前の「パァーン、パァーン---」のシフトダウンは無し)
これをコーナー前で済ませ、その後、コーナーに入る直前にクラッチを繋ぎ、クリッピングポイント前
まで軽くブレーキでスピード調整した後、フル加速。
すなわち、フロントブレーキ+リアブレーキの突っ込み。
確かに「パァーン、パァーン---」のシフトダウンをしないので、フルブレーキに集中でき、
突っ込み距離を短く出来ます。
RXは、フロントのアンチダイブをキャンセルしていましたが、スプリングは社外品にしていたため、
硬め。
しかしリアを先にかけることで車体は安定するのは同じなのでRZ以降、気合を入れて
走るときは、同じようにしてました。
その乗り方でRXを運転した結果です。
いや参った。
フロントタイヤがこんなに短距離で全面ザクザクになるなんて。
車重238kg+オーナー80kgの威力もさることながら、フロントのセッティングによるタイヤへの
負担を知らされたツーリングでした。
2007/08/10
14. 1986 春・大観望のSR
RZ350Rに乗っていた大学当時、地元と言うこともあり、阿蘇は月に数回走りに
行っていました。
その当時、まだミルクロードはただの農道で、県外のオートバイ乗りの人たちには、大観望が
メジャーでしたが、オーナーにとっては、ミルクロードと言う高速エリアに行く時の通り道でした。
その日もオーナーは、新品のタイヤの慣らしを大観望で、その後ミルクロードで走ろうとレザースーツ
を着て走ってました。
大観望の上り口には当時、ねずみ講で有名になったグループのピラミッド型の建物があり、
そこを過ぎた信号から大観望まで信号なしの登りが始まります。
その信号で、長髪をなびかせた黒ずくめのSR500の、ブラックレザーのスーツを着た女性と
並びました。ナンバーは福岡。
ヘルメット、スモークシールド、レザースーツ、SRすべて黒。
オートバイは、セパハン、アップマフラー、シングルシートの見た目軽い改造。
オーナーは、その女性に見とれてしまい、青になった信号にも気づかず、「しまった」
と思いながらスタート。
最初は様子を見ようとSRの後ろに付きましたが、結構、いえ相当早いのです。
ほぼリーンウィズのスタイルでほんの少し腰を落とすのみのコーナリング。
タイヤの慣らし中ということもありますが、気を抜くとコーナリング中に離れてしまいます。
そうこうしながらタイヤの慣らし状態を見ながら付いていき、最後には結構無理してコーナーの
突っ込みでがんばってアウト側に並び、立ち上がりで抜くことでなんとかRZ350R改乗りの
面目を保ちました。
その後、いつものように大観望の駐車場に入り、ヘルメットを脱いで休憩。
そしたら−−− そのSRがオーナーの横に駐車したのです。
オーナーはそれまでの経験からオートバイに乗る女性に期待をしていなかった(失礼)
のですが、その女性がヘルメットを脱いで、
- - えっ - -
綺麗でした。
はじめてみるくらい綺麗な人でした。背は170cm近く。
RZよりも早い立ち上がりで鼓動がレッドゾーンへ。
完全に自分を見失ったオーナーは、その女性から
「ここは、よく走るんですか?」
との質問に
「あ、はいっーーーー」
と答えたものの、その女性の微笑みに耐え切れず、会話もそこそこにヘルメットを被って
矢のようなスタートをしたのでした。
世間ずれした今では、なんと惜しいことをとも思いますが、あの当時はそんなもんだったな
と思う今日この頃です。
2007/07/14
13. 2007 GWの寸又峡
GWの4月30日、またまたY氏、T氏とツーリングです。
今回は、近場の日帰りということで、どっかないかなーと探し回り、静岡の寸又峡に決定。
伊豆も検討はしましたが、伊豆の場合ラッシュになると道が狭くすりぬけが疲れます。
朝8時に西湘BPのSA集合。オーナーは久しぶりの900SS。
オーナーは5分の遅刻。Y氏、T氏は、売店の前でオーナーを見てました。
ヘルメット脱ぐなり、一応遅刻の言い訳をして、本日のルートの確認。
と言っても、西湘BP−箱根新道−R1でそのまま静岡へ。
その後R362で多い側に合流し、寸又峡へ。R362へ戻り、多い側沿いに島田市へ。
そしてR1で帰宅。
静岡までは、まさにオヤジツーリングで、長い休憩を取りながら、なんとか到着。
そこからR362へ。
結構な山道でGWと言うこともあり、車も多め。
その車を適当に抜きながら走っていくと、小さいながらもお客の多い蕎麦屋が。
そこで少し早い昼食。蕎麦定食は結構おいしくて、600円也
オヤジ三人は満足しながら寸又峡へ。
寸又峡は、駐車場から歩かねばならず、まずは駐車場探し。
探すとオートバイ300円也。
ぐるぐる回っていると、気のよさそうなおじさんから、
「うちの店の駐車場に止めていいよ」
とありがたいお言葉。
オートバイを置かせてもらい、歩いて寸又峡へ。
と・こ・ろ・が。
遠い。
体力の無くなったオヤジたちにはとてつもなく遠い道が待っておりました。
(多分1KM弱。)
最後は寸又峡の橋が見えるところまでで散策を止め、駐車場へ。
←疲れているY,T氏
駐車場では、さっきのお店でソフトクリーム(抹茶とバニラのミックス)を食べ、小休止。
暫くして元気が出てきたところで、帰路へ付きました。
帰りのR362は、結構なペースで走り、思いがけない時間に島田に着きました。
その後は、Y、T氏が清水から東名、オーナーはそのままR1と別れ、
無事帰宅。
総走行距離は、359km。 まあまあの距離でした。
2007/04/29
12. 2001 丁稚 虎の気遣い
TDRは、やはりON寄りのオートバイ。本気で林道は走れず、少し欲求不満が
出ていた頃に突然大学の後輩が、
「KDX250SRいらんかえー」
と、焼き芋屋さんのような電話。
「−−−−−−いくら−−−−」との問いかけに、嬉しいご回答。
「今度の日曜日引取りにうかがいます。」と声を裏返しながら返事。
そしてピンクのKDX250RS入手。
そうこうしている内に、丁稚 虎も生まれ、きついながらも朝駆けを守り、なんとか
維持をしてました。
時は流れて01年 虎 6歳の秋。
