約700万年前に誕生した人類はその後、長い進化の道をたどってきました。地球上で生きていくために、人類の身体は自然淘汰によるモデルチェンジを何度も体験してきました。現在の人類は性能としては「スーパー」の域に達しているはずです。
それなのに人類はさまざまな病気にかかるような欠陥を今もなぜひきずっているのでしょう。現在の医師たちはそんな疑問と大まじめに取り組み、ダーウィン医学という分野をつくりあげました。どんな医学でしょう。
ダーウィン医学では病気になる原因より病気になる理由が重視されます。
たとえば、細菌に感染して熱がでた患者がいたとします。普通なら解熱剤で熱を下げようとしますが、ダーウィン医学では多少の発熱は下げません。体に侵入した細菌を殺すために発熱があるのだと考えます。病原体よりそれを防ごうとする体の方が熱に強いことを体が利用しているのです。熱を下げてしまっては病原体の繁殖に手を貸すことになってしまいます。
つまり、病気の症状は人間の体にとっては合理的なしくみだと、ダーウィン医学では考えます。
少し太り気味の人が血液検査をすると中性脂肪の数値が高く出ます。成人病の原因として多くの人が気にしている数値です。
ダーウィン医学では肥満は飢餓に苦しんだ人類の過去の体験が体に刻み込まれているためにおこるのだと考えます。日常的な食糧不足に苦しんできた人類の体には、少しでもカロリーが余れば脂肪に変えて、それを体に蓄えようとする仕組みができあがっているのです。
しかし、食べ物の心配から解放された先進国の現代人にはそれが肥満の原因として悩みのタネになっているわけです。
血中の中性脂肪が多い高脂血症の状態が長く続くと血液に血の塊ができやすくなります。それが脳や心臓の血管に詰まると脳梗塞や心筋梗塞になり、死亡や重い後遺症の原因になります。
この固まりやすい血液の仕組みは、身を守るためや食糧をえるために血を流すことが多かった時代には都合がいいメカニズムでした。しかし、血を流すことなどあまりない現代人にとってはこれも病気の原因になっているです。
病気の症状はかつては人間の体にとって合理的な反応でしたが、環境が変化した現在ではそれが病気の原因になっているとダーウィン医学では考えています。
人間の体はゆっくりとしか変化しませんが、人間をとりまく環境は文化の発展によって速いスピードで変化しました。そのギャップが病気となって現れているのです。
実はこのギャップこそ人類が文化とともに抱えこんだ大きな課題です。
700万年と推定される人類の歴史のなかでそのほとんどの時代を人類はアフリカで生活してきました。この時代に何度も襲った氷河の時代を生きのびるためには赤道の下にひろがるアフリカ大陸が都合がいい面もありました。
猛獣の気配を気にしながら植物の根や動物の死骸にたかって空腹を満たす当時の人類の生活が快適であったとは想像できません。しかし、アフリカから何度か出ていったグループは生きのびて子孫をのこすことには成功しませんでした。
数百万年のアフリカ時代に人類は自分の身体の形や仕組みを変えながら環境に適応していきました。
石器をつくって肉食を始めたころから、脳が大きくなり、臼歯や顎が小さくなりました。火を使うようになるとその傾向はさらに顕著になり、現代人に近い体格や姿勢ができあがりました。
今から10万年前にアフリカから出ていった一群の人びとが、現在アフリカ以外に住む人類の共通の祖先であることが遺伝学の研究でわかっています。
彼らが出アフリカのチャレンジに成功した背景には、石器や骨角器などのそれまでには見られなかった道具からおおよそのことが推測されます。発掘された遺跡によれば、そのころのアフリカの人類は角で楽器をつくったり、塗料で彩色したり、釣りなどの道具もつくっていたことがわかっています。環境に適応できるだけの水準に文化が成長していたのです。
出アフリカを成功させた彼らは、魚介類や海草類を利用しながら、東アフリカからアラビア半島、インドへと海岸づたいに長い時間をかけて移動していきました。
環境の変化に身体の進化ではなく文化の変化によって適応する人類の歴史がここから始まりました。