第85回: マティス展(国立西洋美術館)

私は10月の中旬にこの展覧会に行ってきました。

まず会期から。9月10日(金)から始まっていますから、もうだいぶ時間が経ちました。12月12日(日)が最終日となります。休館日は月曜日ですが11月22日(月)は開館。観覧料は一般(当日)が1300円となっています。今回はポンピドゥーセンター・国立近代美術館(パリ)の所蔵品を中心に、油彩、版画、素描、彫刻、切り紙絵など約150点が展示されていました。日本で、これだけ大規模なマティスの回顧展が催されるのは23年ぶりだそうですが、たとえば1996年に伊勢丹美術館(今はもうありません!)で行われた「コーン・コレクション展」などは、実質的なマティス展(ほとんどこの画家の作品ばかりで埋め尽くされていたことを覚えています)。たぶん、それは中規模の回顧展だったということになるのでしょう。そして、今回のマティス展の特徴はテーマの設定の仕方にあると思います。単に作品の制作年代順に作品を並べる方式をとっていないのです。

では、どうなっていたのでしょうか?
まず、「T.ヴァリエーション」というコーナーが用意されていました。同じ主題を異なる様式で制作しているさまを展示しています。

いくつかの絵画を見たあとで、《ジャネットT》(1910年)から《ジャネットX》(1913年)まで、女性の頭部のブロンズ像がありました。一人の女性をモデルにしていることはわかるのですが、そのかたちはさまざまなヴァリエーションを示し、さいごのものは頭は小さく、目と鼻は大きくといった具合に、デフォルメされていました。これを見たとき、私は一瞬、数年前にピカソ関連の展覧会で同種の体験をしたことを思い出しました。そのときも女性の頭部のブロンズ像だったと思いますが、共通していえる(と思える)ことは、モデルに似た塑像からだんだん離れて、さいごはやはり眼や鼻が強調されているものと記憶していたからです。絵画や素描でも、こうした類のものがたくさんあり、新鮮な驚きを味わいながら楽しみました。

次のコーナーは「U.プロセス」。1930年代にはいると、マティスは制作の途上で変わっていったプロセスを写真に収めるようになりました。

特に、1945年12月にパリのマーグ画廊で開かれた個展では、その途中経過の写真と完成作を意識的にいっしょに並べて展示したそうで、今回の会場には、その一部が再現されています。なにぶん黒白写真の時代ですから色の変化までは追い切れませんが、図柄や構図の変化などは素人目にもあきらかに追えます。《ルーマニアのブラウス》(1940年、油彩/キャンヴァス)という作品があります。そして、このコーナーの中には「ルーマニアのブラウス」を着た女性が何度も登場します。《眠る女と静物》(1940年、油彩/キャンヴァス)という作品もそうなのですが、これなどはピカソの《黄色い髪の女》(1931年、油彩/キャンヴァス)という作品を思い出してしまいました(この夏、ザ・ミュージアムで行われていた「グッゲンハイム美術館展」に来ていました)。

このコーナーでもう一つ面白かったのは、マティスがモデルを前にじっさいに絵を描いている場面を記録した映画が用意されていたことです。画家はスーツにネクタイ、それに帽子まで被ってモデルを迎えます。互いに一礼しポーズが決まると、画家はさっさと仕事にかかります。キャンバスに筆を運ぶそのさまは、ナチュラルスピードとスローモーションからなり、後者では、2〜3度(だと思います・・・)ちょうどゴルフの素振りのように筆を動かし、それからキャンバスに筆をつけていきます。できあがった作品は、その画面の横に展示されていたと記憶します。

マティスは晩年、健康上の理由から切り紙絵を作成するようになります。その代表作ともいえる《ジャズ》の20枚の原画が展示されています(《ジャズ》そのものは、これまでにも何度か見てきたように思いますが、原画ではなかったのですね−−笑)。これらの切り紙絵がまとめられていたのが、さいごのコーナー「V.プロセス/ヴァリエーション」でした。そう、切り紙絵は何も《ジャズ》の原画に限らず、そうとう巨大なサイズのものまで含めて相当数見られます。マティスの油彩画では色もはっきりしていますし、かたちを仕切っているように見える線が太いですね。切り紙絵では、そうした色と線の関係がスッキリとしているように見受けられました・・・。

シャープな切り口をもった企画とでもいったらいいでしょうか、今年見た展覧会の中では、現時点で一番興味深いものとなりました。できることなら、もう一度行ってみたい展覧会です。
【2004年11月1日】


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