中・高生のための 現代美術入門 〜 ●▲■の美しさって何? 
本江 邦夫
平凡社(平凡社ライブラリー 487) 2003 208p.
ISBN4-582-76487-8 \1,000(抜)

■目次■

はじめに −− 世界は○△□でできている 9-16
抽象画への出発 17-36
芸術には二つの歴史がある
抽象画は「わかりにくい」か
「みる」ことと「わかる」こと
社会への挑戦
形と色の登場
色と形で描く カンディンスキー 37-68
不思議な体験
なぜ抽象画なのか
こころの世界を描く
垂直線と水平線で描く モンドリアン 69-102
ものに触れて描く
精神の高みをもとめて
線と線でくぎる
モンドリアンの小宇宙
白と黒で描く マレーヴィチ 103-146
ロシアに生まれた前衛たち
時間と空間は死んだ
雪の上に雪を描く
黒い正方形
四次元への跳躍
抽象画の実験 アメリカの画家たち 147-172
抽象画の新しい世界
ひきさかれた絵
黒に黒を重ねる
真実に向かうたび
なぜ○△□を描くのか 173-179
補章 ○△□からの出発 181-204
『絵画はおわった』
黒一色の絵
ミニマル・アート=最小限の芸術
デュシャンの<レディメイド>は美しい
ウォーホルの芸術性
絵画の円環が閉じたあとに
平凡社ライブラリー版 あとがき 205-208

■内容■

本書は現代美術、とりわけ○や△や□が多く登場する幾何学的な抽象画が中心のテーマにすえられています。それに、わかりやすい記述が心がけられています。ですから、理解するのに苦しむ箇所がとても少なく、むしろ考えながら読める図書に仕上がっていました。「中・高生のための」と銘打ってあるわけですが、大人が読んで悪いはずがありません。

私自身の乏しい体験に照らしてみると、たとえばマーク・ロスコという画家の作品を初めて見たときの驚きは、忘れられません。なんと□のシンプルな組合せでできている絵画作品だったのですから。絵画に人物や風景が描かれているのとは違って、何が描かれているかは「わからない」のですが、なぜか惹かれて、その作品の前で足を止めてじっと眺め入ったものでした。

著者は第2章で「みる」ことと「わかる」ことを問題にして、わたしたちが俗説を疑いもなく信じ切っていないか問いかけてきます。抽象画を見て「わからない」と切って捨てる人たちがいますが、この裏には「見ること」=「わかること」という思いこみが前提になっていないか、というのです。たしかにそうかもしれません。でもそれは、実は見て→わかる、ということとは違って、すでにわかっているものを見ているにすぎないのではないか、というわけです。わたしたちの生きている世界は、「名称」(すなわち「わかっているもの」)に頼っていますから、抽象画を見るときは、名称のない世界にポンと投げ込まれるようなものだというのです。たしかにそのとおりだと思います。

それにしても、なぜ○△□が絵画シーンの主役に躍り出たのでしょうか? 19世紀の印象派の絵画は、たしかに人物や風景など具体的な見知ったものが描かれていますが、しかし、色はものと別にあるという19世紀の重大な発見を実践している美術であったことが思いおこされます。これが進むと、色はかたちから開放され、見知ったかたちが日常生活でイメージしずらい色で描かれたり、見知らぬものが鮮やかに彩色されたりする方向が生まれてくるのでしょう。それにくわえて、20世紀にはいるとさまざまな戦争を経験し、多くの残忍さを目の前にしたとき、ただ呑気に目に見える世界を描いていてもいいものか、と作家たちが自問自答するようになったことも挙げられています。本書に取り上げられた、抽象画を推進した3人の画家たち(カンディンスキー、モンドリアン、マレーヴィチ)やその後のアメリカの画家たちは、目に見える名称のあるものを描くこともしましたが、抽象的な作品のなかに精神的なものを描こうとしています。

私自身の本稿の記述じたいが抽象的になってきました(汗)。ジョゼフ・アルバーツに《正方形讃歌》(1952年)という作品があります。ひとつの画面の内側に向かって、いくつもの正方形が描かれている作品ですが、著者は「不思議なことに、みればみるほど、視線は正方形のなかのほうへ、なかのほうへとさそわれていくのです」と述べて、瞑想的な作品と評しています。本書には、いわば倫理的な、あるいは宗教的な感情を○や△や□といったかたちと、それにある程度限られた色彩とによって描いた作品が多く紹介されている印象をもちました。

本書に沿って考えると、抽象画のもつ意味合いが良く整理されて、見るがわの私たちにとって格好の手引き書になってくれそうです。ただ、答えが出せていない部分もあるように思われました。こんなケースについてです。以前、池袋にセゾン美術館があったころ、何かの展覧会で(カンディンスキー関連だったかもしれません)3点の作品が並べて展示されていました。ひとつは具象画です。たしか馬が2、3頭と、もしかしたら馬上に人間が乗っていたかもしれません。その隣に、なんと具象画を少し抽象化した絵画作品(同じ画家によって描かれたもの)が並べられていました。両者を関連づけてみれば、どこがどう関連づけられているかがある程度わかる、そんな作品でした。さらにもう1点、またまた同じ画家によって描かれた、きわめて抽象度の高い作品がその横に並べられていて、実はそれも、もとをたどれば先に挙げた具象画。いくら関連づけしようとおもっても、ちょっと難しかったです。こういったケース(強引かもしれませんが、私小説的抽象画と呼びたいです)について、どう理解したらよいか(きっと、けっこうあるのではないでしょうか)については、説明されていないようです。この点だけ、ちょっと残念。

【2004年7月16日】


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