オートバイ命の父であるオーナーは、ここで虎をキャンプツーリングへ連れて行くことにしました。
虎は喜びまくり、1週間前から興奮してます。(当日疲れるぞ。)
意外だったのは女将。
「虎が行きたいんならしょうがないね〜」と、結構冷静な判断。
女将の気が変わらないうちにということで、その週末の土曜日に虎とキャンプ道具を
乗せてツーリングへ。
とは言っても、やはり6歳。 タンデムできる時間は、1時間が限度。
で、とにかく近くのキャンプ場 「リッチランド」を目指します。
走ること1時間ちょい。 山のふもとの温泉があるキャンプ場へ到着。到着したのは5時。
すぐにテントを建てて、露天風呂へ直行。
ゆっくり温泉に入った後、さて夕食です。
当然タンデムですのでキャンプ道具は最小限。
何を作ろうか。
虎の思い出に残るものをと思いながら、虎に食べたいものを聞くと
「カレー」
了解。 でもオーナーはそこで考えました。
「キャンプでうまいカレー。」
「虎が今後、キャンプで作れるカレー」
結論は、コンビーフ入りカレーでした。(単純)
すぐに近くのスーパーで、レトルトカレーと、○と○のごはん、コンビーフ他を購入し調理開始。
小雨も降っていたのでその炊事棟のいすに座り、二人でもぐもぐ。
そうこうしているとオーナーたちのテントの横に陣取り、ちゃきちゃき堂従業員キャンプと同じ
ようにスクリーンテントの中でディレクターズチェアに座ってご飯を食べていた家族連れが食器洗い
に来ました。
その時。
それまで静かにカレーを食べていた虎は突然大声で
「うわー、すごくおいしいっ!」
と、叫んだのでした。
その叫びは、横に来た家族に、「いつもなら負けないのに」という負けん気と、自分たちが
負けていることに対して「気にしてないよ」という虎の気遣いによるものと思います。
なんとなく、虎の気持ちがわかった瞬間、オーナーは虎に少し悪いことしたと思いましたが、
逞しくなった虎に気づき、その日のビールが1本増えました。
(ただの言い訳−−−)
2007/02/19
11. 1993 オンロード(?)
RZ350Rを売り、(といっても1万円)その次はオフロードと思ってました。
ところが当時、オフロードブームで中古でも高価で手が出ません。
そこでまたまた中古屋巡り。そこで見つけた黒いTDR250。
走行8000km。 結構きれい。ただしエキパイとチャンバーのジョイントからガス漏れ有。
その当時は、スーパーバイカーズと言ってたと思いますが、人気が無く、結構な安値。
その場で買っちゃいました。
それからは、オフロードパンツ、ブーツ、ヘルメット etc.
一応、オフローダーに見えるような装備を集め、ガス漏れも修理しました。
そして、少しなれた頃に、伊豆林道ツーリングへ。
伊豆の東海岸を走りながら、途中で西海岸に抜ける林道を探し、ツーリング。
当時、まだ番頭 鈴が生まれたばかりで、早朝〜午前中が、オーナーの一人の時間。
その日は、朝4時出発で伊豆へ。
西湘BPから伊豆東海岸は、飛ばしまくり。
さすがTZRのエンジンを積んだスーパーバイカーズ。
×50km/hは朝飯前で、ワインディングを突っ込みで抜きながら、目的の林道へ。
林道の入り口で一休みし、さてTDRでの林道筆おろし。
ところが−−−−−。 重い。重すぎる。
134kgとはいえ、水冷のため、装備重量は多分150kg超。 言うこと聞きません。
On寄りタイヤのせいで、タイヤの食いつきがいまいち。
ダートの直線に入ると共にワイドオープンするものの、タイヤは全く食いつかずShake-Hip状態。
ただ、しばらくして食いつくと、とんでもないスピードで次のコーナーが迫ります。
慣れてくるとそれも楽しなってきて、コーナーでもちょびっとカウンター大会。
ところが−−−−−#2。
しばらくして、立ち上がりで何かクラッチが滑っているような状態が始まりました。
立ち上がりの数秒間、エンジン回転は上がるものの、加速しません。
しかし、その後、シフトアップすると加速をしていきます。
意味不明。 降りてオートバイを確認します。
エンジンを駆けた状態でクラッチをゆっくり繋ぐとちゃんとタイヤにトラクションがかかります。
「何、何?????」
おっかしいなーと思いながらチェーンを上から見てみると、チェーンが曲がってる。
な・ん・と・チェーンの1コマのプレートが片方だけ破断しているではないですか。
そのため、トルクが高い状態でクラッチを繋ぐと、ドライブスプロケットが空回りしていたのです。
そんな事って−−−−。
どうすることも出来ず、だましだまし林道を下り、最寄のオートバイ屋へ。
オートバイ屋のお兄ちゃんも「この切れ方は珍しいですね」といいながら純正の在庫は無い
けどノンシールの切り売りチェーンならあるとのこと。
ノンシールはなーと思いましたが、今一番何が最優先か。答えは
「正午までに家に帰り、鈴のおむつ交換
と遊び相手をすること」
間髪いれず、ノンシールでいいからとすぐに交換と頼み、無事交換終了。
でも正午までに帰るにはぎりぎりの時間。
飛ばしました。 多分これまでで5本の指に入るほど飛ばしました。
西湘BPでメーター×70km/h。そして当時のちゃきちゃき堂創業店に着いたのは11:55。
なんとか、ぎりぎりセーフ。
女将には、何とか「約束守ってるよ」 風の態度を取り、その後鈴の子守。
そのせいか、女将はこれまでオートバイに乗ることに反対をしたことがありません。
(オートバイを買うことに反対はしますが。)
子持ちライダーにとって、約束を守ることの大事さを感じたツーリングでした。
2007/02/18
10. 1986 とばっちり上五島ツーリング (借り物タクト)
大学4年の夏休みのこと。
金も無いくせに、外に行きたがる悪友2人+1人(後輩)がおりました。
その悪友の一人が、受験のときに知り合った上五島の女の子に会いたいと言い出し、一
泊二日の上五島びんぼーツーリングを計画することとなりました。
しかし、+1は、原付スクーターで行くと言い張り、悪友二人は250と400で行くと譲りません。
結局、RZ350Rで行くには狭いとこだしなーと思ったオーナーが +1に付き合うことに。
