1. 新しい技術と競争インセンティブ
  1. 序論

前章までで明らかになったように、革新的な技術の存在が確実であればそれだけ企業は導入へのインセンティブを高め、積極的になる。それは同時に複数の企業が存在する産業市場においては競争そのものをグレードアップする結果となり、より産業構造をより高次なものに変え、産業全体が持つ競争力を高めるように作用する。その一方で産業市場における競争圧力が強いと、新規技術へのインセンティブを高める結果となる。このように技術革新と産業市場における競争圧力は相互依存的であり、スパイラルを描いて互いをグレードアップさせていくのである。

ここで、いかなる条件や要因がそのスパイラルを高位に維持するかが問われなくてはいけない。前章では産業市場そのものには主体性がないことから、企業にインセンティブを与えることでスパイラルは維持できると結論づけた。本章はそれを受けて、より具体的になにが競争インセンティブにあたるのか、新規技術の可能性を明確化するものであるのかを議論していく。

続く4.2においては、これまでに議論されてきた技術に関する研究を敷衍し、技術革新あるいは技術能力、技術受容能力がどのように定義され、議論されてきたのかを振り返る。ガーシェンクロン以来、産業化過程における先進技術およびその技術を獲得する能力の重要性についてはかなり緻密に研究されており、どういった要因が技術能力や技術獲得能力をさせるのかを議論している。そして最も新しい議論のなかでは競争とインセンティブがそれら能力を高めるという点で本論に近い議論を展開している。続く4.3では、新規技術のもつ不確実性を生来のコーディネーション問題としてとらえ、いかにして調整しうるかを考える。ここではより具体的ないくつかの方法が示されることになる。4.4では日本が戦後の経済成長のもとで行った技術政策を例にとり、その中に見えるコーディネーション問題と解決法を説明していく。

  1. ガーシェンクロンとラル

ポールクルーグマンは「東アジア経済の神話」の中で次のように述べている。すなわち、東アジアの高い経済成長は投資の増大によって引き起こされたものであり、全要素生産性(Total Factor Productivity)の成長は見られず、最も重要な技術進歩がないのでその成長には上限があると議論している。この主張に対してはもちろん多くの反論があるが、それらについて触れることはここでは紙面の関係上避けることとする。クルーグマンの主張の中で重要視したいのはその技術進歩の重要性である。技術進歩とは一般に、新しい技術が開発され、それが経済活動のなかに導入・定着されていく過程のことを意味している(原洋之介「開発経済学」p.89)。これを踏まえれば、クルーグマンの主張は、常に新しい技術が開発・導入される過程が産業開発の核心ということになる。このような考えは実は19世紀のヨーロッパを題材にして研究を進めたガーションクロン以来引き継がれてきた考えでもある。

・ガーシェンクロンの後発工業化論

ガーシェンクロンは後発工業国は先発工業国の開発した技術を利用することが可能であるので、その分工業化のプロセスは短期化されると主張した。彼の著作”Economic Backwardness in Historical Perspective”(1965)では、後発工業国の工業化初期局面における特殊性として以下のような仮説を導き出した。

  1. 後発国の工業化の速度は先発国に比べて一般に急速であるがそれは後発国が先発国からの技術導入と資本輸入によって技術開発と資本蓄積に必要な費用と時間を節約できるという「後発性の利益」があるからである。
  2. 後発国の産業構造は先発国に比べて早くから重化学工業化する。それは後発国では@後発国では工業に適した熟練労働者が不足しており、A最新技術を輸入によって導入することが可能であり、B先発国では既存の工場を廃棄しにくい一方で後発国は新規に巨大な資本投資が可能であるゆえに、資本集約的最新技術を体化した巨大設備産業が最も効果的である。
  3. こういった重化学工業に必要とされる企業の最低経営規模は大きいので、後発国では資本投入に応じて大企業化が進み、独占やカルテルなども形成されるパターンが多い。
  4. 後発国では資本も企業者も不足し、産業に対する不信や大規模経営の要請が強いので、工業化の担い手たる企業は投資銀行などの制度的手段(industrial instrument)や政府によって「上から」形成されることになる。重化学工業重視と大企業偏重の下で工業化が短期間に圧縮されて実現されるのはそのためである。

