宝塚戦略 小林一三の生活文化論
津金澤聰廣
講談社(講談社現代新書 1050)  1991  224p
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■目次■
序   阪急沿線への散歩 7
風光明媚な神戸線沿線 ―好感度抜群、阪急電車 ―ぜいたくなひとときを宝塚で ― 小林一三と関西学院 ― 新聞社事業史と宝塚 ― なぜ「宝塚戦略」か      
1   楽園としての宝塚 25
なぜ宝塚にレジャーランドか ― 観光地・箕面の開発から ― 失敗に終わった動物園経営 ― 宝塚新温泉と遊園地 ― 博覧会イベントの開催 ― 女性客を主眼に ― 二重、三重の誘客装置 ― 宝塚少女歌劇の誕生 ― 大毎とのタイアップ ― 宝塚歌劇が誘客策の柱に ― 三つの成功要因 ― 学校設立による人材戦略 ― あくまでも少女歌劇 ― 劇場経営の合理化 ― 関係者を欧米に派遣 ― 宝塚レビューによる東京進出 ― 東京でも「大衆本位」を徹底
2  情報・文化空間の創出 65
本邦初、ターミナル・デパートの登場 ― どこよりも良い品を、どこよりも安く ― 情報・文化空間としての位置づけ ― 住宅地経営に着手 ― 煙の都から田園都市へ ― 阪急ニュータウン第一号、池田室町 ― 自足的コミュニティをめざして ― 購買組合・倶楽部は定着せず ― 次々に沿線開発を実施 ― 沿線への学校誘致 ― 郊外への誘い ― メディアとの協力関係
3  実業家、小林一三 107
宝塚戦略のプロデューサー ― 豪商の長男として生まれる ― 慶應義塾大学へ ― 三井銀行時代 ― 大先輩・秋山儀四郎の存在 ― 岩下清周との出会い ― 苦難を極めた箕面電車の創設 ― 岩下清周の失脚 ― 財界人として名を馳せる ― 安部磯雄に私淑 ― 徹底した合理主義と大衆本位の経営姿勢 ― 健康な資本主義精神 ― メセナ的発想 ― 芸術文化活動への積極的支援
4  清く正しく美しく 141
分析の視点 ― 共存共栄の理念 ― 宝塚戦略を貫く郊外ユートピアの思想 ― 住空間の重視 ― 新たな家庭像を演出 ― 家庭観と教育観 ― 視聴覚メディアに着目 ― 大衆芸術・娯楽の地位を引き上げる ― 大衆演劇の重要性を強調 ― 健康的娯楽空間づくり ― 都市文化論の視点 ― 「森林公園式」都会案 ― 文化国家をめざして
5  大正文化と宝塚モダニズム 175
大正文化のなかで ― 中流階級の膨張 ― 女性の台頭 ― 朗らかに、清く正しく美しく ― 巧みに利用された宝塚精神 ― 日本モダニズム ― 宝塚モダニズムの風景 ― 地域性を超えた大衆芸術 ― 欧米への憧れ ― 異国情緒あふれる宝塚 ― オーケストラの発展にも寄与 ― 継承と断絶 ― いま見直すべき小林一三の精神 ― 「次に来るものは何か」
あとがき
主要引用参考文献
小林一三・略年譜
212
215
222

■内容その他■
15年ほど前に、出張のプログラムに阪急池田文庫の見学が組み込まれたことがあり(職業柄参考になりました)、その足で宝塚ファミリーランドに行って宝塚歌劇を見たことがありました \(^o^)/ あとにも先にもその時一度だけなのですが、自分にとってきわめて稀な体験だったということ以外に、特に深く考えずに時が過ぎました。今回、機会があって本書を読みましたが、いわゆるタカラヅカの歴史や経営戦略だけを論じた内容ではありませんでした。阪急を率いた小林一三という人の生活文化論が論じられる中で宝塚歌劇のことが取り上げられているのです。

小林一三は1873年1月3日に生まれました。私は、前々からこの人って不思議な名がついているなと思っていましたが、一月三日生まれに由来しているといいます。1907年、小林は現在の阪急電鉄の前身、箕面[みのお]有馬電気軌道の立ち上げに関ります。以来、沿線住宅の開発、箕面動物園や宝塚新温泉のスタート、婦女子向け博覧会の開催、宝塚音楽学校や宝塚少女歌劇団のスタート、日本発のターミナル・デパートとして阪急百貨店の開業、学校の誘致などもろもろの事業に手を染めます(なかには動物園の経営のように失敗して手を引いたものもありました)。

小林は阪急沿線に田園都市型の住宅を分譲しました。電車との関連で言えば、こうして毎朝、勤め人は郊外から都心の会社へ通勤する手段を得ます。しかし、これだけでは下り電車は半ば空気を運ぶ箱と化します。学校を誘致すると、こうした点も緩和されますね。「ほおーっ!」と納得。

さらに娯楽や大衆演劇にも目配りを忘れず、もちろん宝塚歌劇にも多くのページが割かれています。そしてやがて東京進出を果たした小林は、東京宝塚劇場を開場させます。どちらでも共通して言えることは、@望む日の切符が誰でも自由に、その日でも買えるようにしました(東京の松竹では、そうはいかなかったそうです)。A料金を引き下げた(松竹方式の花柳界と直結する芝居は入場料が高かったそうで・・・)。B劇場内への入口や椅子の質の平等化を果たした。@やBは、今日では、まあ当たり前といえます(完売になっちゃうこともありますけれどね・・・)。こうした合理主義精神に貫かれた経営は「スゴイッ!」と思いながら読んでしまいました。

さて、1991年に本書が出版されてから11年が経ちました。ゆっくりと味わうように読んでいた矢先、4月10日の『朝日新聞』朝刊では、本文の中に出てきた「宝塚ファミリーランド」が2003年4月で閉鎖(ただし宝塚大劇場は残ります)、同じく「神戸ポートピアランド」から2003年3月末で阪急が経営から手を引くことが報道されていました。少子・高齢化やレジャーの多様化、またユニバーサル・スタジオ・ジャパンに押された結果だといいます。本書で論じられた小林一三の生活文化論の価値が下がるとはいささかも思いませんが、現実のナマの時代の推移を感じさせられて、いささか複雑な思いももちました。

新書本でコンパクトでありながら、興味の尽きない図書でした。ただ残念ながら、現在書店で入手できません。
【2002年4月24日】


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