行きつけのオートバイ屋さんを拝み倒し、店のお遣い用タクトフルマークを借用。
当日、昼出発のフェリーに乗るため、早朝から熊本を出発し、距離を稼ぐため、熊本から
島原へ渡るフェリーの長洲港を目指してひたすら30km/h死守。
免許を取って日の浅い +1 もがんばって何とか付いてきてました。
一時間前後で長洲港に着き、フェリーへ乗船。
30分で島原へ着き、その後五島へのフェリーが出る長崎港を目指してまっしぐらに突っ走り
ました。(でも30km/h)
悪友2人は、オートバイのパワー差を見せ付けるように(低次元)、結構なスピードで突っ走り、
+1とオーナーを置き去りです。
そうこうするうちにやっと長崎港へ到着。そのままフェリーに乗り込み、2時間半で
上五島の奈良尾港へ。
奈良尾港は、岸壁に10cmくらいの黒鯛が群がり、海底が見えるほど澄んだ港。
奈良尾港からまずは山を越え、その女の子の住む新上五島町までの海岸線かつ山道を
飛ばしました。
新上五島街でその女の子に面会。
その女の子は、悪友が会いたがるのも頷けるほどに落ち着いた、やさしい感じの
女の子でありました。
そしてその女の子の案内で隠れキリシタンの教会へ。
道から見ればただの民家。
でも中に入るとステンドグラス張りの窓、懺悔室、そして菩薩様に似た子供を抱いた姿の
マリア様---etc。
その隠れキリシタンの歴史を想像するだけで感慨深いものがありました。
そうこうしながら夕食もその女の子と共に過ごしていると、なんと大雨が----。
宿泊先の国民宿舎しんうおのめ温泉荘は、山ひとつ越えねばなりません。
食事を終え、その女の子と別れると4台は雨の夜の山道を激走。
さらにとうとう雷が鳴り出してしまいました。最悪。
誰か悪い事しよるんかいと思いながら、
やっとの思いで宿に着き、部屋に荷物を置いて急いで風呂へ。
一息ついた後、缶ビールで一日の安全を乾杯。
4人で寝ようとしたとき、寝ていた+1が
「雷で寝られない」 とのたもうて来ました。
しかし、そこで甘やかすわけにはいかず、
「ガキじゃないんだから、寝ろ!」
の一言で、皆爆睡。 zzzz
翌日は昨夜の雷雨がうそのような日本晴れとあいなりました。
まずは泳ぐためにきれいな砂浜で有名な蛤浜へ。
この蛤浜海水浴場は、白砂で、潜ると、
30〜40m先まで見えるとんでもない透明度です。
しばらく潜っていると、白い砂浜、煌く天井、無音、神秘的な世界。
九州の殆どの海で泳ぎましたが、初めての経験でした。
そうしてゆったり潜っていると、海面付近で +1 がなにやらバタバタ。
なんとかなづちの+1が持っていた浮き袋の空気がぬけたらしく、一人であせりまくって
いたのでした。
悪友二人を探すも、近くには見当たらず、結局オーナーが泳いで近づきました。
基本どおり、急いで後ろから抱きかかえたものの、パニクっている+1に抱きつかれ、
今度は二人であたふた。
結局+1を抱えながら立ち泳ぎをして更に浮き輪を膨らますという大仕事を達成し、
その浮き輪を+1に渡し、その状態で後ろから抱えて浅瀬まで泳ぎ、なんとかセーフ。
なにしとんのじゃ。 +1 !!
かなづちらしく浅瀬で遊べとも言えず、浜辺で二人ぐったり。
暫くして悪友2人がご帰還。
事を話すと、「あっそう。お疲れさん」だと。
その後少し休憩して上五島の北端 津和崎までのツーリングへ出発。
細い半島の尾根をひたすら走る道で、左右が海、海、海。
それも言葉では表現が難しい 濃紺の海。 紺碧の空。 絶景。
し・か・し 走り始めてしばらくしたとき、+1 が一言
「腕が痛いぃ〜」
確かに8月の日差しの強いこの時期に日よけの上っ張りも持たずにツーリングへ付いてきた
+1.でありました。
いまさらながら、九州の夏をなめとんのんか。(+1も九州出身)
そのままじゃ腕は火ぶくれでとんでもないことになることは見えており、オーナーの上っ張りを
貸すことに。
そうこうしながら津和崎の灯台までたどり着き、ゆっくり休憩。
一時間の休憩後、Uターンして、帰りの長崎行きのフェリーの出る奈良尾港を目指して出発。
奈良尾港までの道は、前の日走った道でしたが、名残惜しみながら走り、港へ到着。
準備をしてフェリーへ乗船しました。
ところがフェリーへ乗り込む際、 +1 は何やら不機嫌。
もっと居たかったのか????? 理由は、不明。
でもフェリーに乗り込むなり、2等船室で4人仲良く雑魚寝で昼寝。
長崎到着後は来た道を戻り、長崎ー島原ー長洲港ー熊本と順調に帰宅。
初めての離れ島へのツーリングの思い出は、隠れキリシタンの教会、澄んだ空と透明の海、
島の女の子、 +1の不機嫌。
なんとも言えない切なさが残りつつも、結局 +1 の面倒を何故か見るはめになり、
改めて不条理を感じたツーリングでした。
2007/02/11
9. 2006 帰ってきたぞ! 阿蘇ツーリング 其の四
さて、とうとう念願の一日の始まりです。
朝五時半に起床。
しかし−−−− 外は真っ暗。
Y氏とT氏は、「少し明るくなってから出発しようよー」との意見。
しょうがなく、30分暇をつぶし、6時にペンション出発。
高森からまずは、吉田線。
吉田線は、阿蘇の道の中でも、ブラインドが多く、どちらかといえば、低速コースです。
(そうは言っても、関東の中速以上)
T氏を先頭にY氏 オーナーの順で飛ばします。
途中、一服休憩を取り、Y氏へのライディングスクール開催。
Y氏のオートバイは、SV1000S。(輸出仕様)T氏はTDM900。
Y氏は、4年前に急にオートバイに目覚め、中型、大型を2ヶ月で取った狂い咲き組。
2年前にZX10から突然乗り換えた筋金入り。
そのY氏をT氏がTDMのタンデムに乗せ、吉田線を一往復。
ライン取り、シフトポイントを教えてました。
その間、オーナーは、ボーっと景色を眺め、昔を思い出しながらタバコを2本。
そのライディングスクールが終わり、今度は3台で吉田線の登り。
その走りの中で、オーナーはがっくり。
Ninjaの足回りがついて来ない!!!。
なんとコーナー前ではタイヤが暴れ、コーナリング中は少しのギャップで流れる。
