V:「生きづらさ」について
世界との付き合い方
home 世界との付き合い方

5.「国益」という物語 (目的と手段と結果)

このように見てくると、物語が国家という大きな仕組みをつかって、社会全体を包み込み、人びとを駆り立ててしまう力をもっていることがはっきりしてきます。このことの意味をもう少し考えてみます。

交換の手段だったはずのお金(貨幣)が、やがてもっとも価値ある存在となって、人びとの活動の目的になってしまう過程をみてきました。このように、手段であったものが目的そのものに転化してしまうことは、しばしばおきる現象です。

目的と手段とその結果はどのような関係にあるのか、今度は政治を例に考えてみます。

 

選挙公約が実現しない理由

どんなに崇高で、遠大で、素晴らしいと思われたことでも、実際にそれが実現する過程は、具体的で卑近なことのくり返しです。

理想を掲げて選挙に大勝した知事でも、公約を実現するためには、利害関係者の話を聞き、これまでの経緯を調べ、役人に条例をつくらせ、議会に予算を通してもらうよう働きかけなければなりません。ひとつひとつは、文書を読み、人と話すことのくり返しです。

しかも、どれだけ選挙民の支持があっても、役人と議員の協力がなければ何もできません。さらに人と物を動かすためにはお金が必要です。そのために予算を付け替えたり、増税したりするには、利害関係者や選挙民を説得しなければなりません。場合によっては、支持してくれた選挙民から反対されることもあります。

選挙のときの公約を実現することが難しいのは、こうした事情があるからです。そのため、「事なき」に傾きがちな日本社会では、議会となれ合い、役人の「操り人形」になってしまう政治家があとを絶ちません。

ページのトップ

目的と手段と結果の食い違い

目的を実現するためには、手段が必要です。そのための条件が十分に備わっていることは希です。普通は、山のような問題にひとつひとつ取り組み、妥協に次ぐ妥協の連続です。その結果は、おのずと知るべしです。

国際選手権での優勝を目指して、厳しい練習を積んでいたら、体を壊してしまった。そんなアスリートの話は珍しくありません。目標を達成させられることの方が希です。ですから、結果がわかりやすく、形になって現れることに多くの人が感動します。

スポーツの勝敗、建物や施設の完成、法律の策定、条約の締結。結果が目に見えることは、人びとの支持を得やすいので、政治家はそれに飛びつきます。私たちも、ついつい流されてしまいます。

しかし、よく考えると、結果が分かりやすく目に見えると言うことは、それは何かの手段でしかない、ということです。場合によっては、それらが、本来の目的から離れてしまっていることがことがあるかもしれません。

こうした、目的と手段と結果のくい違いについて、戦争と平和を例に考えてみます。

ページのトップ

戦争と平和の問題は難しい

「戦争と平和の問題」をめぐっては、一度議論が始まると、意見が対立してどうしようもなくなることがしばしばあります。たとえばこんな具合です。

「国家には国民の生命や財産を守る義務がある。外国の侵略から国民を守れないような国家が国家と言える

だろうか」といった議論に対して、「国民を守ると言いながら、実際の戦争では国民より軍隊が優先され、結局戦争の犠牲になるのは一般の国民ではないか」という反論があります。太平洋戦争での悲惨な現実もそれを裏づけています。

「戦争がないにこしたことはないが、侵略してくるような相手にスキを見せたら、かえって相手の攻撃を誘発してしてしまう。強い軍事力を備えていてこそ、戦争を避けることができるのだ」。こんな意見もよく聞きます。・ 「軍拡競争ははてしなく続くが、軍備増強には限界がある。だから、他の国と同盟を結んでお互いに護り合おうということになり、かえって、同盟相手国の戦争に巻き込まれることになってしまう」という考え方もあります。