ここで注目すべきは、技術的な後進性自体が工業化の優位性になるという一種逆説的な「後発性の優位」論である。ガーシェンクロンの影響を強く受けているアムスデンの韓国経済発展の理解では、韓国の高い経済成長は先発工業国からの技術移転が強く貢献していると説明されている。

しかし実はこの「後発性の優位」は後発工業国が利用しうる可能性にすぎない。これを実現するためには、積極的に先発工業国の技術を吸収する主体的能力が必要になってくるのである。もし先発工業国の技術を吸収できずに、旧式の技術レベルに立ち止まっていたならば、先発工業国との技術格差は広がる一方であり、後進国ゆえに後進国化することになる。ガーシェンクロンは政府や投資銀行といった制度的手段にその開発主体を求め、ゆえに後発性の優位は外部的であったが、先進国の技術を実際に吸収しなくてはいけないのは現場の労働者であり、それを監理する企業である。したがって、後発性の利益を可能性のレベルから現実化させるという最も重要な過程を満足させるためには、諸制度ではなく労働者や企業の技術受容能力に注目しなくてはいけない。(註:渡辺利夫も同様の主張を行っている。『アジア中進国の挑戦』(1979年・日本経済新聞社)の中で、「後発性利益を内部化する能力ないし工業化の社会的能力」の構成要件を以下のように分類している。すなわち@強い政府と政策転換能力、A企業経営能力、B熟練労働である。同じく末廣昭も「工業化の社会的能力」を@テクノクラートと政府・官僚組織、A経営者の企業家精神と企業組織、B労働者・技術者の熟練労働と生産管理組織の3つのレベルに要約されると説明している。本論は政府機能(=政治経済学)や労働者の能力開発(=教育政策)には触れないので、さしあたってはAの要件に関して議論が進められていると理解されたい。)

もう一つ示しておかなければいけないのは、

技術格差が存在するときは既存の完成された技術を海外から導入することによって急速な進歩が可能だ、というあまりに単純化されたロジックのもつ問題である。このロジックに従えば、ある経済が後進的であればあるほど急速な発展が可能だということになるが、後進的な国の中で高度成長を遂げた、ないし遂げつつある国はむしろきわめて例外的であり、日本ほど導入技術を高率的に活用し急速な経済成長を遂げた国は他にない。このプロセスは単なる後進性だけではとうてい説明しきれないものである。そして同時に、日本が後進性を克服した後に、先進工業国として技術革新を進めていったという部分に関しての説明ができない。もし後発性の利益によってキャッチアップまでの説明は可能であったとしても、それ以降の先進諸国に対する独自の競争力を得る、ないし得たという事実に対しては説明ができないのである。

・Lall,S

ラルは、先進工業国の技術を引き受けるだけの技術使用能力(Technology Ability)と区別して、技術を吸収し変形させ革新する能力を技術革新能力(Technology Capability)と定義し、これが産業化に欠かせない要件であると主張している(Sanjaya Lall, Industrial Policy: a Theoretical and Empirical Exposition, International Development Center, Queen Elizabeth House Oxford University, Development Studies Working PaperN,70, April1994)。