−−−やっぱり900SSで来た方が良かったか−−−とも思いましたが、明らかにオーナーの
整備ミス。
最近、フロントフォークオイルの交換、またリアサスのエア圧調整をしてなかったのです。
(身から出た錆び)
それに加えて、コーナーでの自分の体の動き。
昔乗っていたRZ350Rに比べ、ブレーキング直前の速度は+30km/h。
その速度からコーナーへ入ったときの体が重いこと−−−−。
なんとか、だましだまし、T氏、Y氏から煽られながら走り、その後、草千里で休憩して
今度は中坊線の下り。
中坊線は、低速のコースでバスがいれば抜く場所も少ないため、観光道路と化します。
その中坊線を抜け、内牧温泉方面に向かい、いよいよ大観望への登り。
登りのスタートは、最初の右コーナーの前にある信号。
そこを三台でスタート。
ここの路面は、昔から悪くつぎはぎだらけ。
昔を思い出しながら、ラインを組み立て走る。
そのあと、大観望観光は後回しで、高速コースのミルクロード、やまなみへ。
途中、レストラン三愛で休憩。
ヘルメットを脱いだT氏は、
「なんちゅう道。何キロで曲れっちゅうの?」
確かに始めての人は、ブラインドも少なく、関東には少ない大きなRのコーナーばかりの道で、
困惑します。
直線で×00km/h近く出てしまい、そこからブレーキ、コーナリングも法定スピードから△50km/h
までバリエーション豊富。
だからT氏へのオーナーの回答は
「出せるだけ出せばいいです。」
なんという優しい回答でしょう。
休憩の後、このツーリングで唯一の観光、由布院へ。
Y氏T氏の希望です。
どうもY氏は、NHKの「風のはるか」のファン
らしく是非行きたいのとこと。
オーナーは昔の由布院のイメージが強く、「行ってもなー」でしたが、お付き合いということで。
8時には由布院に着き、散策。
湯布院は大きく変貌しており、短いメインストリートも少しお洒落になってました。
由布院で朝食を摂ったあと、逆ルートで大観望へ。
大観望では、徒歩で先端まで歩き、景色を堪能。
朝もやがかかる初秋の晴れた夜明けには、外輪山の内側に雲海が出来ます。
そして朝日が上がると共に、その雲海は真っ赤に変わっていきます。
その間わずか数十分。その景色を見たさに何回ここに通ったことか。
そしてその後阿蘇火口へ。
阿蘇火口は、柵がきっちり作られ、昔の面影はなし。
その後、吉田線を下り、もうひとつの目的地、俵山へ。
俵山は、低速コーナーの峠で、南斜面の登りコースで昔は仲間内でスタート・ゴールを決めて
タイムトライアルをやってました。
最近トンネルが開通し、峠を抜ける道は旧道となっていますが、峠からは阿蘇5岳を
南から眺めることが出来、北側の大観望に並ぶ絶景の場所。
また、この俵山が走りまくりの最終地です。
この俵山は、12月になるとススキで山一面が銀色になります。
そして、夕日がきれいな日没前の数分間、銀色が夕焼けで金色に染まり、それは
言葉をなくしてしまうほどの景色です。
しばらく、阿蘇の風景に見入った後、3台はその日の宿泊地熊本市内へ。
オーナーは、その日急遽福岡の実家へ戻ることになり、泣く泣くY氏、T氏と熊本市内の
ホテルで18時に別れ、R3を北上。20時に実家へ着きました。
Y氏、T氏は予定通り夜の熊本を楽しんだようですが。
実家で風呂に入り、今日のルートを思い出しオートバイの性能、自分の体力を思い知り、
早々と眠りに着きました。
その翌日は、早朝出発してR3−R2をひた走り、ひねもすのたり堂で一泊。
翌々日は、昼ごろひねもすのたり堂を出発し、R1で自宅へと無事帰着。
まずはツーリングに行かせてくれた女将、丁稚に感謝。
そして何事も無く、無事ツーリングが終了したことにまたまた感謝。
今回は高速を使わなくても、中年の体力で九州に行ける事が確認できたツーリングでした。
2007/02/10
8. 2006 帰ってきたぞ! 阿蘇ツーリング 其の参
翌日は、計画通り5:30起床。
泊まったホテルは小さなビジネスホテルでしたが、朝は通常の和食に加え讃岐うどんも出して
くれました。(満足)
さて、準備も完了し、目指すは阿蘇。
6:00にホテルを出発。 R11をひた走り、まずは道の駅とよはまで休憩。
そこで事件発生。
Y氏(黄門様)のウエストバックが無い。
乗るときに、荷物の上においていたウエストバッグを付け忘れたようです。
そのまま近くの警察署に行き、紛失届け。
ウエストバグの中には、ETCカードのみだったとのこと。
気を取り直して、再出発。
松山でR378に乗り、大竹からR197で三崎港へ。
途中、G.Wと言うこともあり、ツーリングのグループが結構走っていました。
今日は三崎港から本四国道フェリーに乗る予定ですが、予約は受付けないとのこと。
早い者勝ち。
G.Wだし結構利用客は多いはず。急がねばいけません。
しかし、その途中呆れるツーリンググループがいました。
20台近くで2列の隊列を組むのはいいのですが、制限速度より低めの走行で後ろから
来た我々に気づいているにもかかわらず、全く譲る気も無し。
一応最後尾に、ベテランらしいリッターレプリカに乗ったおじさんがいましたが、その横に
並んでも、ただボーっと走っているだけ。
20分ほど付いていきましたが、おじさん3人の我々もついに切れました。
見通しの良い、センターライン白の直線で、20台一気抜き。
最後尾(いわゆるケツ持ち)の役割も出来ない奴を選定したツーリングクラブのレベルが
低いのですが、ほんとに迷惑、邪魔です。
ケツ持ちは、後ろの状況を確認し、隊列を一列に戻すなど指示を出すもんです。
出発前のミーティングでそのような取り決めをしてもいなかったのでしょう。
皆さんもご注意を。
その迷惑20台を抜いた後は、ハイペースツーリング。
佐田岬へのワインディングは、少し狭いものの景色も良く、楽しめる道です。
途中、数十台のオートバイを抜きながら、12:00に 三崎港に到着。
すぐに乗船の手続きをしたところ、乗船の順番は12番目。
しかし、1隻に乗れる台数は10台とのことで、予定した12:30の便には乗れず
次の便14:30発となるとのこと。
今日中に阿蘇・高森に着く予定なので、辛い!