この対立をどのように考えたらいいのでしょう。

ページのトップ

戦争の原因と終わり方

「軍拡派」と「反戦派」の考え方の違いは、力点の置き方の違いから生じています。

「軍拡派」は相手国が限りなくどん欲で邪悪である場合を想定し、「反戦派」は戦争の勝敗によらず出てしまう犠牲の大きさに目を向けています。

議論はイメージによらず、事実をふまえて冷静になされなければなりません。問題の評価が過剰であっても、過小であっても、判断を誤ります。

原因となる利害の対立が当事国の間にあってこそ戦争は始まり、そして戦争を終結させるためには納得できる条件が必要です。戦争にも原因と終わり方があるわけです。そうすると、問われなければならないのは、対立の原因となっている利害の内容であり、その解決のために払われる犠牲の大きさです。

この二点をしっかりと踏まえれば、武力衝突がおきてしまう前に、問題を解決する方法を追求する必要性が見えてきます。犠牲が出てしまった後で、「二度とこのようなことがくり返されることのないように」と決まって語られるのを私たちは何度も聞いてきました。

ページのトップ

問題解決は具体的に

漠然とした侵略への不安と仮想敵国についての妄想。「国益を損なう」という曖昧模糊とした言葉。このような心理状態から戦争への道を選んでしまっては、後悔しきれない結果になってしまいます。具体的に考えてみます。

小さな無人島の領有をめぐって隣国どうし対立していたとします。ねらいは、その海域の海底に眠る資源です。

問題解決のポイントは、その島がどちらの国に帰属しても、互いの利害にできるだけ結びつかない方法を考えることです。こんなシステムを構築する案はどうでしょう。

  • 1) 海底資源は、両国が共同して設立する財団により共同開発。
  • 2) 資金は、財団が発行する社債による。その引き受けを公開市場で募集する。
  • 3)利益の一部は社債を所有する人に出資額に応じた比率で配分する。
  • 4)利益の残りは、両国が共通にかかえる問題の解決のために利用する。例えば、災害救助・支援、環境保全対策、魚介類などの海洋資源保護、国際交流、学術研究など人道支援や長期的で広域的課題などです。
  • このようにすると、この島の帰属が、「国益」というたいそうな言葉で語るほどの問題でないことが明らかになってきます。他にも、領海・漁業権など問題は多岐に及ぶとは思いますが、一つ一つ具体的に詰めていけば、問題解決の道は見えてくるはずです。

    これは例に過ぎませんが、戦争になった場合の犠牲者と戦費と比較すれば、検討に値する考え方ではないでしょうか。

    ページのトップ

    軍隊という特殊な集団

    問題はもう一つあります。それは軍隊という組織の特殊性です。

    戦争は非日常の出来事です。その運営は、高度の機密で、特別な立場の人びとだけしか関われません。したがって、それがオープンな場で検証されることはありません。

    また、実際に戦争がなくても、軍備は質量ともグレードアップします。古い装備は廃棄され、武器は常に最新のものに交換されます。戦争への緊張が高まれば高まるほど、軍事予算は拡大され、国民の期待は高まります。それを批判することは難しくなります。

    そして、閉ざされた組織がその力を蓄積していけば、それを試してみたいという気持が芽生えても不思議で

    はありません。やがて、戦争はできるだけ避けなければならないという気持より、「今なら勝てる」という妄想に抗しがたくなります。

    この軍隊の背中を押す役割を外交部門が担当します。外交もやはり機密に囲まれた専門家集団によって担われていますから、情報操作は簡単です。「国益を損なう」という声がひときわ大きくなる瞬間です。

    具体的なことは何もしらされない国民が、この大仕掛けの物語の真相を見抜くのは至難の業です。

    ページのトップ

    まとめ

    これまで見てきたように、「国民」とは日々の生活を営む一人一人です。「国益」も実際には具体的な生活に結びついた利害です。その当事者たちの声に耳を傾ければ、「国民を守る」とか「国益を損なう」などという言葉が、いかに空虚な言葉でしかないかははっきりしています。

    当事者たちには具体的で実務的なことであっても、些細なことが、軍隊や外交などの専門家の手によって「国益」に変えられてしまうのです。なぜなら、彼らは「国」を担う仕事をする専門家だからです。「国事」にしたいのです。

    ページのトップへ
    home | 世界との付き合い方 | 戻る | 次へ