このなかで、その技術革新能力を向上するには「安定したマクロ経済の下で競争に直面させ、技術革新能力向上へのインセンティブを与えることが最も合理的な戦略で」あるとも主張している。この議論は本論が前章までに展開した議論にかなり近いものであるが、異なっている点がひとつある。それは技術革新能力の向上によって競争自体もグレードアップすることを見逃している点である。技術革新能力の向上と産業市場競争のグレードアップは相互刺激によって依存しあう関係であるというのが本論の認識であるが、ラルは技術革新能力を第一と考え、その刺激要因として競争を認識しているために、何が競争をグレードアップさせるのかについては企業行動の点から説明できていないのである。ポーターの主張を汲みいれて企業のイノベーション能力の向上も競争をグレードアップさせると考えるのなら、競争によって他律的に企業の技術革新能力が決定されるのではなく、自律的にも企業が競争状態へ働きかけることが可能であることを認識しなくてはいけない。企業は新規技術の確実性の高低に関わらず、進出/非進出の選択権をもっているのであり、そしてその主体的選択が複数均衡モデルの下でさまようという状態にコーディネーション問題が生じているのである。もし競争状態が他律的に企業の選択を決定し、技術革新能力の向上を強いるのであれば、そこにコーディネーション問題は存在していないことになる。実際、企業は市場競争のレベルをある程度はコントロールできる力をもち、ゆえに何か別の主体が競争を維持向上しようとしても企業がそれを望まなければ低位水準に落ちることもあり得るのである。従って、競争状態を企業以外の主体が高位に維持する努力も必要であるが、同時に企業のインセンティブそのものを競争以外の手段によって維持する努力も必要になるのである。それが新規技術の可能性にほかならないのである。

4.3 コーディネーション問題とインセンティブ向上、競争維持

これまで見てきたように、新規技術に対する確実性が高いほど、企業戦略は積極的になるのだが、それにはいくつかの具体的な方法がある。以下、個々に見ていくことにする。

・情報の生成

先発工業国からの技術移転を想定する場合、技術の需要と供給の両側面について目を向ける必要がある。供給者はつまり先発工業国であり、そこからの技術は買い手である途上国へと移転される。このとき、技術を受け入れる途上国側には、吸収し、運用し、改良するだけの能力が備わっていることが前提条件となる。移転される技術は情報のみならず実行を伴うものもあるが、情報の面に限っていえば、それら先発技術を理解しうる機関が必要になる。一般に技術を習得して実行するのは企業であり、企業がもつ研究開発機関にその情報吸収及び消化が期待される。そしてこの研究開発機関にはそれ自体として情報をある程度生産する能力が必要になる。外部からの情報を消化する過程というのは独自に生成した情報を付加することに他ならないからである。そして産業全体をみたときに、その情報生成能力が高ければ、それだけ情報面における技術革新能力は高いと評価することができる。

一方で研究開発は私企業よりも政府などの公的機関が担うべきだと主張する議論もある。ローレンスは「研究開発からの利益が研究開発そのものに従事する企業により獲得d系ない限り、社会的収益が私的収益を上回り、このため政府がこのような活動に資金供与し、組織し、指示すべき環境が生まれる。仮にそのような産業が中小企業のみにより構成される場合にはさらに複雑になる。この場合、仮に原則的には利益を得ることができても、現実にはやがて手にすることのできる利益を得るために巨額の資本が必要で、懐妊期間が長く、結果も不確実であるような投資資金を賄うだけの充分な資金をもち、リスクを負担することができるような企業はひとつも存在しない。このため政府が研究開発への介入及びパイオニア産業への支援を行うことが一見して明らかな正当性を有している」(1996:88)と述べている。従って、「投資をしてもそのすべての利益を受け取ることができないという可能性に直面した個別の企業は社会的に最適な水準よりも低い水準の研究開発投資を選好する」(Kim,H.K. and Jun Ma, 1996:143)という低位の均衡状態に導かれてしまう結果にもなる。これは個別に最適化された戦略選択が全体としては最適化されていないというコーディネーションの問題でもある。ただし、企業規模の初期分布などの条件によっては政府の適切な役割が左右されることもある。ローレンスは「香港や台湾のように経済が多数の小規模企業から構成されていれば、政府はR&Dの促進により積極的な役割を果たす必要がある。単純にR&D投資減税を実施するだけでは小規模企業は資本を持たなかったり、またほとんど効果をもちえない。しかし韓国などのように大きな資本をもつ少数の大企業が支配的である経済においては、R&D投資減税は非常に有効であるかもしれない」(1996:62)と述べている。(註:1998/99年度世界開発報告は次のように述べている。”Developing countries, in addition to taking advantage of the large global stock of knowledge, should develop the capability to create knowledge at home. A balanced strategy for narrowing gaps must include he capability to create locally the knowledge that cannot obtained from abroad. Governments can encourage research either directly through public R&D or indirectly through incentives for private R&D. Direct government R&D includes that financed at universities, government research institutions, science parks, and research-oriented graduate schools. Indirect support for R&D includes preferential finance, tax concessions, matching grants, and the promotion of national R&D projects.” :146)

