第92回: ルーヴル美術館展(横浜美術館)

先日、標記の展覧会を見に横浜へ行ってきました。今年2回目になります。私の記憶のなかでは、これまでに最低2回の「ルーヴル美術館展」を見た覚えがあるのですが、今回のそれは「19世紀フランス絵画 新古典主義からロマン主義へ」というサブタイトルがつけられています。すでに4月9日(土)からスタートしている本展覧会の会期は、7月18日(月曜・祝日)までで、けっこう長いのです。休館日は毎週木曜日。観覧料は一般(当日)が1500円となっています。

入館するときに、本展に展示されている作品の一覧表が配布されます。こういうサービスは大歓迎です。ただ、配布物に記された構成と館内のじっさいの構成は順序が若干異なります。じっさいには、

* 歴史画
* オリエンタリズム
* 時事的絵画
* 肖像画
* 動物画
* 風俗画
* 風景画


という順に展示がされているのです。主催者によれば、本展の特色はフランス革命、ナポレオン帝政から二月革命にいたる激動の時代のフランス絵画に焦点を絞り、いかに近代絵画が成立したかを、厳選された73点により展観する、とあります。今回はこういう特徴ですよ、という宣言だと思えばいいでしょう。

さいしょのコーナーは「歴史画」。アングルの《泉》(1820−56年!)が見る者を迎えてくれます。美しい裸体の女性(像)が持っている壺からは水が流れ出います。私には水が絶え間なく壺から流れ出ているように見えて、そのことに何の不自然も感じなかったのですが、考えてみるとちょっとシュールな気がします。いうまもなく壺の容積は一定ですからね。でも、この女性が擬人化された泉であると理解すると問題はなくなります。今回は美しい名画が多く展示されていますから、なんとなくわかった気になって次から次へと歩みを進めていましたが、見落としたものもたくさんあるのかな、とちょっと不安になりますね。で、「歴史画」というコーナーですが、プシュケとアモール、オイディプス、ヴィーナス、メデイア、ゼフュロスなどの神話上の登場人物が描かれた作品が多く展示されています。そして、そればかりかというとさにあらずで、ロベール=フルーリの《ヴァティカンの宗教裁判所に引き出されたガリレオ(1632年)》(1846年)やジャン=グロの《サン=ドニ聖堂でフランソワ一世の出迎えを受けるカール五世》(1812年頃)に見られるように歴史上の人物を描いた作品も交じっています。

「オリエンタリズム」でも、やはりアングルの作品が目立っていました。日本初公開になるという《トルコ風呂》(1859−63年頃)がそれです。でも、もう1点、アルフレッド・ド・ドルーの《ラーホール王ランジート・シング・バードールとその従者》(1838年)が日差しの強い地域の王とその従者を描いて印象的でした。「時事的絵画」のコーナーに展示されていたダヴィッドの《マラーの死》(19世紀初頭)は、以前にも見たことがあります。東京都美術館で1997年に行われたルーヴル美術館展のときだったような記憶がかすかに残っているのですが、確かだという自信はありません。ともかくも再会できた絵画ではありました。ほかにフラゴナールの《代議士フェローの首と向き合うポワシー・ダンクラース》(1830年)は、切り落とされた首と対面する人物が描かれていて、やや遠方から描かれているとはいえ、けっこう残酷。作品のスタイルは、やや多様ですが、政治と絵画が密接に結びついていたのだなと思わせるコーナーでした。

「肖像画」ではジャン=グロの《アルコレ橋上のボナパルト将軍》(1801年以前)が、ああこれがナポレオン、と思わせる作品で思わず立ち止まってしまいました。恐らく、多くの人が何かの印刷物などで見たことがありそうな作品ではないかと思いました。19世紀のフランスではボナパルトが描かれているかと思えば、無名の農民も描かれました。ミレーの《積み藁を束ねる農夫たち》(19世紀中頃)の前まで来て、じっくり見入りました。会場の順序とは後先しましたが、「動物画」ではドラクロワの《母虎と戯れる子虎》(1831年サロン出品)が親子の表情も含めて趣がありました。「風景画」にはコローの《ティヴォリ、ヴィッラ・デステの庭》がありました。音楽で言えば、リストの《巡礼の年報》第3年にエステ荘をあつかった作品が収められていますが、その庭なんだろうなと想像しながら、ゆっくり見てきました。

展示されている絵画はサブタイトルにあるとおり「新古典主義」から「ロマン主義」まで広がりをもち、さらには「自然主義的風景画」も楽しめる、そんな展覧会でした。
【2005年5月25日】


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