第72回 : ピカソ・クラシック (1914−1925)展 (上野の森美術館)

先日、国立西洋美術館で行なわれている「レンブラントとレンブラント派」をとりあげましたが、すぐそばの上野の森美術館では「ピカソ・クラシック (1914-1925)」を見ることができます。会期は12月14日(日)までですから、残り僅かです。会期中は無休で、入場料は一般1300円(通常)です。この会場でも音声ガイドが用意されていました。

波乱万丈といえるピカソの人生のなかで、1914年から1925年のあいだは、例外的に平穏な生活を送った時期で、古典主義の作品を残しました。「ピカソ・クラシック」と名付けて油彩約30点、水彩およびデッサン約140点、版画約15点、約180余点を日本で見せる展覧会です(もっとも11月上旬に一部展示替えをしていますから、まるまる全部を一度に見られるわけではありません)。

会場内部の章立ては次の9つでした。

1.写実への復帰とイタリア旅行 1914−1917年
2.バレエ「パラード」のための装飾 1916−
3.オルガとの結婚:新たな交遊と環境 1917−1920年
4.新婚旅行、ピアリッツァへ 1918年、夏
5.バレエ「三角帽子」のための装飾 ロンドン 1919年
6.静物、室内、穏やかな生活:総合的なキュビズムノ完成 パリ 1918−1920年
7.バレエ「プルチネッラ」のたねの装飾 パリ 1920年
8.海、水浴、泉:神話と古典の誘惑 フォンテーヌブローディナール 1920−1923年
9.遠ざかるクラシック:家族愛から憂愁へ 1921−1925年


ジャン・コクトーに誘われて、ピカソはディアギレフのロシア・バレエ団のローマ巡業に加わりました。1917年のことです。そこでオルガと知り合い、結婚し、息子が生まれ、しかしやがて二人の間には距離が生まれていく結果となりました。さらに、ロシア・バレエ団における仕事として、エリック・サティが作曲を担当した《パラード》、ファリャの《三角帽子》、ストラヴィンスキーの《プルチネッラ》などの衣装や舞台装置を担当しました。今回は、その習作がずらりと展示されていました。また、静物などを描いたり、神話と古典に取材した作品などにも章が当てられていました。実は先のローマ巡業で、ピカソはそれまで経験したことのないギリシャ・ローマの芸術に触れる機会をもちましたが、そうしたことが「海、水浴、泉」といった神話世界へ誘われる契機となったのではないかと想像できます。このように、意外と盛りだくさんの内容を含んだ展覧会となっているのです。

オルガを描いた作品では、《肘掛け椅子に座るオルガの肖像》(1917年)と《愁いに沈むオルガ》(1923年)の2点が対照的で興味深かったです。前者は、幸福な時代のものですから、実際のオルガよりも少しほっそりと、そして綺麗に描いているようです。それに対して後者は、髪の色も変わり物思いに耽っている様子が描かれているのです。ピカソの妻との関係の変化が見て取れるようでした。

今回の展覧会で多く見られたロシア・バレエ団の仕事では、たとえばファリャの《三角帽子》でスペインの民族色を強く感じましたし、ストラヴィンスキーの《プルチネッラ》でピエロとアルルカンが登場したりといった具合で、ピカソの描いた習作は、音楽だけで知っていた作品のイメージをグンと広げてくれました。

このほか、気に入った作品を少し挙げておきましょう。第一は《エチュード(習作)》(1920年)です。これは、大きなカンヴァスの上に、自身の過去の作品をいくつも並べて描いているのです。しかも、キュービズムの作品あり、古典主義時代の作品あり、という具合なのです。しかし、よく見ると、静物と思しきものはキュービズムで描き、人物や肉体の一部は具体的に描いているといえると思えるのですが、どうでしょうか? というか、そういう意味が込められていて、いずれここでは別々に描いた人物や静物をもっと違ったかたちで描きたかったのだろうか、などと思わされてしまいます(妥当な感想かどうかはわかりませんよ、念のため)。第二は、《水浴の女たち》(1918年)です。縦長の画面の上半分には海と空。下半分は手前にある海岸です。画面中央に立った女性が一人、その手前に座る女性が二人描かれています。なかでも立った女性は、見るものに対して尻をななめ後ろに向け、上半身は右から左へ身体をくねらせるような動きで胸が前の方を向こうとしています。そして首から上は天を仰いでいるのですが、身体全体を見ると、どうもここまでの動きは実際には無理に見えます。そのアンバランスがなぜか印象に残りました。

ピカソ没後30年の区切りの年に行なわれている展覧会ですが、きっと見るものそれぞれ
の発見を楽しめる場だと思いました。
【2003年12月3日】


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