ひとつの技術をとりあげてそのライフサイクルを見たとき、技術の種類や産業の性格に応じて描かれる曲線はさまざまである。しかし重化学工業に限ってみた場合、一般にその初期段階は概ね流動性が高く信頼性が低い。従って普及度も低いのである。ロジャースの「技術革新の普及」(”Diffusion of Innovation”1963)では技術伝播の初期段階では先発企業の隠匿や情報不足による不確実性によって導入者の数はかなり限られたものとなると理解されている。しかしひとたび、ある一定以上の情報がそろった段階で企業は導入/非導入の選択を決定する。ここで、もし他国や他企業に先駆けて必要な情報がそろった場合、導入・非導入に関わらずそれは明らかにアドバンテージである。従って情報フローは充実化され、スピーディに必要な情報が伝播されるべきなのだが、それは先進国はともかくとして途上国においては自生的には期待できないものでもある。途上国は遅い情報フローゆえますます後進性を高めてしまうという結果にもなり兼ねない。

また別の理由をもって情報ネットワークの充実化の必要性を説明できる。現実の市場はそもそも不完全な情報の下にあるのでその不完全性を多少なりとも改善する必要があるのだ。まさに新古典派がいうワルラス的資源分配により近づくためには情報フローが充実化される必要がある。この点についてポーターは”Information technology not only affects how individual activities are performed but, through new information flows, it is also greatly enhancing a company’s ability to exploit linkages between activities, and companies can now coordinate their actions more closely with those of their buyers and suppliers”(“How information gives you competitive advantage?” Harvard Business Review, 1985, No.4, pp.152)と述べている。もし完全情報下の均衡を目指して改善される過程が技術革新であるとするならば、情報フローの充実化がより高次の新結合を促す点において新古典派の理想に合致するのである。

一定以上の情報生成能力を持ち、一定以上の情報ネットワークを持っていたとしても、コーディネーション問題が発生することがある。たとえば、規格と呼ばれるものについてである。ネジやビスのサイズ、あるいは通常使用される電圧の高さなどは、実はどのサイズでも問題ないのである。日本は通常電圧は100ボルトであるが、ヨーロッパでは主に220ボルトである。この違いは歴史的な偶然が引き起こしたものであり、日本で100ボルトでなくてはいけない必然的な理由、ヨーロッパで220ボルトでなければならない合理的な理由というのはほとんど見当たらないのである。従って、決め手になる業界標準決定の理由がないために、採用者にはいくつかの自由な選択肢が与えられることになる。しかし、電圧やネジといった互換性が重視されるものについては当然他者の選択に成否が依存してしまう。ここに複数均衡のワナが存在するのである。通常であれば民間の調整機関によって自ずと業界標準が決定されることになるが、それらが未熟である途上国においては政府以外にそれを示せる機関がないのである。ローレンスは「標準と規約を定めることは極めて重要であり、社会的に生産的な政府の行動である」と評価している。これら標準がない限り、企業家は安心してその未熟な市場に乗り出すことができないのである。この業界標準の決定というのは市場が確実性を増し、成長していると示すシグナルでもある。(註:1998/99年度の世界開発報告においても同様の記述が見られる”In most countries with weak institutions and poorly developed markets, only the government has the authority and the credibility to define and enforce standards, so that quality can be recognized and rewarded in the market.” World Development Report “Knowledge for Development”, pp.150)ポーターもまた、「政府の政策は技術規格を制定するという役割を通じて産業のイノベーションやグレードアップの速度に影響を与え」ると述べている(1992:356)(註:

