第77回 : 怪談『牡丹灯籠』ふたたび(2000年7月21日)

梅雨も明け、熱い日々が続いています。これからずっとこんな状態なのかな、と思うと、ちょっと嫌になりますね。皆さんは、こうした熱さの中、どうやって涼をとりますか?冷たい飲み物を採るのも一つの方法です。でも、ほんの一時のことで、長続きはしません(トホホ)。演劇、講談、落語などの出し物から、こわ〜い内容の演目を選んで見たり聞いたりするのも、いいものです。そんな例として思い出すのが、昨年の夏に上野の東京文化会館小ホールで行なわれた、ロシアのスタリードム劇場が来日して見せてくれた『牡丹灯籠』です。

昨年の公演は、おおむね天候に恵まれませんでした。そのせいと言ってよいでしょう、私が行った日は意外と観客の入りが悪かったことを覚えています(恐らく他の日も・・・?)。芝居は、観る人によって感想が違ってくるのは当然でしょうが、それ以前の問題として、天候など外的な理由で会場にいる人間が少なかったのは、思えばとても残念なことでした。そこに朗報が飛び込んできたのです。今年は、札幌同劇場の『牡丹灯籠』が上演されるというのです。

昨年、私は「コーヒーブレイク」第29回で感想を書きました。その中で、
それにしても、なぜロシアで圓朝の『牡丹灯籠』なのでしょうか? 演出者のことばを読んでも、日本が多くのロシア人にとってあこがれの国の一つで、北斎の浮世絵や黒沢映画を通して日本文化に触れてきたそうです。ここまでは、それなりにわかります。でも、『牡丹灯籠』がロシアで舞台化されたのは偶然ではないと説明されても、やはりうまく理解できませんでした。
こう、私は書きましたね。
さいきん、その時の関係者のお一人、田代紀子さんからメールを頂きました。偶然私のHPをみつけてくださった田代さんは、こう教えてくださいました。
ノボシビルスクのスタリードム劇場がこの「怪談牡丹灯籠」を公演する事の始まりはある1人の舞台美術家が大層ロシアという国に惚れ込んだことから始まります。
彼の名は松下朗といいます。(もしお手元にまだパンフレットが残っていればお気づきになると思いますが、彼は「牡丹灯籠」の美術家でもありプロデューサーでもあります。)
90年代前半にロシアを旅行した松下は、あるシベリアの中央都市「オムスク」という街の劇場支配人と話が合い、96年に「オムスク.ジャパンフェスティバル」(日露演劇交流)を開催します。
当時その街の劇場では彼の提案により「砂の女」(安部公房原作)がロシア人男優と日本人女優によって上演されました。(美術松下朗) すでにコーボー安部の作品はロシアで非常にポピュラーな日本文学なのです。そのせいあってか(もちろんとても芸術度に優れた作品ですが)この作品はこの年のゴールデンマスク賞(アメリカでいうトミー賞)を受賞しました。その後、ノボシビルスクのスタリードムから>是非うちにも日本の作品を紹介してくれとの依頼がオムスクにあり、そこから松下朗とスタリードムのお付き合いが始まるわけです。彼がその時何故この作品を選んだのか?それは判りませんが、この話をロシア語に翻訳した方が今をときめく人気作家アナトーリーキムであったのが、この作品がシベリアで人気を呼んだ一つの要因でしょう。ロシアで自分が舞台美術を担当した作品がヒットしたとなれば、それを黙ってみている松下ではありません。周囲の反対を押し切っての東京公演でしたがなんとか無事終演となりました。
知りませんでした。松下さんがロシアに「惚れ込んだ」ことから、双方の友情が育まれたのですね。残念ながら、松下さんは、今年4月に永眠なさったそうです。メールを読み進んでいくうちに、昨年の舞台の細かい所作までが思い起こされ、とても素敵な舞台をプロデュースなさった方が亡くなったと知り、それは残念に思えてなりませんでした・・・。

さて、私の好奇心が向かったのは、もう一人アナートリー・キムという作家です。苗字はキムというのですね。昨年は、芝居を見たあと、この作家のことまで調べなかったので知らないままでいましたが、今年になって岩波文庫から『新版 ロシア文学案内』(藤沼貴・小野理子・安岡治子著 2000)が出されたのを思い出しました。そのうち読もうと思って買っていましたから、この作家だけ早速しらべました。すると、少しだけ分かりましたよ。

ロシア革命以後、諸民族の友好が提唱され、各共和国でのロシア語教育が徹底したなどの事情から、ロシア人以外の民族の出身ながらロシア語で文学作品を発表する作家が登場し、独特の文学世界を提示するようになったらしいです。先の図書から読める限りでは、1970−80年代になって、こうした作品群が連なっているようです。そして、朝鮮民族出身のキムもその一人です。小説『栗鼠』(1984)で時空を超越した無限の存在の一部として人間を捉え、他の動物への変身、変容などのモチーフも書いているといいます。キムのフル・ネームは、索引のキリル文字を参考にすると、アナートリー・アンドレーヴィッチ・キム。田代さんからいただいた情報によれば、キムは「親日家で穏やかな人であるらしい」とのこと。この作家に『牡丹灯籠』のどういう点に興味をもったか、などをインタビューできると最高ですよね、田代さん!

きっと、少し日本人離れした感じのする『牡丹灯籠』ではあるでしょうが、近くて遠い国の演劇人たちが、この芝居をどう演じてくれるかを観るのも、夏の楽しみ方の一つだと確信しています。
(今回の記事を書くにあたって、メールの引用を快諾してくださった田代紀子さんにお礼申し上げます。)


■■お知らせ■■

ロシア国立ドラマ劇場 スタリー・ドム来日公演 『怪談 牡丹灯籠』

会場: 札幌市教育文化会館 大ホール
日時: 2000年 8月3日(木) 18:30開演
         8月4日(金) 18:30開演
          8月5日(土) 14:00開演
料金: 一般 3,000円  ホールメイト2,500円  高校生以下 2,000円
問合せ: 道新文化事業社  電話 011−241−5161


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