それに高森までの道は結構なワインディングがあり、疲れ+夜の走行は心配です。
でもどうしようもなく、しばし休憩。
食事でもしようかと3人で算段をしていたところ、放送で
「オートバイ、あと5台乗ってください。」
ラッキーです。聞くところによると、車の予約キャンセルが多く出たとのこと。
そそくさと準備し、フェリーへ乗船。
流れの速い海峡を渡り、大分佐賀関港へ。
その後、R217で臼杵迄進み、R502で豊後大野、竹田でR57に乗り阿蘇へ突入。
宮地からR265、R325と進み、目指す高森町のペンションへ17:10到着。
素泊まりのため、すぐに近くのスーパーへ買出し+ガソリン補給。
その夜は、適当に飲みそのまま就寝。
いよいよ明日は、朝5時起きの阿蘇走りまくりです。
2007/02/04
7. 2006 帰ってきたぞ! 阿蘇ツーリング 其の弐
さて、スケジュールも決まり、当日を待つだけ。
しかしここでオーナー、悩みました。
どっちで行くか。Ducati900SSか、Ninja。
今回の目的は当然阿蘇。 第3日目に1日中走りまくりの日を設定しています。
その場合、タイヤもD208を履く900SSが、その目的からしてGood。
しかし、その前後が問題。
下手すると渋滞にはまり込み、乾式クラッチに負担をかけてしまいます。
でも、阿蘇を走るにはNinjaではちと−−−。
考えた挙句、Ninjaにしました。 900SSがこれまでノントラブルと言えやはり日本車。
安心できるし−−−−−。
出発当日の朝、集合場所で先に着いた私を見た2人は、声をそろえて
「しんじらんなーい!」
と、あなたがた幾つと言いたくなる反応。
「うるさい」と思いながら、「当然の選択でしょ」と答えるオーナー。
少し後悔。
そうこうしながら、出発。 目指すは高松。
静岡県内をR1のバイパス総動員で走破。
浜名湖BPを出てR1を走った後、11時ごろには伊勢湾岸道路へ。
風の強いことで有名な伊勢湾岸道路。
この日もとんでもなく風が強く、振られまくりながらなんとか走行。
その後、淡々と東名阪、西名阪、大阪の首都高、阪神道路を走り、明石海峡を越えて
淡路島へ15:30着。
渡ってすぐのSAで海峡を見ていると、小さな渦巻きが、ちらほら。
知ったかぶりーズ3人は、「渦潮が見えるぞ」とはしゃいでいました。
それを見た女の子が横にいたお母さんに一言
「ここ明石海峡だよね。渦潮は鳴門海峡だよね」
女の子に、「へーそーなんだ」と、言ったものの、顔から炎。
すぐさま、3名でその場所を退散いたしました。
淡路島は、西側の海岸線を流し、大鳴門橋を渡り、待望の四国へ。
その後R11で高松に18:50着。
走行距離 689km 走った割りに疲れていなかったのは、バイパスで丁度良い位の
ストップアンドゴーがあったからだと思います。
その夜は、高松の繁華街で夕食を食べ、ホテルで11:30まで反省会(?)を行った後、
翌日に備えて就寝。爆睡。
2007/01/28
6. 2006 帰ってきたぞ! 阿蘇ツーリング 其の壱
2006年ゴールデンウィーク、とうとう2年間暖めていたツーリングを決行。
下道で、阿蘇へ。そして一日阿蘇のワインディングを満喫。
きっかけは、正月の新年会の飲み会。
バイク仲間の仕事の先輩Y氏、T氏2人が「遠くに行きたい」と言った瞬間。
「んなら、阿蘇でも行きますか」
即答。
その場で、ツーリングルートの検討会になりました。
そして、その次のミーティング(飲み会)でプランを披露。
一日目: 自宅 → R1 → 静清BP → 藤枝BP → 掛川BP → 磐田BP
→ 浜松BP → 豊明IC → 伊勢湾岸道路→ 東名阪道路
→ R25名阪国道 → 天理 → 西名阪道路 → 大阪都市高速
→ 第二名神 → 垂水JCT → 明石海峡大橋 → 淡路島西海岸
→ 鳴門大橋 → R11 → 高松(泊)
二日目: 高松 → R11 → 松山 → R378 → R197 → 三崎港
→ 大分佐賀関 → R217 → 臼杵 →R502 → 竹田 → R57
→ 阿蘇宮地 → R265 → 高森
三日目: 高森 → 阿蘇吉田線 → 草千里 → 坊中線 → 内牧温泉
→R212 → ミルクロード → 瀬之本高原 → やまなみハイウェイ
→ R210 → 湯布院 → R210 → やまなみハイウェイ
→ 瀬之本高原 →ミルクロード → 大観望 → 坊中線
→ 阿蘇火口 → 吉田線 → 俵山 → 空港 → 熊本市内(泊)
四日目: 熊本観光 → R3 → 福岡 → 北九州 → 苅田阪九フェリー
五日目: 大阪 → 大阪都市高速 → 西名阪道路 → 天理 → R25名阪
→ 東名阪道路 →伊勢湾岸道路 豊明IC → R1 → 浜松BP
→ 磐田BP → 掛川BP → 藤枝BP → 静清BP → R1
→ 神奈川
以上、4泊5日2500km以上のオーナーとしては久しぶりの大旅行。
しかし!!。 プランを聞いた瞬間、2人の顔色は真っ青。
「下道で高松まで700km?」
「帰りも半分下道?」
「絶対いけるはずが無い」
「40過ぎの大人がやることじゃない」など等−−−−
でも、オーナーは一言。
「これくらい出来ないでオートバイに乗っちゃいけません。」
3人でしばしの沈黙。
オーナーは、譲る気は一切ありません。
絶対譲らないもんねー。
それに気が付いたのか、他の2人は、
「じゃあ、きつくなったらその場所に宿泊。」と、譲渡案を出してきました。
まあ、それくらいの譲渡はいいでしょう。
でも 絶対高松まで行くもんね。
そして、ツーリングは、06年ゴールデンウィークに決定。
3人で貯金をすることを誓い、その新年会はお開きとなりました。
そして、中年ツーリングクラブ(水戸黄門ツーリングと呼ばれています。)はその年の4月末、
この愚行を実現するのでした。
2007/01/25
