昭和14年(1939年)、ヨーロッパで第2次大戦が勃発した当時の、イギリス空軍の重爆撃機の一つ。この時期、イギリス空軍は、爆撃機の設計に際して、後方から追尾してくる敵戦闘機への反撃力を非常に重視していた。このため同時期に開発された重爆ビッツカースウェリントンやアームストロング・ホイットワースホイットレーは、胴体後端に7.7mm機銃4丁という大きな動力駆動銃座を備えていた。
この方式は、射界は広く、火力も強力だが、ずん胴スタイルになり、いかにも空気抵抗が大きく、目方も重い。そこで胴体後端の動力駆動銃座を用いずに、後方防御を行えるようにすれば高性能、高効率の爆撃機が得られる、というのがハンプデンの設計思想だった。
このため、この画では隠れているが、大きくくびれさせた後部胴体の下半部に後下方銃座を配置し、また垂直尾翼を左右に振り分け、上と下の銃座で後方からの敵戦闘機に反撃することにした。また胴体の幅を単座戦闘機並みの90cmと細くして空気抵抗の減少を図り、主翼には前縁スラットを利用して構造効率の良いテーパー比の大きい平面形を採用した。
完成したハンプデンは他の双発重爆に匹敵する行動半径と爆弾搭載能力、そしてブリストル・プレニム双発軽爆撃機に近い高速を発揮した。しかし実戦に投入されると、その速度と防御火力・射界は蝟集(いしゅう)する敵戦闘機の攻撃を免れるには不十分だった。狭い胴体巾も不評だった。このため早期に夜間爆撃にのみ使われるようになった。形態からは日本陸軍の九九式双発軽爆撃機を連想させるが、機体の規模や性能は九七式重爆撃機に相当する。 (2002年カレンダー掲載) |