120.ハンドレー・ページHP42旅客機(イギリス)

HANDLEY PAGE HP42 PASSENGER TRANSPORT[U.K.]

初飛行:1930年11月
全幅:39.60m、 全長:27.30m 、総重量:13,380kg 、最大速度:204km/h
発動機:ブリストル・ジュピター 500馬力×4 、乗客:24〜38名

 DoXの全幅48m、全長40m、乗客150名に比べれば、ひと回りもふた回りも小さいけれどHp42は第2次大戦前の巨人旅客機で成功した数少ない例のひとつであり、英国インペリアル航空のトレードマーク的航空機であった。

 1939年9月までの長い使用期間中一度も事故を起こさず、当時の代表的な安全旅客機と言われた。それは何よりも先ず旅客の快適性と安全性を重んずる輸送の一貫した哲学がしっかりしていた。例えばこの航空機には見ての通り、上翼に2基、下翼に2基のエンジンを搭載しているが、下のエンジンが作動しないうちに、上のエンジンが作動することのないような特別な仕掛けがしてあった。これは特に離陸途中でエンジントラブルがあった場合にも急激な機首上げを起こさないためであった。

 機体は全金属構造でそのほとんどに波型のジュラルミンが張られていた。、また機内への騒音を配慮しエンジン音が最も大きい場所は貨物室とトイレ室になっていた。 内装はしっかりした上品なもので防音に配慮、冷房を付け、旅客機として初めてビュッフェやトイレを装備し質の高い食事を出すなど、デラックスな快適さが売り物だった。 そのため、インペリアル航空の「サービスは最高」と言われた。

ショート・カルカッタと同様、インベリアル航空の海外線に就航し、欧州域内用は客席が38-40席のW型、インド線(カイロ〜カラチ)・南アフリカ線(カイロ〜ケープタウン)用は24席の仕様のE型があった。 このE型の原型は「ハンニバル」と呼ばれ(イラストがその原型)、1930年の初飛行後の翌年にロンドン・パリ間に就航し、以降順々に路線を広げていった。

 H.P24は合計8機製作され2つのタイプがあり、E型にはハンニバル、ホルサ、ハンノハドリアンと名づけられ、W型はヘラクレス、ホラテウス、ヘンジスト、ヘレナと名づけられ、活躍した。 なお、最後に退役したヘレナは1941年に分解され、胴体は暫くイギリス海軍の飛行中隊の作戦室に使っていたそうだ。

 泣きどころはスマートな機体に似合わず160kmと低速な巡行速度。向かい風のフライトでは、数時間の到着遅れは当たり前だったに違いない。

 「カルカッタの上空を飛ぶ姿を想像して描いています。風格ある機体がいいですね」と小池さん。インドや中近東の灼熱の空を飛ぶ時、どんなに太陽を反射して輝いたことだろう。

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