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2:人はなぜ誤った判断をするのですか

どうして物語なのでしょうか。

物語には真実も錯覚も思い違いも含まれています。そこに魔術が芽生えます。このことから考えていきましょう。

虹の色は民族によって七色に見えたり五色に見えたりするそうです。本当は虹は無数の色のグラデーションのはずです。しかし、生まれ育った環境によって同じ虹でも異なって見えてしまうのだそうです。

私たちの頭のなかでは何がおきているのでしょうか。人は何を見て、どう判断しているのでしょう。何が正しくて、何が誤りなのでしょう。映画「十二人の怒れる男」を例に考えてみます。

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映画「十二人の怒れる男」

ヘンリー・フォンダ主演の有名な映画があります。アメリカの陪審制を扱った映画です。たまたま選ばれた12人の男たちが父親殺しの事件の担当になり、互いに激論を戦わせます。12人全員の意見が一致しないと結論を出せないという前提がこの映画のポイントです。

少年の生い立ちや二人の目撃者など被告の少年にとって不利な証拠がそろっています。明らかに有罪と思われたこの裁判について、結論を保留にして話し合おうという陪審員が一人いました。

殺人の瞬間を目撃した向かい側のアパートの女性と事件の前後の音を聞き少年が逃げていくところを目撃したという階下の老人の証言は一見疑いようのないものでしたから、陪審員たちの話し合いは困難なものになっていきました。

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気づかれなかった事実が見えてくる

ドラマが進行するにしたがい、事件のあったアパートの窓の外を高架鉄道の電車が騒音をたてながら通過中であったこと、老人の足には障害があったことなどが問題となり、裁判の内容に疑問を感じる陪審員が増えてきます。

そして最後には事件を目撃したとされる女性の鼻の脇に眼鏡による痕があったことに気づく人がでます。このようにして、少年を有罪とする証拠のほとんどに疑わしい点がみつかり、「疑わしきは被告人の有利に」という裁判の原則にもとづき陪審員たちの結論は無罪となりました。

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証人はなぜ「いいかげん」な証言をしたのか

しかし、この感動的な結論に疑問が残ります。どうして向かいのアパートの女性や階下の老人は「いいかげん」な証言をしたと考えられるのでしょうか。

映画のなかでは、日ごろは社会の注目を集めることのない老人やスラムの女性が事件をきっかけに社会的な関心を集め、社会の期待に応えたいという無意識の心理に影響されたと想像されていました。そんなに簡単に人は思い違いをするのでしょうか。疑問が残ります。

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錯覚や思いこみは人の本質

心理学の入門書などにこんな実験がよく紹介されています。同じ長さの線なのに両端の矢の向きを反対に描くだけで異なった長さに見えたりする実験や、見方によって若い女性の姿になったり老婆になったりするだまし絵などです。

説明によると、眼に入ってきた光の信号のほんの一部しか情報として脳には伝えられません。他の部分は過去の体験にもとづき脳で想像して再構成しているため、あたかも全体がよく見ているように見えるだけなのだそうです。

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体験や文化は人の五感を支配する

小窓しかない宇宙船が計器に頼って操縦されているように、わたしたちは脳から補充される情報によって毎日行動しています。この情報はわたしたちの過去の経験や育った文化から蓄積されたものです。つまり、私たちは脳のデータベースで感覚を補いながら外界を再構成して生活しているのです。

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再構成のシナリオこそ物語

私たちは五感をとおして体のなかに入ってくる刺激を加工し、意味をもったひとつの「像」つくりあげて生活しています。この像を意味として再構成したものが物語です。ですから私たちが見ていると信じている世界は私たちが考えるほど堅固なものではありません。

精神の状態によっては聞こえないものが聞こえたり、見えないものが見えたりすることはよく知られています。また、物語をつくる人の立場や願望や癖のようなものも物語には色濃く反映されます。人のこのようなメカニズムにつけこむように物語の中に言葉の魔術が入りこんできます。

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人には不可欠な物語

私たちは外界の刺激から「像」として物語をつくります。そのソフトの基本部分を母親との関係のなかで構築し、育った社会のなかでさらに複雑なソフトに発展させています。

このソフトは生育期の家族環境や時代によって異なったものとなり、人びとのパーソナリテイーを形成します。物語とは私たちが物事を理解する基本形式なのです。物語は人にとって欠かせないものです。

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