第57回 : R.シュトラウスの《サロメ》(新国立劇場 オペラ劇場)

ゴールデン・ウィーク中、久しぶりに新国立劇場へ足を運び、リヒャルト・シュトラウスの《サロメ》を見てきました。《サロメ》の上演は、いまや私にとっては必見のレパートリーに加わりました。

さて、今回の主なキャストとスタッフです。
サロメ ジャニス・ベアード ヘロデ ヴォルフガング・シュミット
ヘロディアス 小山由美 ヨカナーン 青戸知
ナラボート 水口聡 小姓 森山京子
東京フィルハーモニー交響楽団
指揮 児玉宏 演出 アウグスト・エヴァーディング

ここ3年ほどで《サロメ》は私たちにとってグッと身近なレパートリーになったように思います。1999年、東京フィルハーモニー交響楽団がオペラ・コンチェルタンテで《サロメ》を取り上げ(演奏会形式でしたが、視覚的に楽しめる工夫を凝らしてありました)、翌2000年には新国立劇場が、2001年にはドイツ・ザクセン=アンハルト歌劇場が、このオペラを上演しました。今回初めて見た人も、もちろん大勢いらっしゃるでしょうが、先にあげたどれか(またはすべて)に接したよという人も、相当数に上るのではないかと思います。

実は私自身も、ここ3年に限って言えば、毎年1回この楽劇を見ています。ということになると、つい、今回は以前とどこが違うか、そこにどんな楽しみがあるかといった興味が沸くこととなります。今年私は5月4日の公演を見ましたが、強いて言えば1ヵ所、来て良かったと思えた瞬間がありました。それは、幕切れ近くのサロメの演技と歌唱です。1箇所とはいえ、ここで満足感が得られたのは大きい収穫。

さて、ここら辺で順を追って述べていきましょう。

サロメ役のジャニス・ベアードが最初に館から出てきた時は、身体の線が目立たない黒い服を着て登場しました。特にパーティ用とか貴族の衣装といった趣がなく、なぜか気になりました。また歌唱や演技にしても、ここ3年で接した中では、特に卓越しているとは思えませんでした。

後半、オーケストラが例の7つのヴェールの踊りの演奏を始めた時、サロメは舞台奥の館の中でスタンバイしていました。そしてしばらくは、館の中の光で、サロメの踊りはシルエットだけで私たち観客のもとに届けられました。「まさか、このままじゃああるまい」と気を揉みはじめたところで、サロメがようやく舞台に現われ踊りを披露してくれました。おととし、去年と、私が見たサロメたちは、最後のヴェールを剥ぐと一瞬ですが胸も露わにして踊りをフィニッシュしたものでした。なんとなく、同じ光景を予想(あるいは期待)していったのが間違いで、ベアードは踊り終わった時に胸も隠していました。まあ、確かに絶対に脱がなきゃいけないというものではないにしても、ここまでした演じてくれないのかと思うと、少しがっかりしました。

去年、おととしと私の感想を振り返ってみると、この踊りのあとサロメがヨハナーンの首を王に所望するところと、そのあとの銀の皿に乗って出てきたヨハナーンの首を前にしたサロメが恍惚として、一種アブノーマルな緊張を高めていくことを感じ取れたとあります。

今回は、実は今挙げた緊張感の高まりは、あまり感じ取れませんでした。王とのやりとりも、特に背筋がぞっとすることなく聴いていましたし、首を目の前にしたサロメはというと、始めのうち、さほどアブノーマルな緊張というほどのものを私は感じることができませんでした。

それが、ヨハナーンにキスした直後から様相が変わり、サロメの恍惚感が伝わってきて、見ている私が緊張し始めました。この箇所です、私が来た甲斐があったと感じた瞬間は。ラストシーンでは王の命令でサロメが殺されますが、それも直前で恍惚感が増したため、とても迫力がありました。そして後半、ほとんどずっと舞台下手で小刀をもって座っていた小姓が、ここぞとばかりサロメに駆け寄り一太刀をあびせるという演出でしたが、これもまた、直前でのサロメの様子の変化が著しかっただけに、活きていたのだと思えたのです。

サロメにスポットライトを当てて書いてしまいましたが、他の出演者、オーケストラ、指揮者、みな好演。
【2002年5月9日】


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