「政府の政策は技術規格を制定するという役割を演じて産業のイノベーションやグレードアップの速度に影響を与えている。多くの分野(たとえばテレビ受像機、ファクシミリ、データ伝送など)で、規格は装置やサービスの互換性を得るために必要である。規格制定の進展がだらだら長引き、基本的な技術パラメータすら未決定のままであれば、イノベーションの展開は鈍ってしまう。反対に基本的な規格が制定されていれば、企業はその規格に合うように、製品と工程を急いで開発し、改善するように専念する。政府の政策が技術の全般的な高いレベルを具体化した技術規格を早期に採用するよう支援するものであれば、競争優位のグレードアップを助長することになる。」

・技術管理

以上では技術を受ける後発国側のみに焦点をあてて問題点をあげてみたが、技術移転とは受け手のみの理論で説明できるものではない。後発国が先発国から最も迅速に技術を移転するには多国籍企業による海外直接投資という方法があげられる。東アジア経済においても多国籍企業の積極的な投資に注目が集められた。そもそも海外直接投資は技術やお金のみならず、それらを管理する知識やマーケティング技法、もしくは販売ルートすらも受入国に伝播するのである。(註:Fayerweather,Jの著述の中に、多国籍企業の経営資源移転についての記述がある。”resources may also transmitted in various forms. The transmission can be in segregated form, for example, capital moving through the purchase of securities of foreign companies with no accompanying management participation (i.e., portfolio investment), but most of the transmission process involves combination of resources. Exports of goods typically represent varying portions of natural resources, capital ( in the form of depreciation of the machinery used to make them), labor force, and skills. A capital investment resulting in establishment of a factory abroad is usually accompanied by commitments of technological, managerial, and entrepreneurial skills carried in part by management personnel (a form of labor resources). The conceptual framework must, therefore, take account of a great variety of mixes in the resources transmission process of international business.” in “International Business Management” (1969:15-16), New York, McGrew-Hill)

しかしこの内容物は多国籍企業の戦略は反映しているが、受け入れ側のニーズを反映しているものとは限らないのである。受け入れ国が自由に門戸を開いているだけではその国のレベルや需要に則した技術は降ってこないのである。(註:”though investors can provide access to the most modern technologies, they transfer only those technologies that the host country, with its skills, capabilities, supplier base and infrastructure, can absorb. Technological transformation cannot be a passive process based on open doors to foreign investors.” Sanjaya Lall, "Understanding Technology Development", Development and Change (Sage, London, Newbury Park and New Delhi), Vol.24 (1993), 719-753, Pp741)

他にも移転される技術を管理する理由がある。一つには、技術の性質と企業のヴィジョンがもたらすコーディネーションの問題がある。さまざまな性格を持つ技術が存在し、企業は「将来性はあるが懐妊期間の長い技術」と「将来性はないが即利益になる技術」という選択肢を抱える場合がある。このとき、企業が置かれた環境が長期的ヴィジョンを重視することを許せば前者を取るが、もし短期的な利益を追求する環境であれば、後者を選択するだろう。しかし長い産業化の過程からすれば将来性のある技術を選択するほうが有利であり、ここにコーディネーションの問題が発生する可能性があるのだ。

また、国際的な技術市場の特性からも途上国側は常に不利であり、企業の自由な売買はむしろ途上国企業を不利にし、技術輸入管理の必要性を高める。技術市場は一部の先進工業国ないし一部の巨大な国際的企業に集中し、ほぼ独占状態である。Kim,K.H.とJun Maは「国際競争において国内の供給独占もしくは需要独占は競争相手国の需要状況に戦略的に反応できる。これとは対照的に、同じ部門に多くの国内生産者や購買者がいると、彼らの中で競争がおき、外国との間での交渉力が弱められる。これは民間部門でのコーディネーションの失敗の典型的な姿(囚人のジレンマ)である。つまり、各企業はそれ自身の利益を最大にするような戦略をとるが、これらの行動の均衡の帰結は実はすべての参加者にとって不利益となる。これは政府に外国技術の買い手の数を意図的に制限すること、すなわち民間部門の技術輸入を“コーディネートする”ために凝縮された権力を用いることを正当化するものである」と主張している。(註:同様の議論をLall,S(1993)も展開している。” the ones of greatest practical significance seem to be the control of technology imports and direct foreign investment, and "mission oriented" R&D strategies. he control of technology imports has been common among developing countries. The international technology market is one of the most imperfects of markets. There are large elements of monopoly or oligopoly. Information on sources and "products" is often fragmented and costly to collect. It is difficult for the buyer to evaluate the real value of the "product" or the going market price. The product itself has some public goods properties, since it is relatively expensive to create but cheap to disseminate, and the initial stock does not diminish with the sale. All these imperfections have led governments in many developing countries to impose all sorts of controls on technology transfer, to lower the cost and improve their enterprise' bargaining positions.” Sanjaya Lall, "Understanding Technology Development", Development and Change (Sage, London, Newbury Park and New Delhi), Vol.24 (1993), 719-753, Pp741)