5. 1986 「行くぞ気合の125(ひゃくにじゅーご)」(RA125)
それは、大学3年の春休み。オーナーは 暇。 金もなし。
しかし、それを知ってか知らずか、悪友からの「山陰ツーリング」のお誘い。
んー金が無い。
しかし、その時私には強い味方があったのです。
RA125。 後輩から譲り受けました。原付2種です。
保険が安いことに加えて有料道路通行料が非常に安いのです。
結構、料金所の料金看板には書いてないことがありますが、昔は、殆どの場合、50CCと
同じ料金でした。
しかしながらそのオートバイは、九州の林道を走るため、モトクロス用タイヤをつけて乗り心地は
最悪、舗装路ではグリップしないオフローダーとなってました。
「これで行こ。」 と腹をくくりました。
行くやつらは、CB250RS, GSX400インパルスの悪友2人で合計3台。
一般道では殆ど遅れることなく走れますが、2人へのお願いは、
「高速だけは、勘弁ね。」
です。
そしてルートの検討開始。
一緒に行く悪友の一人の実家が長崎だったため、ルートは、
熊本−島原-長崎(悪友宅泊)−北九州−秋吉台(YH泊)−萩−津和野
−福知山(泊)−天橋立−京都−神戸(阪九フェリー泊)−北九州−熊本
以上の4泊5日。
このツーリングでは、事件は起こらず、淡々としたツーリングでした。
天橋立で、お決まりのまた覗きをしたり、フェリーでドンちゃん騒ぎしたり。
ただ、発見も多いツーリングでした。
@ 地方の国道沿いにある、トラック用の簡易ホテルの存在。
一部屋6畳で結構新しい1kアパートのようなホテル。
風呂は共同でしたが、ありがたいことに洗濯場があり、濡れ鼠のオーナーたちの服を
乾燥機で乾かすことが出来ました。
それで一泊1000円(当時)!!
A YHでの宿泊初体験。
オーナーは、初めてYHに泊まりました。
秋吉台YH(だったと思います。)
泊まる前に、宿泊経験のある悪友から、「夜のお楽しみゲーム」の話を聞いて、憂鬱。
(あの軟派な奴等がやるようなゲーム)
ところがゲームが始まると何故か気合が入り、一番オーナーが盛り上がってました。
(白状します。結構面白かった−−−)
B フェリー
阪九フェリーを使用。
フェリーとしては小さいのですが、瀬戸内海を走るので揺れは少なく、船内も古びた
割りに売店、風呂があったりで夕方-朝の乗船の間、退屈はしませんでした。
また料金も陸路を走る事を考えれば割安で、時間も節約でき、翌日朝から元気に
走れるので助かります。
それからフェリーは、私のツーリングの結構重要な手段となりました。
小さなオートバイで行きましたが、あまりストレスを感じることも無く、有料道路代も2人から
ブーイングが出るほどの安さで、ツーリングが出来ました。
ただ、落とし穴が−−−−−−−−。
ガソリン代は、他の2台より高かったのです。リッター20km/h以下。
2stひゃくにじゅーごの実力を実感したツーリングでした。
(オーナーは、125をワンツーファイブと呼ぶのは嫌いです。)
2007/01/19
4. 2004 「女神様をさがして四十路2人旅」(900SS)
その翌日から上司Y氏と1泊2日のツーリングを計画していたオーナーは、素直にDUCATI屋
さんに話しました。
DUCATI屋さんは困った顔をして「何かあったらここ電話してください」と有難いお言葉。
いいオートバイ屋さんだなあとは思いましたが、オートバイが心配なのかオーナーが心配なのか
判らないまま出発。
まだ900SSの乾式クラッチ、常用3000rpm以上になれないまま朝のR129を北上し、
午前9時R16橋本5差路のコンビニでY氏と待ち合わせ。
今回の女神湖は、我々四十路の薄汚れた親父が心身ともにリフレッシュするべく、初夏の
信州、美ヶ原、白樺湖そして女神湖を回るツーリング。
出発後まずは圏央道経由で関越道へ。
これまでの下路走行の憂さを晴らすべく、制限速度+おとなの判断で快調に飛ばす。
これまでの一般道の苦労はどこへやら、正に水を得た魚で高速走行は最高。
サスペンションも、上質な動き(SHOWAですが)で、直進性も十分。
また高速でのブレーキも握った分だけ利く。(さすがブレンボ)
ニコニコしながら高速走行を楽しみました。
と、こ、ろ、がさすがにGW、なんと関越道に入った途端渋滞。
しかし衰えが目立つすり抜けの技を駆使して、辛うじて80km/hを死守して佐久ICへ。
そこを降りて今度は一路南下しメルヘン街道の入り口を探す。
しかしここで時間は13時。さすがに腹の減ったおやじ二人は、ラーメン屋へ。
ラーメン屋の看板娘さんは、バイクが好きらしく、ほんの少しだけ話が弾みました。
ラーメンを腹に入れ、またすぐに南下開始。
メルヘン街道の入り口はすぐに見つかり、お楽しみのワインディングへ。
山を登るにつれ紺徹がいい感じになってくる。
快調に飛ばしていると道路脇には残雪が。
麦草峠では雪合戦ができるくらいたまってました。
↓ 麦草峠
峠を過ぎると次第に視界が開け、景色のいいところで休憩をとる。
ところが、なんとこの時期に正体 不明の虫が大量発生しており、
赤いドカの周りだけを飛ぶのです。
Y氏の黒いZX10には群がらないのに。
その虫におびえ早々にその場所立ち去り、メルヘン街道を大人のスピードで駆け抜け、
今夜の宿泊先である塩尻を目指す。
宿はネットで見つけた旅館。
しかし場所がわからず探すこと30分、20時にやっと到着。
宿は農家を改造したと思われる民宿と旅館の中間といった宿で、四十路おやじには、
居心地良い造りでした。
到着が遅れた事をおかみさんに謝り、使いっぱの私は、買出しへ。
オートバイは荷物を乗せやすいY氏のZX10を借り、つかの間の直4体験。
やっぱり1週時間前まで乗っていた1000RXより速い! 135PSさすが。
150kmまで数秒間。ワープ感覚ですな。(知らないけど)
という訳でコンビニへの買い出しもすぐに完了。
