第82回 : ロバート・ライマン展と常設展(川村記念美術館)

8月の半ばに、千葉県佐倉市にある川村記念美術館へ初めて行ってきました。比較的さいきんの美術書に掲載される図版など見ていると、この美術館の名がときどき出てくるのです。いったいどんなところなんだろうという興味があって出かけたのですが、偶然、学芸員によるギャラリートークの日にあたり、その開始までは常設展をざっと見て楽しみました。

いよいよトークの開始時刻になりました。受けもちは開催中の企画展「ロバート・ライマン展」担当のHさん。すぐに企画展の会場に行くのだろうと思っていたら違いました。まず美術館の紹介も兼ねて、1階にある常設展示の作品をピックアップしながら解説をくわえ、そのあとで2階で行なわれている企画展へと行ったのです。この美術館には、常設展示用に7つの部屋(ないし区画)がありました。そこでのトークは、作品のどういうところに着目して見ていったらよいかという点について、示唆に富む内容となっていました。

たとえば「印象派とエコール・ド・パリ」がある101展示室では、モネの《睡蓮》(1907年)をとりあげ、池の水面に映る空の色が時間の推移によって変化することに目をつけて、モネが同じ構図で多数の睡蓮を描いていることなどが話されました。102展示室はレンブラント作品。103展示室は初めて見るソル・ウィットの作品。そして、104展示室は20世紀ヨーロッパ美術、105展示室は20世紀アメリカ美術。このあたりに来ると、抽象的な絵画も増えてきます。カンディンスキーの《無題》(1923年)という作品では、「これは○○という花」とか「あれは帽子をかぶった人間」という具体的な図柄はありません。でも、なんにもわからないかというと、建物らしきカタチも認められますし、その前には道かもしれないカタチもあります。描かれているカタチが世の中にある何なのかはわからなく(あるいは、わかりづらく)なったとしても、画面全体から受ける躍動感やリズムを感じることはできます。同様のことは、より抽象度の高いマレーヴィッチの《シュプレマティズム(消失する面)》(1916−17年)でもいえます。

川村記念美術館で有名なのは「マーク・ロスコ・ルーム」と呼ばれる106展示室。ここには《無題》(1958−59年)という7枚の作品が展示されています。ニューヨークの、さる高級レストランのために制作された40枚にも及ぶ作品だといいますが、どうした事情かそのレストランに飾られることはなかったのだそうです。そして、そのうちの7枚がこの美術館に購入されました。この美術館が存在しつづける限り、この7枚は別の作品と展示替えされることなく、この部屋に、現在の配置のまま置かれるといいます。落ち着いた深い色合いの作品に囲まれることになりますが、その色合いがどこか暗さを感じさせる要素もあって、安堵感ばかりを与えてはくれません。とはいえ、簡単に離れることもできない、そんな空間だったと思います。

2階に上って「ロバート・ライマン展」。ふと見ると、ここも音声ガイドは森美術館同様「iPod」。でも、今日はトークつきで回っていますから不要です。2階は天井の高い広い空間と、順路からいえば、その奥にあるより小さめの空間とにライマンの作品が展示されていました。

ロバート・ライマン。1930年にアメリカのテネシー州に生まれ、1952年、ジャズ・ミュージシャンを目指してニューヨークにやってきました。生計を立てるために、その翌年からニューヨーク近代美術館で監視員をしはじめたのが、美術の世界に身を置くきっかけになったというのです。マティス、ピカソ、セザンヌらのヨーロッパ近代絵画、フランツ・クラインやマーク・ロスコの抽象絵画にひかれ、画家の道を歩み始めたのです。1960−70年代には、ポップアートの騎手アンディ・ウォーホルやリキテンシュタインなどが脚光を浴び、ライマンのようなスタイルの作品はなかなか受け入れられなかったらしいですが、地道な活動が徐々に認められるようになったのでしょう。作品の特徴は、正方形の支持体を用い、絵具は白(または白っぽい色)をつかうことが多い人です。作品のなかに何かカタチが認められるかというと、絵筆で描いた「跡」を近づいたり離れたりしながら見てみるといいみたいです。

そして、絵画を絵画たらしめるもの、というと抽象的になりますが、壁や壁に作品をつるす針金なども時には見せ、通常その絵の作品名などを記したプレートは、絵そのものを純粋に見る妨げになると考えたのでしょう、今回はありません。でも、ちゃんと一計が案じていて、床に作品名などプリントアウトしたものが貼り付けられ、それが同時に、ここから先には入らないようにという符帳にもなっていました。大きな空間の方の特徴は、スチール板に描かれた《STANDARD》(1967年、12枚組)がズラリと並べられていること。次に、隣の壁面には何点かの作品が高さを変えて展示されていました。通常、美術館では作品の大きさはまちまちでも、原則的には作品の中心が1m50cmくらいの高さになるように並べられるといいます。しかし、この列はもっと高いところにあるものや、低いところにあるものなどさまざまなのです。一種のリズムのようなものを感じる人もいらっしゃるかもしれません。

順序は逆になった感もありますが、川村記念美術館のURLをご紹介しておきましょう。

    http://www.dic.co.jp/museum/index.html

美術館のなりたち、コレクション主要作品、いま見られるコレクション、展覧会、ショップやレストランなど、利用案内(開館時間や交通などを含む)といった情報が得られます。「コレクション主要作品」は所蔵している作品の作家名が並んでいて、クリッカブルになっている作家はごく少数に限られます(ちょっと残念)。それにひきかえ、いま見られるコレクションでは、6つある展示室に現在、誰の何という作品(それはいつ制作され、どんな形態か)が展示されているかがリスト化されています。展覧会のカレンダーを見ると、年に何回か展示替えが実行されているようですから、貴重なコンテンツだと思います。

私にとっては頻繁にでかけるのは難しい場所ですが、ときどき行ってみたい美術館ではあります。
【2004年8月26日】


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