第197回: おんなの落語(2005年7月13日)

7月10日、北千住にできたTheater 1010(シアター千住)に初めて行ってきました。

標記の芝居は、正確にいうと音楽劇と銘打たれていました。私がこの音楽劇を見に行きたいと思った動機は、いくつかあります。まず脚本・作詞・演出が、いつか拙HPでもとりあげた「らっぱ屋」を主宰している鈴木聡であること(← こちら を参照)。肩肘張らずに楽しい芝居を提供してくれる可能性大とみました。そして、6つの落語のネタを繋いで一人の女性の半生を描こうとしている芝居だそうで、落語と演劇をどう料理するのか見てみたかったのです。さらに主演が木の実ナナ。この人が江戸の女(それも男をうまく騙す役)を演じるのです、期待が膨らみました。チラシを見てびっくりしたのですが、共演者は男性が3人ですが、それぞれ一人六役以上をこなし、うち一人は女性の役を三役こなします。さて、どうなることやらという気にさせられました。もとに戻りますが、音楽劇というからには音楽も重要な要素を占めているに違いないしと考えているうちに、あれこれ想像しているよりも見に行こうと決めて、チケットをゲットしたのでありました。

では、改めてここでキャストなどをご紹介。

脚本・作詞・演出・・・鈴木聡
木の実ナナ・・・お染
陰山泰・・・・・金蔵、平七、清三、長介、辰蔵、熊五郎
植本潤一・・・・お松、角蔵、おしし、権八、お蝶、魚政
内田滋一・・・・久三、芳次郎、留吉、虚無僧、次郎吉、新之助、魚繁


全体は休憩なしに、6つの話がテンポ良く繋がれていきました。そして全編にわたって《コーヒールンバ》以下ぜんぶで12曲のナンバーが用意され、鈴木聡の作詞(要するに替え歌)で、ほとんど木の実ナナが歌っていくのでした。では、お染の半生がどう描かれていたかざっと追ってみましょう。前半の3話は、堕ちていくお染とでもまとめられるでしょう。

すっかり年増になって売れなくなった女郎のお染は、後輩芸者からぼろくそにこき下ろされ(ここの会話は迫力満点!)、誰か男をみちづれに死んじゃおうと決意します。相手に選ばれたしがない貸本屋の金蔵が先に海に飛び込みます。さあ次はお染の番だというその時に、店から上得意が来て待ってるという知らせが・・・。お染は戻ってしまいます。どうなる、金蔵! でも、大丈夫。ここ品川の海は遠浅ありました。ホッとしましたね。元ネタは「品川心中」。

いつの間にか新宿に移って女郎家業を続けているお染。二人の男から金をだまし取り、恋する男に貢ぎますが、これが食わせもので、自分が好きな女のところへその金をもってドロン。男と女のばかしあいは、ふとした時にみつかった「文」(ふみ)、すなわち手紙によって明らかにされました。元ネタは「文違い」。

吉原です。といっても花魁が華やかに闊歩するような場所ではなく、ボウフラがわいているような吉原のはずれ。蹴飛ばしてでも客を店に入れる「蹴転(けころ)」という店を夫婦で始め、「蹴転」の料金システム(蚊取り線香1本がなくなるごとに追加料金が加算されていくというもので「お直し」と呼びます)で商売を始めますが、目算通りには行きません。元ネタは「お直し」。

後半におかれた3つの話では、お染の人生も上昇線に転じていくように見えますが、それとても一筋縄ではいきませんでした。

4つめの話は根津の長屋が舞台でした。お染はついに遊里からおさらばしたのですが、亭主がばくち打ち。厳しい取り立てがしじゅうです。そんな取り立て屋の一人とお染は急接近し、駆け落ち。なんと上方まで行くのでした。しかし、そこでお染は男の身内に結婚を反対され、《ケ・セラ・セラ》を歌いながら江戸へ戻ってきます。前途多難、でも明るく逞しい姿が見えます。元ネタは「駒長」。

神田の長屋に場が移ります。お染の亭主は堅気の職人。その亭主が留守の時に、通りかかった町の若い衆(今風にいえばイケメンのお兄ちゃん)をお染は家へ上げてお茶など出して話し込んでいたとしましょう。そこへ予定よりも早く亭主が帰還したのでした。若い衆を押し入れに隠し、近所の旦那のところへ行って訳を話し、助力を求めます。その旦那はうまく若い衆を家から逃がしますが、亭主はお染の浅薄な行為を実は見抜いていたのでした。二人は別れます・・・。元ネタは「風呂敷」。

さて、何年か後のこと。再び品川です。といっても魚屋が舞台で、時は大晦日。門松が風にさらさらと鳴る音だけが聞こえる静けさのなか、お染と熊五郎は3年前のあることについて話します。熊五郎、大金を拾い近所の衆に大盤振る舞いしたのはいいが、その翌日には大金が消えて亡くなり、お染が亭主に向かって夢を見たんだろと一言。それ以来、酒を断ち一所懸命働いたので、店を持つことができたが、実は大金を拾ったのは夢ではなく、このままでは亭主がだめになってしまうと危惧したお染が大家と計って「夢」ということにしたことを告白。嘘をついて悪かった、と謝るのです。さらに、もう昔のようなことはあるまいと酒の用意までしてあったのです。亭主は怒ることもせず、巧い台詞を言って酒も飲みませんでした。というわけで、やっとハッピーエンド。元ネタは「芝浜」。

「おんなの落語」というタイトルからは誰かが劇中で落語をはなすのかと想像する向きもあるでしょうが、これまでご紹介してきたようにそうではありません。江戸ことば(人を「ひと」ではなく「しと」と発音するなど)をたっぷり聞かせてくれながら、お染をみごとに演じきった木の実ナナには大きな拍手が送られていました。脇を固めた3人の俳優たちも立派でした。

7月12日までで東京のこの会場での公演は終わり、今後は9月9日までかけて全国15箇所を回ります。



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