第99回: 青の会 第81回演奏会 信時潔没後40年に(紀尾井ホール)

8月1日(月)18:30から標記コンサートがありました。だいぶ時間が経過してしまいましたが、感想を書き留めておきましょう。「青の会」は畑中良輔さんが主宰する声楽家グループですが、今回は没後40年にあたる信時潔の声楽曲(独唱曲、重唱曲、それに合唱曲も)ばかりを集めてのコンサートを企画されました。これまで信時作品をまとめて聴く機会はまずなかったといってよく、私は好機到来とばかりに出かけていきました。私が会場に到着したのは、開演15分ほど前のこと。自由席でしたが1階はすでにかなり埋まっている様子でしたので、2階のサイドの席を確保しました。この日は会場があふれるほどの盛況で、《海ゆかば》、《海道東征》、そして《沙羅》の作曲者としてだけではなく、信時作品を広く聴いてみたいという人たちが増えている様子がよくわかりました(もちろん、私自身もその一人でしたけれど・・・)。

プログラムは以下の通りでした。

作品 作詩・作歌 演奏
1 《小曲五章》 与謝野晶子 詩 濱田千枝子
(いづくにか・うら淋し・薔薇の花・我手の花・子供の踊)
2 《鶯の卵》より 土岐善麿 訳
Zekku(絶句) 杜甫 詩 鎌田直純
Osiego ni simesu(示諸生) 広瀬淡窓 詩
Sika no Saku(鹿柴) 王維 詩 桐生郁子
Tuma no Kotoba(張節嬬詞) 高青邱 詩
3 《小倉百人一首》より 大江千里 歌 瀬山詠子
月見れば
久方の 紀友則 歌
花の色は 小野小町 歌
淡路島 源兼昌 歌
長からん 侍賢門院堀川 歌
逢ふことの 中納言朝忠 歌
人はいさ 紀貫之 歌
4 《沙羅》 清水重道 詩 宇佐見桂一
(丹澤・あづまやの・北秋の・沙羅・鴉・行々子・占ふと・ゆめ)
5 《小品集》 北原白秋 詩 畑中良輔
ばらの木
わすれな草 上田敏 訳 大刀川悦代
お玉杓子 作者不詳 岩崎由紀子
「ルバイヤット」より 蒲原有明 訳 和座知佐
海雀 北原白秋 詩 玉川美栄
幻滅 北原白秋 詩 瀬山詠子
をみな子よ 北原白秋 詩 中山牧子
かへりみ 北原白秋 詩 細谷美内
夕焼 北原白秋 詩 永富啓子
つなで 北原白秋 詩 桐生郁子
野火 作者不詳 畑中良輔&全員
6 ピアノ独奏《木の葉集》より 花岡千春
(1.序曲 楽想乱舞 5.子守唄 8.人形の踊 11.横笛)
7 《紀の國の歌》 女声重唱曲 山部赤人 歌 瀬山詠子・岩崎由紀子・大刀川悦代・細谷美内・玉川美栄・桐生郁子・永富啓子・中山牧子・和座知佐
和歌の浦に
こせやまの 坂門人足 歌
くるしくも 長忌寸奥麿 歌
三熊野の 柿本人麿 歌
あてすぎて 古歌
かざはやの 川邊宮人 歌
8 《民謡集》 岩崎由紀子
君と別れて
手まり唄 埼玉県唐子村地方民謡
岩殿山 埼玉県唐子村地方民謡
ひとめ見て 蜀山夫妻歌
9 《獨樂吟》 橘曙覧 詩 末吉利行
10 《茉莉花》 蒲原有明 詩 (朗読)長野羊奈子
(独唱)片岡啓子
11 《短歌連曲》 与謝野寛 歌  笠井幹夫
12 《おもひで》 混声合唱曲 蒲原有明 詩 青の会同人  賛助出演:慶應義塾大学ワグネルソサエティーOB合唱団有志・「詠の会」有志  畑中良輔(指揮)
 ◆ピアノ◆ 花岡千春(1.〜6.) 塚田佳男(7.〜12.)
                                                                                                
演奏された作品の作詩や作歌に眼を向けると、万葉集、小倉百人一首などの日本の古典があるかと思えば日本の民謡もあります。また漢詩の日本語訳があり、さらに与謝野晶子とその夫の寛、蒲原有明、北原白秋などの名も見出せます。詩の内容は多彩だったと言えるでしょうが、《紀の國の歌》の〈かざはやの〉や混声合唱曲の《おもひで》(「妻をさきだてし人のもとに」という副題がついています)のように亡くなった人や親しい人間を失った人のための歌があったり、《民謡集》の〈ひとめ見て〉にみられるようにユーモアにとんだもの(「ひとめ見て ふためみられぬ むすめさんおらがよめには ごめんさふらへ」)など、どれも印象に残りました。《茉莉花》(← 調べたら、ジャスミンの1種ということでした)は花にこと寄せて恋人を熱烈に想う作品でした。《小品集》には北原白秋の詩が多いのですね。《海道東征》で仕事をいっしょにした二人が、その後もコラボレーションをやろうとして始めたらしいのですが、ほどなく白秋が他界してしまったと読んだことがあります。二人の協力の実例を聴くこともできました。そして《沙羅》は、さすがに良い作品でじっくりと聴き入りましたが、実はもう1曲《獨樂吟》をとても気に入りました。各節は「たのしみは」で始まります。さいしょは「朝おきいでて 昨日まで 無りし花の 咲ける見る時」と続くのです。なにげないことが「たのしみは」に続けて歌われていくのですが、それは欲得のない人生の送り方のように思えて、じっくり聴いてしまいました。かと思えば、《鶯の卵》のなかの1曲〈鹿柴〉は、歌手が歌うメロディがありません。歌詞を朗唱風に語ってゆくのです(シュプレッヒシュティンメ!!)。これが1934年頃メモ欄参照の作だといいますから驚きです。

声楽作品に選んだ詩や歌のが多彩だというだけでなく、滋味あふれる内容に聴き入ってしまった私ですが、ピアノが曲の雰囲気を変えたり膨らませたりしているようで、たいせつな役割を負っている作品が多いように感じました。だからというわけでもないのでしょうが、ピアノ独奏曲《木の葉集》(抜粋)がプログラムに入っていたのは洒落ていました。信時潔といえば、つい《海ゆかば》と《海道東征》の作曲家として捉えられがち。たくさんの作品が残されているのですから、これからも折に触れて演奏されていったらよいな、と思いながら帰ってきました。

メモ:当初、作曲年を1925年と書いてしまいましたが誤記でした。今年の『音楽現代』8月号(114ページ)によれば1935年で、これを私が1925年と誤って認識してしまい記載してしまったのです(つまり単純な入力ミスではありませんでした)。ですが、初版が1934年出版であること、さらに1933年に演奏されたらしいこともご教示くださる方がいらっしゃいました。ということで、拙HPでは少しアバウトに1934年頃と書き直させていただきました(2005年8月28日)。
【2005年8月15日 2005年8月28日・・・誤記を訂正】


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