第56回 : スポレート実験歌劇場(浜離宮朝日ホール)

スポレート実験歌劇場が、ペルゴレージの《奥様女中》とケルビーニの《賭博師》をもって来日しました。ケルビーニの作品はタイトルを知ったのも初めてでしたし、ペルゴレージの作品は有名ですが見たことはありませんでした。足を運ぶには、ちょうどよい機会だったわけです。

用意された2つの演目はインテルメッツォと呼ばれるものです。バロック時代のイタリアの諸都市で、重厚な雰囲気で規模の大きいオペラ・セーリアの幕間に小規模の軽い喜劇を上演して気分転換を図る習慣があり、それ自体がひとつの独立した小オペラになっているものがあったといいます(戸口幸策『オペラの誕生』東京書籍 1995 p.277〜278)。

最初に上演されたのはペルゴレージの作品でした。舞台の中央奥には寝室のベッドが据えられ、上手にチェンバロが見えます。その奏者は観客に背を向けて座るかたちになるのですが指揮者の役割も負いますのでこうなるのですね。チェンバロを囲むようにして4人の弦楽器奏者(ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ)が席につきます。それも、小中学校の音楽室にあったバッハやヘンデルの肖像画のように鬘をつけての登場です。趣があって良かったですね。インテルメッツォの筋は、若い小間使いの娘セルピーナが策をめぐらし、主人ウベルトの本当の妻になってしまう話です(音楽史的にも有名ですが、私は初めて見ました)。刺激の強い現代では、「だから何なの?」とでも聞かれようものなら、チョット答えに詰まってしまうでしょうが、肩の凝らない作品ですね。

この作品は、
キャスト:レオナルド・ガレアッティ(ウベルト)、鵜木絵里(セルピーナ)、パオロ・バイオッコ(ヴェスポーネ)
スタッフ:パオロ・バイオッコ(演出/装置)、フェデリーコ・サンティ(チェンバロ&指揮)、ヨーツェク・カルダス、イヴァーナ・スpラチオ(ヴァイオリン)、フェデリーコ・ミケーリ(ヴィオラ)、マッテオ・マリア・ズルレッティ(チェロ)
という面々でした。

次はケルビーニの《賭博師》。これは文句なく面白く、随所で笑ってしまいました。登場人物は二人・・・の筈ですが、開幕時の口上、幕間の説明(小道具などを舞台の袖に片付ける役割をも負う)を演出のバイオッコと思しき人物がこなしていました。賭け事にうつつを抜かして妻を顧みないダメ亭主バコッコにダーリオ・ジョルジェレ、そんな夫を更生させたいと願いつつストレスが溜まっている妻セルピッラに板波利加が扮しました。すっからかんになって帰宅したバコッコは、妻の矢継ぎ早の鋭い質問責めに、ウソ八百を並べ立てて応戦します。ここがまず面白かったですね。ジョルジェレの演技力が抜群なのです! 第2部では業を煮やした妻が離婚訴訟を起こしに裁判所に行きます。ところがそこには夫バコッコがニセ裁判官に扮して妻の訴えに耳を傾けるのです。どうしてこんなことになったかというと、その日、裁判所は休みの日であることに妻が気付かず、夫は友達の門番を言いくるめて中に入り変装して待ち受けたというわけです(「そんなのあり得るだろうか?」と眉間にしわを寄せて考えるのは止めましょう)。このシーンのニセ裁判官も大いに笑わせてくれました。本当に声など「別人28号」で、とぼけていて面白いのですよ。ニセ裁判官は、夫バコッコを有罪としたうえで、あろうことか妻セルピッラを口説き落としてしまいます。そこでバコッコは正体を現し、妻の不実をなじります。後日、二人は苦しんだ挙句仲直りし、ハッピーエンドとなるのでありました。

ケルビーニは1760年生まれの作曲家で、この作品をなんと15歳のときに書いたといいます。そういえば、私はケルビーニってまともに聴いたことがなかったような気がします。こういう作品から接すると、あとが楽しみになりますね。CDが外国盤で出ているらしいので、機会があれば手にしてみたいと思います。あ、演出&装置、音楽などはペルゴレージの時と同じです、念のため。

さいごに、この歌劇場の名称について。なにか作曲家と共同して実験的なオペラを上演するような名称にも受け取れるネーミングですが、新しい歌手を試す(実験する)歌劇場のようです。プログラム(兼歌詞対訳、プラス『奥様女中』の原作の翻訳つき)によれば、イタリアの中央に位置するウンブリア州の古都スポレートにあるのがこの歌劇場で、コンクールを行い、その後この歌劇場からオペラ歌手として各歌劇場に歌手たちを送り出しているところだそうです。たとえば、フランコ・コレッリ、アンナ・モッフォ、レナート・ブルソン、レオ・ヌッチ、ジュゼッペ・サッバティーニ等々の名が見出せます。こういう歌劇場もあるのですね。

そうそう、2番目の演目でずいぶん笑ったせいで、会場を出たころには喉が渇いてしまいました。その日の夜、所用で会った友人たちと飲んだビールが美味しかったこと。インテルメッツォのおかげです(笑)。
【2002年4月18日】


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