帰るとすぐに夕飯。二人してがっつく。
この料理、味も良いのですが、それ以上に量の多さときたらーーー。
大満足の夕飯でした。
食事後部屋に戻り、2人でささやかな飲み会の始まりです。
ところがこれが大失敗。
久しぶりの一泊ツーリングでご機嫌なY氏は、突然地図を見ながら翌日のルートの朗読会を
始めてしまいました。
オーナーはその朗読会が始まった瞬間、爆睡。それでも寝たのは午前1時。
明日は、女将さんに無理を言って6時出発でお願いしているのですが。
果たして次の朝、30分遅れで起床。
Y氏から昨夜すぐに爆睡したことを怒られながら出発の準備。
殆どは寝る前に準備済みでしたが。
そして、朝飯を食べようとしましたがまたその量がぁ−−−。多い。
なんとか腹に入れ、6時30分出発です。
女将さんにお礼を言い、まだ寝ているお客さんを起こさないように100mほど宿から離れ
エンジンスタート。
コンディションはグッドです。天気は少しだけ曇り。
今日は、目玉の、美ヶ原高原美術館、凡暗竣課、白樺湖、女神湖巡りです。
塩尻の宿を出た後、松本へ向かい、凡暗竣課へ入ります。
まずは美ヶ原高原美術館へ。
松本から凡暗竣課に入り、美しい山並をそこそこの祝澎爪で 縫うように走ります。
時間が早い事もあり、美術館までは車に欲綾を乱される事なく走れました。
しかし風がとてつもなくすごいのです。
ドカは突風が吹くたび右に左に流されてしまいます。
Y氏はと言えばさすがZX10です。ほとんど振られない!
そうこうしながら風と格闘し、7:00に美術館の駐車場に到着。
当然美術館は開いてる訳もなく、駐車場から見える雲海を撮り、有料のトイレで
一息ついて、次の目的地白樺湖へ。
途中八丁沼で小休止をとりながら、結構な欲綾をなんとか維持。
白樺湖にあと2〜3kmの地点からだんだんと対向車が多くなり、白樺湖を一望できる
駐車場で一休み。しばし白樺湖を眺め、再スタート。
白樺湖からは結構なワインディングを抜け、最終目的の女神湖へ到着。
特別何がある訳ではないのですが、高原の湖は神秘的で、薄汚れた40のおやじ2人は
なんとなくではありますが心が洗われた気分になりました。
あんまり洗われ過ぎても湖が汚れてしまうので、1時間ほどで出発。
女神湖からは凡暗竣課を通り昨日通った燮慾街道へ。
多少迷いながらも何とか塩尻にたどり着いたのが13時。やっと昼飯です。
ちょうど諏訪神社のお祭りが行われており、繁華街も衿忿としています。
その中で焼き肉屋に入ったのですが客が少ない!!悪い予感。
案の定おばさんがやる気無さそうに作った定食を食べて小休止後帰宅です。
予定では20号を南下しできるだけ東京よりのICから中央高速に乗ることを考えて
いましたが、そんな体力は既になく 、一番近くの塩尻ICから高速に。
中央高速を迎愀渫の祝澎爪で淡々と走り、SA、PA毎に休憩。
このころになると言葉数も少なくなり、休憩ではへらへら笑ってばかりです。
疲れた老体に鞭を打ち、最後のPAではなんと1時間の休憩。
その後出発し、しばらくランデブーをした後、ハ王子ICで降りて、16号の橋本五差路で
バイバイです。
その2時間後にはそれぞれの自宅へ帰着。
今回のツーリングは私としても一年ぶりの一泊の旅でした。
また、ありがたいことに女神様は汚れた中年を雨で清めることもなく、無事ツーリングは
終了しました。
翌日、オートバイ屋さんに無事帰宅を告げると、
「こけませんでした?良かったですねー」
との御返事。
やっぱ信頼されていなかったのはオーナーだった様です。
でも,ツーリングに行く前のあの何とも言えない興奮を再認識したツーリングでした。
2007/01/05
3. 1987 はずかしツーリング(RZ350R)
大学の卒業休み、遊び仲間から、「ツーリングに行こう」と誘われ、記念にとツーリングを
決行しました。
ルートは、
九州→広島市(地下道泊)→尾道→倉敷→岡山(泊)→香川(ひねもすのたり堂泊)
→愛媛(泊)→九州
4泊5日の旅。同行5人 オートバイ4台(持ち回りで2人乗り)
初日から雨で、広島の地下道での野宿等、波乱を予感させるツーリングとなりました。
その当時、RZ350Rは、ユーゾーチャンバー、ヘッド面研、リードバルブ交換、ポート研磨で、
70ps仕様。
それでも350ccの効果で、トルクは十分にあり、街乗りも楽でした。
そして問題は4日目。
その日は九州までのフェリーの港である愛媛八幡浜まで行くはずでしたが、金毘羅さん
参りで、ライダーがやってはいけない階段登りを全員で元気にやった結果、金毘羅出発の
とき、たちゴケ。
その後八幡浜まで峠ひとつ前(と言っても八幡浜まで50km)に着いたのが夜8時。
意を決してスタートしたものの、走り出してオーナーのガソリンがリザーブ寸前ということに気が
つきました。
まずい。スタートしてからずっと田舎道で、ガソリンスタンドはなし。
その当時、オートバイ乗りがガス欠になるのは恥。(今もか---)
そこで決心。最悪スタートした町まで戻れる所まで、ガソリンスタンドを探し、無ければ悲鳴を
上げ、ガス欠野郎に成り下がることにしました。
慎重に距離を計算しながら、悲鳴を上げる時を計算-----もうやばいか。
その時、RZ250に乗る一人が指差す先は自分のタンク。
「やった。」 タンクを指差すのはガソリン補給の合図です。
その後、引き返すことになり、「普通、ガス欠になるか」と自分を棚に上げてその
「ガス欠男」をみんなで非難しました。(ずるい男です。)
スタートした町まで戻ったとき、既に10時。
結局その町に泊まることになり、宿を探すも、なにもなし。
その時、街中で1室5000円の○○ホテルを見つけました。
昔、2人○○○円ではなく、1室○○○円という表示をしているところがありました。
速攻でオートバイ4台敷地に入り、ホテルのおばちゃんに
