第67回 : 青木繁と近代日本のロマンティシズム(東京国立近代美術館)

気がつけば、この「展覧会の絵」も昨年の年末以来更新していませんでした。たしかに、行きたいと思っていた展覧会がいくつかあったのですが、都合で逃してしまったのですね。「ドイツ表現主義絵画展」などは、次の週が最終だったよな、行かなきゃあ、と思ってインターネットを調べてみると、なんと前の週で終わっていたりして・・・(トホホ)。

で、さいきんになってようやく行ったのが標記展覧会でした。3月25日にスタートした本展覧会の会期は5月11日(日)までで、観覧料は一般(当日)1200円です(独立法人化のおかげ(?)か、それとも私の気のせいか、なんだか少し高くなった気がしますけれど・・・)。ふだん、東京で青木繁の作品が多く見られる美術館といえば、自然とブリヂストン美術館が思い浮かびますが、今回は、ちがいます。どういう切り口を見せてくれるのかといった期待をもちながら、出かけてきました。

会場には、青木繁とその同時代の画家たちの作品約140点が展示されています。そのうち、ざっと70点ほどが青木の作品で占められています(出品リストにはもう少し多く掲げられていますが、展示替えがありますから、おそらくこんなものでしょう)。その他の作家は、中村彝、村上華岳、村山槐多、関根正二、萬鉄五郎、岸田劉生、和田英作ほか多数が挙げられます。会場の構成は、

T.神話的混沌から
U.海のフォークロア
V.生命礼賛
W.恋愛あるいは永遠の女性
X.古代の発見
Y.望郷あるいは晩帰

というものでした。

1882(明治15)年に生まれ、1911(明治44)年に満28歳という若さで世を去った青木繁ですが、古事記などの日本の神話に取材した作品が多いのには驚かされます。「T.神話的混沌から」は、こうした青木の作品のみで埋め尽くされていましたし、「U.海のフォークロア」に展示された青木作品は、他の画家の作品とは異なり、やはり神話との関連をもった作品ではないのかと思ったほどでしたが、この感想が妥当かどうか、「?」ではあります・・・。青木の古代志向は古事記の世界だけではありません。天平時代を題材にした作品もあるのです。このあたりは、昨年、ブリヂストン美術館で回顧展が開かれた藤島武二とも共通していますね。ところで青木は、東京美術学校の図書館はもちろん、近隣の上野の図書館では歴史、文学、哲学、宗教等々の書物に親しんでいたといいます。文学や哲学などは、ヨーロッパのそれにも親しんだようです。西洋絵画の技法を用いることと、古くから日本に伝わる物語を作品の題材にすること、青木の作品を見ていると、この二つは何の矛盾もなく融合しているように見えます。そういえば、音楽の方面でも小松耕輔の作詞・作曲による《羽衣》(1906年)、坪内逍遥作詞、東儀鉄笛作曲による天の岩戸の伝説にもとづいた《常闇[とこやみ]》(1906年)といったオペラが創られたそうです(どんな作品かは知りません)から、日本古来の物語を題材にしてヨーロッパの技法を用いて芸術作品にしようとする試みが、当たり前の感覚だったのでしょうか??

もう一つ、「V.生命礼賛」「W.恋愛あるいは永遠の女性」などに見られる人の顔(自画像や恋人をモデルにした絵画)を興味深く見てきました。それは青木のみならず、他の画家たちの作品も面白かったという意味になります。というか、私自身、絵画作品に描かれた人の顔を見るのが意外と好きなのですね(それが、まずあってのことではあります)。青木が1903(明治36)年に描いた《自画像》(油彩、カンヴァス、石橋財団石橋美術館蔵)など、力のある右眼は見るものをどこか挑発しているようにすらみえてくるから不思議です。それと、《日本武尊》の顔は、青木自身の顔を当てはめていますから、言ってはナンですけど笑えます。それと子供までもうけた仲の恋人・福田たつの顔も、もろもろの作品に登場しています(!)ので、これを会場でチェックするのもけっこう楽しめました。

全体を通してみると「V.生命礼賛」以降、他の画家たちの作品を交えて共通の問題意識や広がりを感じさせる展示の意図がうまく表れていたように思います。特に「V.生命礼賛」に多く見られる何人かの画家の自画像は、明治時代の文学者や美術家にはキリスト教の洗礼を受けた人たちが少なくないこと、さらに信仰と芸術のはざまに悩んだ末に多くは信仰を捨てたこと、しかしキリスト教体験が他者に向かい合う個人を基盤とする自画像の確立に寄与したのだといった美術館HPの説明には唸ってしまいました。展示されている作品もどれも内省的な趣をもった個性的なものが並んでいました。

青木に話を戻せば《黄泉比良坂》、《日本武尊[やまとたけるのみこと]》、《大穴牟知命[(おおなむちのみこと]》、《わだつみのいろこの宮》、 《海の幸》、《天平時代》などの作品を一挙に見られたのが嬉しかったです。
【2003年4月10日】


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