第66回 : 東京室内歌劇場特別公演《裏切る心臓》《リゥ・トゥンの夢》(新国立劇場小劇場)

1月12日(日)、池袋のある場所で充実した昼食を済ませた私は、その足で初台の新国立劇場に向かいました。この公演は、「東京室内歌劇場特別公演」+「日韓独共同制作公演」+「<第5回ソウル国際室内オペラ・フェスティヴァル>参加公演」という冠が同時に乗っているのです。そして、2つの作品が上演されました。

ひとつめは《裏切る心臓 Das verraterische Herz》(エドガー・アラン・ポー原作、ホルガー・ポトツキー台本、天沼裕子作曲)で、ドイツ語のテキストをもつ50分ほどの作品でした(日本語字幕つき)。ホルガー・ポトツキーが演出を担当し、東京室内歌劇場アンサンブル(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ポジティフ・オルガン、ティパニ各1)を天沼裕子が指揮しました。キャストは、女を大橋ゆりが、老人と巡査を竹澤嘉明の二人です。この作品は、2001年6月にドイツのマグデブルク市で世界初演され、今回の公演(1月11日昼・夜、12日昼、13日夜)が日本初演でした。

この作品に登場する女は、鈍い碧い眼をもつ老人を嫌いでもなく、親身に接してすらいたのですが、彼女にとって老人の眼は「悪魔の眼」と感じられ、ついには老人を殺して死体を床下に隠すのです。しばらくすると巡査がやってきます。女は巡査の質問をうまくかわしたかに思った次の瞬間、男の心臓の音が女の耳に届きます。狼狽しながら、彼女は「ここ、ここよ、ここよ!」と叫び、幕となります。

演奏が始まってほどなく、アンサンブルのなかで「ドドン、ドドン」とティンパニの音が聞こえてくるのですね。心臓の音を模していることは明らかです。私は、残念ながら、ここで早くも気持ちが冷めてしまいました。殺された老人の心臓の音が、結末部分でこうやって聞こえてくるのだなと想像でき(そしてまた、事実そうなりました)、そうなってみると、女が老人を殺すにいたるもろもろのシーンに付き合うのが、どこか白けた感じになってしまったのです。

ふたつめは《リゥ・トゥンの夢 Der Traum des Liu-Tung》(馬致遠原作、ヴィンフリート・バウエルンファイント台本、尹伊桑作曲)で、こちらもドイツ語をテキストにもつ、55分ほどの作品でした。1965年に作曲されましたが、なんと今回の公演が日本初演でした。演出はチョ・テジュン、東京室内歌劇場オーケストラをチョン・チヨンが指揮しました(オーケストラの管楽器はエレクトーン2台で代用されましたが、いつの日か管楽器本来の音で聴きたいと思いました)。こちらは登場人物が少し多くなりますが、天の神より命を受けた隠者チン・ヤンは、官吏登用試験を受けに行く若者リゥ・トゥンに、虚しい官職などにつかず道(どう)の道にすすむよう奨めるが相手にされなません。やがてリゥ・トゥンは18年後の自分がどうなるかという夢を見ます。高い位について戦地に赴きますが、その留守の間に妻が不貞を働き命だけは許したものの、今度は逆に自分がいまで言う機密漏洩の罪に問われて斬首を言い渡されます。死刑執行直前に辛うじて逃げ出しますが、田舎で道に迷い、民家で水を恵んでもらっているところで山賊に命を奪われる・・・という夢です。夢からさめたリゥ・トゥンは、結局官職をあきらめ、隠者とともに道(どう)の道を志すというストーリーです。そう、序奏では天上の世界が描かれますが、ここでは力強い合唱も楽しめました(東京室内歌劇場コーラス)。

ちなみに、キャストはリゥ・トゥンをユ・サンフン、チン・ヤン(導き人)・カオ(大臣)・ユアン(大臣の召使)・裁判官・ルー(きこり)・ウ・スン(山賊)の六役をキム・ジンソプ、ピエン・フの妻とリゥ・トゥンの妻の二役をパク・ミジャ、ピエン・フ(行商人)・間男・死刑執行人の三役をチェ・サンホ、宿屋のお将と山賊の母の二役をイ・ヒョンジョン、トゥン・ファ(神)をキム・インス。

こうした道教によったストーリーから現世の不条理をみるということをすれば、たしかに現在でも説得力をもつように思えるのですが、その一方で、現世の不条理を救うかのような顔をしながら人をだます悪質な輩がニュースに登場したりするのが現代社会。なかなか一筋縄ではいきません。演出について1箇所だけ疑問が残った箇所があります。それはリゥ・トゥンの妻が不貞を働き、夫が刀を抜いて切ろうとするシーンで、字幕には「放せ、放せ」と出ているのですが、舞台中央にリゥ・トゥン、そのやや右手に妻、リゥから少しはなれた左手に召使いのユアンという位置関係で、誰も止めに入る人間がいないのです。ユアンの位置を、リゥと彼の妻の間にするなど工夫しないと「??」ではないでしょうか。しかし全体について言えば、劇的な夢やみごとな音楽によって、ぐいぐい舞台にひきつけられていき、とても興味深く観ることができました。
【2003年1月14日】


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