第89回:ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展(国立西洋美術館)

雑談で展覧会に行った話をしたら、「えっ、ラ・トゥールがまとまって見られるの?」と聞かれました。そうなんです。それが国立西洋美術館( http://www.nmwa.go.jp/index-j.html )で開催されている標記の展覧会です。サブタイトルには「光と闇の世界」とあり、会場で見られる作品の特徴を暗示しています。会期は5月29日(日)までで休館日は毎週月曜日(ただし3月21日、5月2日は開館し、3月22日(火)は休館)。観覧料は一般(当日)で1100円です。ちなみに、読売新聞社のラ・トゥールのサイト( http://event.yomiuri.co.jp/latour/ )を開くと割引サービスのコンテンツが用意されていますので、プリントアウトして会場で入場券を買い求めるといくぶん安くなります(会場のチケット売り場は混んでいませんでしたから,
いいかも)。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593−1652年)は17世紀フランスの画家で、ちょうど30年戦争の時代を生きました。そして存命中はフランスのロレーヌ地方を中心に製作したそうですが、没後急速に忘れられて、20世紀になって再発見された画家なのです。現在まで伝わる真作はわずか40点ほどといいますから、フェルメールといい勝負(!?)。あとは失われた(再発見にいたっていない可能性も残ります)わけですが、それだけに当時の他の画家や工房によって製作された模作などを通じて、ラ・トゥールにはどのような作品があったのかを知ることが可能となるのです。今回の企画展は2003年度に国立西洋美術館がこの画家の真作、《聖トマス》を購入したことを機に、彼の真作のほぼ半数(すごい!!)と失われた原作の模作など30数点を展示することとなったといいます。

私は会場に入る前に音声ガイドを借りました。展示されている点数が少ないですから、ほとんどの作品に対して解説が付いていて、しかも丁寧。会場に入って最初のコーナーは、キリストの12使徒を描いた4作品(ほかは失われてしまったのです)、次が音楽家を描いた作品群、そのあとしばらく宗教的な作品がつづき、さいごに風俗画という順に見ていくことになります。

使徒を描いた作品でも、近寄りがたい人物として描かれていません。あたかも実在した農家のおじさんがそのまま絵画に描かれたと錯覚させる《聖小ヤコブ》のような絵の前では、思わず立ち止まって、ついまじまじと爪の汚れまで見てしまいました。こうしたモデルの選び方に興味を惹かれました。《辻音楽師の喧嘩》《ダイヤのエースを持ついかさま師》など、教訓が込められていたり心理の綾が画面に現れていたりして、やはりじっくり見入った作品でした。題材の選び方がうまいということになるのでしょうか。特に後者は描かれた4人の心理描写が面白いのです。作品は、横長の画面の一番右に若い貴族の息子がトランプを手に、じっと次の手を考えている風情が見てとれます(音声ガイドでは“緊張している”と言っていたような気がするのですが、それはちょっと違和感を覚えました・・・)。それに対して画面中央にいる2人の女性と左端にいる遊び人風の男(この男がベルトの後ろに隠しもったダイヤのエースを手にとっています)の目つきは、それぞれ意味ありげで(特に中央に座っている女性!!)、3人がグルになって1人から巻き上げようという魂胆がありありとうかがえます。もちろん、常習グループなのでしょう。

今回見に行って一番の収穫といえば、レンブラントともカラヴァッジョとも異なる、ラ・トゥール独自の「光」と「闇」の対比を目の当たりにできたことでした。彼の作品には「昼の情景」を描いたものと「夜の情景」を描いたものとがあり、後者はろうそくやランタンなどが実に巧みに画面の中に置かれ(作品のなかでは、われわれに直接見える場所に描かれるとは限らないのです!!)、画面のある場所や人物を効果的に照らし、他の場所や人物と対比させる、この人独特の手法が活かされています。たとえば《聖ヨセフの夢》《聖ペテロの否認》などがその好例だと思います。

日本でラ・トゥールの作品がこれだけまとまったかたちで公開されることは、おそらく今後相当長い期間ない(あるいは最初で最後かもしれない)ということです。花粉症でお悩みの方も、5月下旬まで展覧会はつづいていますから、症状のピークを過ぎてから行くという手もありますね。ある種のカルチャー・ショックを味わえた催しでした。
【2005年3月18日】


トップページへ
展覧会の絵へ
前のページへ
次のページへ