「1室5000円ですよね。 5人でもいいですよね。1室おねがいします」と畳掛け、
おばちゃんに有無を言わせず部屋へ。
しかし、さすがに1室5000円で5人泊まるのは気が引け、せめて布団は借りようと
おばちゃんに部屋から電話。
結局3人分300円で布団を借りました。
それから夕食の買出し、酒を飲みながら宴会。 そして就寝。
ベッドに2人、布団に3人。
誰がベッドに寝るかジャンケンをして、ベッドはオーナー達以外の2人。
ベッドに寝られなかった3人はすぐに寝付きました。
しかしその夜にベッドに寝た馬鹿野郎2人がしでかしてくれました。
なんと、枕元にあったスイッチを押しまくって寝てしまったのです。
そしてそのベッドは正真正銘の「回転ベッド。」
夜中、2人を乗せたベッドは動き続け、2人を最高の乗り物酔いに仕上げてくれました。
次の日は、街中の○○ホテルということで、人のいない朝早い時間(6時頃)には出発しよう
と示し合わせていました。
しかし、その乗り物酔い野郎2人のために出発がなんと8時に。
準備を済ませ、ホテル出口のビニールの暖簾を潜って、右折。
「かっ飛んで行こう!!」と思った次の瞬間、目に入ってきたのは、
赤信号。
そしてその信号を待つ20人くらいの女子高生。
女子高生は、オーナーたちを指差し、騒いでいます。声ははっきり聞こえません。
いえ聞きたくありませんでしたが、ふと見た女の子の口の動きは
「へ・ん・た・い」
40数個の瞳が放つ、冷たく切るような視線に目眩を感じながら、青信号とともに
フロント上げ気味のそれまでの人生で一番のスタートを切りました。4台とも。
宿泊先の大切さ、その周りの信号配置に注意することを覚えたツーリングでした。
今でも良い思い出です。(どこが。)
2006/12/23
2. 1985 バイト サボってツーリング(CUB70)
1985年8月、夏休みにバイトしました。
と言っても昔はそんな割のいいバイトはなく、オーナーが選んだバイトはオートバイ輸出用の
スチールBOXを作る仕事。
3m×1.5mくらいの鉄板をBOXのフレームにスポット溶接していく仕事です。
これがまたむちゃくちゃきつい。
なんせ一日中、20kgの鉄板を手で動かしながら鉄板のふちを部材に溶接していきます。
2日働くと、箸も持てないくらいの筋肉痛に襲われます。
で、自分に正直なオーナーは、3日に一回サボってました。
さぼって行く先は、阿蘇。
バイト先を通り過ぎ、そのまま走れば1時間もしないうちに大観望へ。
そこで小一時間休んだあと、ゆっくりと帰宅。
そうそう、オートバイはお気に入りだったCUB70。
ノーマルでも100km/hは出てました。
そんなオーナーの、のんびりツーリングを邪魔される事件が2回目のツーリングで起きました。
相手は、VT250F 2台に乗った2人連れ。
もちろん男と女でしたが、男は彼女(?)にいいとこを見せたかったのか下りの道で、
CUBの私を突付きはじめ、最後にはオーナーのINに強引にクラクションを鳴らしながら入り、
抜いていきました。
オーナー、完璧にキレれました。
ブチッといきました。
その後、気合を入れてVT250Fを追いかけました。
VT男が下手だったことに助けられなんとか3つ先のコーナー入り口で後ろにつけることが
できました。
そしてその次の左コーナーで勝負。
オーナーは、これまでのCUBでの最高のスピードでコーナーに入り、ステップをガリガリ擦りながら
VT男の右側へ。
その後、そのままのアウトラインでVT男を抜きました。
(多分2度と出来ない)
でもその後2つコーナーを追いかけてきましたが、ブロック。
その後、すぐにVT男はブレーキをかけ、いかにも何もなかったような素振りをして、後ろから来る彼女を待っていました。
結局、彼女がいたほうが勝ちだなと気づいたツーリングでした。
2006/12/22
1. 1980 初ツーリング(MT50)
16の夏休み、原付免許を取得し、MT50を購入しました。
そのころはMTで出かけるのはクラブの練習か近所のみ。
17になる頃、クラブをやめ、夏休みに突入。
何かしなくては。思いついたのは小学校まで住んでいた180km離れた小さな町までの
1泊ツーリングでした。
その町の国民宿舎に予約を入れ、MT50に荷物を積んで、ツーリングへ。
朝6時に出発したものの、さすがに50cc。
制限速度30km/hの壁は厚く、180kmを走りきったのは昼の2時ごろ。
休憩を取りながら平均22.5km/h。
やっとのことで海の見える小高い丘にある国民宿舎に到着しました。
そこで昼を食べ、オートバイで先に連絡していた小学校のときの友人の待つ喫茶店へ。
その喫茶店で待っていたのは、男2人、女2人。
男2人は、殆ど毎日遊びまくった悪友。
女2は、その3人からいつもからかわれていた結構人気のあった2人。
それでも不思議なもので、そのうちの2人は付き合っておりました。
しかし、やはり5年前の話がいつまでも続くわけもなく、結局1時間くらいでその女2人と
別れ、男3人で別の店へ。
その店で、やはり1時間近く話した後、「じゃあまた」と男2人もあっけなく別れました。
しかし、宿舎に帰るには少し早く、何気なくその小さな町を走り廻りました。
住んでいた小さな家、通った小学校、遊んだ近くの高校。
でも、それは昔見た光景とは明らかに違うものでした。
町並みの変化にも増して、
こんなに小さかった? こんなに近かった?
その思いが強く、懐かしさは消えました。
その晩、海の音でなかなか寝付けず、次の日は朝8時に国民宿舎を出発。
その後ずっと土砂降りで、昼飯も食べず結局家に着いたのは、18時。
疲れたまま風呂に入り、ささっと寝床に着きました。
でもなんか、寝付けずにぼーっと天井を見ながら考えてました。
小さいとき見た景色は、二度と見れない。
それがわかった17の夏のツーリングでした。
2006/12/18