そして技術管理のもう一つ重要な点は、ブラックボックスとなった技術をそのままの形で流用することはコストがかからない反面で、産業市場のグレードアップにはアンパックされた技術ほど貢献しないということである。Kim,H.K. and Jun Maは「理論的には民間部門はパッケージ化された技術輸入の社会的費用(すなわちパッケージ化されていない技術による社会的便益)を過小評価している可能性があると主張できよう。その理由は、民間部門は政府の介入を必要とする積極的な波及効果を計算に入れないからである。たとえば輸入技術による初めての事業の設計と建設に参加したことにより国内技術者が得る経験は、その事業の運営には特に有益ではないかもしれないが、同様の技術を用いる次の事業の設計と建設にはきわめて有益である。もし二つの事業の所有者が異なり、エンジニアが一番目から二番目の事業に移れるのであれば、国内技術者が最初の事業に参加したことは、二番目の事業にプラスの波及効果をもつ。このことは、パッケージ化された技術の輸入が多すぎるという形で最適水準を下回る国内エンジニアの参加につながる。最適水準の国内技術者参加を確実にするには、政府はパッケージ化されていない技術の輸入にインセンティブを与えるか、パッケージ化された技術の輸入を規制するかしなければならない。これは民間部門が社会的に最適の水準の参加を達成するためのコーディネーションを自らできない分野における、政府によるコーディネーションの例としてみることができる」と述べている。確かに、パッケージ化された技術は円滑な運用を約束し、即時に技術利用を可能にするが、その費用はわかりにくいものである。外国人のエンジニアにより管理運営された技術からは国内企業に効果的に技術のなかみが波及せず、従って国内産業市場で当該外国企業が強力な地位を確保すると一方で、革新的な技術が伝播されないことによって競争はグレードアップされないのである。

以上のような理由から、先発工業国から移転される技術は多国籍企業を通じるものであっても、技術の単独輸入であっても個々の企業レベルではなく、政府もしくはそれに準じた機関によって管理されることがコーディネーションの問題を解決するのに効果的なのである。

4.4 日本と韓国における政策

・情報の生成とネットワーク

日本の審議会について、小宮(1984:19)は次のように定義している。「戦後の日本では各省庁がその政策上の重要事項について意思決定を行う際に、主として民間人(官僚OB含む)からなる審議会あるいは調査会に意見を諮問し、その答申に基づいて政策を決定するという「審議会方式」が次第に定着した。通産省の場合、1970年当時27の審議会・調査会があり、個々の問題について通産大臣の諮問に応じていた。そのうち15は産業政策上の問題を検討するためのものであった。産業構造審議会は産業政策一般に関するものであり、それ以外に機会工業、石油鉱業、石炭鉱業、電子情報処理振興、航空機工業、総合エネルギーなど、それぞれの分野での政策に関する審議会または調査会があった」この審議会を通じて民間部門の情報と政府機関の情報が交換され、情報の欠如がもたらす政策の失敗が回避されたことは1993年度の世界開発報告でも認識されている。そのほか、例えば日本鉄鋼連盟、日本自動車工業会、日本造船工業会その他、何十、何百とある類似の、そしてしばしば細分化された業界団体は政府に対置するものとして業界内企業を貫く情報ネットワークを形成し、独自で標準を決定するケースも見られた。この業界団体は政府政策への働きかけを行う過程で業界のコンセンサスを統一する必要性があり、それは同時に強制力をもって複数均衡を高位に維持する結果にも貢献したのである。

