第30回 : 東京フィルハーモニー交響楽団5月定期(オーチャードホール)

5月26日(金)、東京フィルハーモニー交響楽団第417回定期演奏会がありました。この日の演奏会は「時空を超えたものたち」と銘打たれ、<グルリットの遺産 − 日本オペラ界の大恩人>という副題まで付いていました。会場の一角では、生前のグルリットの写真やプログラムなどが展示され、 駆けつけた私たちの目を楽しませる趣向も用意されていました。

まずは当夜のプログラムからご紹介します。
合唱:東京オペラシンガーズ 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 指揮:若杉弘
ワーグナー 『タンホイザー』より「殿堂への入場」
東京オペラシンガーズ
グルリット 『軍人たち』より第1幕第3場/第3幕第3・4場/第3幕間奏曲と終曲
天羽明惠(マリー) 大間知覚(仕官デポルト) 多田羅迪夫(ヴェーゼナー) 大島幾雄(シュトルツィウス)
R.シュトラウス 『サロメ』より間奏音楽と七つのヴェールの踊り
グルリット 『ヴォツェック』より第1・13・14・17景とエピローグ
大島幾雄(大尉) 多田羅迪夫(ヴォツェック) 岩井理花(マリー) 松浦健(ユダヤ商人)
〜 休   憩 〜
ワーグナー 『ローエングリン』より「聖堂への入場」
東京オペラシンガーズ
グルリット 『ナナ』より第1幕第1景/第1幕小序曲と第3景
天羽明惠(ナナ) 多田羅迪夫(フォンタン) 大島幾雄(ポードナーヴ) 松浦健(ゼウスに扮する役者) 大間知覚(劇作家)
R.シュトラウス 『ばらの騎士』より第2幕「ばらの献呈」/第3幕終景の三重唱と二重唱
天羽明惠(ゾフィー) 井坂惠(オクタヴィアン) 岩井理花(元帥夫人) 多田羅迪夫(ファーニナル
ワーグナー 『ニュルンベルクのマイスタージンガー』より第3幕の五重唱・職人たちの入場・徒弟たちの踊り・目覚めよ朝日は近し・終幕
岩井理花(エヴァ) 井坂惠(マグダレーネ) 大間知覚(ワルター・フォン・シュトルング) 松浦健(ダヴィッド) 大島幾雄(ハンス・ザックス)
日本オペラ界の大恩人とされるグルリットが来日したのは1939年のことで、その年、中央交響楽団の常任指揮者に就任しました。中央交響楽団は戦時中、東京交響楽団と名乗りますが(現在の東京交響楽団とは関係ありません)、戦後さらに改名をして東京フィルハーモニー交響楽団に至っているのです。グルリットが来日した事情は、ナチス・ドイツの時代で、ユダヤ人の血が4分の1混じっているとの理由から(!!)、ドイツで仕事がしづらくなったことにありました。以後、グルリットは多数のオペラの日本初演を手がけてきましたが、その範囲はドイツ・オペラに限らず、イタリア・オペラやフランス・オペラ、さらにロシア・オペラにまで及んでいます。戦後のことですが、今回の指揮者、若杉弘さんがグルリットから薫陶を受けたことは、これまでに何度か読んだことがありました。記念されるグルリット、演奏するオーケストラと指揮者。それぞれに因縁浅からぬ関係であることがわかります。

加えて上のプログラムです。ワーグナーとR.シュトラウスの作品は、記録によれば、どれもグルリットが日本初演しました。しかし先ほどの繰り返しになりますがグルリットが日本初演したオペラの範囲は、うんと広いわけです。それでも今回のようなプログラミングで聴いてみると、19世紀末以降のドイツ・オペラの流れの中にグルリットが置かれているようで、失礼な言い方ながら、グルリットの作品が他の二人と比べても、まあ、さほど遜色ないように聴こえたのも発見でした。

グルリットの作品に実演で接する機会は、これまでほとんどなかったのではないでしょうか? 私が唯一覚えているのは、いまから10年前に若杉/都響のコンビで『ゴヤ交響曲』を演奏したことくらいです。この時は50分を超える大作の蘇演でしたが、正直言って「長い! 疲れた!!」という感じが否めませんでした。今回、3つのオペラの抜粋を聴いて、はるかに面白かったです。素朴に、舞台を見てみたいと思った順に作品を挙げると、まず『ナナ』、次に『ヴォツェック』、最後に『軍人たち』。

さて、グルリット以外の作品についても少し感想を。この日は『タンホイザー』で幕を開けました。少し鳴らしすぎかなと思ったくらいでしたが、賑々しい感じがとてもよかったです。R.シュトラウスの『サロメ』で演奏にますます熱気をおびて、「間奏曲と七つのヴェールの踊り」は熱い演奏でした。休憩後の『ローエングリン』の「エルザの聖堂への入場」は、柔らかく自然な響きで堪能できましたし、『ばらの騎士』は声楽陣とオーケストラがどちらも巧い。トリは『マイスタージンガー』からの抜粋でした。ナチの体制下で、グルリットの『ナナ』は上演できなかったそうです。その一方、ヒトラーが好んだ『マイスタージンガー』が呉越同舟で一晩のプログラムを飾るというのも、一瞬、歴史の皮肉を感じさせましたが、聴き終わって大いに気分が昂揚している自分に気付きました。

こうして終演を迎えた時刻が午後9時45分 私自身は充実した時間を過ごすことができ、満足しました。ずっと記憶に残るコンサートになるだろうと確信しています。しかし、そうは言っても2時間45分かかるオーケストラの定期演奏会というものを考えると、疑問が残ります(バッハの『マタイ受難曲』やベルリオーズの『ファウストの拷罰』を全曲演奏するなら話は違ってきますけれど・・・)。関係者の思い入れの強さは充分察しているつもりですが、今後、誰か(または何か)を記念するコンサートを企画するときなどには再考して欲しいものです。
【2000年5月28日記】


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