第64回 : ジャン=ギアン・ケラス 無伴奏チェロの領域―3日連続演奏会「天・地・人」 2日目(すみだトリフォニーホール)

11月16日(土)、ジャン=ギアン・ケラス(Jean-Guihen Queyras)というチェリストのリサイタルに行ってきました。私が聴いたのは、この日ただ一日なのですが、今回のケラスのリサイタルは、15日(金)、16日(土)、17日(日)と3日連続で開催され(いずれも同じホール)、すべて無伴奏のチェロ曲ばかりが集められていました。どの日にも、バッハの無伴奏チェロ組曲から1曲が選ばれて、その他は20世紀の、いや21世紀の作品までも取り上げられているという興味深いものでした。16日のプログラムは次のとおりです。

 カサド  無伴奏チェロ組曲
 クルターク  5つの小品
 ヴェレシュ  ソナタ
 今井慎太郎  チェリストのための“マテリアル”
 パク=パーン  Aa-Ga I
 J.S.バッハ  無伴奏チェロ組曲第3番 BWV1009 ハ長調
 ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)

ガスパール・カサドはカザルスの薫陶を受けたこともあるスペインのチェリスト(日本人ピアニスト原智恵子の夫としても有名)ですが、ここで演奏された《無伴奏チェロ組曲》(1926)はスペイン情緒たっぷりの作品でした。そしてケラスのチェロから紡ぎだされるメロディは、ときに哀愁を帯びて聴こえてきました。シャンドール・ヴェレシュ(1907-1992)はハンガリーの作曲家です。私は、この人の名前を見ると、つい1940年12月に日本で行なわれた紀元2600年の奉祝演奏会で取り上げられた作曲家として認識してしまいます(その時演奏された《交響曲》は聴いたことがありませんが・・・)。今回取り上げられた《5つの小品》は1966-67年にかけての作ですが、落ち着きと少しばかりの暗さを併せもったような作品でした(いい印象をもちました、念のため)。

今井慎太郎の《チェリストのための“マテリアル”》は世界初演。この人は国立音楽大学大学院を修了後、パリのIrcamに学んだ人です。そのIrcamの作曲家紹介のページにも、今回の作品は出てきませんから、作曲年は2002年かそれとも2001年か、といったところなのでしょう。速いパッセージ(ケラスはこれを、いともやすやすと弾いてのけました)と、静かに伸ばす音(ヘンな言い方ですが、音程が微妙にずり上がったりすり下がったりする箇所があります)が、なぜか記憶に焼き付けられてしまいました。退屈することなく聴けました。パク=パーンは韓国生まれでドイツ在住の女性作曲家だそうです。この人の作品は、ヴィブラートの速度に意図的な変化をつけたり、トレモロを使ったりしているのですが、時に突然の変化に見舞われる感のある作品でした。1984年の作で新作というわけではありませんが、これも、退屈せずに聴けました。そう、クルタークですが、聴いた当日は印象が残っていたのですが、時間が少し経ってそれが薄らいでしまいましたので、感想は割愛させていただきます。

さいごはバッハ。これまた最初のフレーズを聴いたとたんに惹きつけられてしまいました。速めのテンポ、控えめなヴィブラート、そして音楽の流れが決して重くならないバッハでした。それはまるで、古楽によるバッハを思わせるような弾きっぷりで、堪能してきました。つい、翌17日のプログラムに上がっているバッハの、あの絶望感あふれる《無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調》を、どのように弾くのか聴きたい衝動にかられました。

来年の10月にも来日が決まったそうです。できれば、また聴いてみたい演奏家です。さいごに余談ですが、ケラスが座るステージの椅子の左奥に、見事な松(だったと思います)の生花が飾られて、ステージを引き立てていました。
【2002年11月20日】


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