また日本政府はこの業界団体を通じて、研究開発を推進した。例えば1972年から創設された電子計算機等開発促進費補助金制度である。「この制度には4種類の補助金が設けられており、その一つに『電子計算機新機種開発促進費補助金』があった。これは、IBM370シリーズに対抗する新シリーズの開発費を補助するというもので、これを機に71年10月から11月にかけて国産メーカーは3グループ(富士通+日立、日本電気+東芝、三菱+沖)に際編成され、72〜76年度の期間に約570億円の補助金の下で新機種の開発が進められた。その結果各グループとも自由化スケジュールに合わせて新シリーズの開発に成功し」たのである(「日本の産業政策・第12章・新庄浩二」1984:310)。

また韓国においては、その財閥ネットワークが情報ネットワーク及び情報生成機関として重要な役割を果たした。松永(1996:224)は韓国製造業における財閥の効果を次のようにまとめている。「製造業における“財閥”の地位は早くからかなり高く、付加価値の対GDP比率は73年の時点で31.8%であった。重化学工業化の進展によりこの比率は78年には43%にも達している。まず、財閥な信用付与によって資金調達を可能にした。韓国の企業は間接金融によって資金を調達しており、自己資本比率は2割前後で経営基盤は極めて脆弱といえる。企業単独では資金調達に必要な信用は不充分であり、“財閥”の傘下企業であるからこそ韓国は急速な工業化を実現できたのであり、特に重化学工業化を促進する上でこの機能は重要であった。

第2に、多角化によるリスク・テイキングは果敢な事業多角化を可能にし、新産業を発展させた。財閥本体の大きさが技術の財閥内移転を可能にするとともに、リスクを軽減させたのである。

第3に、企業グループ内で取り引きを内部化することによって取り引きコストの節約を図ることができた。ここでの取り引きコストとは取り引きに関わる税金などに加えて、適正な価格を見出すための費用、契約を結ぶための費用、リスクをヘッジするための費用などを含む。

最後に、前方連関効果、後方連関効果やその他の外部効果を内部化し、利益の獲得を実現した」このように韓国では日本の業界団体のかわりに財閥が情報の生成及び情報のネットワークの役割を果たしたと理解することができる。

・技術のパッケージを解くこと

Kim,H.K. and Jun Maは技術パッケージを解くことを産業政策の成功条件のひとつとして挙げ、日本と韓国を成功例として取り上げている。「多国籍企業の100%子会社やターンキー事業を輸入することは、生産能力を築き上げるにはおそらく最も素早い方法であったろうが、東アジアの経済、特に日本と韓国はその輸入された技術が“ブラックボックス”として扱われるため、この種の技術移転の方法は自国の技術能力の発展を助けるものではないことをはっきりと知っていた。輸入されたパッケージを解く(Unpacking)ことのみによって、国内のエンジニアはその内容を把握し、やがてはそれを複製もしくは改良することができる。日本と韓国の政府は“パッケージを解く”ことを意図的に奨励した。第一に、日本と韓国は、工業部門の独立を維持する目的のため、その開発の初期段階では外国からの直接投資を制限した。第二にプラント全体を輸入するかわりに日本の技術輸入は特許権、詳細設計図、運転指示書、マニュアル、日本の購入者と外国の販売者との間での人材交流という形での個別項目に集中していた。第三に、韓国政府は国内のエンジニアがプラントの基本設計や詳細設計にアクセスできるよう意図的に努力をし、同じ技術やサービスを繰り返し輸入する必要性を減らすことに成功した」(1996:190)また、日本においても通産省が輸入技術の一括窓口となることで先発工業国との交渉を有利に展開し、移転コストを低く抑えたという見方が可能である。