第60回 : オペラ「耳なし芳一」公演(東京文化会館大ホール)

8月10日(土)午後、舞台芸術創造フェスティバル2002参加公演の一つとして標記のオペラが上演されました。原作はご存知ラフカディオ・ハーンですが、劇作家の矢代静一が脚本を書きました。作曲は池辺晋一郎で1982年の作品だといいます。さて、早速当日の主なキャストなどをご紹介しましょう。

芳一 中鉢聡 和尚 池田直樹
寺男与作 志村文彦 その妻おふく 秋山雪美
武士(平家の亡霊 山田祥雄 奥女中老女(平家の亡霊) 坂本朱
奥女中若女(平家の亡霊) 鵜飼文子 ナレーション 仲代達也
【合唱】杉オペラ演技研究所、カメラータ・リリカ   【管弦楽】日本フィルハーモニー交響楽団メンバー   【薩摩琵琶】半田淳子
指揮 樋本英一 演出 杉理一

私は、何度も再演を重ねているこのオペラを、初めて見ました。私としては珍しく、このホールの1階の、それも随分前の方に陣取りました(7列目)。双眼鏡なしでも歌手の表情やしぐさなどがわかりやすいのは良かったのですが、舞台の奥の方で声を出しているのか、中ほどの位置なのかといった奥行きについての距離間隔がいまひとつわかりにくかったです。

原作じたい短い作品ですが、脚本はそれをさらにうまくまとめていたように思います。また、日本フィルハーモニー交響楽団メンバーほかによる器楽演奏にくわえて、効果音やナレーションが巧みに組み合わされて、ドラマがいささかも停滞しないで進行していくのがわかりました。心地よかったです。

ところどころにナレーションが入りました。これがまた大音響(と私には聞こえました)で、たとえば冒頭の箇所ではこれから起こるであろう不可思議なできごとを暗示する、いかにももったいをつけた朗読でした。ここまでやるものなのかなと思いましたが、私はもう少しあっさりとした朗読を好みます。脚本が矢代静一だからというわけではありませんが、愛娘でいらっしゃる鞠谷友子さんあたりなら、どのように朗読されるかな、などという思いが頭をよぎりました。

芳一(中鉢聡)が第1幕で最初に声を発するところは、こうしたナレーションのあとで、しかも大声で歌いだすというわけではありませんでしたから、私には少し聞き取りづらさがついてまわりました。もちろん舞台の前の方で声を出しているときなら、そんな心配はいらないのですけれど。立居振舞いは、いかにも若い琵琶法師を自然に演じていたと思います。和尚(池田直樹)は、人生の経験を積んだ人の良い坊さんを演じて、見ていて引き込まれてしまいました。

800年ほど前に壇の浦で源平の合戦があって平家一門が滅びた赤間が関に、数百年前、芳一という盲人の琵琶の名手がいて阿弥陀寺に身を寄せていました。ある夜、見知らぬ侍が芳一を訪ねてきて、位の高い人々のいる場所に連れて行き、芳一はそこで琵琶を聞かせます。他言無用といわれた芳一は、和尚に尋ねられても自分がしてきたことを話しません。化かされていると気付く和尚と与作夫婦。と、ここまでが第1幕。

第2幕は、後日寺男夫婦が寺の墓地にある安徳天皇の墓の前で、無心に琵琶をかきならす芳一をみつけ寺に連れ帰る場から始まりました。観念した芳一は和尚に事のしだいを話します。それを聞いた和尚は、芳一が平家の亡者たちから八つ裂きにされると判断、身体中に経文を書きつけ、亡者たちが来ても動かず、声も出さないよう指示します。やがて亡者たちが群れをなして寺に押し寄せ芳一を探しますが経文が書き付けられた身体は、亡者たちには見えません。ところが、ところがです、両耳だけ経文が書いてなかったのですね。その耳が引きちぎられるのですが、残酷なはずのこのシーン、なんともユーモラスに描かれていました。

途中、何度もアンサンブルの音楽を聴こうとしたのですが、芝居の流れに自然についていくのだなというくらいの感想しか書けません。それほど、演劇としての流れがよどみなく進んだと思います。その際、ホラー的な要素はほとんど消されて、むしろ登場人物のヒューマンな側面が強調されていたのが忘れられません(特に和尚や与作夫婦など)。会場には、子どもも大勢来ていました。このオペラは、子どもから大人まで楽しむのにちょうどよい作品だといえると思いました。ただ、公演が1回きりというのは残念なことです。
【2002年8月12日】


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